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戦神の娘  作者: 高宮 まどか
第一章
20/66

20 長期戦の裏切り

広間に入ってくるや否や、レイラは血がついているにも関わらず、ルナティスを、抱き締めた。


「ルッティ。よくやってくれた。これで戦神の悲願達成だ。」

ルナティスは、レイラを抱き締め返した。

「王太子殿下、早く至るところに王太子殿下の旗をお立てください。あと、戦神に連絡を。」

ルナティスはレイラの耳元で言った。レイラは少年のようにキラキラした目だった。戦いの終わりを本当に喜んでいるのが伝わってくる。そんなレイラにルナティスはすまなそうに目を伏せた。

「申し訳ありません。覇王の石はアウル神皇が砕くときに火の玉に変わってしまいました。でも、戦神の言うとおり壊すというか跡形もなくなりました。」

レイラはルナティスを引き離すとへぇ…と口にしたあと、

「ただの象徴じゃなかったんだね。それであれば欲しかったかも知れないな。」

と笑った。ルナティスはほっとして息をはいた。

「疲れているよね。ルッティ。それにしてもよくやってくれた。」


レイラはルナティスが疲れていると思い、ルナティスの頭を撫でたあと、場所もかまわず、瞬間口づけをした。


「これで、帰ったら、君を妃にできるよ。」

レイラは耳元でこっそりそう言うと、バルトを呼び、アウル神皇とリリア大神官の首実験に言った。


ルナティスは、妃…とぼんやり思った。そうか。ルナティスはアウル神皇国の血をひく唯一の姫になったのか。レイラの妃にふさわしい亡国の姫になったわけか。確かに、ルナティスはアウル神皇国の皇位継承権は持たないが、後を治めるロゼリアにはうってつけの存在になったのかもしれない。



ただ、ルナティスは興味が湧かなかった。これが、もっと前であったなら、素直に喜べたはずだ。戦いに興じる前の戦神とふたりのころに言われたら、レイラを心から愛し、レイラを王宮で待つ生活になんら疑問をもたなかったはずだ。


