【3年H組・担任】不逢 若彦(ふあい わかひこ)
「オレは……オマエたちを絶対に認めない!」
――想像してみてください。(特に男性の方)
あなたは「女子高の教師」でクラス担任です。
あなたのクラスの生徒は全員「美少女」です。
しかも……生徒全員から、あなたのことが「好きだ」と告白されます。
どう思います? 嬉しいですか? 最高ですか?
――あぁ、ひとつ言い忘れました。
――彼女たち全員【変態】なんですけどね。
※※※※※※※
オレの名前は《不逢 若彦》、25歳……独身。ここ「私立 虻野丸学園高等部」で国語(主に現代文)の教師をしている。
大学を卒業して、親のコネで私立高校の教師になったのはいいが、着任したのは女子高だ。何かと大変だろうとは思っていたが、幸いここの生徒たちは素直で優秀な子ばかりだ。おかげで着任後2年間、特に何の問題もなく過ごしてきた。
オレはこの学校で「3年H組」の担任をしている。このクラスは1年から担当しているので今年で3年目だ。この4月から新学期も始まったが、以前からオレはこのクラスに「違和感」を感じていた。それは……
――H組だけ、クラス替えが行われなかったからだ。
この学園では一般的な学校と同様、2年と3年の進級時にクラス替えがある。だが、このH組だけは3年進級時の今年、他のクラスから1名入ってきた以外は誰ひとりとしてクラス間の移動が行われなかったのだ。3年間で生徒の入替えが1名だけというのは、さすがに違和感を感じざるを得ない。
しかも……もうひとつおかしな話がある。それは、この学年が全部で7クラスだということ……え? どういう意味かって? この学園ではクラス名がA組からアルファベット順になっている。つまり……
A、B、C、D、E、F、そしてHの7クラス……そう、
G組がないのだ……なのにH組が存在する。おかしくないか?
まあそれ以外は何も問題はない。ここは私立の幼小中高大一貫校、つまりエスカレーター式の学校だ。3年生の担任になったが受験がないので、今年1年も普通に過ごせばよいだけだ。
――そう、この学校にも生徒にも問題はない。
「おい! こんな本、学校に持ち込んじゃダメだろ」
「えーいいじゃん若彦センセー、小説だよ! 今人気の《粟津 まに》だよ」
――むしろ問題があるとすれば……
「ダメだ! こんなのは小説ではない。ライトノベルってやつだろ」
「ラノベだって小説じゃーん!」
――それは、この「オレ」のことだろう。
「違うな……ライトノベルなんていうのは、発想力も文章構成力も皆無なド素人が書いた非常に低レベルで低俗な、小説などと呼ぶのに相応しくないただの文章の羅列だ! こんなふざけたモノを読むくらいなら純文学を読みなさい!」
「センセー、現文教師だからって頭固いよー! いいじゃん面白いよコレ」
――なぜなら、オレには「裏」の顔がある。それは……
「あのなあ……これはいわゆるGL(百合)ってヤツだ。こんなモノは教育上よろしくない、没収だ! 放課後取りに来なさい」
「ぶー」
――オレの正体は、その「発想力も文章構成力も皆無なド素人が書いた非常に低レベルで低俗な、小説などと呼ぶのに相応しくないただの文章の羅列」を書いているライトノベル作家なのだ。
しかも、さっき生徒から没収したGL小説の作者、「粟津まに」というのは……実はオレのことだ。
以前は教師の傍ら出版社と契約し、アルバイト感覚で異世界モノとか書いていたが全く売れなかった。
ある日、自分が担任をしているH組の生徒をモチーフにしてGL小説を書いたら爆発的ヒットとなった。以来、オレはGL作家としての地位を確立した。
もちろん彼女たちの実名は使ってないし、彼女たちはそういう性癖でもない。身体的特徴や性格などを、登場するキャラクターの「モチーフ」にしているだけだ。
基本的に問題はないはずだが、関係者が読むと「あれ? もしかして……?」と疑われてしまうかもしれない。人気が出すぎたため最近では学園の生徒でもこうして読んでいる者が出始めている……困ったことだ。
※※※※※※※
「若彦先生、お疲れ様です」
職員室に戻ると、《御坂 月美》先生が声をかけてきた。御坂先生はH組の副担任で地理歴史科(主に地理)を担当している27歳。物静かな性格で、顔とスタイルが美しい「大人の女性」だ。
――しかも『独身』&『彼氏ナシ』(本人談)!
オレは着任以来、色々世話になっている職場の先輩でもある御坂先生に恋心を抱いている。大学時代の友人は女子高教師になったオレを羨ましがっているが、正直なところ女子高校生には1ミリも興味がない。
ちなみにオレの苗字「不逢」は呼びにくいのか、生徒や教師のほぼ全員から、名前の「若彦」で呼ばれている。
「あら? それは《粟津まに》の最新作じゃないですか」
椅子に座ったオレの手元を見て、隣の席に座っている御坂先生がこう言った。
「ええ、ウチの生徒から没収したんですが……こんな破廉恥な本を読むくらいなら純文学を読んでほしいですね」
――その破廉恥な本はオレが書いたんだが。
「えー、粟津先生の小説、面白いじゃないですか。私も好きですよ」
粟津=オレだから「好き」と言われて悪い気はしない。だが、このことは御坂先生を含めて誰にも知られてはいけない。
「先生、それは生徒さんにお返しするんですよね?」
「ええ、放課後には返しますけど……」
今は生徒も、やれ「所有権」だの「窃盗罪」だの主張するので没収もままならない。一応、学校教育法の「懲戒権」に当たるので授業時間中の没収は問題ない。
「えっ、じゃあそれまで私が読んでもいい?」
「ダメですよ! 生徒の所有物ですから……」
御坂先生がファンならもちろんうれしいが、彼女には読んでもらいたくない。御坂先生は頭の良い人だ……何冊か読まれたら、この登場人物がH組の生徒をモチーフにしていると気付くに違いない。そうなると粟津まにの正体が、担任であるオレだとバレる可能性が高い。もしバレたらオレは『問題教師』のレッテルを貼られてしまい、この学校にはいられなくなる。
――それだけは何としてでも避けなければならない!!
