その2ー5
あれから、朱音に色々と聞かされたが、大半は覚えていない。
覚えているのは、朱音とその姉、アカネと言っただろうか。その二人は、この世界、この世、俺の知っている地球、その外側、つまりは異世界からやってきたということだけだった。
にわかには信じがたい話ではある。
だが、信じなければ、俺の決意が嘘になり、朱音にも幻滅されるだろう。
男なら、自分の言葉には責任を持たなくてはならない。
俺は、すべてを信じて、また、この路地裏を歩いている。
前に来たときよりも、長く歩いている気がする。酷く酩酊していたときと同じような感覚だ。もちろん、俺は酒なんて飲んではいない。
頭に靄がかかって、視界が安定しない。
しかし、不思議と吐き気はしなかった。
それでも、ひたすらに足を前に出し続けていると、急に靄が晴れ、気がつくと目の前にはあの時と同じ、路地裏の光景が広がっていた。
「来たか。」
見た目は、あの時とは全然違った。
髪は腰まで伸ばしたロングになっていて、顔も前見たときとは似ても似つかないほどだった。
整った顔立ちなのは変わらなかったが。
それほど違ってもわかった。
それが、朱音の姉であり、あの時人肉を喰らっていた、アカネという少女であると。
「待たせたかな。」
「いや、丁度や。よく耐えたな。」
あの酩酊感のことだろうか。
たしかに、ひどく気持ちが悪かったが、それでもここまで来る価値はあったと、ひと目見たときから確信していた。
それほどに惹かれていたんだなと、心の中で笑みを浮かべた。顔に出ていたかもしれない。
「ここに来たのは、なんのためや?私を止めるためか?」
感情のない声と顔で、彼女は言った。
「俺は、止めに来たわけじゃない。
アカネさん。君のやっていることは、世間的には決して許されることじゃないだろう。
だけど、俺はその君の姿に、魅せられてしまったんだ。」
なんだか、愛の告白でもしているかのようだ。
だが、たしかに、これは一つの愛のカタチなのかもしれない。
「俺は、永遠に君の笑顔を見ていたい。」
「なら、私の側付きにでもなるか?」
「いや、違う。俺は………」
言葉に迷う。
この願望を口にしてしまえば、すべての可能性は消え失せ、一点に収束する。
それで本当にいいのか、ここにきてもまだ迷っていたようだ。
もう決めたことだったはずなのに。
「なんや?覚悟が揺らいだか?
そんなことで揺らぐくらいの覚悟なら、帰ったほうがええよ。」
無機質な関西弁で彼女が言う。
たしかに、今ならまだ戻れるかもしれない。
でも、俺は決めたんだ。
「大丈夫だ。そんな生半可な覚悟では来てない。」
「そうか。」
アカネさんは、すべてを悟っているかのように、悲しそうな、嬉しそうな、陽と陰の感情が入り混じったような顔をした。
彼女がなにを思って、そんな表情をしたのかはわからないけど、俺の次の台詞は決まっていた。
「俺を、食べてほしい。」