49 Re:精神世界/鳥兜《後日談》
「お久しぶり、エル君」
目が覚めたら、そこはあの真っ白な空間……ではなかった。
「……随分と俺の中で快適に暮らしてるようだ、セタ」
扇風機、びっしりと積まれた本の数々、セタの記憶で見た袋菓子。真っ白な空間に、異質な物体が散乱している。その真ん中にセタはあぐらをかいて座っていた。
「エル君の頑張りで、この部屋も強くなった!」
「『強くなった!』じゃねーよ、てかなんで俺ここに来たの?」
「まあ、僕がここに呼んだんだけどね」
まあいいやと、セタは軽く息を吐く。なんでこんなことになっているのか。セタはいつもの白い病衣だが、カスタムされて半袖半パンとなっている。
「そんなに俺の中が暑いのか?」
「いや、ここも外と繋がってるからさ、季節感出ちゃうんだよね。夏はまだ涼しくするんだからいいけどさ、冬はここにも暖房入れたい……エル君のどこと、ここが繋がってるのかもわかってないからー。もし脳と繋がってたらごめん、熱くなるかも」
「いや、別にいいんだけど……だからなんでセタは俺呼んだの?」
「少し僕なりのね、ガーメスの死に方というか消え方というか……まあそんな感じのことを話しておこうかと」
髪を掻き毟って、セタはそう言った。
「どれくらいかかる? 俺早く起きなきゃなのに」
時間的に厳しいのかもと俺は思う。
「うーん。エル君の身体的に厳しいよ? 今起きるの。ここで身体を治す時間を無理やり与えなきゃならないと思ったから、独断で呼んだ。これで、いい?」
「……分かった。で、見解は?」
そうだね……と、少し言葉を止めてから、ゆっくりと語り出した。
「消え方がね、この本で読んだけど、『魔法生物』? とか『眷属』? とやらに似ていたんだ」
散乱している本の一つを、念だけで動かして俺の目の前に持ってきた。
「『召喚魔法入門』……。眷属化の魔法? ああ、眷属は肉体的に死ななくなるから、魔法で形作られた外側が崩れて霧散するってこと?」
「そうなんだけど──さ」
セタは首を傾げた。
「それってちょっと厳しいのかなって。人間、つまりは僕たちに合わせて、魔法は作られているわけだ。最初に考えたのは、召喚獣が、ガーメスを眷属として使役していたということ。でも、召喚獣は魔法なんて使えないだろう? もし、それに準ずるものが使えたとしても、不完全な状態で存在するだろう、ガーメスは。でも実際、そんなことはなかった」
確かに、召喚獣なんて不安定な生物の魔力で、大安定の人間を完璧に眷属化するのなんて夢のまた夢。でも……もし、安定させることのできる魔法があるとしたら?
「そう、そこだ」
ビシッと指を前にさす。あの術式、『私の全てを授けよう』だっけ? この詠唱で、何かが起こっていたに違いない。それも、魔力を安定させるような、何かが。
「かなりの魔力だったからねー、あの魔法『ガナムの書』。福音経とか、もっと強い魔法書とか……考えられるだけで色々あるね」
「魔女、か」
「ん?」
セタが、ぼそっと呟いた。
「魔導書ってあるだろ? それについてなんだけどさ……執筆者って、基本的に女性なんだなって」
レプリカらしい本を、念で浮かし回して遊ぶ。
「……確かに、言われてみればガナムって人は、古代北方小国の魔術研究者にある名前だ。そして今でも、女性の名前として広く使われている……」
「ガナムの書、第七章。節は忘れちゃったけど、多分探せば出てくるんじゃない? 『人ならざるものとは、人を逸し、人を殺すもののこと』っていうフレーズがさ」
だからなんだっていう話だが、もしそうだとしたら。
「魔導書執筆者か。えっと、ガナム、ホールズ、モネカ──あとは、リリィ」
「あとはアスチルベとか? 流石、魔法史オタクなだけあるね」
オタクっていうか、得意分野っていうか……まあ、そんなとこなんだけどな。でも、
「全員女性か。もしかして魔女の力ってさ、魔法書を作れる力なのかな? 魔法書は全部強大な力を持ったものだし、怪盗が欲しがるのもうなずけるよね。セタはどう思う?」
魔女の力を持った人は1人だけ知っている。シェルトはそのため狙われた。シェルトも女子だ。だからこの説、あってるんじゃ……
大きく首を傾げ、セタはなんとも言えない表情になった。
「うーん……まだ決めるのは早いと思う。それに、魔女の力だけじゃないとして、狙われているのはエル君もだろうし……」
「狙われているの? 俺って」
そうだよ! と大声でビックリするセタ。
俺って目の敵にされてるだけなんじゃ……?
「あっ、そっかもね」
あっさりと平静さを取り戻している。いやもっと焦れば?
