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戦神の娘  作者: 高宮 まどか
第一章
8/66

8 早い来訪

ルティはくだものをひととおり食べると、ロゼリア軍に引き渡されないと安心したのか、おとなしく再び眠りについた。


その後の1週間は予想はしていたが、ルティは傷による発熱が起こり、アデルはつきっきりで看病した。ここは、アデルと部下10名の若い男であるため、キース以外の男子に美しいルティの看病はさせるのは危険ではあった。と言っても、アデルも相当の自制心が必要だったとは言える。医療の心得があるキースは患者をそうゆう目ではみれないらしく、カルロに至っては「あの怖い女の子」と言い、逆に近寄らなかった。


熱で朦朧としているルティは、ほとんど口を聞かず、アデルの質問に義務的に答えるだけであった。質問するほうも寒いか、熱いか、食べられるか?など義務的であったが…。よい匂いのするハーブの湯で身体や髪をふいたりしていると、綺麗な山猫を飼っているような不思議な気持ちになった。


毎日テラスを開けて空気を入れ換えると満開の芍薬の香りが寝室に流れてくる。

1日一度シーツや寝具の交換のために、アデルはルティを抱き上げる。その度にルティは眉を潜めた。

「ちょっと我慢してください。」聞こえているのか、いないのかアデルは一応ルティに声をかける。ルティは抱き上げられるたび、身体を硬くしてしまう。

-そりゃあそうだよな。とアデルは毎日納得しながら、どこか寂しいような気持ちになった。


一週間、そんな日々が繰り返され、ルティはようやく熱がさがった。ルティは開口一番アデルとキースに、

「ありがとう。面倒をかけました。」

と素直にお礼を言った。アデルとキースは、最初なにを言われているかすぐにはわからず、ふたりして笑ってしまった。

それからすこししたある日、ルティも睡眠薬がわりの痛み止めをのみ、緩やかな呼吸で昼寝していた。

「起きたら、湯殿でもいれてあげましょう。そうすると…、今はチュニックの代用でどうにかなってますが、こんな山奥で、女性の服はないですし、ちょっとかわいそうですね。」

キースが眠っているルティの脈をみながらぼやいた。

「そういった買い物もあるから、この人の回復を待ってもうここを発ちたいところだ。」

アデルは花瓶に水をいれ、さっき切ってきた芍薬の花を生けていく。大きな花器にたっぷりの芍薬は美しい。ルティが起きたときに喜ぶか考えるだけで楽しかった。

「連れていくんですか?」

キースはアデルを見ずに言う。

「いや…。この人が行くとこないならな…。軍事面で役にたつだろうし」

「妻としてつれていくんですか?」

キースは今度は振り返りアデルに問う。アデルは芍薬の花に顔を近づけると、

「そんなんじゃないよ。妻にはできないのは、おまえがよく知っているだろ。俺はクラレス王国のルーテシア地方の道具屋なんだ。ルーテシア地方の部族の誰かの娘を妻にしないといけないだろ。」

アデルは、事実を言いながら、芍薬を花瓶に生けていく。

「ただ、この人は戦い方をみて、聞きたいことがたくさんあるし、ロゼリアが放逐するなら、軍事的にとても惜しい存在だろうなとは思うよ。」

と締めくくった。

そう言いながらも、熱がさがってからのルティの世話は楽しかった。始終横になっていて、仏頂面で看病を受けているが、年相応の反応もするし、好物の果物がくるとこっちにわからないように小さく笑うところも本当に可愛かった。山猫をほんのすこし懐かせた気分だった。元気になって、もっと話してくれないかと思うくらい。


キースはアデルの回答になにも言わず、手桶の布巾をルティの額に置いた。ルティは痛み止めをのんでこうこうと眠っている。

「傷はほとんどふさがっていますから、あと、微熱がさがったら抜糸して終わりです。」

「抜糸のときには、いろいろ話しを教えてもらう約束だから。もっといろいろはっきりするだろ。」

アデルも寝台の近くに立つとルティを眺めた。その時、カルロが珍しくアデルの寝室に入ってきた。


「アデル様。あの、あの、バルト様がお越しです。」

アデルはカルロの報告に

「早いな…。」と呟くと同時に、

バルトがきたことからルティがルッティ隊からも一人で離脱したことを悟った。

カルロは、おずおずとした様子で、

「それが、あの…。バルト様だけでなく、女の人も一緒なんです。」

アデルは眉をひそめた。キースが、ルティにふとんをかけ直すと、

「主、ルティ様は、どうしますか?引き渡しますか?」

「いや、引き渡さない。約束してしまったからな。」

カルロはそれを聞いて、

「この人、ずっといるんですか?」とアデルに尋ねた。

アデルは「さあね。」と答え、キースにそのまま寝室にいるよう伝えると、応接室に向かった。


開戦前と同様に、皮張りのソファにバルトは座っていた。以前と違うのは、隣に女兵士も座っていた。いつぞやの百合の紋章の冷たい女兵士だ。今日も百合の紋章の甲冑をきている。


