42 安全地帯を砕き割る勇気
「ふっ、二人ともどこに行っちゃったんですかー!」
私はまだ、エル先輩とロンダーくんを探すために、チェリスカの街の中を走っていた。いったいあの二人はどこまで……
「大丈夫か!?」
声がした、エル先輩の。とても切羽詰まっていて、例えるなら私と最初に会ったあの夜の時みたいな……
「エル先輩?」
曲がった先から「大丈夫か!」、「しっかりしろ!」というエル先輩の声が聞こえた。
……何かあったのだろう。
角を曲がった。そこには、エル先輩がいた。誰かを介抱されている人がいるのかと思ったが、居なかった。そこに、人は居なかった。
──エル先輩を除いて、誰一人。
私の耳元を羽音が通り過ぎる。いつもは払おうとするが、今はそんなこと考えている余裕もない、全くない。
「エル、先輩……?」
私は思いきって声をかける。先輩は焦るような表情でこちらに顔を向けた。
「ユノ! ちょうど良かった……! 今この人たちが具合悪そうで、何かに襲われたらしいんだ。ソウイチが奥行ってるから、俺も早く行かなくちゃいけない。ユノなら、この人たちを治せるか!?」
訳が分からなかった。意味が分からなかった。今、何が起こっている? どんな状況だ? 誰を助ければ良い? 私はなにをすれば良いんだ?
「悪い」
エル先輩は見えない何かを横たわらせて、私の肩を軽く叩いた。
「投げやりになるけど、この人達をよろしく頼む。魔法の治療……応急処置が終わったらシェルト達に連絡して、奥に来てくれ」
「分かりました」とだけ返した。
自分がなにをすれば良いかさえ、分からないくせに。
エル先輩は路地の奥に駆けだした。その背を見て、少し大きく呟いた。
「……召喚獣」
可能性は、ある。あの時、本当は見えているはずの霧を、私は一切視認していない。あの時、本当は操られているはずの霧に、私は一切犯されていない。なら、今。
本当は見えているはずの人を、視ることができない?
もし、ならば。
さっきまで先輩が体を貸していた人が、寝ているはずの場所を……踏みつけた。
「やっぱり、幻覚?」
誰も居ない、踏んだ気配が、無い。少々手荒になったが、仕方が無いと割り切ろうと思う。
騙されているのは、私じゃない。
前に、進む。止まってはいけない。振り向いても、振り返っても駄目だ。
エル先輩に知らせなければいけない。これは召喚獣の罠であると。
☆
路地の奥の開けたところで、先輩は見えない何かと戦っていた。
「くっ、そっ!! 何体居やがるんだ!」
きっと本体。そこにいるはずの獣と。召獣結晶のせいで感じることのできない召喚獣と戦っているのだろう。
──ただ、ロンダーくんはそこに居なかった。
「エル、先輩……」
声は、出なかった。良いのだろうか、このままで。
そう思ったからだ。
どうしようかと、どうしようかと思ったから。ここでエル先輩に知らせる、意味なんて無いんじゃないだろうか。だって、どうせ私は召獣結晶のおかげで攻撃されないで済むのだから。
意味が無いだろう。怪我人は居なかったなんてこと、見えない何かを倒したあとなら分かるだろう、簡単に。それとも私が治して避難させたのだと、勝手に思うだけだろう。
だから、意味が無い。
戦いに参加したい。エル先輩を助けたい。
そう思ってしまう気持ちも所詮、『召獣結晶』による力の中だから言えるんだ。
ずっと、ずっと、ずっと。傷付かないで済む、安全地帯の中でなら。召喚獣や怪盗のことなんか忘れて、いつものような生活に戻っても良いんだ。
私は目を逸らした。
──「またそうやって目をそらすんだ」
……そうだよ、また逃げたんだ。私は、逃げたんだ。
「本当に嘘つくの下手だね、ユノ」
顔を上げた。小柄な少年が目の前に立っていた。私は膝を抱え座っていたので、その少年に見下ろされるような形になっている。
「お前はどうしたいの、何を見たいの、どんなことを成し遂げたいの?」
彼は、そう問いかけた。
私は……、私は!
