ヤンヤン物語とか知らん
ここから推敲していないので、誤字脱字連続注意報。
「秋の日はつるべ落としとかいうけど、あのつるべって何?笑福亭つるべ?」
「おまえほんとキモイことしか考えないよな」
おなじみ右京との帰り道である。あいにく家が近いもんだから、いっつも一緒に帰ってるよ。
「はぁーダイエットしようかなぁ」
「お前その言葉何回目だ」
「百から先は覚えてない」
「二百は言ってるな」
デブに限ってダイエットしたいとかほざく。別にする気もないのに。
「おい!!あの看板、血の色に見えね?」
「君はサイコパスということでいいかな」
「あそこナイフに見えるし」
「サイコパスデブじゃねぇか!」
「そうかもしんない」
「否定しろよ!」
そんなたわいもない話をしている俺らの耳に救急車のサイレンが聞こえる。
「おい、お迎えきたぞ」
「いや死んでねぇーし」
「お前は存在自体が死んでるんだよ」
「そうかもしんない」
「だから否定しろよ!」
救急車は俺らが渡ろうとしていた横断歩道を荒々しく横断していった。ぐ、赤になっちまった。
信号を待っている間でも右京の話は続いた。
「...そういえば決まったんだよ」
「なに?二子山部屋の入会?」
「ちっげぇよ!俺の長所!!!」
「初場所?」
「力士ネタもういいわ!」
「で、なんだよ」
「俺の長所は、ズバリ!モノマネだ!」
「おぉ、そうか。じゃ、帰るわ」
「ちょちょちょ待てって!」
「しゃーねぇな、どんなものか聞いてみようじゃねぇか」
「それでは第五十位から!!」
そこからの右京はヒドかった。二時間にもおよぶ、モノマネランキングの発表は想像を絶するものだった。最初の方なんかひどすぎて鳥肌立っちゃうレベル。なんなら中盤から飽きて、ほぼ聞いてないです。
「それでは第一位!!」
「…やっとか」
一位の声だけは異常に鼓膜を響かせる。なに?カクテルパーティー効果?
「これは一番自信あるぞよ!!」
「まぁそりゃ一位だもんな。早くやってくれよ」
「いくぜ」
ごくり。
「ほんっといいかげんにしてよね!!」
「お、おまえそれ…もしかして白婿のマネか?」
「そうだっていってるでしょ」
「すげぇぇ!!激似だよ激似!!マジ本人!!」
「俺、女声が得意なんだよなぜか」
なぜ、デブは声に関してはとてもすごいやつが多いのだろうか。大抵のデブは歌がうまいし、モノマネもうまい。俺もデブになろかな。それぐらい似ていた。
「お前その声なら、美味しいクッキー焼けるんじゃね?」
「いやクレアおばさんじゃねぇよ!!」
「ちょw白婿の声でやるなw腹痛いwww」
最後まで白婿のマネしやがった。
日付は変わってまた翌日。場所は事務所の談笑室。
「で、例の物は用意できたのか」
「ええ。御覧なさい」
白婿は大きな袋を机の上に乱暴に置く。そう、昨日無花果が見ていたフィギュアである。
昨日、俺らは無花果が店を出たのを確認して、フィギュアを購入した。
会計はもちろん白婿である。アイドルだからお金はたくさんある。
白婿はぶっきらぼうに立ち上がると、扉のほうへ歩いて行った。
「じゃ、あとはかなめちゃん呼んでくればいいのね」
今日の白婿はやけに協力的である。変なものでも食べたのだろうか。
ばたん、と白婿が出ていく。
ああぁ…ドキドキしてきた。こういう、誰かにサプライズとかする時ってめちゃくちゃ緊張すんねん。もういっそこのまま帰っちゃおうかな。
がちゃ。
「あら、どうもむっこの彼氏さん」
「彼氏じゃないんだが……」
「で、ナンスか」
椅子にどかっと座ると無花果は自分の爪の手入れをし始める。うほっ、めっちゃヤンキー。
「あ、あのさ…君…好きなものとか…ある?」
「え?なにアンタ…ちょー怖い」
獲物を睨みつける様子でこっちを見る。
「いや…だからさ…なんでもいいから」
「えー…別になんもないけど」
