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戦神の娘  作者: 高宮 まどか
第二章
59/66

59 亡国の残像

リズ王国国王ラナイがルーテシア軍の一部が北上しているとの知らせを聞いたのは白い駿馬に乗って、王都の門をくぐったときであった。

それを聞いて、ラナイは少しだけ安堵した。一つの賭けには勝ったのだと。国境のどこを攻めてくるか、ルーテシア軍を悩ませたはずだ。本当に攻めてくるかも含め、だが。


あたかもミルダの先、北部を狙うかのような情報をだしただけある。ルーテシアの兵がラルー方面へ北上したということは、リズが侵攻する先を北部と思っていると言うことだ。裏をかいたとまでは行かないが、幾分かの勢力を削いだことになるだろし、いまだどこを侵攻の地としているか分からないといったところだろう。


リズの西側で隣接しているクラレス王国だが、両国の間には、北部は荒野、南部は草原が広がっている。南部の草原はほぼルーテシア地方だ。

荒野か草原どちらを侵攻するか。王都からそのまま西に進行すれば荒野にでる。そこから一番近い砦を構える要所はラルーということになる。

クラレスの王都はさらに北西にあるが、王都軍のリズ側へ動きはない。今回もいつもの国境の小競り合いと考えてくれていたら、こちらとしたら大助かりだが、そんなに楽観的ではない。



ルーテシア軍、青狼軍……。旗に描かれた狼は王族の印だが、アデリード王子の狼は、王族の金狼ではない。青だ。

ラナイは自分の金色の髪を触る。

アデリード王子に会ったことはないが、金色を持っていないと聞く。母親がルーテシアの部族長の娘という低い身分から、無価値の王子と呼ばれていることも。彼の瞳は何色なんだろうか。そんな詮のないことを考える。彼の兵と自分の兵が刃を交えたとしても、直接会うことなど今後もないだろうが。


「ラナイ様。」

ニッケの声にもほんの少しだけ、安堵の色が混じるのを知り、ラナイは我に返る。

「ニッケ、油断するな。ここからなんだ。いいな。」


油断なんて一度もできない。国外も、()()()()()


国王軍の右横に控える、青の法衣をきた騎乗している軍をラナイは見る。アウリスト教徒で構成された軍。その先頭に立つ男。


頬で切り揃えられた直毛の金色の髪と紫水晶の瞳を持つ若い男。

年の頃は20代後半であろうか。


ー北のミルダの先を、ラルーを欲しがるような情報を流すのです。私たちはアウリスト教に連なる湖を求めます。ルーテシア地方のスルタナニアから攻めとれた暁には、神事に湖を使う権利を頂きたいものです。あちらは私たちがなぜ湖を欲するのか分からないでしょう。そこを突きます。


先頭の男、サランはそう言った事をラナイは思いだす。

俺も、教会連中がスルタナニアの湖にこだわるかわからない。


教会勢力との距離……。国王と教会の距離は適切でなくてはならない。国教が政治に深く関与させては本来ならないはずだ。


ラナイは自分の若さが恨めしいと心から思った。前国王の死去後、ラナイが王位につく際、国内は荒れた。ラナイが若く、頼りないように見えたのかー。

タイミング悪く、蝗害が発生した。蝗害地域が国の北東部の外れ、サルーカとの国境であったことから、王都近くの貴族等は静観した。ともすれば、ラナイにこの国難が切り抜けるか見極めていたのかもしれない。

ラナイは窮地に立たされていた。北東の国境はサルーカから先王が戦いの末削りとった国王の直轄の領地だ。住民の半分は旧サルーカのものだ。一刻もはやく安定させなければいけないのにも関わらず、国の予算を直轄地に費やすことができなかった。先王がこの切り取った土地全て自らの領地とし、国に還元しなかったからだ。貴族達が静観するのも無理はないのだ。

