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戦神の娘  作者: 高宮 まどか
第一章
14/66

14 卑怯者の正義

馬に騎乗している二人の兵士がルティの言う隊長と副隊長だとは見てすぐに確認できた。後から他の兵士が10人ほど騎乗せず槍を持って跡を続いてきたからだ。

火に照らされて、法衣の下の甲冑が見えた。

隊長自ら確認にくるとは意外だった。ルティの言うとおりだな…。その、胸元にはクレマチスが彫られているのだろうか…。アデルはぼんやりと草むらにしゃがみこみながらそんなことを考えた。


駆けつけた兵士はその無惨な殺され方に言葉もでない様子であった。騎乗している二人は降りようとせず、馬上から死体を見つめ、手を組み、神官らしく祈っていた。


アデルはルティと息を潜めながらその様子を見つめた。アデルは兵士を数えていた。10数名といったところか…。神殿からほとんどの兵士がでてきている。


そう…。ここは危険だ。神殿には戻らないで、移動しろ。


アデルは息を潜めながら、馬上の二人を強く見つめた。馬の装飾の多さからみるに、髪が長いほうがベルクート、髪の短いほうがシエルか…。ほかの兵士も祈りを捧げている。アデルはちらりとルティを見た。ルティもその様子を眺めていた。ルティは涙を流さなかったし、どこか疲れたような顔でその祈りを見ていた。



祈りが終わると、兵士たち現場から立ち去るべく死体の山から離れことにした様子だ。

「はやく、ここを立ち去りましょう。」

シエルとおぼしき人影が長い髪のベルクートに言った。ベルクートは頷いた。

「そうだな…。休めたことだし、夜明けをまたずにでようか。」

ベルクートはすこし掠れた声で言うと、山を降りる山道へ向かい馬を向かわせようとした。


アデルは念のため、ルティに弓を絶対に構えないように、念のため手で制し、息を殺した。


「ベルクート様?」

シエルがベルクートに話しかけるのを待たずに、ベルクートは馬を降り、死体の一体に近寄っていく。クレマチス隊全体も足を止め、ベルクートを振り返る。

その一体にはルティの放った矢が首と腕に刺さっていた。

アデルは思わず、ルティを見た。ルティの身体が緊張が滲みだしてくる。

アデルもベルクートに視線をもどす。


ベルクートは、松明をもちながら、腕に刺さった矢を片手で引き抜いた。そしてベルクートは松明に矢尻をかざした。

「この尖った矢尻…。」

ベルクートは弓矢を持って、湖を背に森を向いた。炎に照らされて左側だけが見える。金色の長髪がたなびく。


「ずいぶんなことしてくれる。」

弓矢を思い切り叩き折ると湖に投げ捨てた。シエルもあわてて馬から降りてかけつける。


ベルクートは森を向き、低く唸るように叫んだ。

「ルティ!いるんだろう!!こんなことをせずとも正面から殺しにこい!!卑怯者が!」

そう言って、湖に落ちているクレマチス隊の槍を手に持つと、右手にかまえた。

狙ったのか狙っていないのか…。力いっぱい投げつけた。


槍はアデルとルティの間をすり抜けていき、

ビィィイイイイイイイイイインと大きく音をたてて、すぐ後ろの木に刺さった。

アデルは思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。そして、その音がベルクートに聞こえたのかもしれないと恐怖した。

ルティも目を見開いている。


ベルクートは、シエルに顎で森を差した。


まずい。槍を回収にくる気か。


ルティもアデルを見た。



()()()()()()()殿()()()()()()()()()


アデルも頷く。殺気にあてられるな。この場さえ逃げ仰せればいい。



槍をかまえながら、近寄ってくる副隊長を尻目に、アデルはルティの法衣の袖を掴むと、森の中を湖と平行に、全速力で走りだした。

副隊長も森の中の物音を聞きつけ、槍の場所まで走りだした。

そして、シエルは、木に刺さった槍を掴むと、ルティとアデルの背に向けて、槍を投げつけた。


ビュッ!