放課後、「粟津まにの本」を受取りに生徒がやってきた。オレはその生徒に説教と純文学の素晴らしさを教え込んだ。
――その生徒のためではない。「保身」のために……だ。
※※※※※※※
翌日、休み時間にウチのクラスの生徒がバッグを抱えて、国語準備室にひとりでいるオレを訪ねてきた。
生徒の名前は《愛宕 星》……クラス委員長だ。
「先生、ちょっとお話があるっス!」
話し方は少し変わっているが、この生徒は成績が常に学年トップの秀才だ。しかもクラスメイトからの信頼が厚く、1年からずっとクラス委員長を務めている。
「ん? どうした愛宕……珍しいな」
勉強もクラスの問題も全て自分で解決できる子だ……国語準備室に来ること自体珍しい。だが、この後の彼女の言動にオレは凍りついた。
「先生、これなんスけど……」
彼女がバッグから取り出したのは、粟津まに……オレが書いた本だった。
「おい何だよ! 何でオマエみたいな優等生がこんな低俗な本持っているんだ?」
すると愛宕は、オレが最も恐れていた言葉を口にした。
「先生、この『粟津まに』って作家……先生っスよね!?」
――えぇっ!? なぜだ! なぜわかった!?
だが、この程度の指摘で素直に「はいそうです」と認めるわけにはいかない。オレは冷静さを保ちながら
「おいおい、何バカなこと言ってんだ! 何の根拠があって……」
「あるっス」
愛宕がオレの言葉を遮るように自信満々に答えた。何だよ、どういう根拠だ?
「いいっスか? まずこの作家名『粟津まに』っスけど、これはたぶん万葉集の
〈ぬばたまの 夜見し君を明くる朝 あはずまにして 今そ悔しき〉
という歌から引用したものと思われるっス」
――なっ!
「まあ原文は万葉仮名だから『逢はず』でも『会はず』でもいいっスけど、先生の苗字『不逢』もあはずって読めるっスよね?」
図星だよ愛宕……その通りだ。この歌は万葉集でも特に有名な歌ではないから誰も知らないだろうと踏んでいたが、どうやら間違いだったようだ。
愛宕は頭の良い生徒だとは思っていたが、まさかここまでとは……だが、
「だとしても、それだけの理由でその『粟津まに』とやらがオレだという推理はあまりにも強引すぎやしないか?」
「確かにそうっスね! でも……この小説に出てくるキャラクターって、H組のクラスの生徒にそっくりっスよね?」
――そこまで気付いたか愛宕!
「いや……そんな似ているヤツなんて……他にもいっぱいいるだろ?」
「まあ一冊だけでは……でも、『粟津まに』全作品の登場人物を見ていると、まるでH組を見てるみたいっスよ」
――何ぃいいいいっ! オマエは全部読んだというのか? 相当な数だぞ!
「しかもコレ……」
と言うと愛宕は、バッグの中から本をもう一冊取り出した。それは昨日、別の生徒から没収したのと同じ……粟津まにの最新作だ。
――!?
この最新作は……責任感の強い学級委員長の少女が、ある事故で不登校になったクラスメイトの少女に寄り添っているうちに一線を越えてしまう……というGL小説だ。しかも、この主人公の学級委員長というのは……
「この学級委員長のモデル……私っスよね!?」
「おい、コレって一昨日発売した最新刊じゃねーか! 何で内容を……」
「へぇ、やけにお詳しいっスね? 先生!」
「うっ!」
しまったぁ! ついうっかり口をすべらせてしまった。
「内容? 私、速読が得意だからこのくらいの本なら10分もあれば読めるっス」
何てヤツだ! こんな天才がウチのクラスにいることは誤算だ。
「なんなら他の作品に登場するモデルも全員当てましょうか? 余裕っス」
これは敵わない……降参だ。
「…………何が望みだ?」
「え?」
「だから……オマエの目的は何なんだよ!? オレをこの学校から追い出したいのか? ネットに正体晒して笑いものにする気か? それとも何か欲しいのか? 内申か? 金か? 何だよオマエは一体……あぁっ!?」
もう精神が揺らいでどうにもならない……いわゆる「逆ギレ」だ。
「先生、落ち着くっス! 別に何もしないっスよ!」
「じゃあ何でそんなことを……」
「誰にも言わないっスよ、このことは2人だけの秘密にするっス! ただ……」
「ただ……何だ?」
「ひとつだけお願いを聞いてほしいっス」
「お願い?」
「お願いというか……ちょっと協力して欲しいことがあるっス」
そういうと愛宕は、国語準備室の扉にロックを掛けてこう言った。
「先生……服、脱いでもらっていいっスか?」
――なっ……何だって!?
(次回に続くっス)
おぅみんな! 最後まで読んでくれてありがとうな! まだ続くぞ。