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戦神の娘  作者: 高宮 まどか
第一章
9/66

9  一方的な親切の報酬

アデルはおとなしく書斎で()()をしていた。今回の利益をどう使うか。入金の管理簿をつけた上で予算とにらめっこをしながら優先順位を決めていく。羽つきペンでサインをしていく。サインをしながら、昨日のサラの言葉を思い出していた。


-ルッティ様に愛されたくて、ルッティ様の要望に自然と応えていることはよくある話だ。ルッティ様はなんとも思っていないのに


ルティは確かに何も望んでいない。親切にされても、慣れたかと思っても、またスタート地点に戻ってしまう。アデルはため息をついて、羽ペンを置く。


すると、ドアをノックする音がする。返事をすると、ルティが入ってきた。サラの服が少し大きいが、よく似合っている。ルティの身分をアデルはまだ掴めていなかった。ルティはその美しい紫の瞳から、王族の姫かと一瞬思ったがすぐにその可能性を打ち消した。ロゼリアは王族が少ない。王太子だって、()()()()()

戦神の息子たちは、戦か病で死んでしまったから、長男の息子にあたる。姫はまだいたように思うが、戦神が滅ぼした国の王族の息子達と妻あわせていたはずだ。姫は貴重だ。そんな中、姫が軍に入るなんてことはないだろう。王族の姫は戦で命を落としたりする前に、結婚をして王統を残すことが重要だ。そうだとしたら、貴族か、貴族の庶子か?



アデルの考えがまとまる前に、ルティをみた。食事を持っときたのだ。

ルティのお昼ごはんのパンとくだものと野菜スープをのせた銀のトレイをアデルは受けとると書斎のテーブルにおいた。そして、ルティにソファに座るように勧める。

「もう起きあがれるのですね。」

「おかげさまで。」

「一緒に食べましょう。ふたり分でしょう。」


アデルもソファに座るとくるみのパンを手に取った。ルティはアデルをみて、「サラとバルトが来たそうですね。」と尋ねた。


「えぇ、ごまかしましたが、あなたの部下は鼻が利きますね。まぁ、疑われてますね。変わらず…。」

アデルはパンを二つにちぎると口に放り込んで咀嚼した。

「もしかしたら、外に見張りを残していったかもしれない。山頂にいくのに、困ったことになりましたね。」

ルティは、食事に手をつけずに、アデルを見ている。アデルは気にせず2つめのパンを手に取った。

「あの…。それなりに、心配してましたよ。わたしはサラという女性と何度も会ってますが、あんなに感情的なところは初めてみました。ちなみにルティさんは、バルト様のことを騙してでてきたんですか?」

ルティはアデルを見るのをやめ、紅茶をカップにそそぐと、優雅な手つきで口に運ぶ。

「騙してはいませんよ。バルトのことは。サラは今回私の隊ではないですから。どうせ、バルトがサラに泣きついたのでしょう。サラは頭がキレるし、私への理解が深いから、今回の私の振る舞いに一番戸惑っているのかもしれませんね。」

ルティはくすりと笑った。その微笑みは、アデルがルティを抱きあげた時の硬い体と同じだとアデルは思った。少し慣れたかと思っても警戒を解きはしない。


キリル平野の戦い後になにがあったのか、聞ける立場ではないが、なにがこの少女をこんなにも警戒させ、一人で隊から離脱させるほど急き立てるのか。


ルティは、アデルを見据えると、切り出した。

「わたしはこのように動けるし、もう山頂にいくことを考えなければなりません。あの巾着を返していただけませんか?」

「いいでしょう。」

アデルは答えると立ち上がった。巾着は、書斎の机の引き出しに移していた。アデルは引き出しをあけ、巾着を持った。硬い感触から中に入っているものが石かなにかだろうか…。


「あなた、どうして助けてくれたの?」

ルティは巾着を受け取りながら尋ねた。アデルは何も言わずに座り直すと再びパンをとり、ちぎって、口にいれ、咀嚼して飲み込む。

本当なんでだろう。今さら考えてもよくわからない。


サラの指摘は当たっている。この人はなんだか、不思議な魅力がある。この人に惹き付けられ、この人に優しくしたくなる。自分にだけ心を開いてほしくなるような…。ただ、それはこの人は少しも望んでいない。頭の中で何度も望んでいないのくだりを繰り返し、アデルは冷静になろうとした。


「冷めますよ。」

アデルは質問を無視して、ルティにスープを飲むように勧めた。ルティは一口、二口スープを飲むと怪訝そうな顔する。


「商人は手堅く商売するものでしょう。わたしの情報に価値がなかったらどうする気でした?ロゼリアに売る気でした?」

「さぁ…。わたしもあなたがすぐにでも飛び出しそうだったから、飛び出すときに、攻撃…、皆殺しにされたら割にあわないので…。」

「あなた、確かに外でも似たようなことを言いましたね。この人には敵わないと。」

ルティは首を傾げた。なぜ、わかったの?と言わんばかりに。


「わたし、戦神さまにキリル平野の戦いを横から見ていいと言われて、夜から戦いを見ていました。あなたのこと望遠鏡で見てたんです。だから、あなたが湖にいたときは本当に驚きました。」

