52 自称“円卓会議”
「で、なんでお前らはここでチェスしてるわけ?」
ここは俺のバイト先であるパン屋『ハルマル亭』。
「それはこっちのセリフだよ、どーして天下の貴族様がこんなところで下働きしてんのさ。君の番だよリキッドくん」
「つまらぬ事情でちょいと家には頼めなくてね。てかレッフィーもリキッドもくつろぎすぎじゃねーか?」
レッフィーは笑いながら誤魔化した。
「いやー、せっかく仲間として頑張ってくんだからさ。あ、リキッドくんこれチェックね〜」
「ふふっ。レッフィー殿、勝負のつかないチェックは弱いですよ? 新必殺、チェック返し!」
目の前でチェスをしてくつろいでいるのは、レッフィー・ガルムナルとリキッド・ダイヤルの2人。
「はぁ……なんで俺がこいつらとチーム組まなきゃいけないんだよぉ〜!」
そう悪態を吐きながら業務に戻る。
そもそもなんでこんな事になったのかと言うと……
☆
昨日の昼、一般歴史学の授業終了間際に、事は起きた。
「えー皆さんもご存知の通り、この学び舎では毎年二月に研究発表会が開かれております。上級生の皆様方が、ぜひ皆さんにも参加して欲しいとのことで、今年は2年からも何組か研究発表を……」
もちろん皆、そんな面倒な事はしたくないし、やる必要性もあまり感じていなかった様子だった。だがその静寂を、1人のバカが吹き飛ばす。
「はい! 俺やります!」
ドヤ顔で手を挙げて立ち上がった人物は、俺の斜め前のあいつ。
「ガルムナル君ですか……いいでしょう。彼と共にという方は──」
ここまではよかった。別に、目の前の奴がただ目立ちたがりやだなーと思っていればよかった。……よかったのに。
「俺、レプラコーンくんとダイヤルとチーム組むので他の人は大丈夫です! だよなー! な!」
「は?」
「聞いていませんが……なぜ我が?」
素っ頓狂と言うべきか。そんなような、抜けた声が出たし、聞こえた。
けれど2人とも抗議できずに授業が終わり、ガルムナルは先生によろしくと言われ、完全に俺たちが研究発表をする事になってしまった。
☆
「俺はまだ認めてないけど。……ってか、レッフィーはそもそもなんで俺を選んでくれたの?」
昼休み。客足が遠のく昼食とおやつの間の時間。俺は丸テーブルに座る2人の間に入る。
レッフィーは笑いながら、
「だってレプラコーンくん……やっぱ呼びにくい。エルって無礼だけど……こう呼んでもいいかな?」
『大丈夫だ』とうなづいて、続きを促す。
「まあ、なんて言うのかな。1番は、話のタネを作りたかった。ってのもあるけどさ……聞きたいことがあったんだよ」
そこで、思いもよらぬ言葉が発せられる。
「『怪盗』だっけ? 結構物騒な事してるよね。夏祭りの時とか、家とかぼろぼろでそこの人今住めてないじゃん?」
不意に、唾を飲み干す。はぁ……一旦落ち着いて、息を整えてから、煩い野郎にラブコール。
『はーい、セタ・シンノスケ登場☆ きらきらりん!』
どう思った? 今のフリ。
『どう思うも何も、なにかを探ってるのは確かだ。わざわざこんな場まで用意して。怖いねぇ今の中学生は……いや、今まで昔も変わんないや』
俺の方見て言ったか? 言ったよなぁ!?
