6 夜の学校、再訪
「で、ユノちゃんがあの怪物を『召喚』したと。そういうことなの?」
ゼルルド国立チェリスカ魔法学園中等学部第5魔法講義室、そこの椅子に俺達は座っている。
「はい……そうです。でっでも! 本当は、あんな怖い子が出るはずが無いんです! だってだって、あの本からは可愛いうさぎさんが召喚されるって……言ってて」
「うさぎさんねぇ、可愛い趣味だこと。まんまとだまされて、詐欺に遭ったってことか」
「詐欺……、とっても優しそうなお兄さんが商談を持ちかけてきたのでつい……」
でも、妙だ。こんな子供に、言っちゃなんだけど売ってくれるはずが無い。召喚魔法の付与されている魔法書の販売には許可が必要だし、『お兄さん』なんて呼ばれる歳じゃ売れる人なんてごく少数。
商談なんて言葉で自分を美化していることも問題だ。まだ少ししか反省してないだろう。
ちょっと意地悪してやろう。
「俺、今日も夜の学校に行くつもりなんだ」
「え……。ええ!? 危ないですよ!」
「……だってさ、あの『召喚獣』。ほっとけないだろ? あいつを退治するために、今日も潜る」
「だったら!」
ユノちゃんは、まさかこんなに簡単に乗ってくれるとは思わなかったが、
「私も行きます。私が産んだものです、から……」
この子、チョロくないか? 怖いおじさんに路地裏に連れ込まれないか凄く心配だ。食堂で会ったときには、もっとクールだと思ったんだけどな~。
まあいいや。ユノちゃんも乗り気だし、アストくんに言って今日も──。
キーンコーンカーンコーン
「やっべぇチャイム! おいユノちゃん! 早くしないと」
「あっ……わた、私は今日、5時間目、無いんです」
まーじかー。
「走って間に合わせらぁ!! ウォォォ!!!」
結論。間に合わずに遅刻で怒られ、アストくん無しでも不良なのでは? という噂が立ってしまった。
とうのアストくんには、
「へっ! 完全に毒されてやがるぜ」
あーこいつ悪だ!! ヤンキー3人と同じワルやん!
☆
「ユノちゃんとは中で待ち合わせだ」
「へー。昨日の子、ユノって言うのか」
ここは僕たちの部屋。今は作戦会議中。
今日はあの怪物を退治するため、武器もちゃんともっていく。
「あー、なんか気が引き締まんないんだよな」
アストくんが話を続ける。
「ってよぉ、あいつ、影から出てこなかったじゃねーか。これなら、光のあるところから魔法ブッパで楽勝じゃんか! そんな簡単に『召喚獣』が倒せるかっての!」
「まあまあ、生物なにものにも弱点ってのは存在するんです、多分……」
まず第1に今日も侵入できるのかっていう懸念材料がある。それに、ユノちゃんがもし寮住みなら抜け出してこれるかってところも問題だ。
俺は少し疑問に思ったことをアストくんに言う。
「アストくんってなんで寮住みなの? A級なんだからもっと豪邸とか……」
「あー、その件ね。豪邸は拒否したんだよ、めんどくせーし。友達できねーし。じゃあ俺も聞くけど、なんでエルは寮に入ったんだ? お前こそ豪邸とか似合いそうなのに」
質問に答えてやったから、今度はこっちの質問に答えろってことか。
「俺もだいたい同じ理由。親は反対してたけど、祖父母が説得してくれたんだ。『寮に入らないと友達できない』って脅してさ」
「まっ、入って正解だったっしょ?」
……言わせないでくれよ。
「やっかいごとありすぎて正直大誤算」
「マジかぁ!?」
「ああ、言うの忘れてた」
「?」
しっかり斬れる剣をぶら下げながら寮を抜け出し、学校へ向かう途中。
「明日、花火大会があるんだよ。ほら、国際体育祭の前夜祭みたいなやつ。前夜じゃないけど」
「うん、知ってる。それがどうしたの、アストくん」
「俺、代表の言葉みたいなの、言わないといけなくなった」
「本当に!? アストくんが言うの!?」
「代表の言葉だってさ。本当にやってらんねー。まあ言うことは決まってるから、覚えるだけだってことはありがてぇ」
アストくんが代表の言葉……。めっちゃ笑えてくる。
「おい、今心の中で笑ったな?」
