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戦神の娘  作者: 高宮 まどか
第二章
66/66

66 その旗は何色なのか

ニッケはリズの旗を掲げた。リズの旗は双頭の黄金の狼だ。

今回の相手ー。クラレスのアデリード王子の旗は青い狼だ。

見たところ、まだたくさんの青い狼の旗がひしめいている。が、双頭の狼旗も同等といったところか。


()()()は捨て置いたとサランから聞いたが…。まあまあうまくいったのかもしれない。青い狼は守りが堅い。その堅い守りの青い狼の城門が開かれた。上出来だ。


正面の城門にどっと兵士が押し寄せる。そこかしこで青狼軍の旗が折られ、死体が転がっている。

半数以上の軍が砦の敷地内に入っているのだ。

この砦は国境にあり、第一城門が開き、中はこの砦の兵士のほかに民もいたはずだが、さすがに逃げ出したと見える。城門の中は一つの街であった。西側には広大で深い森、その森を背に石造りの武骨な砦ががそびえ立つ。そこからも煙があがっている。砦本体以外はほぼ制圧したと言える。砦の陥落も近い。いまだ砦の頂上には青狼軍の旗がはためいているが、あれもすぐに変わるであろう。

住居地域では絶えず火が上がる。ニッケが略奪を許したからだ。住居地域に逃げ込んだ兵士を炙るために。



ニッケは騎乗しながらゆっくりとその様子を……、その地獄のような様子を見る。



悪くない結果、ニッケの肌はまだピリピリと緊張している。


「ニッケ?」

眉を顰めているニッケに、つられてラナイも不安な声をあげる。ニッケは安心させるようにニッコリと笑う。


罠はない。ないはずだ。


そう確信して砦本体を取り囲むために軍を入れ込むと、地面に落ちている青狼軍の旗に目をやる。


狼の刺繍のとなりに純白なのだろうか花が刺繍されている。


牡丹?


牡丹…?旗に?


ここの砦を守るよう指示していた司令は、アデリード王子かライラス将軍と聞いている。


ライラス将軍は旗を持たない。クラレスは王族以外は旗を持たない。


誰だ?

そう考えると同時に、ニッケは弾かれたように顔を上げた。

思わず、砦の最上階を見上げる。


背筋にぞくりと寒気が走った。

誰かに視られている。それもひりつく殺気を伴って。


ニッケはその殺気を振り切るように生唾を飲み込む。

そこかしこにあるクラレス軍の残骸と兵士達の死体を横目に、ラナイは少しホッとしたようだ。

部下が伝令にやってくる。

「砦内部ももう制圧いたします。ご入城ください。」

ニッケは辺りをもう一度見渡した。もう殺気をはらんだ視線を感じない。


2つ目の城門、砦の入口にかかる橋を渡ろうとした際に、砦の最上階にラナイの旗、双頭の狼の旗が掲げられた。辺りから歓声が上がる。


「よかった。ここを取れて、御の字だ。兵士達に外の城門を閉じ、砦内の確認に入ってもらうのはどうだろうか。ニッケ。」

ラナイも安心した声をだす。ニッケは頷く。

「よいご判断かと思います。」

この砦の内部に、進みながら、ニッケはするどい視線を部下に向ける。

「クラレス軍はどちらの方向に逃げたのだ?住居スペースに死体は少なかった。旗はたくさん燃えていたが。砦の中の死体はどこだ?捕虜は?」

部下は平伏しながら応えた。

「地下牢に…。」

「地下牢…?入りきったのか?」

「はい。なんとか。あとは……あちらの丘の上の森へ逃げ込みました。もうすぐ夜になるので、砦の内部の制圧が終わりしたら、森へ討伐の指示を頂ければと。」

ニッケは頷く。

「ここより北のベクトランにクラレス北部の軍を任せ、われわれは、このままルーテシア地方に進軍する予定だ。森への討伐はここをしっかり制してからで構わない。」

ニッケが、厳かに部下に伝えている様をラナイは静かに見守る。

ラナイは砦内部に案内される。砦の中にもそこかしこにルーテシア軍兵士の死体が転がっている。

「ルーテシアがラルーに向かわせた割いた軍は、この砦を助けにはこれまい。間にはベクトランがいる。ベクトランが()()()()()消費し、盾になるだろう。そうだろう。ニッケ。」