「君、ヤンヤン物語、好きでしょ」
「っな!なんで分かったし!」
さっきまでの無花果とは一変した。
ヤンヤン物語とは、ヤンキーが学校生活の中で成長し、恋をするという王道的展開のアニメである。ちなみに毎週火曜日放送だよ。見てね。
無論、無花果がこのアニメが好きということは言わずとも口調から判断できた。なんせ俺もアニメオタクだった時があったから知ることができたってことよ。
「君の口調からだよ」
「うちの口調から……分かっただと?おぬし!」
「おっ?それ主人公がよく言うセリフだよね。おぬしってやつ」
「さすが!さすがっすよ!!彼氏さん!」
「だから彼氏じゃねぇっての……」
さて、つかみは十分だ。本題に入ろう。
「実は俺もヤンヤン物語スゲー好きだったんだよ」
「え?そうなんすか?」
「ああ。だから今日はちと君とその話がしたくてだな…」
「なんか…下心丸見えだけど…まぁいいぜ、付き合ってやんよ」
無花果はにこっと笑って、興奮して立っていたことに気づき、椅子に座りなおした。
「まずこちら!ヤンヤン目薬!」
「あーーーーっ!それって限定版のやつじゃないすか!」
「お、おう。良く知ってんな」
「ちょっと見せてもらってもいいすか?」
「おうよ」
無花果は嬉しそうに目薬を眺めている。ずっと顔はにやけたままだ。
まぁ、昨日ユニバースの薬局で買ったただの目薬なんだけどな。涙出やすい奴で、昨日コピーしたヤンヤン物語の画像をスティックのりで張り付けただけなんだが。
「これ…くれたりしないすかね…?」
なんでこうも最近のやつはすぐもらえるって思っちゃうのかね。まあ、あげるんだけど。
「ああ。いいよ」
「かぁーーーー!あざっす、マジあざっす!」
ヤンキーとは思えないほどの満面の笑みを浮かべる。可愛いと初めて思った。無花果を横目に見ながら俺はそーっとフィギュアへと手を伸ばす。
「ねぇ」
その時、無花果がなにかに気づいた。
「あんたたち、何かたくらんでる?」
「い、いや、何もしてないけどなんで?」
「だって最近知った人からプレゼントもらうっておかしくない?ものでうちを釣ろうとしてる?」
「いや、たまたま趣味が合う人を見つけただけだってー」
どくん、どくん。
案外、無花果もアホじゃない。変な状況に違和感を感じている。
「じゃあ浮気ってこと?」
「浮気じゃねーし、白婿とつきあってねーし」
「ふふ、うける」
静かに俺を嘲笑すると無花果はさっそく目薬をさしはじめた。
よかった、アホだった。
目薬さして、キクゥーッ!!とかほざいてる。アホだ。
ふーふー、でもあぶないあぶない。もう勘付きはじめやがった。おぬしやるな。
「実はもうひとつありましてね」
「は?まだあんの?」
なぜキレ気味なのだろうか。まあいい、これを見てびっくりするのだ。
「じゃん!」
「……」
無花果はフィギュアを見つけると、しばらく言葉を失っていた。
「これ、どしたんすか?」
「んーと、なんかの景品で貰った奴なんだけど、飾る場所なくてねぇー」
もちろん嘘だが、アホだからまたあの言葉を言うだろう。もう既に、フィギュア自分の方に引き寄せてるし。
「これくれるん?」
「ああ、もちろん。どーぞ」
「マジっすかっ!!!!彼氏さんマジ神!超リスペクト!」
そう。このフィギュアはヤンヤン物語でも絶大な人気を誇る、ドジっ子クラスメートのミリ子フィギュアである。昨日、無花果が見ていたフィギュアはこれだったのだ。値段は少々張ったが白婿の財布により助かった。男ながら情けない。
無花果はフィギュアを自分の前に置くとなめ回すように見る。うん、箱の底には何も書いてないよー。
しかし本来の目的はここからである。
「無花果、後ろのボタンおしてみろよ」
無花果が、フィギュアを箱から出した瞬間に、俺が呟いた。
「後ろのボタン?」
無花果はおそるおそるフィギュアの後ろのボタンを押す。