それゆえに、ロゼリアとアウル神皇国の戦の支援どころではなかった。戦の際にアウルに援軍を送らなかったことについて、教会からは非難された。最も援軍をだす暇なく、アウルは滅ぼされたわけだから、ラナイの差配のせいではないのだがー。当然のごとく教会からの風当たりはきついものとなった。


そんな折、ニッケがひとりの男を連れてきた

背に腹は変えられません。

と一言付け加えて。

アウリスト教会の神官サラン。


サランはアウル神皇国からの亡命者だ。援軍を出さなかった負い目から、アウル神皇国の亡命者に寛大な措置を取った。この措置に国内のアウリスト教会の大司教は諸手を挙げて賛同した。

そして、ニッケが神官としてサランをラナイの側近として抜擢してからは溝どころか教会との関係は貴族を超えるほどだ。サランは側近として手始めに、北東の蝗害地域を担当し、瞬く間に安定させたのだ。

その手段を問うも、サランは微笑むだけだ。


亡命してきたばかりにも関わらず、サランの教会でのカリスマ性は著しく、サランはリズのアウリスト国教会を掌握した。国王としてラナイが手をこまねいてできなかったことを、いとも簡単に。

サランは手にした全てを側近としてラナイに捧げた。それは、アウリスト国教会がラナイの後盾となったことの同義だ。


心強い反面、頭が痛くもある。国教であるとは、教会との距離を見誤れば、ラナイは玉座に座る傀儡にされてしまう。敵にまわせぼ、玉座から放り出される。


アウリスト教会との距離をこれ程、近くなってしまったことは、ラナイの罪なのかー。ラナイは今でも分からない。


サランはアウル神皇国の枢機卿だった男だ。政治手腕があるのも当然だ。サランはこの神皇家の血をひく、神王の甥だった男だ。

優秀だと言うならば、きちんと使ってやろうじゃないか。傀儡にされぬよう、こちらがきちんと利用してやればいい。


いつまでも後盾でいられると思うな。ラナイは心の中で毒づいた。


「サラン。」

「はい。陛下。」

サランが青の法衣をはためかせ、ラナイに騎乗のまま近寄る。

「陛下、お顔の色か優れません。昨晩は眠れましたか?」

「あぁ、寝れた。おまえのおかげだ。」

「眠り薬は効きましたか?」

「それなりにな。」

ラナイは口元に笑みを浮かべながら、聞いた情報の中で気になったことをサランに尋ねた。

「サラン。お前がクラレスにひそませた部下はまだ健在なのか?」

サランはその質問にほんの少しだけ眉をひそめた。クラレスにサランはアウル時代の部下を潜ませていた。そこから逐一報告をもらっていたのだ。

「さすがに露見したか、ちょっと連絡がつかないのです。始末されたかもしれませんが、ここまで役にたってくれれば御の字です。」

「優しい顔で怖い男だ。」

「優しい顔でなければ、聖職者は勤まりますまい。」

サランは女のような顔で微笑む。

「あはは。なるほど。アウルの王族は皆お前のような……優男みたいな風貌なのか?」

ラナイは苦笑まじりに言う。

「そうかも知れませんね。まあ、ほとんどが死にましたので、陛下に証明できませんが。」

サランは微笑みながら、ラナイを見つめ答える。紫水晶の瞳が鈍く光ったようにラナイは感じた。


「そう言えば、お前の……アウルでの名前はなんと言ったか……?」

「急に?何をおっしゃるんですか。アウルの頃のことはもう忘れたいのですが……。」

サランは困ったようにラナイに笑いかけた。ラナイもサランの元の立場が国王の甥としか気にかけてなかった。


「フォン枢機卿」


ニッケが葦毛の馬に跨がりながら、サランに声をかけた。サランは無言のまま顔に笑みを張り付けたながらその言葉を受けて静かな声で囁いた


「ベルクート・フォン・アウルですよ。陛下。ただもう、お忘れください。」


サランの紫水晶の瞳は鈍く光った。







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