矢よりも重たい音が走る。


アデルは、ルティを前に押し出して、瞬間振り返ると、自身の剣ではなく、奪っていたクレマチス隊の槍でその槍を弾いた。

槍が宙を舞った。

「ちっ…。」

弾いたがいいが、手がビリつく。

アデルは槍を持ちながら走り続けた。ルティの足が早くて救われる。

だが、シエルも追ってくる。アデルは森を抜けた山道沿いに待たせていた馬を見つけ、安堵する。


あと少し…。


アデルは斑馬に飛び乗ると、ルティに手をさし伸ばす。ルティはなぜだか手を取らず、馬の前で後ろを振り返った。

「ルティさん。早く!!」

アデルがルティを掴んで馬に乗らせようと、叫ぶ。ルティはそんなアデルを、よそに、シエルの肩をめがけ、流れるように弓を引いた。


シュッ

切り裂くようなかぼそい音がなり響くと同時にルティは馬に乗った。当たったかの確認をする前に。

アデルもルティを乗せたと同時に馬の腹を蹴った。

後ろから

「うっ…。くそっ」と呻く声がして膝をつく音がして、命中を知った。念のため振り返るとシエルは右肩を押さえて、立ち止まる。

「このっ。どこまで卑怯なのだっ!!ルティ!!自分が何をしたかわかっているのか!!ルティ!!」

シエルは大きい声で叫んだ。


アデルたちは、丘の上に続く神殿への道を一気に上がっていく。

登りながら、残りの兵士は…湖側から走って追ってくるが、アデル達ではなく、シエルに向けて駆けよっていくのが見えた。。ルティは馬に乗りながら横を向き、シエルに駆け寄る兵士たちにも弓矢を浴びせた。何人かがバタバタと倒れていく。


「お見事。」


アデルは馬に鞭をいれ、また速度をあげた。

大丈夫。逃げきれる。いや、神殿まで、逃げ切ってみせる。アデルは丘を駆け上がった。

だんだん、神殿の灯り近く見えてくる。

神殿前はところどころ火が焚かれているが無人だった。

神殿のまわりに塀はないが、神殿の入り口には大きな門扉があり、開け放たれていた。

アデルは開け放たれた門扉から、馬ごと飛び込んだ。

門扉内は、礼拝堂だった。クレマチス隊が予想外に灯りが焚いていたせいか、明るい。

二人は馬から飛び降りると、内側から門扉を閉め、四つの閂で施錠した。


施錠が終わると、アデルはとりあえず、はあっとため息をついた。ルティも同様らしく、ふぅっとため息をついた。その後、礼拝堂の側面についている湧水場で、ルティは手を洗い、続けて手拭いをだすと水に浸し、軽く搾った。そしてそれでアデルの顔を拭いていく。

「大丈夫ですよ。それより急がなくては。」

「返り血がすごい。」

丹念に血を拭っていく。アデルは手でそれを押さえ、

「大丈夫です。ありがとうございます。」

と答え、手拭いを受けとると湧水場の柄杓から手を清め、顔を洗っていく。

足元に赤く汚れた水が流れていく。アデルは、大それたことをしたものだと思いながら、きつく絞った手拭いで顔を拭いた。

血の匂いは大分薄れた。


「はやく、先を急ぎましょう。」

アデルは馬を礼拝堂のすみの柱に手綱をしばり、ルティに声をかけた。ルティも頷き、灯りの1つを手に取った。そして、礼拝堂の奥の扉を指差した。扉を二人がかりで開けた。そこには、廊下があり、中には、クレマチス隊が入った痕跡があった。左手の部屋には兵士達が休んだであろう大部屋や食糧庫。食糧庫はほぼ空だ。宮殿から陥落したあと、ここに逃げのびていたのか。


これは、クレマチス隊に囲まれても、()()が効くかもしれないな。


右手側には客室がいくつもある。

「廃神殿なんですか?ほんとに。たしかにまわりはぼろぼろですが。」

「キリル平野の麓の神殿も確かに聖地ですが、ここも聖地の一部なのです。ここは限られた人間だけしか足を踏み入れることを許されていません。ただ、ここの最奥の場所は、本当に足を踏み入れた人は少ない。」