ラナイは囁く。何かのイメージを打ち払うように。

「はい。おっしゃる通りです。陛下。」

ラナイの声は少し上擦っていた。ニッケは旗を見上げた。これはリズの双頭の狼。

「陛下、まずはこの砦を護りきりましょう。この砦を護れば、この緩衝地帯の権利と、ルーテシア地方攻略の足がかりとなります。」

ニッケの声も少し掠れていた。


「ひとまず、兵士を休ませましょう。リズからここまで疲れているでしょう。」

それは、兵士にではなく、国王に向けて伝えていた。



ラナイが砦の主の部屋で眠りについた後、ニッケは、松明をもちながら自ら地下に続く階段を下りていく。

1つ気にかかることがあったからだ。


―捕虜の数が少なすぎる。


砦の最初の城壁が開くまであれほど時間がかかったにも関わらず。


ー捕虜の中に、名のある者はいたか?アデリード王子やライラス将軍とまではいかないが…。


部下はその問いかけに不思議な顔をした。

「ルーテシアの者ばかりで…。判別つきません。榛色や黒色ばかりで。貴族階級かそうでないかも…着ている服からみても、皆同じ軍服でわかりません。こうリズ軍のように服装に階級が表れておりません。」

ニッケは眉を顰め、内心では舌打ちをした。クラレス王国は()()()()なのだ。

忘れそうになるが。ルーテシアの地方民の情報は、ほとんどリズには入らない。アデリード王子の絵姿すらリズは把握していないのだ。

「そうか。もうよい。」

ニッケは自らの目で捕虜を確認することにした。大したものはでまいが、なぜか自分の目で見なくてはならない気がした。


牢はリズの牢とは違い、思いの外小ざっぱりとしたものだった。

もちろん、鉄格子の先に黒髪や榛色のリズでは見かけない髪色の者たちがしゃがみ込み、こちらをじっと見つめている。

牢の鉄格子のまわりに篝火が焚かれているが、表情のつぶさまでは確認できない。ニッケがくるまではヒソヒソと聞き慣れない言葉が交わされている。

ーはて…ルーテシアは固有の言葉を持っていただろうか?


「あれは、ルーテシアの農民達が使う方言のようなもののようですよ。」

部下が答えた。

「お前、あの言葉わかるのか?」

部下は首を振った。

「まさか!さっきも水を渡すのに苦労しました。あれで、こっちの言う事はわかっていて、自分達はおんなじ言葉を話しているつもりみたいですよ。」

部下は嘲るように言った言葉は石造りの廊下に響いた。その言葉にも数名反応するものがいたところを見ると、それは正しいのだろう。


どうも、ルーテシアの情報は掴めそうでいつも掴めない。積極的に情報を取りに行きたいと思っていない国の姿勢の問題だな。ただ、それも一理ある。こうしてこの砦はやすやすと取れてしまった。以前は老獪な指導者であるカイル・レイラスの庇護を受けた王子の軍にしてやられたが、今回はもうカイル・レイラスはいない。所詮は二級市民の寄せ集めだ。しかも、農民がほとんどだ。


それほど警戒しなくてもよいのかもしれない。


「何をそんなに警戒していたのか…」


ニッケは思わず呟き、牢屋を後にした。


牢屋の大元の外の扉が閉められると、一番奥の牢屋の中の1人が思わず口元を綻ばせた。牢屋の外にしか門番はいない。


「リュカ様」

部下の小さな囁きは気遣うような声音だった。

「ここまで、計画どおりで。ほっとするよ。」

リュカは農民訛で小さく答えた。

ーあの、人使いの荒いお姫様

リュカは紫水晶の冷たい瞳の少女を思い出した。


ーできないなんて言わないわよね。

少女はリュカの目を見て、なんの興味もなさそうに言った。


ー私は、ここに来てまだ日が浅いし、正直信用がないのもわかるわ。ただ、私は負けるのは嫌なの。ピオーネ軍は正直、農民の寄せ集めだし、リズの正規軍とまともにやり合うのは無理があるの。


少女はその後本当に困ったように眉を顰めた。

ーもう少し足が速ければよかったんだけども。馬に乗れる者も少ないし。


リュカも負けじと眉を顰めると、少女は眉間に人差し指をあてて解すとやや高い声で言った。


ー困るのよ。事実を言って機嫌を損ねられるのは。私は魔法使いじゃないのよ。でも…これなら、農民あがりのピオーネ軍でもできるわ。あなた、私と違ってみんなに慕われてるもの。


そう言ってルナティス妃は小さく笑った。それは小さい笑顔で、人望ないことを語る最後はちょっと悲しそうで、リュカは解された眉間が熱くなった。


ーリュカお願いしますね。


リュカはこの人が従兄の、主人の妻でなかったらいいのにと一瞬強く思って、慌てて、その思いをかき消した。


「さて…やるか。」

リュカは壁の後ろに微かに聞こえる水音を聞きながら、立ち上がった。

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