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戦神の娘  作者: 高宮 まどか
第一章
11/66

11 ロゼリアの誘導

「少ししゃべりすぎましたね。」

ルティはつぶやいた。

段々山頂に近づいてきて道がやや細くなってきたので、アデルは一度馬を止めた。アデルはルティに水筒を渡すと、ルティは喉を潤した。アデルは、疑問に思っていたことを口にする。

「あの、ルティさん。大体は理解しました。つまり、反大神官派に武器支援と遊撃隊をひとつもぐりこませた。だから、夜営地の隣の森に伏兵を手引きすることができた。」

アデルにルティは水筒をもどした。話をここで終わりにされたら、たまらない。


「ただ…、ひとつ、質問なんですが、反大神官派の人達はアウル神皇国を皇帝一族を滅ぼしたいとまで思っていたのでしょうか。せいぜい大神官派の勢力を廃するかでしたでしょうに。」


ルティは、アデルの発言に驚いたようにまた振り向き、くるりと反転するとアデルの肩をつかんだ。必然的に向かい合うことになる。ルティは美しい顔を歪めた。アデルは、それを見て納得した。引き入れた神官や神兵たちは、やはりアウル神皇国を滅ぼす気はなかったのだ。

「危ない。あなたは、まったくどうしてそんなにお転婆なんです。」

アデルは笑って馬を止めた。

「大丈夫。そのまま横抱きしてくれてもよいけど。」

ルティは少し表情をゆるめるとアデルをからかった。

「そうゆうのは、恋人にしてもらってくれません?」

アデルはうんざりしたように言うとルティは恋人と呟いた後、クスクス笑った。

「あなた、ほんと変わってる。私のまわりの男の人は競って私を横抱きして馬に乗りたがったけど。」

ルティはアデルの肩に手を置いたまま不思議なものを見るようにアデルを見た。

「いやいや、あの、さっきあなたに乗馬が下手と言われてるわたしが、あなたを横抱きでなんておかしいです。身長差があるので前に乗ってもらっていますが、あなたのほうが馬に乗るのはうまいのだから、ほんとは私が前のほうが気が楽なくらいです。」

アデルは無理やりルティをまた抱き抱え、耳元で「手間かけさせないで下さい。」と囁いて、前を向かせた。ルティは前を向きつつ耳を押さえ、驚いたようにまた、顔だけ後ろを向いた。

「なんですか。」アデルが言うと、ルティはおとなしく前を向いて、

「いえ、充分夜襲の算段は話したと思いますけど。知りたがりがすぎます。」と少しうわずった声で言い、こほんと咳払いした。

「いや、そこを、聞かないとなぜ潜り込めたかよくわからなくて…。」

「…まだ知りたいんですか…。困りましたね。」

「ダメですか?」

アデルが耳元で言うと、ルティは耳をごしごしこすり、ため息をついて、話を続ける。

「…お察しのとおり反大神官派の枢機卿達はアウル神皇国を滅ぼす気なんてありません。

アウル神皇家との以前のような対等な関係、そのためのアウリスト教の権威の復活、息のかからない代わりの大神官、これらを望んだだけです。だから、このロゼリアは()()()()()()()()()()()()()()()()()()代わりの大神官となるような人を思いだしてもらいつつ。」

そうだ…。代わりの大神官がいなければ、ただの国の燻りにしかならない。現状の権力に対抗する旗印がなければ、いくら武力を支援しても、燻りは大炎にはならない。

「代わりの大神官を思い出す…?」

アデルは思わず口にすると、ルティは頷いた。

「そう。反神官派に思い出してもらいました。アウル神皇家と縁があり、息のかからない大神官になるべき紫水晶の瞳の姫を。」

「紫の瞳の姫…。」

「リリア大神官の異母妹です。」

アデルは眉をひそめた。前大神官の娘。どうして、そんな姫を忘れることができたのだ。ルティはアデルが考えているのを見ているかのように肯定した。

「はい。忘れていたのです。その姫は今はロゼリアにいますから。」

ルティは馬を優しく撫でた。

「35年前、ロゼリア王国の戦神の6歳の娘が、その両国の慣例に伴って、先の大神官、当時の皇弟殿下の妃となるべく嫁ぎました。その娘は18の時に成人し、正妃となり、その後、姫を産みました。その姫は紫水晶の瞳を持って産まれてきました。」

