43 欺く煙毒
「『穿て【閃光】』! ユノちゃんはソウイチの手当てを頼む!」
「わっ、分かりました!」
怪盗の攻撃方法は、召喚獣のことを考えると多分、毒による攻撃だと思う。
俺に回ってた毒は、ほとんどユノちゃんが解毒してくれた……と、思う。
さっきまで戦っていたソウイチに、毒が回っている可能性は大いにある。まだ避けるだけで何もしてこない怪盗だが、魔法の詠唱とか毒の調合などを、見えないところでこっそりと行っているのかもしれない。
『どこまで援護すべき?』
セタが久々に口を出す。だけど今は必要ないんだ、様子見だから。俺はミゼリコルで、悪くない怪盗を知った。もしかしたらこの人も、救える可能性だって……
「そろそろ、動きますかねっ!」
今の今まで、避けるだけだった怪盗が俺目掛けて殴りかかってくる。どしりと強い一発の拳を、俺は左手首を回しながらいなす。
「デルシャ嬢を瀕死にしただけの実力はあるみたいだな!」
「ふーん、デルシャ嬢……ねっ! 確かにそんな人だったよ!」
俺はミゼリコルでデルシャと共闘したときのことを思い出す。そして、目の前の怪盗の目を見た。
明らかに狂気の顔。正気の沙汰じゃないだろというくらいに、キラキラと引きつった笑みを浮かべている。
「……笑っているの辛くないですか?」
押され気味なのに悪態をつく。もちろん、こんなハッタリは気付かれており、怪盗は目を細め言った。
「ああ、エルヒスタは焦ってるのか!」
不意に飛び出した怪盗の強烈な一撃が、俺の腹を抉る。
すぐに、痛みが駆ける。ただ、生きてはいる、動ける。大丈夫。だけど、しまった。
俺は幸い、致命傷ではない所に当ててもらったのか。ダメだな、戦わなければ。
「セタ、詠唱頼むよ。俺の邪魔にならないように、アドリブで、よろしくだ!」
俺はもう一度決めた。ああダメだ、怪盗と戦う、人間と戦うということは、本気にならなければいけないんだ。そうしないと、勝てない、絶対に。
左手を前に出し、右手を握り込む。
『やるっきゃないでしょ、エル君!』
ああ、当たり前だろ!
「お前に見せてやるよ、修行の成果!」
「そうか、やっと本気になったか! 俺は嬉しいっ!」
取った距離を怪盗が一気に詰めてくる。
そう今こそ、俺の修行の成果を見せる時。
目の前の敵は、ほぼ必ずと言っていいほど拳で攻撃してくるだろう。向かってくるその体重移動している力で殴りかかってくるはず。
そんな時の魔闘真流の戦い方、奥義。
『魔闘真流拳闘術奥義、稲交接』
相手の攻撃を背中を伝わらせていなし、後ろ回し蹴りを喰らわせる。その速度、まさにスカンダの如く刹那。
「ぶっとばすぜ!!」
「こっちのセリフじゃぁ!!」
背を向ける。そして、怪盗の拳の動きを使って身を捻る。
「そして巻き取る!!」
魔力を込めた右足が唸る。かかとが、怪盗の顔に直撃した。
ドゴォンッッ!!! 大きな音が鳴り響く。さながら、雷が落ちる衝撃のような。
後ずさる怪盗と、奥義を使って消耗した俺。怪盗の顔がよく見えない、俯いて肩を揺らしている。
「いいねぇ、その技。すごい好きだ、気に入った」
さっきまでの無邪気な大声とは比べ物にならないほどの、ドスの利いた声に少し引いて、それは恐怖が呑み込もうと口を開けた。
『あの奥義……効いてる証拠だよ。彼から余裕ある振る舞いが消えちゃった。正念場はここからだ、エル君』
「いくぞ、エルヒスタ!!!」
飛んでくる拳をいなし、殴る。
相手も同じことを繰り返す。
距離をとっても詰められ、実質無詠唱だったとしても魔法を使うことは難しい。
こちらの攻撃も躱される。厳しい戦いを強いられている。
『『穿て【閃光】』!』
咄嗟、怪盗の拳戟を避け後ろに距離をとった瞬間だった。セタは即座に詠唱し、その魔法は怪盗の腕を掠めた。
「詠唱棄却速効魔法……なのかなぁ? まあ、いいや。へへ、面白いもの持ってるのかキミ」
だから狙われているのか、と言葉を置いて、俺に向けて吐いてきた。
「そろそろ、毒いっとく? 本気、出しちゃう?」
大口を叩くのは自分に合わないかもと思いながらも、怪盗に向けて威勢よく放つ。
「来い、そっちのが俺は本気を出せる!」
『『雷一閃・稲妻よ走れ・貫け電撃【雷闢】』!! 活路は僕が切り開く!』
セタの詠唱で放たれた雷闢の中を通り抜けて走る。
そして怪盗目掛けてこぶしを突き出す。
怪盗も同じで、雷闢を躱してこちらに向かってくる。
使うべきか、今、奥義を。
いや、無理だ。前回の奥義から時間がまだ経ってない。
そもそもの話、奥義は切り札で普通の人は使用することすら厳しいというのに。