『言ってませんけどー』
ならよろしい。で、どう思ってるのさ。
『僕の限りなく白に近い灰色のな脳細胞で考えられることは4つくらいだ。
1,レッフィーは怪盗を追っているから情報が欲しい
2,レッフィーは怪盗で、同胞狩りに怒っている
3,怪盗というワードだけを知っていて、きみの活躍だけを知っている。だから、そんな奴とは友達になっておきたい
4,怪盗というワードが先行して、きみのことを怪盗だって思って近づいてきた
5,んなもんは全部関係なしに、ただただ話がしたいだけ。まあこれはあり得ないだろ、話の展開的にだけど。
──とか、かな? まあまた面倒くさいことだよ、相棒』
個人的には3であって欲しいところではある。
最悪は2だ。が、仮に怒ってないとしても、これから戦う──殺し合う可能性のある相手に学舎の友がいるのは気が引ける。あと4もやだ、なんか怖い。
『もうそろそろ戻んないとやばいよ。変な目で見られる』
……わかった、思考のモードは止めるけど、残っててね。
『了解、ご武運!』
「──あー、まあね。結構派手にやらかしてたかな?」
「やらかしてたやらかしてた! だって東の宅地祭りの後荒れてたらしいからさ! ランプのガラス全部焼けたって噂だよ!」
よかった、見た所は3と1か。……でもそんなに酷かったのか。あの後すぐ倒れちゃったからわからないけど、
……ランプ球ソウイチが焼き尽くしちゃったのか。インフラぶっ壊れはまずいですよ。
まだ、疑問は残ってる。
「それじゃあ、リキッドはどうして呼んだの?」
「それは、我から」
やはりいつ見ても麗しいリキッドから声。さっきまでで話しておいたのだろう。
「もちろん、友達になりたいからだ、と言われた」
俺と同じかい。
「でも、他にもあるんだろ、ガルムナル殿。私たち2人を選んだ、理由が。聞かせて欲しい」
キリッと真剣な表情で、リキッドは問い正す。
「そのかわり、その『ガルムナル殿』ってのやめて? 俺普通にレッフィーでいいよ、隣のエルみたいに呼んで?」
「レッフィー、はぐらかさないで欲しい」
ちゃんと応じたが、それでもリキッドは問い詰める。
「本当のことは話すよ? 実際、本題にはそれが必要不可欠だから。……ああ、あと今からリキッドのことリキッドって呼ぶから。エルもそう呼んでね?」
「え? ああ、わかった。リキッドね」
結局まだ言わないのかと思っている。昼休みが終わったらおやつタイム。近場の子供達がまあまあ来るから忙しいのに……
「その前に、テーマを発表しよう。多分ピンと来るから」
そう言って、椅子の下からボードを取り出してインクで描き始める。
「テーマはズバリ、『魔法生物との眷属契約の時に生じる、主人の魔力との同調による、高エネルギー放出について』だ!」
「えっ……と? わからん」
うん、全くピンと──来る。ごめんピンと来た。
レッフィーどこまで知ってやがる。これあれだろ? ガーメスと召喚獣の融合の時のやつ、だろ?
『乾いた笑いが飛び出るよ。こいつ、限りなく1か2に近い』
「我にもその心当たりはある。故に、微力、力添えしてみせよう」
どうやらリキッドも心当たりはあるみたいだ。ただこっちも、もしかしたら召喚獣絡みだということもあり得るが。
「じゃあ、決まりだ。これから俺たちはチーム。欠けることなく、研究する!」
「おー!」と掛け声をかけて、最初の議題に移る。
「チームの名前どうする?」
そこには、沈黙があった。睨み合い、お互い、考えあい。
まず動いたのは俺。
「レレレ、なんてのはどう?」
「頭文字からか、我は良いと──いや、我の名はリキッド。リだ」
撃沈。良い案だと思ったのに。
「円卓会議!」
声を上げたのはレッフィー。有名な古典文学作品から取ったのだろう。俺は長すぎて最後まで読んで無いが、こういったものは最近の文学にもオマージュされているから分かる。
「良いと思うけどもっとなんかあると思う」
「円卓会議……響きはいいな。だが少し恥ずかしい。他になあのであれば、これにしたいと思う」
肩を落としていたレッフィー。いや、良いとは思ったよ?
なんか突発的にかっこいいなって出てくるから。そう、ここはリキッドが──
「3人とも2-Bだ……それであれば、Bズはどうだろうか」
『アウト! それは限りなくアウトに近いアウト!』
何故かセタが過剰反応。そういえば、そんな感じの歌手がいたっけ……思い出せないわ。だけど、一つはわかる。
「うーん、なんかダサい?」
レッフィーのダメ出しに、リキッド天を仰ぐ。
☆
「えー、我ら『円卓会議』……いや『円卓会議』、それじゃあ研究頑張ろう! ……『円卓会議』になるなら、まあ王は無しとしてあと9人ばかし足りないけど」
俺はそんな痛々しい名称を聞き流したあと、「じゃあ仕事に戻るから」、と後ろを向いて中へ向かう。
その時どちらかの視線が、かなり鋭利になっているかもしれないと圧と視線を感じ、不思議と怖い。
今日はバイト以外でかなり精神すり減らしすぎていると思った。早く帰りたい……。