やりづらいな。


「これは、これは、この度の勝ち戦おめでとうございます。こちらもそろそろ館から去ろうとしておりましたので、最後に会えて嬉しく思います。」

アデルは恭しく礼をした。バルトはその祝辞を無視するようにしかめっ面であった。

「ああ、まあ、座れ、道具屋」

バルトは対面のソファに座るよう促した。よく見ると戦のあとだけあり、ひどく汚れていた。逆に女兵士は、一切汚れておらず、相変わらず感情がまったくでない冷たい視線をアデルに送っていた。

「どうなさいました。帰途にあたり、兵糧が足りませんか?」アデルは部下が持ってきた茶に、珍しく、砂糖をいれてぐるぐるかき混ぜた。訪問理由が、ルティなら間違いなく、正念場だ。

ー引き渡せばいいのに。こんな危ない橋を渡らないですむ。

アデルの中の冷静な声がそう告げる。

バルトが真剣な顔で尋ねてきた?

「我国の人間がこちらに来なかったか?」


「と言いますと?」

アデルはよくわからないという顔をして質問を返す。そう、最初からルティがいないと心に決めればよい。

「実は、我軍の関係者が行方不明となっていて、探している。方面がこちらだったので、ここに立ち寄ったのではないかと思って。」

「いやいや、私たちはのんびりセルト打って過ごしてましたけど、そういった方は…。もうそろそろ帰る予定ですし。」

アデルは砂糖いりの紅茶をぐっと飲んだ。

バルトもふぅっとため息をついて、隣の女兵士に体を向けた。

「サラ殿、だから言っただろう。わたしはルッティさまにこの館のことは告げてない。むしろ警戒心が高いルッティさまはここには近づかない。」

サラと呼ばれた金色の髪の青い瞳の女兵士は、バルトを冷たくみやると一言

「おしゃべり男」とつぶやいた。そして、冷たい瞳でアデルをみやると

「道具屋、美しい少女は見なかったか?」

と男言葉で聞いた。

アデルは

「少女?この山奥に?」とひやひやしながら質問したうえで

「見てませんが…。」ととまどってみせた。

サラはアデルをじっと見た。

「道具屋、その頬の傷はどうしたのだ。」小さい絆創膏が張ってあるルティのつけた傷あと指差した。

「部下と湖で慣れない剣士の稽古をしてつきました。慣れないことはするものではありませんね。」

アデルは笑って答えた。アデルの言葉をサラは聞かず、

「ここはいいところだな。道具屋。館にくる前に少し湖を歩いてみてきた。湖の湖畔の一部はお前の庭になっているんだな。」

サラは紅茶を優雅に口に運ぶ。

「庭には立ち寄れないが、館の入り口からだと美しい芍薬の花畑がみえた。遠くてよくわからないが、さっき、誰かが手折ってなかったか?」

「わたしでございます。しかし、よく見えましたね。目がよろしいというか」

「まあ、人影しか見えなかったが、お前だったか。」

サラはにっこりと笑って言った。こう笑うとなかなか美人だ。


「男ばかりのこの館で、誰のために芍薬を手折っていたのだ?道具屋。両手いっぱいに。」


アデルはごくりと紅茶を飲み干すと、ルティが喜ぶかと、芍薬を生けたことを顔にはださずに後悔した。


「私の部屋の花器に生けるためにです。高価な華ですからね。もう帰るので、最後くらい花を愛でようと。」

と答えた。アデルは顔にださないが、肝を冷やした。ルティは部屋から出していない。それに角度的に花畑から先は覗けないつくりだ。落ち着け。()()をかけているのだ。

ただ、外からこの女に疑念をもたれ、見張られていたのかが気持ち悪い

サラは、

「そうか…。お前はいつも館で着ているものは金がかかっているものな…。商人でも、我々よりそういった美的価値を理解してそうだな。」

バルトも、

「道具屋は豪商の家であるから、花も好きであろう。芍薬なぞ、庶民にはちと手がでない花だしな。」とサラに告げた。

バルトの能天気な発言に少しアベルも安堵する。サラだけだ、変なことを言うのは。

サラは少し考えると、

「私にも分けていただけるか?金はちゃんとだす。」と尋ねた。

()()()()()()花なんてくれてやる…。いくらでも。

「構いませんが。あなた様が芍薬が好きとは意外です。」