「ま、もそろそろで夜も明ける。えーっと、起きたら普通に寮だ、と思う。寮母さんにこっぴどく怒られるだろうから覚悟してね」
「それは嫌だな……でもまあ、たまにはこうやって話すのもいいね」
足元が黒くなっていく。現実世界が近づいている証拠だ。
「そうだ、セタ」
「なに?」
ずっと、言おうか迷っていたことがあった。無責任に言っていいか、分からなかったけど……言おう。
「俺の中にいて、楽しい?」
「そりゃ楽しいよ。だけど、ひさびさに自分の足で歩きたいなー、なんて思うことはあるよ」
セタは俯いた。叶わないと分かっていても。
「海とか、山とか、このファンタジーな世界の自然。あとは、この世界の食べ物を食べたい。視覚と聴覚はこっちにも持ってかれたけど、味覚とか痛覚とかは、未だに共有してくれてないみたいだから。あとは……」
こいつの過去は知っている。ただ、同情はできるが、理解はできない。まあ、19歳で大人びてて、それにしても精神年齢が低いなんて、そして、死んでここにいるなんて、言ってはなんだがロクな人生とは言えないだろうから。
「やっぱり戻りたいよね、元の世界に」
「それは……ううん、違う。あっちには戻ったって、僕の居場所なんてない。だから、元の世界で見れなかったものが見たいんだ」
セタは上を向いた。どこまでも続く白だけの世界に一つ、言葉の滴が波紋を作る。
「例えば、満開の花園……とかかな?」
「うん、必ず。今度見せに行くよ。満開の、花ぞ──うわぉぉ!
バッチリポーズを決めて、俺は現実に戻っていった。
感動的シーンだったはずなのに、大爆笑しているセタの野郎の顔を見ながら──
☆
「いやー、素晴らしいなぁ。流石の金目、それも純度の高い育ち盛りの少年。どこまで咲くか見ものだー! お前もそう思わないか、ガーメスくーん?」
夜のくせに明るいチェリスカの、民家の屋根上に居るのは、怪盗サモネ。それと、あと1人。
いや、それを人と呼ぶのはかなり無理がある。そう、怪盗ガーメスは、人間ではなくなった。
『早くここから出してくれ、サモネ! ここはどこだ! なにも見えない、どこなんだっ!!』
「あーあー煩い、しかもブレブレ。もう自分の使命を全うしたんだ。それでいいじゃないかー。これ以上なにを望むんだよ」
『なにをって、俺はまだなにも出来てない! なにも全うなんてできてない。そもそもまだ俺はっ──』
「はぁ……もういい加減、分かれよ。君のその出来損ないの脳味噌掻き回してスープにしてさー」
大きくため息。どうしてか理解できない子供のような人間を前に。
「なんで見えないかなんてー、お前に分かるわけがないよー。そりゃ仕方がないさー」
だって、とサモネが顔を歪ませる。いびつな感情に支配された、吐き気と悪寒を催す嗤い顔。彼は惜しみなく、その黒い感情をガーメスにぶつける。
「なんで目が見えないか? そりゃ目がないから。なんで匂いもなにもないのか? もうお前にそんな器官は無い。でも耳は聞こえている? ははっ、そこだけは運がいいんじゃなーい? そ、れ、で、もー!」
『おい嘘、だろ……! だって俺は、まだ!』
黒が、爆発した。
「言葉を、音を聴く機会も……もーう、無くなるんだよっ!!」
おもむろに、サモネは小瓶を振り回す。そう、そこにいるのだ、ガーメスは。小瓶の中に、ガーメスの精神の欠片があるのだ。
『おかしいだろっ。お前言ってたよな、団長命令だって……その研究の手伝いだって! だから俺は召喚獣を纏った! あんなことしなくても目の前の』
「あー、ネイトの命令ってのは、嘘だ」
ニヤニヤほくそ笑む。まさに外道。
「俺達のためのサンプルデータと、ガーメスという豊潤な研究素材をくれて、どうもありがとー!」
『俺を、これからどうする気だ!』
焦るガーメス。もう言葉はフィルターがかっていて聞き取りづらい。
どんどんと感覚が切れていくガーメス。やがて声までも途切れ途切れになる。
「あーあ。もう聞こえなくなっちゃったか。まあ、精神が死んでても動力くらいなら出来るでしょ」
空を仰いだ。とても綺麗な光の粒が、空へと舞って消えていく。
「俺たちが必ずあの人の、笑えるほど綺麗すぎる『怪盗の美学』を守り抜く。あの人の意思を継ぐのは──いや、継げるのは俺だけだ。だから、ヴァルドだんちょーを殺したネイトは許せない」
小瓶を持っていない方の手を、血が滲むほど強く握る。
「まー俺は、けっこー策士なんだよ。ネイト団長に勘付かれているだろーけど、まだ遊ばれてやるとするかー」
彼は、眼下に転がった金目の少年を見下して、吐き捨てた。
「そのためにもーっと強くなってもらわないと……。まあ俺くらい強くなったら嫌だから、すーぐ殺すけど」
だから、と。彼なりの期待と悪意を存分に込めて。
「せーぜー余生楽しみな」
そう言って、そう言い残して、消えていった。暗闇の中に、そっと小瓶を小突いて。
四章完結で二学期へ
更新ペースを早くしたいところ