魔闘真流の、特に拳闘術奥義は並みの人間では連続で使用することは不可能なのだ。
理由は、魔力が大きく乱れるから。
魔闘真流拳闘術奥義は、体にかかる高負担の反動を、魔力を使って最小化させているのだ。
放つ魔力と守る魔力。ベクトルの変わっている方向に使用して、魔力は琴の弦のように振動している状況。
【雷闢】と【閃光】出しただけで体内に痛みが走ってくるレベルなのだ。
そんな今奥義を使うのは、さすがに無理。
「だから、単純物理で!! い、く、ぜぇ……え?」
目の前にいた存在がなくなった。放たれた拳は虚空を切り裂き消えていった。
「煙毒でキミの感覚を、一時シャットアウトしてもらった」
拳が、切り裂いたはずの虚空から現れた。咄嗟に防御姿勢に移ることができたため、なんとか抑え込むことに成功する。
「渦巻いている煙毒は、キミを喰らい尽くすまで回っていくよ?」
「すぐにぶっ倒して、治してもらうからどうでもいいことだ!」
「そうか、ならいい。ああ、仕方ない。俺はお前を殺すしか、無い」
相対する双眸、大きく見開いて。
「渦巻く混沌・響音・神秘、赤い目をした魔女の白き力、生命の輪が掛かる時、その存在は光を放つ!!」
その禍々しい言葉を、荒々しく紡ぐ。詠唱のような、なにかを。
『魔法の詠唱? いや、これはまさか……あー!! 知識の範囲外!!』
(落ち着け! ……あいつの魔力が大きく乱れてる。畳み掛けるぞ!)
ただ、この攻撃も不発に終わった。理由は、一つ。
「顕現せよ我が召喚獣。敵を欺き、狡猾に喰らい尽くせ!」
ジギュグワァ!!! と大きな音が辺りを襲った。俺はその風圧だけで大きく吹き飛ばされる。
「っ! 召喚獣……!」
現れたのは、蠍。銀色の甲殻を持った、大きなサソリだ。
『おい、まずいんじゃないのエルくん!?』
「わかってる、でも!」
「殺せ」
その一言、召喚獣が動き出す。その巨大な鋏角が、体の目の前に迫る。
まずい。
このままでは、死ぬ。
避けることは、できない。
もう、体制を整えている時間がない。
この距離では修行の成果も試している暇がない、というかそもそもまだ不完全だ。
「うっ、『穿て【閃光】』!」
気休めの一瞬の攻撃も、その硬すぎる甲殻に遮られてしまった。
そんなことお構いなしに、無慈悲に、サソリ型の召喚獣は攻撃体制をとり続ける。
ここまでか、そう思ってしまう。
そう、思ってしまった。
何か、残せるものはないか。あの2人が、怪盗と召喚獣に勝てるように、ヒントは無いか。
……思い切り下向きになって考える。
もう、終わりかよ。もう……
過去のことが脳裏によぎる。生まれて、今までの、すべての記憶……すべての────────?
全部、そのほぼ全ての、『誰かと過ごした記憶』を、思い出せない──記憶の溝がある。それを確認した瞬間、何かの何かな声が、俺の脳を激しく揺さぶった。
──誰の、何の記憶だったのだろう、
『ずっと一緒にいようね』
『私はいつも隣にいるよ』
『ありがとう、助けてくれて』
『あなたなら、きっとなれるよ。誰かを守れる、立派な、ヒーローに──
『私を助けてくれた、私の大好きな、エルなら、必ず』
誰の、何の記憶だったのだろうか──?
それは誰かの声だが、誰の声でもなかった。
確認できない、忘れるはずないはずなのに、思い出せない。
そもそも、頭に何も響かない。
ただ最後の言葉だけは、鮮明に、俺の心を激しく揺さぶった。
『あきらめないで』
顔を上げた。まだ、鋏角は俺に届いていない。行けるか? 今ならまだ、間に合うか?
いや、間に合わせる。
大きく息を吸った。
「魔闘真流、転醒。魔力の糸」
空白から現れたのは、不可視で不可避な魔力の糸。
それが塊となって、瞬間、サソリの鋏角は、その細く張り巡らされた魔力に、力を奪われて俺の横に突き刺さった。
ドーム状に俺を覆っている糸が霧散する。
かなりの消耗、息が荒げる。
魔力に影響は薄いが、極度の興奮故に使うことができたからか、身体が震えて止まらないんだ!
「すばらしい、すばらしいすばらしい……すばらしい! なんと素晴らしいのだろうか! 本気を見せてくれてありがとう!」
怪盗が笑う。そうだ戦いは、始まったばかりだ。
「必ず、お前を倒すッ!!!!」
魔力の糸は、戦いの流れを変える。攻撃をそらす。
沢山の使い方がある。それを、最大限に使ってやる!
──さあ、反撃開始だ。
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