「あなたが、セイラ妃つきのときは…、アウル神皇国にいたときは、入ったことあるんですよね。だから、覚えている…。」


ルティは頷いた。

「セイラ妃は、死後自身の姫がアウル神皇国からロゼリア王国の人質として脱出できるなんて結末を知りませんから。自分の死後は姫をロゼリアに逃がそうとしていた。逃がす算段の1つとして、キリルはロゼリアへの通り道ですから、キリルの枢機卿の力を借りなくてはならず、ここによく通いました。セイラ妃と姫と三人で。」

ルティは左手の奥の書斎に入った。アデルが入ると中から鍵をかけた。

「枢機卿…、ヒルカは、私達を書斎の先の本当の神殿にいれてくれました。いれてくれた理由は、姫とわたしのふたりが万が一、逃げて、早く露見してしまい、追われたときはここに隠れられるようにと。集合場所ですよ。結果姫は人質としてロゼリアに厄介ばらいされたので、ここに集まることはありませんでした。」

ルティはランプをもちながら、本の背表紙を確認していく。

緑色の本の背表紙を一冊抜くと、アデルに渡した。

そうすると、その奥にもう一冊青い本があることにアデルも気づいた。

「よく覚えてますね。」

「何度も練習しました。亡命は命がけですから。」

ルティは手を伸ばし青の本を一度引き抜くと、上下逆さまにするとまた最奥部に差し込んだ。

「はやくしないと、クレマチス隊が閂を壊して戻ってくる。」

ルティはつぶやくと、アデルも頷いた。

「そうですね。早く隠し部屋に入りたいですね。」

「あとちょっとです。」

ルティは左上の本棚の赤い本をまた引っ張ると今度はそのままひっくり返した。とたん、本棚が動き出し、壁に収納され始めるその先にはもう1つ扉がでる。ルティは最初に取り出した緑色の本を収納されつつある棚にもう一回収めるとカチリと音がなり、扉が開いた。

「すごいですね…。」

「最後が一番難しいんですよ。」

ルティは困ったように笑い、緑色の本を動く棚にいれることをさして言った。

アデルは扉に手をかけた。

「ルティさん。1つ聞いていいですか?」

「なんです。」

「覇王の石を封印というか捨てた後、あなた自身はどうする気でしたか?」

ルティはアデルを見た。なにも答えない。

「死ぬつもりでした?」

アデルは代わりに答えた。


ゴン!!

ゴン!!


鈍い音が響いた。

礼拝堂の扉を外から、何かで蹴破ろうとする音だ。

「やっぱり来たか…。」

アデルは扉を引いた。扉の先は地下への階段になっていた。下から冷たい空気があがってくる。

ルティは、階段に一歩踏み出した。

「どのみち、あの人たちに囲まれては、生きて、出られないでしょ。」

ルティは言った。アデルはルティの背中に、

「あの人たちがいなかったときはどうです。」

と被せて言った。そして自身も地下の階段を降りていく。

「ロゼリアに戻る気でしたか? 」

「さあ…。ただ、死ぬとか生きるとか考えてもいなかった。先のことは何も。」

ルティは階段の中腹の左手の小さい扉を開けると、中の紐を引っ張る。すると、本棚が元通りにまたでてくる音がする。

扉も鍵がかかった。


ダン!バリバリ!!

