7 無花果
「館から、ロゼリア方面に行く道で茸獲っていたら、いきなり、矢が飛んできて、振り返ったら仮面をつけた兵士が馬に乗っていたんです。それで、仕方がないから抜刀して聞いたんです。どこの者だって。そしたら、その人が無言でまた矢を射ってきて、そのまま上に上がろうとして。だから僕は後ろから斬りかかって、鉄仮面をぶっ飛ばしたんですよ。仮面を飛ばしたら・・・その人、下馬して、すごい速さで斬りかかってきたんです。押し戻して、館まで逃げてくるので必死でした。」
カルロは、忌々しそうにベッドで寝ている少女を見た。カルロはまだ14歳なので、みんながこぞって少女ばかり看病されていることにも不満がある様子だ。
「カルロ、結果として不審者を館まで連れてきてるぞ。」
キースは、カルロの拗ねたとんがった唇をみてため息をついた。
「上にって、ここより上だと山の頂上と山の上の湖しかないはずだが…。」
アデルは寝室に運ばせたパンをちぎり口に運んで思案した。
夜があけたが、まだ少女は目覚めない。
「カルロ。この人の馬と、落ちた仮面をひろってこい。」
「え~!!!!」
カルロは不満そうに声を上げた。徹夜に近い睡眠のアデルには刺さる声だ。
「あとね・・・、カルロ、死ななくてよかったな。おまえは本当に腕がいい。それに運もいい。この人を殺していたら、国際問題になるかもしれず、おまえを殺さなければならなかった。」
アデルはカルロの頭をがしがしと撫でる。カルロも口をぱくぱくさせて目を潤ませた。
「そうならない状況に落ち着いてよかったよ。ほら、いっておいで。」
と背中を押すと、カルロは笑顔になり、部屋から素直に退出した。
「単純なやつ・・・。」
キースはカルロの後ろ姿を見送り、あきれて言った。
「しかし、この人はカルロを執拗に追い込みましたね。顔をみられたと思ったからなのか。山頂に用があるのに、しつこく背をうってきたからか…。」
キースはアデルにお茶をいれる。アデルはミルクを茶にいれてスプーンでぐるぐるかき回した。一口含むと、胡桃のパンに手を伸ばすと一口にちぎり口にいれる。
キースも野菜と雑穀の入ったスープを口にした。ふたりとも夕飯を食べ損ねたため、いつもより多い朝食をアデルの部屋でとっている。
「クラレスに帰るにしても、この子の回復次第だな。」
「発熱するでしょうから、一週間はかかるでしょうか。主、連れて帰りますか?」
キースはいたずらっ子のような瞳でアデルを見上げた。アデルは気まずそうにスープを飲むと、悲しそうに微笑んだ。
「この子が回復するより前にロゼリア軍が来ないといいんだけどな。」
そんなことを話していると、
「う…。」と寝台からうめき声が聞こえた。
弾かれたようにアデルは寝台に近づいた。キースはその背中をみて主は珍しく、そして、わかりやすく少女に執着しているなと苦笑した。
アデルは、ゆっくりと開く瞳を見ていた。
「あ…。」
寝ぼけているのか夢現なのか、紫の瞳は、まっすぐアデルに手を伸ばし、アデルの瞼をなぞると小さな声で
「黒い瞳…。よかった…。これで…。」と囁いた。
「え…??」
アデルは驚いてその手を掴んだ。すると少女も瞳を見開き、手を引っ込めた。
「えっ???」
寝ぼけていたのか、キョロキョロとあたりを見回す。そのあと、起きようとして、脇腹の痛みに眉をひそめた。
「痛い…。」
「まだ、起きちゃダメですよ。」
アデルは少女の肩を優しく押し戻した。少女はアデルの顔をじっと見て昨晩のことを思い出したのか、アデルの頬に触れた。
「ごめんなさい…。」
アデルは頬が熱くなるのを感じた。そのあと、じっとアデルを見た。
「ロゼリア軍にわたしのことを報告しましたか?」
アデルはその切実な泣きそうな声音にすぐさま首を振った。
「あなたに聞いてからにしようと。私たちは道具屋でロゼリア軍に荷を卸しているので、腕章をいただいておりますが元々はクラレス人なんですよ。だから、あなたの顔は存じ上げない。」
アデルが優しく嘯くと、少女は沈黙した。
「私は…ルティと呼ばれています。ルッティ隊という遊撃隊に所属してます。わたしはすぐでていくので、でていってから3日間はロゼリア軍に連絡はいれないでください。」
隊長だとは、ルティは伏せたのか…。案外、昨夜の脅迫の時や戦いのときと違い、しおらしい。
アデルは呼び掛けた。
「ルティさん。とりあえず、ここでケガを治してください。うちのカルロが山の頂上にいくのをお邪魔して傷まで負わせてしまい申し訳ない。」