でも、ルナティスはそう言った無防備な誰かを頼りにすることがとてもこころもとないものに感じた。


「殿下…。首実験が終わりましたら、早速戦後処理に入りますが、私に任せ、いち早くロゼリアに凱旋なさいませ。」

ルナティスはレイラを見て笑って言う。ルナティスはレイラの耳元に口を寄せた。

「早く帰ってあなたとセルトをまたしたいです。妃にしてくださるなら、離宮じゃないところになりますよね。私の部屋を用意してロゼリアで待っていてくださいますか?」


ルナティスは目を潤ませた。レイラはルナティスの頬を撫でた。バルトが見ていないふりをする。

「そうしよう。半端にわたしが逗留するより、ルッティに任せる。ただ、戦神が帰国するまでには一度はロゼリアに帰国するように。そうだな、2週間後には一度顔をみせよ。」


レイラはそう言って、ルナティスの瞳を見つめた。ルナティスは瞳を閉じてため息をつく。

「今回はさすがに1年近い長期戦で疲れました。」

「そうだね。本当に大変だった。私もたまにしかルッティに会えなくて、セルトができず寂しかったよ。」

レイラはルナティスの髪のほつれを直した。

「今一時、天幕で横になりたいのですが、いいでしょうか。立て続けに三人も討ちましたし、けがもしてしまい、いささか体調も悪いです。」

レイラは、それを快諾した。レイラはバルトに命じ、ルナティスを天幕に連れていく。

ルナティスが広間をでようとしたその時、

「ルッティ。」

レイラはルナティスに声をかけた。

「はい。」

ルナティスは振り向くが、レイラはルナティスには振り向かずリリアを首実験している。

「身内に手をかけたんだ。さぞかし辛かっただろう。ゆっくり休むがよい。」


レイラはそう言った。ルナティスは唇をかんだ。


身内3人をわたしの手にかけさせる為に、レイラ自ら近衛最強のクレマチス隊をわざわざ引き受けて、私を宮殿にいれた…。


あなたは、身内を討ったという罪をここで私に刷り込むのね。


ルナティスは振り返らないレイラの背に言った。


「私が身内と信じるのは殿下と戦神しかおりませんよ。」

ルナティスはそのまま広間を辞した。



ルナティスはバルトに連れられ、天幕についた。そこで、まずは着替えをして、たっぷりのお湯で体を洗った。

「つぅ…。」

脇腹と首が傷んだ。ルナティスは清潔な晒しで傷を縛った。全然深手ではない。覇王の石を首から下げ、白いワンピースに着替えベッドに思わず横になった。


今日、レイラに天幕を訪ねられたら厄介だな。今のままでは、貞操の危機だ。



「バルト。ちょっと。」

バルトを天幕に呼びつけた。ルナティスの天幕は絨毯がひかれ、簡単な家具もついた豪奢なものだ。バルトは恐縮しながら、ルナティスの向かいの木彫りな椅子に座った。

「あの…。」

「バルト…。さっきの話聞いてたでしょう。私が殿下の妃になる話。」

「はい…。」

「でも殿下にはお子がいるんでしょう?ロゼリアに。」

バルトは、固まった。この男、隠密には向かないが、よい部下かもしれないなとルナティスは呆れ顔で思った。

「だれからも聞いてないわ。アウル神皇が最後に私に言ったのよ。姫だとか…。」

ルナティスはわざと悲しそうな顔をした。

「私がその方を差し置いて妃になんて慣れない…。心の整理がつかない。しかも私が知っていることを殿下に申し上げられないし…。」

ルナティスはバルトを見た。バルトは涙ぐみ、

「それは…。そのようなことルッティ様が、ルナティス姫が気にされることはありません。姫君の瞳も紫ですらない。緑の瞳でございました。ご身分も…貴族ではありますが…。」

「もうよい。バルト。噂は本当であったな。おまえは口が軽いな。」

バルトはカマをかけられたと知って、うずくまる。


ルナティスは眉をしかめた。緑の瞳。紫ですらないのか。緑は紫の次に尊ばれる色ではあるが…。案外レイラも紫の瞳には執着しないものなんだなとふと思った。


「バルト、どうせ箝口令でもひかれていたのだろう。」

「はい…。」

ばれたらどんな目にあうのか…。バルトは青ざめている。本当に扱いやすいな。バルトは。サラとは大違いだ。

「バルト、大丈夫。ただ、私は戦も終わりちょっとこの事と向き合いたいのです。少し王太子殿とお会いせず、気持ちを整えたい。だから、数日わたしの天幕には誰も近づかずにいてくれませんか?」

「今宵にも、王太子殿下はいらっしゃるのでは?」

バルトがおどおどと言う。

「ケガの治療と身内を殺してしまって一人になりたいとお伝えすれば、優しい殿下は来ないでしょう。2週間後に万全の体調でロゼリアに向かいたいのでともお伝えできますね。」

ルナティスはバルトの頬を掴んで、

「バルト、お願いね。」

と告げ、顔を近づけた。バルトははっとして後ろに後退った。

「じゃないと、王太子殿下に今宵バルトから聞いたと言ってお子のこと詰め寄りそうで怖い。」

ルナティスはバルトに微笑みかけた。その微笑みは本当に美しく、バルトは思わず目を伏せた。

「わかりました。なんとか致しましょう。明日には出立されるそうなので、今夜さえ誤魔化せれば平気でしょう。その、だいぶ、レイラ殿下はご不満なご様子になるとは思いますが。。」

バルトは去っていった。ルナティスはほっと胸を撫で下ろしてとりあえず、床についた。


2日後、ルナティスは王太子の出立を見届けた日、甲冑を再び来て、夕方にロゼリア軍から出奔した。

目的は覇王の石をヒルカに封印してもらうためだ。ここからキリル山脈へは馬で飛ばして半日、すぐ帰る予定だった。


風の強い日で馬を駆けて、一路キリル山脈へ向かう途中、ルナティスはキリルの草原に通りかかった。


「ここまでくれば平気かな。」


ルナティスは笛をふく。赤い鳥がバサバサとやってくる。あまり野営地に近いと捕まってしまう。検閲はさすがにまずい。


手紙を外して見ると、ヒルカから「集合場所で待つ。」と書かれていた。ルナティスは草原で紙を破くと鳥の頭を撫でた。

この草原は、ルナティスがロゼリアに引き渡されたところだ。ルナティスは、馬を止め草原に降り立った。草原には誰もいない。


ルナティスは一人だ…。


アウル神皇は自分たちのことを嘘か真か、ルナティスを元凶だと言った。確かにそうだ。

「おまえはそんなに頑張らなくても、ここに居ていいんだよ。」


戦神は都度ルナティスに言った。だけど、実際戦で飛び回る戦神にルナティスを庇護することは無理だったのだ。頑張らなくては生きられなかった。

ただ孤独にならないように、目の前の事をただやってきたのだ。


草原から風が吹いた。草の匂いがする。

今元凶を退けた先に、自分が何をしたいのか。ルナティスはわからなかった。


「ルティはお姫さまだけど、頭がいいし、弓も上手だ。ルティのおじいさまはルティのことを大切にしてくれる。優しくしてくれるよ。」

ヒルカがかつてこの草原で言った言葉にルナティスは心で問いかけた。

ヒルカ先生、頭がよかろうが、弓が上手だろうが、この後どうやっていけばいいか想像がつかない。


早く、覇王の石を捨てにいこう。とりあえず、


草原につよい風が吹く。あおられて転びそうになった。


「ルティさん。ルティさん。」


どこかで低い男の呼ぶ声がする。


また、違う方向からも風で煽られとうとうルナティスは尻餅をついた。


この声聞いたことがある。誰だったかな…。


「なにやってんだ。はやく手を伸ばせ!」


あっまただ…この声。ルナティスの意識が遠くなった。


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