アデルは笑ってこたえた。サラもニコニコしている。


「自ら選びたいので、そのテラスに入ってもよいか?」

アデルはゆっくりと紅茶の入ったカップを置いた。

この女…いつから…。

「それは、ちょっと。わたしの利用している…、寝室なんですよ。テラスがついているのは。若い女性を寝室にはちょっと。」

手をふり断ると、サラも笑って言う。

「外からならいいか?寝室には入らん。外の湖から回り込んで、花畑にだけいくのはどうだ?」

サラの追随にアデルは、顔がひきつらないように気をつけながら、おどけた。

「きちんと蕾のものも、満開のものもお持ちしますよ。ご自身で摘みたいのですか?」

大丈夫なはずだ。ルティはさっき寝入ったばかりだし、ベッドにはキースもいる。花壇は一段低いから、外から部屋のなかは覗けない。

バルトが呆れた声をだす。

「サラ殿、花なんてもらっても困るだけだ。」

サラは怒りの眼差しでバルトを見た。アデルは、バルトにこんなに救われたことはかつてないなとふたりの噛みあわなさを見つめた。

「誰か」

アデルが呼ぶと、キースが顔をだした。カルロが控えていたと思っていたので、意外だった。ルティは、大丈夫なのか?

キースはアデルをじっと見つめ、微笑んだ。

「主、廊下で聞こえてしまいましたが、主の寝室のテラス前の芍薬がお望みとのことですが、はっきりお伝えいただかないと私が困ります。花畑側からだと、湖の湖畔ギリギリなので、足を濡らしてしまいます。お見苦しくて恐縮ですが、主の寝室からテラスにでて、芍薬を摘まれるほうがよろしいかと。」

アデルはその言葉を受けて、

「いや、部屋に女性が入るのが抵抗があったんだよ。」

と笑った。アデルはサラに向き直ると

「サラ様、あの芍薬は高い花ですが、いくつばかりご要望ですか?」と伝えた。サラはまた無表情に戻っていた。

「そうだな、片手分くらいいただこう。」

「けっこう高くつくので、物々交換はいかがですか?」

サラはアデルの顔を見た。

「なんだ。」

「このキースには、弟夫婦がおりまして、異国の洋服を集めるのが趣味でして、ロゼリア風の服を男用と女用でいただけませんか?古着でいいので。」

サラはきょとんとしたが、近くの兵士に館前の自分の荷物とバルトの荷物から男女それぞれの洋服を持ってこさせた。女兵士洋服はワンピースであった。仕立てから、女兵士も貴族階級の富裕層だと確信した。バルトの服も同様だがらバルトはまだいまいち飲み込めておらず、なんで花の代わりに服を差し出さねばならないのかブチブチ言っていた。

「では、芍薬を切らせてもらおうか。」とサラは立ち上がると、廊下に飛び出すと、ツカツカと歩いていく。一気に寝室にいくと思いきや、手前の部屋からかたっぱしからドアを開けていく。

「サラ様っ、そこは寝室ではありません。」

「サラ殿」

「わたしはそのほうの寝室は知らない。わかっているんだろ?人探ししているだけなのだから」

バルトもようやく納得したのか、押し黙った。

冷たい瞳で言い返され、一階の部屋を全てを開けていくのをアデルは肝を冷やしながら見ていた。キースをチラリとみると、サラの家捜しを動じずにみている。その様子に、最後にアデルの寝室のドアを開けた。


ベッドに当然ルティの姿はなく、花器の中にたっぷりと生けた芍薬の花があるだけだ。サラはテラスにでると、芍薬を乱暴に自らの剣で、切るとその腕に抱いた。


「気が済みましたか?」

アデルは率直に聞いた。サラは唇を噛みしめた。

「微かだが、芍薬のかおりのほかに、薬の匂いがする。」

アデルは無言で頬の傷を指差した。サラは忌々しそう傷の絆創膏を見た。

アデルはここに来て、サラに本心で尋ねた。

「誰をお探しなのです。」

サラは新たに5本芍薬を切ると、手元に寄せた。そして、勘違いするなよと言ったうえで切り出した。

「華の駄賃で教えてやるが、美しい少女は、わがロゼリア王国遊撃隊の隊長の通称ルッティ様だ。美しい少女なので勘違いされるが、強い戦士であり、戦略の天才でもある。ただ、なにぶんお若いからかもしれないが、急にいなくなってしまい、私たちは心配で方々探しているのだ。」