カチッ。
『か、かなめちゃん!』
「え?」
聞こえてきたのは甲高い声のミリ子の声である。
「み、ミリ子ちゃん?」
『かなめちゃん、最近曲つくってないんだって?』
「っえ?何で知ってんの?」
『ミリ子はかなめちゃんの曲を聴きたいよ……』
「ミリ子ちゃん……」
さっきまで俺と話していた無花果は口調が全く違った。おい俺フィギュアより下かよ。
『だからお願い!かなめちゃん!曲を作って!』
「うん!うち、ミリ子ちゃんのお願いなら何でもする!」
ミリ子と無花果との短い会話はこれにて終了した。
「彼氏さん、うち曲つくるよ」
「おお、そりゃ何よりだ……っておい!」
無花果の目からは涙が触れ出ていた。
「うち……なんで……」
『曲をつくっていた自分に戻ったからだよ』
ミリ子がささやく。
「うわぁぁぁぁぁかなめちゃぁぁぁぁんんんん!」
無花果はフィギュアを泣きながら抱き抱えると椅子から立ち上がった。
「ありがとう」
そう俺に言い残すと部屋から出て行った。
泣き顔も可愛いな。
と、思ったら誰か来た。
「……なんだお前かよ……」
「なんだとはなによ」
「無花果は?」
「かなめちゃんなら泣きながら走っていったわよ」
あいつ…本当に曲を作る気になったのか……?
「で、何したの?かなめちゃんに」
「おまえが昨日買ったフィギュアを渡しただけだ」
「フィギュアは喋らないでしょ!」
「聞いてたのかよ……」
「あの声の正体は?」
「右京のモノマネだよ」
「右京って……あのデブか」
おいおい。デブ言うなデブ。
そう。あの声の正体はデブの右京のモノマネボイスだったのだ!
モノマネなら何でもできる右京にダメもとで頼んだのが昨日。まさかできるとは思わなかった。
「おい、右京この女の子のモノマネってできるか?」電話越しでの俺の問いかけに一切の動揺を見せず力士は平気でやりのけやがった。あいつができた瞬間マジ引いたぞ。おれおれ詐欺の救世主かこれ、ってな。
「ひどい…かなめちゃんを騙したのね……」
「おまえ騙したって人聞きの悪い言い方を……でも曲をつくるモチベーションにつながったからいいことじゃねえか」
「またそういうこと言って……。で、涙の正体は?」
「涙に理由なんてねぇだろ」
「私、かなめちゃんと長い付き合いだけど、涙流すのなんて、見たことないわ。白状なさい」
白婿が冷淡な目で俺を見つめた。
「ほら、昨日の帰り、ユニバースで目薬買ったろ?あれだよ」
「やっぱり、そんなことだろうと思った」
分かってたのかよと、思った刹那、けたたましい足音とともに扉が開いた。
「うちはミリ子のために頑張った…これでうちもミリ子と……」
さっきまでとは別人のような風貌の無花果が俺らにそれだけ言い放つとばたっと横に倒れこんだ。
「おい?!大丈夫かよ?」
「久しぶりにみた……かなめちゃんが本気になったの……」
「え?」
「こんなに早い作曲、初めてだもの」
床に倒れこんでいる無花果を見ると爆睡中だ。どうやら俺の作戦は成功したらしい。
「おい白婿……」
「……急にやる気が出てきたわ……。悪いけどもう今日は帰っていいわよ!」
白婿は倒れた無花果をひきずって隣の部屋へと消えていった。
部屋に一人残された俺は茫然と立ち尽くす。外は明るくなりもう朝のようだ。
「なんだアイツ……」
身支度をしてエレベーターへと向かった。
エレベーターのボタンを押して待っているとふと足音が聞こえる。
目をやると人影が見える。きっと白婿だろう。
壁から覗きこむように、こちらを見ている。
「……えっと……その……今日はあ、ありがとう…」
「ん?なんか言ったか?」
「……っこの……ばか!」
「え?!」
チーン。エレベーターの音。ハッと見ると、そこにはもう白婿の姿はなかった。
「ほんとになんなんだアイツ……」
つるべ落としの話うまいよね