ヒュートの転移録
真っ暗闇の中をただよっている、
なにもかもが消えてしまったように感じる。
僕にはこれがなんだか覚えてるようで、
思い出せない、
僕は誰だろう?
君は、
君は誰だ?
「目覚めなさい」
光?なんだろう、あたたかい。
「成功の様ね、まあ、
このフテンレス様が、
直々に召喚してあげたのだから、
当然か」
魔女のとんがり帽子に、
魔女にしては動きやすそうな身なりをした、
女の人、僕はとにかく彼女、
フテンレスっていうその人を見て、
その後、
頭の中を整理している。
「ここは?」
「ここはマータデルク王国よ、
あなたは自分の名前、分かる?」
「ヒュート、あれ?
ヒュート、だけど?
分からない、僕は一体?」
思い出そうとはしてるんだ、
けれど、記憶を阻害しているものがある、
僕の覚えてきた全部が丸ごと抜け落ちているような、
そんな脱力感に襲われている、
これはどういうことだろう?
僕は赤ん坊なんかじゃない、
ここまで記憶がないっていうのは?
「召喚人は名前だけは記憶として、
引き継ぐからね、
他は覚えだせなくてとうぜんよ」
「フテンレス?さん?
僕は一体?」
脱力して崩れる僕を、
フテンレスさんは抱きとめて、
「まあ落ち着くまで待ちなさい、
案内するわ、
ほら、召喚術士たちも、
道をあけなさい」
魔法使いの服?
長いローブの一団は顔に一枚布をして、
フテンレスさんと同じようにとんがり帽子だけど、
少しざわついたとおもったら、
すんなり道をあけてくれた。
「といってもあまり時間が無いから、
手身近にあなたの身体に訊くことになるけど」
「うっ?」
より光が強さを増して、
その場で光をさえぎってみると、
広場が見えた、中庭といったところなのだろうか?
さっきまで地下の階段を連れられて、
疲れ切った身体で上ったさきには、
大きな水晶玉のある広場があった。
「あなたの能力適正を見るわ、
おそらく、アタリだと、
私の勘ではみてるけど、
とにかくその水晶玉に触れてみて」
あまりにも突然の事が続いているので、
いまいちフテンレスという彼女のことが、
信用できていない。
「わからない、
触れたらどうなるの?」
「それがあなたの運命になるわ、
魔王たちと戦う未来、
あるいは神々のもとへ達することになるか、
すべては貴方がそれに触れるところから始まる」
魔王? 神々?
分からなかったがフテンレスさんの、
真面目な顔から察するに、
そしてどよめく召喚術士と呼ばれた人々を見るに、
僕は何か特別な事の為に呼ばれたらしい、
となると。
「つめたい、ですね」
水晶玉はひんやりとしていた、
が、やがて水晶玉の内部から雷が発生して、
電気が、これはプラズマと呼ぶのだろうか?
僕の手に奔った。
「おお!」「これは!」「消えた?!」
消えた? 水晶玉が?
周囲のどよめきを僕は理解出来ずにいた、
そして水晶玉から与えられたビジョン、
それさえ上手く把握できなかったが、
僕は手に感じた冷たさもしびれも失って、
ただ伸ばした手を掴むフテンレスの前に、
いつの間にか立っていた。
「いや、成功だわ、ヒュート、
あなたの能力は、
転移能力、ワープしてよく私の目の前に現れたわね、
やっと本腰をあげて魔王と戦えるようになったわ」
「僕は、一体?」
「あなたは召喚人としてこの世界に召喚された、
数多くの召喚人の中核となる存在、
勇者に与えられる魔法を携えたものの一人、
転移能力者ヒュート、
これからはその能力を使って、
この世界で生きるのよ」
僕は自分の身なりを今一度確認していた、
帽子に服に短めのズボンに、
果たして召喚人ってなんなのだろう?
分からないことが多すぎる。
魔王だなんて、
畏れ多い話な気がするけど、
転移能力ってそんなに特別なものなのかな?
「またワープしたわね」
「これは」「かなりの適正」「明らかなる資格」「眼で追うのがやっとだ」
いたずら心がくすぐられる、
この能力は僕の記憶が無いということを忘れさせてくれるだろうか?