「戦神様の…」

アデルの口からそれは自然とこぼれた。ルティは止めていた馬をかるくたたき、またゆるく走しらせ始めた。アデルはあわてて手綱をきっちり持つ。

「その、姫は紫水晶の瞳で正妃腹で、リリア大神官より資格があるはずのように思いますが…。」

その姫はリリア大神官の腹違いの妹となるが、正妃で紫水晶の瞳なら格段に扱いが違うはずだ。

「そうですね。その通りです。」

ルティはアデルの呟きを肯定した。

「ですが、アウル神皇国にとってロゼリア王国は独立したと言っても、臣下でしかない。正妃である戦神の娘が幼い当時はまだロゼリア国自体はこんなに大きくなかったですから、人質として皇弟に嫁いだ…という意味合いが大きかったですね。嫁いだ当初は先の皇帝の妃がロゼリアよりなので戦神の娘の後見人でしたが、妃が死に、戦神の娘はアウル神皇国での後ろ盾を失くしました。夫である皇弟の寵愛も、リリア様のお母様にありました。ある意味、正妃は失脚し、その姫と一緒に療養のためという名目で、神都であるサリバスの宮殿からアウリスト教の神殿に追放されました。この、キリル平野の神殿に。」

アデルはあの完膚なきまでに叩き壊された神殿を思い出した。

あれはロゼリアの姫への冷遇に対するひとつの答えなのか?

なぜかアデルは戦神との商談を思い出した。アデルのだすお茶を気に入り飲んでる姿だ。あの人には、いまのあの人には大国の威厳があり、身内を人質にだすなんて考えられない。あの人も…35年前は自身の大切な娘を人質にだすこともあったのかと思った。

「それは…、戦神は大層怒ったのではないですか?」


「そう聞いています。神殿に移されてから戦神の娘…、セイラ妃と言いますが、一度だけ文で、ロゼリアに帰りたいといった主旨の内容の手紙をだしましたが、戦神が戦争で忙しかったからか、取り合うわけもなく、セイラ妃は産まれたばかりの自身の姫とふたり、キリル平野の神殿で暮らしていました。」

アデルは、気にかかっていることを質問する。


「紫水晶の瞳の姫に神都から追い出す仕打ちをして、構わないくらい紫水晶の瞳の皇族は多かったのですか?青紫のリリアさんを神官に据えなければならないくらいなら、愛情は別として有益な姫かとおもいますが。」

ルティは、振り返って頷いた。

「皇帝の直系に紫水晶の瞳の姫や王子は多いですね。ただ、もともと紫水晶の発色は5歳くらいにならないとわからず、それまでは青紫なんですよ。」

「へぇ。それは初めて知りました。」

アデルはしみじみ答えた。紫の瞳は青紫でもクラレスでも充分珍しい。そこまで詳しく分類されているとは思わなかった。


「セイラ妃は早くロゼリアに帰りたかったので、姫の瞳が紫水晶の瞳とわかると、キリルの枢機卿と薬を使い、細工…をしたそうです。」

「細工?」

アデルは眉をひそめて聞き返す。

「瞳が青紫になるように。有益な駒にならないように。」

ルティはちらりとまた後ろ向き、頷いた。

「貴重な紫水晶の瞳に…。その姫がいれば、セイラ妃は戦っていけたのではないですか?このアウル神皇国の権力闘争において。」

「少し、遅かったみたいですね。セイラ妃はこの神殿にきてから、病にかかってしまった。セイラ妃は自分が亡き後、スムーズに自身の()()()()()()()()()姫がロゼリアに帰れるよう算段してました。アウル神皇国の権力闘争に巻き込まれずに、関心をもたれないように。」

「結局亡くなってしまったのですが?セイラ妃は。」

アデルの頭から戦神の姿が離れなくなった。あの人がだれかの父親だと認識したことがほぼなかったので、そんな過去を察することをさせない態度を思いだすと、胸が詰まった。

「そうです。セイラ妃が亡くなったため、アウル神皇国はロゼリア王国とまた同盟の証をお互いに結ぶ必要がありました。このみなしごの姫を今度はロゼリア王国へ人質としてアウル神皇国は差し出しました。返したとも言えるので、セイラ妃の思いは通じたとも言えますね…。」

「その姫を、今ごろ反大神官派は思いだした…ということですか?ずいぶん都合がいい話ですね。」

アデルは思わず、怒った声音で言った。

「なんで、あなたが怒るんですか?」

ルティは振り向かずにアデルに聞いた。

「いや、ただ不愉快だったんです。どうしました?」

アデルが後ろから声をかけると、ルティはまた馬にしがみつき、

「少々話しすぎました。」と言った。

「困りますよ。ここで話を終わりにされても。」アデルはルティに不満を漏らし、ルティを後ろから肩を抱くように引き寄せた

ルティは「きゃあ」と初めてと言ってもいい悲鳴をあげて、上体を起こした。そして、ため息をすると、道具屋に語りかけた。

「道具屋・・・、は本当に好奇心で身を滅ぼしますよ。」

「その好奇心の発露であなたの命を助けたのかもしれませんね…。」

とアデルは皮肉を言った。この少女が語る話はどの斥候が語るよりもアデルにとって価値のある情報だ。ロゼリアの深部を見るような…。アデルは段々と鳥肌がたってきてしまった。

