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戦神の娘  作者: 高宮 まどか
第一章
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4 夜明けと光

夜が明けはじめるころ

ドン、ドンドン。

アデルも朝日の眩しさに目を細めた。


アデルは驚愕した。


太鼓の音が鳴り響くと、弓兵隊と思われる軍が森からわざと姿を現したのだ。しかも、陣の中央の弓兵隊は、「法衣」を着ていた。「自分達と同じ法衣」に、アウル軍も動揺を隠せない。


その動揺に付け入るように、数百人の弓兵隊は、森の中から横に陣を組ながら騎乗しながら矢を打ちながらに前にでた。


神殿は丘の上にある。今までは丘の横から打っていたが、神殿の陣営にあがるためには、一度森から下に下りまた丘の上に登らなくてはならない。矢を射かけるほうが下になる。不利なはずだ。

それでも下からの弓の切れない。そんな中、一斉に旗があがった。

双頭の鷲と月桂樹、そして枝違の白牡丹が添えられた旗。

旗があがると矢の雨が止まった。


一瞬の静寂。


横広く引いた体形の中央、法衣を着ている部隊に囲まれた一帯で、唯一の甲冑の兵士が前に進み出た。

美しい黒の駿馬に乗った仮面を被っている。

ルッティ隊、アウル軍の全視線はいま、仮面の兵士に注がれている。アウル軍のざわめきは止まず、どんどん大きくなっていく。

-なんだ?アウル軍はこの兵士のことを知っているのか?それともさっき自分たちと同じ法衣を着ていたやつらが裏切ったからその動揺でこんなにざわめいているのか?

アデルも望遠鏡でその人物を覗きこんだ。

鉄仮面を被っているから顔が伺いしれない。

見えるのは、小さな口元しかだけ。

弓担ぐと剣を抜いて天高く振り上げた

仮面のしたから長い琥珀色の髪が揺らめいている。

振り上げた剣に朝日が反射する。


それに応じて半分の兵士が弓を担ぎ、剣を抜いた。


「これからが、本番だ。一気に駆け上がるぞ。」


仮面の人物の声は、高い声でありながら、風にのり、アデルの崖の上まで伝わった。若い女の声だ。


女だと?


屈強の兵士たちも剣をかざすと、

「いいか、ルッティ隊!!わたしに続け!!」

女の掛け声に地鳴りのような雄叫びで、兵達は答えた。仮面の女は剣を抜いたまま馬の腹足でたたき、飛び出した。剣を抜いた兵士たちもそれに続く。剣をぬいたほとんどが「法衣」を着ていた兵士だ。皆「法衣」を捨てた。下から現れたのは鎖帷子ではなく、甲冑だ。もう半分の弓兵隊は始めから甲冑のままだ。

甲冑はきっと牡丹が彫られている。


弓兵隊ではなく、遊撃隊というのは、剣と弓両方使いこなすからか…。アデルはその器用さに舌を巻いた。


弓をつくる際にその大きさにロゼリア王国が拘っていた。小さなもの、軽いもの、「背負えるもの」と。


ルッティ隊は一気に丘を駆け上がると、北側に逃げようとした神兵達の背を剣で討っていくと同時に、北側から遅れながらやってきたアウル神兵軍から、騎馬隊は弓兵隊のスペースを確保するべく対峙する。


弓兵隊も守られるだけでなく、高低差が失くなった丘の上にあがり、騎乗から弓を打っていく。


剣での対峙だが、ルッティ隊もなかなか強い。アウル軍の屈強な兵士と正面からやりあわず、弓矢隊の前に兵士を誘導するように戦っている。


よく、練られた夜襲からの変形だ。

まったくもってすごいとしか言いようがない。


東側の神殿の後ろから上がる太陽が夜を追い出すように昇る。


皮肉な展開だ…古神殿の前で炎があがっていく。

アデル自体は、信心深いほうではないが、神殿の前でたくさんの神兵達が蹂躙されていく様は心が痛まないでもない。

朝日が弓矢に反射して、夜の名残を切り裂く。

その神殿の後ろから差し込み朝日の光が場違いに差し込む。


ここは崖の上で、遠くだからそんな風に思う余裕があるんだな…。


ドンドンと太鼓がなった。馬のいななく声が聞こえる。

すっかり明るくなったところで、地が揺れるような馬の走り来る音が響いた。先ほどの白牡丹の旗ではない。双頭の鷲と月桂樹に梓の花と葉が描かれた旗がはためきながらすごい速さで騎馬隊が近づいてくる。


ロゼリア王国の本陣の皇太子軍がアウル軍のいる小高い丘の正面から北側を囲いこんだ。


アデルとキースは何時間も立ち尽くしていたことに気づき二人してカルロを振り返った。カルロは真っ青な顔をしてへたりこんでいた。二人で笑い、足を休めるべく木の椅子に座った。



「神兵をずいぶんと寝返らせたのか、もともと潜り込ませたのか…は本人に聞いてみたいものだな。」

アデルは捨てられた法衣が風で舞い上がるのを見て言った。

「本人とは。バルトさまですか?」

キースは水筒の水を鍋にかけ、茶の準備をした。

「いや…。」

アデルもポケットから乾燥いちじくをとりだすと口に放り込んだ。

「ルッティという人に会うことがあれば。」


日が高くなる前に、神殿は制圧され、火をかけられ、無残に壊された。神の象徴にそこまで行うことに今回の戦の発端の根の深さが見てとれた。

アウル軍の残兵はそのまま、神都の方向に敗走した。

ほぼ無傷の皇太子軍は、ゆっくりしたペースで残兵を追いたて、必要に応じて背を討っていく。このまま神都を陥落させる気なのは明らかだ。ルッティ軍は神殿が崩れる様を見届けたあと皇太子軍を追うようだ。

キリル平野には、大量のアウル神皇国軍の死体と脱ぎ捨てられた法衣と焼け焦げた松明やテントが残された。


アデルはルッティ隊が離脱するところを望遠鏡から見つめていた。あの仮面の女。いくつなんだろう。

じっと見ていると仮面の女が仮面を脱いだ。

頭をふるふると女がふった。仮面を隣にいる、なんと、副官だったバルトに渡していた。

バルトは渋面で仮面を受けとる。


アデルは女の様子に驚愕した。

美しい琥珀色の髪が風でサラサラと靡いている。


望遠鏡ごしに見る女は、年若い…。10台後半か20台前半の少女であった。

白い卵型の輪郭に前髪だけ編み込んで後ろに流した髪が戦いの汗でほんのり額にくっついているのを手で整えている。


少女の瞳は宝石がそこにあるかのような美しい紫色で、見つめられたらこちらが困るくらいな澄んだ色だ。その瞳のまわりを長い睫毛が縁取り、高く小さな鼻の下には紅を指してるのかわからないがぽってりとした唇が覗いている。


美しい、本当に美しい少女だ。こんな少女が、火攻めをし、弓矢を放ち、剣を振り上げて男達に斬りかかったというのか。


綺麗顔立ちの虫も殺せないような少女にしか見えない、望遠鏡ごしでもその可憐さが伝わってくるのに。


隣のバルトが何か少女に伝えるも少女は美しい月形の眉をひそめ、首をふっている。何を否定しているんだろう。


少女の右ほほには返り血がついていて、バルトが濡れた布巾を渡した。

血を拭う様がひどく艶かして、アデルは思わず、息をのんだ。


少女は一度もアベルの崖を振り返らず、

髪をたなびかせながら馬にのり、平野を駆けていった。


アデルは望遠鏡を外すことができず、その琥珀色の髪が見えなくなるまで、崖の上にたち尽くした。


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