アデルは、馬のいななきと真っ赤に燃え上がる炎を思い出した。

「あなたがルッティ隊長だとはすぐにわかりました。あなたはだいぶ出血してたので、ここで死なれては、国際問題になります。わたしは可愛い部下を殺さなくてはならないし。今日のあなたの部下の様子を見ても、それだけで、すむとは思えない。」

アデルは、果物のりんごをつかむとむかずにかじった。

「あんまりおいしくないですね。地下の貯蔵庫においたものだから。もうりんごは終わりですね。」

アデルはまだききたいですか?とルティに問う。

「可能な限り。」

ルティは神妙に応えた。アデルはため息をつくと続けた。

「なんとか信用してもらいたかったんですが、人はそんなに簡単に信用できないですよね。だから、あなたに咄嗟にでまかせをいいました。そもそも、わたしは休暇中でしたので、そこまで綿密な取引を仕掛ける気もない。知れたらラッキーなくらいな気持ちです。ただ、あなたがロゼリアにいられないなら、クラレスに亡命させることになるかもしれないとは思いましたが。」

アデルはリンゴをつかんだ手を布巾でふくと、ルティは目をまんまるにした。

「亡命?わたしが?」

ルティは心底驚いたという顔でスープのカップを置いた。そのあと、急に大人びた顔になると、クスクスと嘲けるように笑ったあと、天を仰いだ。

「そうね。そうゆう選択肢もあったのね。そんな()()()なこともしてもよかったのね。」

「あと、さっき手堅く商売と言いましたけど、商売は手堅さも大事ですが、先を読む力も大切です。大勝に沸くロゼリアから()()してきた人がいるなら、それはロゼリアを読み解き次の商売に繋げることができます。あなたが何も語らなくても、その存在を確認でき、サラ様とバルト様はといった訪問者は私たちに過分な情報を与えました。泊めただけでこちらはラッキーです。」


話していて、アデルは自分の心が冷んやりしていくのを感じた。昼間のサラの言葉は呪詛のようだ。しかし、確かに会話を交わせば交わすほど、的を得ている。自分だけがルティに()()しているのだと


起きあがれないころの素直な様子や眠っている間は可愛くてしょうがなかったが、言葉を交わすと、ただ、目の前の少女の警戒の様子が伝わってきて悲しくなる。何をしに山頂にいくのか聞きたい気持ちはもはやなく、ずっとここにいてもっと言葉を交わして何を考えているのかを教えてほしいような気持ちになる。ただ、それは口が裂けてもアデルは言えない。

そして体が癒された今、ルティはここをでていかねばならないし、そしてそれは、アデルのほうから告げなくてはならないはずだ。


「だから、怪我が、なおったいま、お引き留めいたしません。もうでていってくれて…、山頂に向かってかまわないです。ただ…、見張りをまかないといけませんね。」


アデルからの申し出にルティは心底驚いた顔した。


「なんです?ルティさん。本当はそれだけ、頼みにきたんじゃないですか?」


そう、アデルが悲しいのは、命を助けようが、花を生けようが、果物を分かち合おうが、昼間サラがいったとおりルティは何一つ望んではいないという事実をじわじわ痛快しているからだ。今着ている服ですらルティは望んではいない。そんなルティが頼みにきたのは、速やかなこの館からの離脱で、離脱のためにそれでも何かしたいと思ってしまうなんて、自分は愚かだなと自嘲した。


「そうです。」

ルティは曇りない綺麗な瞳をアデルに向けて答えた。アデルは悲しく笑った。いまが一番素直な彼女だ。

「わかりました。この館から囮をだして、見張りを惹き付けましょう。仮面も回収してあるので、囮にかぶせたらうまくいくでしょう。」

アデルがそう言うと、何かを考えたようにルティは下を向き、何かを決意したように巾着をアデルに渡した。


「開けてみて。あなたは()()()()()()開けて手にとれます。」

「え?」

「わたしは、一方的に何かされるのは落ち着かないんです。山頂に行って何をするかお教えします。」

ルティは身振りであけるようアデルに促した。アデルは触ったことのない滑らかな手触りの巾着から中身を取り出した。


それは手のひらサイズの長四角の紫水晶の原石と見まごう石で、石の表面には星が散りばめるように白く輝く石が埋め込まれている。その下には太陽の紋章、アウル神皇国の紋章が彫られている。

これは?アデルがルティに問うように顔を上げた。ルティは厳かに告げた。



「覇王の石です。」



アデルが目を見開くとルティはきちんとソファーに座り直すと、自身の太ももに手をおいて続けた


「わたしは覇王の石を山頂の湖に捨てにいく。アウリスト教のすべてを捨てに行く。」


ルティは驚いているアデルに微笑みかけた。それは花が綻ぶように美しい。


「道具屋、どうですか?情報として価値があるかしら。」


アデルは、石を巾着に入れてルティに渡しながら

「過分なほどに」

と掠れた声で応えた。いつものように笑う余裕はなかった。


ルティは余裕で微笑み続けた。

「私は、たくさん親切にされるのが苦手です。。あなたには、きちんと当初の要望に応えたいと思います。」

ルティは立ち上がり、アデルの目元を触った。

「そして、()()()()()()()()あなたのその黒い瞳の目の前でこの戦いのすべてをお見せしましょう。」

ルティの声はどこまでも優しい声であった。



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