表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

その2ー3

気がつくと、俺は元の道に立っていた。

なんども通った道だった。

さっきのような横道など、今日初めて知った。

なんとも奇妙な、不思議な体験だった。

疲れすぎて、立ったまま寝てしまっていたのかとも思ったが、先程のことはすべて鮮明に覚えていて、夢のような話だが、とうてい夢だったとは思えなかった。



あれから一週間が経った。

あの出来事が嘘だったかのように、平穏な日常が続いている。

あの夜のことは、まだ忘れていない。

あの妖艶な笑み、人の死体、二人の少女。

俺は、また出会えるだろうか、あの二人に。

出会ってもいいのだろうか、この平穏から、日常から、逸脱してしまってもいいのだろうか。

未だに、その答えも、出会うきっかけも、訪れずにいた。


今日は珍しく早めに帰ることができた。

定時退社というやつだ。

最近は、定時退社を当たり前にしろという動きが大きいが、世間からすれば、中小企業にあたるうちでは、無理な相談だった。


今日は雨が降っていた。

俺は、傘をさして久々の早帰りに気持ち軽やかに帰路についていた。

いつもの道だったが、今日は少し違っていた。

俺の目の前を、駆け抜けていく人影があった。


あの子だった。

忘れもしない、一週間前の夜に見た、背の高い方の少女だ。

気がついたときには、足がひとりでに駆け出していた。


見失わないように、仕事終わりの重い足に鞭をいれて走った。

右に曲がったり、左に曲がったり、くねくねと走っていく。


しかし、いつもデスクワークばかりの俺でも見失わないくらいには足が遅い。

最近の若者は、体力が落ちているのだろうか。

それとも、雨のせいで多少泥濘(ぬかる)んでいる地面のせいだろうか。

まあ、俺はすでに息があがっているわけではあるが。


「ふふふ。」

行き止まりまでたどり着いた少女は、可憐に笑っていた。

やっと少女に追いついた俺は、息も絶え絶えといった程に疲れていた。

それはそうだ。

こんなに走ったのは、学生時代の体育の授業以来じゃないだろうか。


「か・・・傘を・・・」

自分が濡れるのも厭わず、傘を少女に向かって突き出して言った。

情けないことに、この一言を絞り出すだけで精一杯だった。

今は少し、休憩が必要だ。


「ボクに貸してくれるの?ありがとう!」

彼女は、傘を受け取ると、傘をさしながら軽やかに一回転した。

「あなたのおかげでボクも風邪ひかなくて済むかも♪」

いや、もう遅いだろ。

その言葉は俺の口からは出てこなかった。


「あなた良い人なんだね。お姉ちゃんが見込んだだけあるよ。

あ、自己紹介してなかったよね?

ボクの名前は朱音(しゅね)。朱色のしゅに、音色のねで、朱音。よろしくね♪」

朱音と名乗った少女は、中腰で息を整えようとしている俺の顔を、可愛く純粋、だが、光の無い瞳で覗き込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