止められないては困るのだ。

「まったく…。調子が狂います。あなたは。」

ルティは少しつぶやいたが、続きを話すことにしたらしく、水筒をアデルに求め、水を飲んだ。

「アウル神皇国はそろそろみなしごの姫ではないきちんとした婚姻による同盟の結びたいと考えていました。通常、アウル神皇国との婚姻は基本ロゼリアから姫を嫁がせるものですが、ロゼリア王国は、当時姫を侵略した国に嫁がせていて、姫不足でした。そこで、アウル神皇国は王子の1人を神皇の娘の婿にと要望しました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自分の国に王子を寄越すと考えたのです。自分の姫をロゼリアに嫁がせるのではなく。」

ルティは水筒をアデルに戻した。ルティは口を手で拭うと、

「この一件…、ロゼリアは婚姻受け入れました。のらりくらり履行を交わしながら。ロゼリアはこの間、反大神官派に近づき、遊撃隊や武器を提供するので、大神官と皇弟を討つべく()()()()()を唆しました。ことがなった暁には、みなしごの姫を大神官として返し、遊撃隊もそのまま反大神官派にさしあげるともつけ加えて。」

ルティはそこまで言うと、すこし悲しげに付け足した。

「姫はあげられても、王子はあげられないですよね。女子の王位継承権のないロゼリアで姫と王子は同じ価値ではないのに、アウルも困ったものですね。」


この世界で、女に継承を認めている国は皆無と言ってよかった。アウル神皇国の大神官が女子の継承を認めていることが稀なのだ。ルティは、そのまま続けた。

「王弟と大神官とそしてそれに、与する神兵を抹殺することは失墜していた神殿の権威や武力を復活できると考えたのです。目の前で弟を殺される粛清を前にして、神皇家も神殿勢力に一目おくと思ったのかもしれませんね。」

アデルは、戦場以外での駆け引きに恐怖した。そもそも、他の国の戦力をあてにした反大神官派は愚かではあるが、準備が、念入りすぎだ。

「では、あくまでキリル平野では大神官派のみをたたき、アウル神皇国を滅ぼすことはなかったということですか?」

アデルはキリル平野の戦いの終盤を思い出した。大半の神兵は殲滅されたが残りをわざとサリバスに逃げるように仕向けていた。

アデルははっとして、答えを口にする。

「いや、ロゼリアは滅ぼす気でしたね。神都に…、サリバスに神兵の残党を逃がして、わざと追いかけましたか?」

「それだけじゃありません。反大神官あちら派には、見た目はアウル神皇国侵攻ですが、キリル平野で大神官派をたたくだけ。()()()()()()()()()()()()()()()、そこから先へは攻め込めないと。なので、キリル平野では遊撃隊の指示に従えば、逃がすので、安心するようにと言い含めました。」

「まさか、そのためにシルベスタに遠征…。」

アデルはアウル神皇国を騙すためにそこまでするとは考えられなかった。ルティは何も答えないで、そのまま話続けた。

「反大神官派は神都に大神官を守りながら退却し、その途中で大神官を殺したらどうかとまで事前の策を授け、導いてあげました。」


アデルは混乱しだした頭で、大神官は、サラはルティが討ったと伝えてきたことを思い出した。

「そこまで計画をたててあげないと動けないんです。最後までつきあうなんて到底ごめんな愚かな人達です。そのため、()()()()()()()遊撃隊は姿を消しました。そして私達は反大神官派がいる()()に向けて矢を放ちました。あなたが横から見ていた以上に彼らは大混乱でしたよ。」


あの戦場でのどよめきは、法衣を着た仲間がいたぐらいのものではなかっはた。引き入れた自分達を集中して狙ってきたのが、引き入れたはずの遊撃隊だったからだ…。


ルティはううーっと伸びをした。アデルは思わずのけぞってバランスを取る。馬上の勝手なルティの振る舞いにアデルも慣れてきた。

「これがキリル平野の戦いの全容です。満足しました?」


「あの、いいですか?」

アデルの質問に、さすがのルティもうんざりした口調で答えた。

「まだなにか…。わたしはだいぶ話しましたよ。」

戦いと関係のない引っ掛かっていることを口にする

「みなしごの姫は、どうなったんです。」

ルティは、沈黙した。

「話さないとダメですか?」

「いえ…。」

アデルも沈黙した。ルティは振り向かずこたえた。

「いや、たいした話ではないです。ロゼリアの離宮にいますよ。アウル神皇国では神殿に追いやられ、ロゼリアに帰ってきても、後ろ盾は戦神しかいないので離宮でのんびりと暮らしています。ご本人はまさか自分が大神官に据えられるかもしれなかったなんて、ご存知ないです。」

「へぇ。まあ、ちゃんと暮らしているなら一安心です。」とアデルは言った。話を聞いていると、その姫もその母もあまりに誰にも省みられず、可哀想な話だと思ったからだ。

「この人…しつこいな…。」

ルティはぽつりとつぶやいたが、アデルには聞こえていなかった。アデルもキリル平野の戦いの深さに混乱していたのだ。


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