あえて身分の上の人の扱いをせず、謝罪する。早く信用してもらわなくては、飛び出してしまいそうだ。この人の命も大切だけど、この人、強いから飛び出していったときにみな殺しにあうかも。いや、むしろ傷をつけたのがカルロとばれたら、ロゼリアに皆殺しになるかもな・・とアデルはついつい最悪の事態を考えてしまう。
「それは…。かすり傷なので、別にもういいです。ただ、わたしはもういかないと。」
案の定、また起き上がろうとしている。
「ダメです。死にますよ。どうしてもというなら、ここはクラレス領なので、不当に入国したとして、クラレス軍に引き渡します。」
アデルは笑顔で諌めると
「脅すのね。」とルティは掠れた声で言った。
ルティが眉をひそめる不機嫌な顔に、アデルは変わらない笑顔で畳み掛ける。
「あと、昨夜の滞在費や治療費についてはも困りましたね。あなたは、ロゼリア軍から抜けて何かしようとしてるから、ロゼリア軍にも請求できないし。」
思わずからかうと、ルティはひどく悲しそうな顔をした。見た目どおり戦は得意かもしれないが、世間知らずだ。貴族の娘か?貴族の娘がなんで軍に入るんだろうと思いつつ、いじわるがすぎたと反省し、1つ提案をした。
「しょうがないので、その費用のかわりに教えてくれません?あなたが山頂で何をしたいのか。」
「それは…。」
ルティは胸元に手をやるが、あるはずの巾着がなくてアデルを睨み付ける。
「取ったわね。」
アデルは寝台に肘をついて被せるように言った。
「預かってるの間違いです。中も見ていない。」
二人の間に沈黙が流れ、アデルは寝台に肘を倒してもたれると、
「軍を離脱してまで、山頂でやらなければならないことについて、ケガが治ったときに教えてくれるなら、情報として価値がある。そのまま、ここの滞在費と治療費とあてましょう。」
「え…。」
ルティは怪訝そうな瞳でアデルを見上げた。
「あなたが治るまで、ロゼリアから匿ってあげてもいい。そうですね。この匿う分の代金は…、キリル平野の夜襲の手順を教えてもらうのでどうですか?悪くない取引だ。」
アデルも我ながら悪くない取引だと思った。開戦理由まで迫れれば、今後隣国になるクラレスにとってロゼリアの考え方がわかる。ルティが思うよりルティのもつ情報の価値は高い。
ルティは疲れたのか、少し思案して頷いた。
「わかったわ。どのみち、あれもあなたが持っているんだし。わたしがここから逃げるのも骨が折れます。ただ…。あなたはそれで得になるの?」
あれ、あの巾着か…。アデルは寝台横のチェストの引き出しを見ないようにした。クラレス軍やロゼリア軍の脅しよりもあれを持っていることのほうが重要だったか。ルティが眠ったら、他の場所に移そうとアデルは心の中で冷や汗をかいた。
「そうですね…。わたしは元来知りたがりというもありますが、あなたは私の生業に役立つ情報を持っている。その情報には価値があります。袋は元気になったらお返ししますから、安心してください。」
アデルは果物が何種か盛られた皿を持ってきてベッド横のテーブルに置いた。
「じゃあ取引成立ですね。なにか果物食べませんか?喉がかわいているでしょ。」アデルがリンゴを取ってナイフで剥いていると、ルティは砂糖ずけのいちじくがごろっとまるごと入った皿をを手にとった。
「いちじくが好きですか。」
ルティはこくんと頷く。白い手でフォークで小さくしようとするも、うまくいかないようだ。
「一個は食べれないかも。このいちじく、大きい。」
とルティが呟くので、アデルはルティの手からいちじくの皿をを取り上げると、ナイフで半分に切って、片方を自分の皿に、半分をルティに返した。
「半分こしましょ。」
アデルもフォークで半分になったいちじくをかじった。ナイフを濡れた布巾でふくと、いちじくを味わいながらリンゴの皮をナイフでむいていく。
ルティもアデルの横でいちじくを口に含んだ。ルティが小さい声で
「甘い…。」と囁いた。その後はただもくもくと2人ていちじくを咀嚼した。アデルが沈黙に耐えきれず、
「サリバス宮殿は昨日陥落したのですか?」今日の朝方斥候より入った情報を尋ねた。
ルティはいちじくを咀嚼しながら
「そうです。」と答えた。
「神王陛下と大神官は…」アデルが重ねて尋ねると、、
「亡くなられました。ご家族とご一緒に。」
ルティは前を見つめ答えた。前を向いているが、ルティの目には何も映されていなかった。
アデルはいちじくを味わいながら、夜の闇の瞳で、ルティという少女をただ見つめた。
本当はいちじく生にしたかったんですが、いちじくの旬って夏なんですよね。春なので砂糖漬けになりました。