外から、閂が破られる音がする。


「道具屋」

ルティは振り返った。ランプに紫の瞳が映し出される。

「安心して。あなただけは必ず事が終わったら、逃がします。正直助かりました。」

挑むみような瞳でお礼を言われるも、アデルは嬉しくも何ともない。それを裏付けるような言葉が続く。

「わたしはあなたに護衛してほしいなんて言ってない。助かったけど、この後のわたしがどう生きるかをあなたに話さないといけないかしら。」


ルティは、くるりとアデルに背を向けて階段を降りていく。アデルは悩ましげに目元を手のひらで押さえた。

まただ。うっかり忘れて質問をしすぎてしまった。アデルは距離をうっかり詰めたことを後悔した。

「ごめんなさい。」

ルティは降りながら小さい声で言った。アデルは耳を疑った。思わず、手のひらを外すほど。

「こんな風に、いやな言い方しかできなくて。」

「いや…。」

「私がどうしたいかなんて本当に考えたことがなかったから。そんな質問されると困るの。」

ルティはこちらを振り返らないで、まるで地の底まで続いているかと思う階段を降りていく。下からは微かに水の湿り気を帯びた風が流れてくる。

素直な言葉に、言いよどむのはアデルのほうだ。この人の心をこうしてひとかけらでもこぼれるように知ってしまうとこっちが動揺してしまう。


「ルティさん、あの上の人たちは、わたしがどうにかします。」

「どうにかって…。」

ルティが後ろを振り返ると、アデルはランプの下で優しく笑った。

「だから、死ぬなんて思わないでください。」

「……あなたのそういうところ、すごく困るの。なんの根拠もなくて。」

ルティは、ぷいっと前を向いた。下には扉がランプに照らされ始めた。

「夢だったんでしょ。紫の瞳に振り回されない国にすることが、あなたと戦神の。」


アデルはルティの背中を見つめた。口にしてしまうと、アデルはなぜだか涙がこぼれそうになった。

アデルに情報の先払いをしたとき、ルティは死を覚悟していた。自分を囮にして、アデルを神殿に向かわせようと考えていたのだろうか。実際、ルティは強いのかもしれないが、あのままだったら絶対殺されていた。ルティはアウル神皇国を滅ぼした張本人だ。しかも聖なる神官達を騙し討ちにした。アデルは先ほどのシエルの罵りを思い出した。


「このっ。どこまで卑怯なのだっ!!ルティ!!自分が何をしたかわかっているのか!!」


シエルの言葉には悲しみが残っていた。仲でもよかったのだろうか。それでも、そう言ったものにもルティは弓をひいた。ためらいなく。

卑怯と謗られても、ルティにとって、戦神とのその夢は揺るがない正義だったのだろうか。


ーアデル、あなたは何になりたいの?

アデルは目を擦った。命の危険に一旦晒されなくなったから気が緩んでしまった。アデルは思いだしかけた記憶をかき消そうとした。だが、うまくいかない。


ーアデルは何になりたいの?

黒い髪の毛の長い髪をたなびかせながら、自分と同じ夜空の瞳の女性は笑った。まわりには月下美人が一面に咲いている


ー私はね。アデル…。ここの丘の上から見える灯りが、明日も明後日も変わらずに灯っているのを見たくてここにいるのよ。アデルは何になりたい。


ー私は、天文学者になりたいです。たくさんの星をここから見たいです。


ーそう。星読みになりたいの。そうね。みんながなりたいものになれるよう頑張るそんな世界になりたいわね。


女性は星空のもと、本当に美しく笑った。


アデルは頭をブンブンと振ると、いつの間にかルティが振り返っていた。

「道具屋…。」

「あなたはきちんと夢を叶えてほしい。だから死ぬなんて絶対思わないでください。わたしは、誰かがなりたいものになるよう努力する世界を少しでも作りたくて道具屋をやっているんです。死なれたら、戦神に今回の費用をふっかけられないですし。」


アデルはまた笑い、ルティの背中を押した。ルティはアデルを見つめた。

「優しいこと、平気に言わないで。調子が狂うの。」

ルティはランプの下怒った口調で言うと、笑った。そして、前を向いて、ルティは石の扉を8回ノックした。


「誰の求めだ。」

中から、低い男の声が響いた。ルティはよくとおる声で答えた

「セイラ妃の。ルナティス姫の求めです。」

「いずこより」

「草原をぬけ、夜空をぬけて。」


がちゃりと音がし、扉が開いた。


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