「隊長とは言え、脱走の少女兵にずいぶんと手間をかけますね。」

「ルッティ様の離脱については、まだばれていない。とは言え、長くはもつまい。ルッティ様はこの戦の一番の功労者だ。大神官と神王を自ら仕留められたのだから。」


ー亡くなられました。ご家族とご一緒に。

そう呟いたルティの顔に感情がなかった。あの子が討ち取った。殺したのか。

殺しているところがいまいち想像がつかない。


アデルが考えているとサラが芍薬の花に顔を近づける。

「一足早く帰国した王太子殿下がルッティ様に一度帰国するよう求めている。伐った直後を労ったが、足りぬからとのありがたい仰せだ。今は終戦処理で無理だと引き延ばしている。」

「それは…。」

「芍薬5本では過分な情報であろう?」

サラはにやりと笑い、アデルの頬を指でもう一度なぞった。

「私は、おまえがなんなのか。いつ、調べても戦神さまの影で覆われてわからないことが大変不満だ。」

そのあと、事態についていけてないバルトにサラは向き直った。

「だが、おまえのいいところは、女をみて、女だからと言って侮らないところだ。この、バルトはそうではない。だから、()()()()()()()()()()、ルッティ様に逃げられるのだ。ルッティ様を誤解している。」

バルトは反論したいのを堪えている。サラはずいぶん感情的だ。

「とは言え、ルッティ様は年若い、怪我もしているとも聞く。道具屋、本当に知らないのか?我らは捕縛したいのではない。ルッティ様を守りたくて言っている…。もう一度聞く、ルッティ様を知らないか。」

アデルは悲しげに言った。

「わかりません。いきなりのことで。ただ、それらしき少女は知りません。」

サラは食い入るようにアデルを見た。

ルティは知っていても、ルッティは知らない。

「サラ殿…。もうやめましょう。道具屋よ。もしルッティ様らしい方を見かけたら、連絡をくれないか。」

バルトはサラを止めた。サラはふんっと言って、アデルの部屋をでると、館からでていく気なのか、ツカツカと玄関に向けて歩いた。

「道具屋、ルッティさまは本当に美しく、可愛い。そのせいで、軍のなかでいつも揉め事が起こるぐらい。そのため、側近は固定し、側近以外にはその仮面で対応するくらいだ。だから、もしお前とルッティ様が会うことがあっても絆されないように気をつけよ。」

アデルは、無言を貫くとサラはイライラしたように続けた。

「男はわからないのかもしれないが、ルッティ様はご自分が美しいがゆえにいらぬ苦労をしてきたことから、些かゆがんでいる。そうと知らずにルッティ様に愛されたくて、ルッティ様の要望に自然と応えていることはよくある話だ。ルッティ様はなんとも思っていないのに。」

アデルは、その言葉に冷や水を頭からかけられたような気持ちになった。サラは玄関の前でとまると、アデルに振り返り、

「あの方に触れていいのはこの世でひとりだけだ。触れたら、おまえを殺さなくてはならない。そこだけ気をつけよ…。」

サラは冷たい瞳でアデルに告げた。

「そんな機会がないことを、祈ります。早く見つかるといいですね。見つけたら、保護してすぐお伝えします。」


アデルは頭を垂れて、2人を見送った。芍薬の花びらが数枚を落として、サラとバルト一行は帰っていった。

帰ってすぐ、アデルは屋敷の奥までいくと

「ルティさんは? 」

「ご本人が、お二人の来訪を伝えたら、湯殿に行きたいと。」湯殿は館の奥で、一度外にでるので、確かにうってつけだ。まったく、頭がまわる人だ。

「ただ…。」

キースは、アデルに視線を向けた。

「すごく疑ってましたね。」

「外からこの館は見張られている…。まったく花なんかから疑われるとはな…。」

「釘を指すのも忘れませんね。まあ、居てもいなくても、見張るぞとのことでしょうかね。釘自体も間違ってないから、ついつい助けてしまった我々には刺さりますね。」

「なんかぐうの音もでないな。」

アデルは自分の髪をがしがしかいた。

「やっぱり、奥さんにしたくなりました?」

キースはニヤニヤ言った。

「わからないよ。ただ…死なせてはいけないと思っただけだ。」

2人で応接室に戻ると、

キースはサラの刺繍が織り込まれた藍色のワンピースを持った。

「その感情が、サラの忠告とおりのものとは違うような気がするんだが、あの釘のさされ方をすると、説得力がないな。」

「そうですね…。花まで生けましたからね…。」

キースは、湯殿に向かう。

「着ていた白の肌着のようなワンピースは透けてしまうので、いただいたワンピースを上から着てもらいましょう。」

アデルもついていこうとすると

「女性の湯殿に医師以外の男性がいくものではありません。」

手をかざされキースに断られた。アデル無意識とは言え、ついていこうとしたことを恥じた。

「必要に迫られたとは言え、湯殿にも入れますから…。出てきたら、少しお話できるでしょう。」とキースは笑ってアデルに伝えた。


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