「ぜんぜんそんなことないよ!」
「フッフッフ、バレバレだぜ。その心が笑ってるんだからな!」
☆
「夜の学校、再訪じゃ!」
「エル、こっからは静かにしろよ」
「分かってるって」
とりあえず侵入には成功。昨日と同じ場所の鍵をあらかじめ見えないように壊しておいた。ちゃんと直せるようにだが。
「落ち合うのはあの講義室5だ。アストくん、小走りでいくよ」
「いつばったりか、わかんねーもんな」
アストくんが、今俺の思っていた最大級の不安を口にした。
「居ないって可能性も、なきにしもあらずだけどな、エル」
「ここまでして、外れはゴメンだよ」
召喚獣と遭遇するのは、意外にも早かった。
「わ、わわーっ!!」
ユノちゃんの悲鳴が、俺たち以外多分無人の校舎に響く。
俺達はすぐさま身構え、場所がどこか予想する。
「4階だ! 上から聞こえた!」
「俺もそうだ! 早く登るぞ!」
1番近くの階段を登って、悲鳴が聞こえた方向に向かう。
そこには、走ってこっちへ来るユノちゃんと、
「お出ましか、『召喚獣』!」
双眸をギラつかせた召喚獣の姿があった。
「こっちだエル、ユノ!」
アストくんの後ろにまわり、簡素な陣形を整える。
近接戦闘担当のアストくん、(多分)回復とかそんな感じの癒し担当のユノちゃん。そして、そして……
「俺……なんの役割だ?」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇぜ、エル!」
アストくんが怪物に斬りかかる。怪物は前脚の真っ黒な爪で応戦する。
「チッ! エル! 頼む!」
「任せろ!」
俺は、渾身の魔法を放つ。
「『穿て、【閃光】』!!」
ビュンッ! と、俺の前に光の弾が現れ、それが線のように、レーザーのように進んでいく。
「……効いてるの? その、魔法!」
ああ、ユノちゃんの言うとおりだ。【閃光】に威力は無い。──ただそれは、殺傷能力のある魔法の中で最低限の威力、なだけだ。短い詠唱、そして速い速度で光が進むこの魔法は、傷つけることが可能な魔法の中でも取り回しがしやすい。同系統の魔法に【雷鳴】や【瞬閃】などがあり、そちらの方が見栄えも良いから、【閃光】はあまり使われない。
でも一秒一瞬を争う実際の戦闘では、俺的には【閃光】の方が使いやすいと思っている。【雷鳴】は詠唱も長いし、噛むのが怖い。
怪物がその目を俺に向ける。どうやらユノちゃんだけを襲う訳ではないらしい。
「ゴギャーッ!!!」
「ガッー!?!?」
俺は怪物の攻撃をもろに受け、ふき飛ばされる。
「痛ぇ……ハァ!」
「だだっ、大丈夫ですか!? エルヒスタ先輩癒します!!
『迷える仔羊に 神の加護を、祝福の加護を与えよう 【ヒール】』!」
「サンキューな、ユノちゃん!!」
ユノちゃんの【ヒール】を受けた俺はすぐさま戦線に復帰する。
「チッ! こいつ、速ぇぞ!」
「分かってるってアスト! 援護する!
『穿て、【閃光】』!」
やはり【閃光】が効いているようだ。当たる瞬間、あいつの動きが鈍っているのが見て分かる。
いける! そう思ったときだった。
「このままいけば多分……ユノちゃん、アスト! いけるぞ!」
「オラァ、ぶった斬ってやる! …………あれ?」
──いない。あの怪物がどこにもいない。今まで目の前にその強面があったはずなのに……
その時、俺は感じた。影の中に二つ、黄色く光る何かがあることを。
……緊張感。辺りに注意を向けていたその時。
「ッ!!」
ユノちゃんの声が聞こえて振り返る。
そこには、ユノちゃんの後ろ。つまり俺達と怪物で、ユノちゃんを挟むような形になっていた。
「……しゅ、瞬間移動かよ!?」
「お……おい、嘘だろ!? チッ!
『穿て【閃光】』ッ!!」
また消えた。俺の【閃光】が当たる前に。瞬間移動か? そう思ったが、すぐさまその考えをゴミ箱にポイ捨てした。
はっきり捉えた。影の中を、黄色く光る目が動いて……
……俺達を、殺そうとしている『召喚獣』を。
『チョロイン不敬罪』
語感好きすぎて