夏祭り
ともみの喋り方、慣れてね
おれの予想は的中した。
案の定、杉山からの視線は激しく、やけに廊下で会う回数が多い。
目が合うとにっこり笑いつつも少し照れながら目線を外したり、昼休みに壁に隠れながら俺を見つめたり、一体あいつはどうしちまったんだ。
問題の夏祭りはなんと明日である。
昨日はあのまま寝てしまったから杉山に返事は送っていない。
もしかするとあいつは俺の返事を待っているのか……?
杉山からのメールは途絶えることはないし、ほらあそこにいる杉山が今にも話しかけそう……。
「く、黒加根先輩!」
やばい、話しかけられた。
「……あ、あの決めてくださいました?」
「あーー……」
「あ、明日は黒加根先輩に大切な話があって……」
「大切な話?」
「い、いやそれは今いえないんですけど、とっとにかく!明日私、鳥居の前でま、待っています……待っています!」
そういうと真っ赤な顔をした杉山は風のように去っていった。
「大事な話って……おい嘘だろ……」
告白されるのか……?いやないないないないないないないなぁぁぁぁい!
だって男と男だぞ?単純に考えてそんなわけないだろ!
だからといって、明日いかないのは杉山がかわいそうだ。
そう、杉山は今、一歩踏み出そうとしているんだ。そんな思いをごまかして踏みにじってはいけない。
でも、どうやって断ればいいんだ……?
くそ……白婿のこともあって大変だってのによ……。
いや待てよ…白婿…杉山…月城…?
「そ、そうか!月城!」
「ええぇぇぇ?な、なに?」
振り向くと月城がいた。
「わっ!月城!なんでおまえがここにいるんだよ!」
「それはこっちのセリフだよ!黒加根君!」
月城は目をつぶって歯をかみしめる。少し怒っているようだ。
「そ、そんなことより月城!お前に頼みがある!」
「た、頼み?」
首をかしげる月城の髪が揺れて夕日にたなびく。
「明日だけ、俺の彼女のフリをしてくれないか?」
顔の前に手を合わせて必死にお願いした。
そうだ。杉山の気持ちを傷つけることなく、オブラートに包む完璧な断り方。それが月城に彼女の振りをしてもらうことだッ。
「か、彼女のフリって……」
「明日の夏祭りの間だけなんだ!頼む!」
合わせた手の横から月城の様子を見ると小刻みにプルプル震えている。
「ええぇぇ?ともみが黒加根君と一緒に夏祭り……しかも彼女のフリ…」
ぼはんっと月城が爆発する音が聞こえた。
「で、どうなんだ?やってくれるか?」
白婿は真っ赤になったままうつむいて手をもじもじし始めた。
そして微かに口を開いた。
「えと…その…私でいいなら…いいよ?」
「ほんとか?やったーーー!」
これで、準備は整った。
杉山白婿ともに助けられる。
*
私は今にもそこから逃げ出したかった。
黒加根君、一体何考えているんだろう…?
私を彼女に見立てるって……黒加根君もしかして私のこと…。
そそそそそそんなわけないです!黒加根君には児玉ちゃんがいますから!
それでもやっぱり明日黒加根君と一緒に夏祭りを回れるのはなんだかとっても楽しみです!
「そ、それで明日は何時に集合するの?」
「五時だ。五時に鳥居の前集合な」
「う、うん!」
「それじゃ、俺は帰るから。明日、絶対来いよ!」
「うん!あ、黒加根君、一緒に……」
あ、今日も一緒に帰ろう言えなかったです……。
でも明日は黒加根君とデートです!えへへ。
つい頬も緩んでしまいます…えへへ……。
はっ!いけません!こんなことしてる前に早く家に帰って明日の福を選ばないと!
そして明日チャンスがあれば黒加根君に告…いえ、うぬぼれすぎです、ともみ。
はやく家にかえりましょう。がんばれ、ともみ、負けるなともみ、ですよ。
時間は待ち合わせの時間10分前。
これは余裕やな。
「月城、浴衣で来るかなぁ...」
浴衣絶対似合うよな、月城。はぁ、楽しみだなぁ。
鳥居に近づくたびに、心臓の鼓動が激しくなる。
やばっ、今思えばデートみてぇだなこれ。
想像すればするほど、にやけちゃう...。
鳥居見えてきたぁ...んっ?
「あれもしかして杉山か?」
あのホモ、よりにもよって集合場所でうろちょろしてやがる...。くそ、見つかったら厄介だなー。
生徒会長だけあって、俺が来そうなところは容易に想像できるのだろうか。なにこれ、ストーカーじゃん。
しょーがねぇ、回り道して月城が来たら後ろから声かけるか...。
幸いなことに、鳥居の近くに大きな茂みがあった。
俺は、そこから覗くようにして月城を探す。
時刻は既に集合時間を過ぎていた。
幸い中の不幸なことに、浴衣の人が多すぎてどれが月城か全く分からない。
遅刻的な状況って変な汗でるよね。
「あれか?いや、ちげぇな」
側からみれば、俺が本当のストーカーだった。
*
「うううううぅぅぅ……遅いです……」
腕の時計を見ると五時十二分。待ち合わせの時間からだいぶ遅れています。黒加根君大丈夫でしょうか……。このまま来ないのでしょうか......。それだったら最高に辛みのはらみの極みなのです...。
鳥居の前にはぼちぼち人もちらつきはじめて待ってる自分がすごく恥ずかしいです……。
……あれって……確か生徒会の杉山君……?なんでいるんだろ……。まぁいっか。
私の今日の服はやはり夏祭りということで朝顔模様がはいった、紫色の浴衣。
果たして黒加根君は私の浴衣を気に入ってくれるのでしょうか……。
「悪い、遅れた」
「くくくくくく黒加根君?」
横には息を切らしてぜーはーぜーはー言っている黒加根君が立っていた。
予想していたところから来なくて、びっくりです。っていうか、茂みから来てる...?
それでも涼しげな紺色の甚兵衛に整った顔立ち。うんやっぱり、かっこいい……。
「なぁ、杉山見なかったか……?」
「え…?あぁ杉山君ならさっき屋台のほうへ歩いて行ったけど……」
どどどうしてそんなこと聞くんですか?わ他紙の浴衣は……まぁそうですよね、わかってました。
息が落ち着いてきた黒加根君は姿勢を直して私のほうを見た。
「んじゃ、いくぞ」
「う、うん」
すたすたと歩く黒加根君の後ろについていく私。
なんか、すごい急いでる?まるで、誰から逃げる時のような...。気のせいですね。
すると急に黒加根君が振り返って私をじろじろ見始めた。
「……なに?」
「……いや、すげー似合ってるなって思って…」
「?!??!?!?!?!?!?!?!」
似合ってる…私の浴衣が……?
「急に言うのはずるいよ……」
「ん?なんか言ったか?」
「い、いやっなんんでもないよっ!」
まったく…これだから黒加根君は…!あった時に行ってよ……。
必死にこらえたけどやっぱりにやけちゃう。
あぁ……この時間が終わらなければいいのに……。
浴衣…たまんねぇなぁ…