「助けたい。エル先輩だけじゃ無い。今戦ってるだろうロンダーくんも、みんなも」
本当の気持ち。助けたいなんて上から目線な言葉で、言い表すのは不自然だけど。でも、助けるんだ。助けたいんだ。
私はもう、逃げたくない。
「なら、決まりだねユノ。だから砕け、お前のソレを」
私も、戦う。決意が溢れる。
手に持った巾着から、黒色の宝石のような結晶を取り出す。
「今までありがとう」
私、強くなるから。目を瞑って、宝石を地面に落とした。
────────────パリン。
軽い、乾いた音が響く。そう、ここから先は死と隣り合わせの戦場だ。言い訳も、弱さも通用しない。「ありがとう」と、心の中で少年に感謝する。たとえそれが、その少年への届かない夢だとしても。
まぶたを、あける。月明かりが目に入ってくる。そして、目の前に。
「エル先輩! 私も、戦い……ま──」
足下を確認する。おかしい、召獣結晶は割れている。とても綺麗に粉々に割れて、もう黒色は道の色と夜に同化している。効力はもうないはずだ。
しかし瞬き、何も起こらず。エル先輩は何者かに向かって拳を振り上げているだけだ。
そこには、何もいなかった。
────エル先輩は、見えない何かと戦っていた。依然、変わりなく。
さっきまで気づかなかったが、何やら独特でこの街の中で異質な匂いが鼻を襲う。特有の刺激臭……いや違う、モヤモヤとしたものが鼻に纏わり付くような臭い。
「何かが……見え、る?」
靄がかかっているように不鮮明だ。何かが見えるのは、確かだ。
暗示か、呪いか、それとも……毒か。何かが私やエル先輩、多分ロンダーくんを惑わせている。
そうだ、一度、魔法を使って……回復魔法を使って、この状況がどう変わるのかを見よう。
「──【ピュリサー】』」
結果は、当たりだった。呪い又は毒などの効果により、錯覚を見せられていたのだ。だって今、エル先輩の前に靄は全くもってなかった。完全なる無。
エル先輩に近づきながら、魔法を使う。
「エル先輩! それは錯覚です!
『侵されたものに安らぎを 苛まれたものに移らぬ 黒い毒には白の薬 【ピュリサー】』!!」
☆
「──助かったよ、ユノちゃん」
俺は重くなった肩を回し、変な状況から救ってくれたユノちゃんに熱く感謝する。
召喚獣は、確かにいた。本物がいるはずだ。そう耽っていると、遠くから何かが飛んで、こちらに向かってくる。
「ソウイチ!?」
ソウイチロウ・ロンダーが遠くから飛ばされてきて、そして俺の腕の中に飛び込んできた。
「まずいまずいまずいまずいよ! 召喚獣と怪盗がこっちに来てる!」
「──ここにいましたか、皆々様!」
頭上で声がした。高身長で、赤色のタキシードを着ている男。月明かりにより鮮明に、不自然に開いた瞳孔を持つ目を視認する。声と共に被っていたシルクハットを投げ捨て、両手を空にして天を仰ぐ。
「こいつだ! こいつが召喚獣を!」
取り乱すソウイチ。俺は彼を背後に回して話を始める。
「お前が、怪盗か?」
「そうでございますが、あなたがあのレプラコーン君でよろしいですか? 薄暗い夜の中なので特徴的な金の目がよく見えないんですよ」
その問いに、肯定の意味の笑みを浮かべる。
怪盗もその笑いの真意に気付いたようで、その後怪盗も同じように笑った。清々しいほど元気な笑い声で。
「ならいい、始めましょう」
立ち上がって戦闘準備の構えをとる。それを見て怪盗はまた高らかに宣言する。
「さて、欺きましょうか、あなた達を! ……なに、死んだことさえ気づかずに! 心の中の美しいものを、体で腐らせながら殺しましょう! そう、これもすべて!」
目を、見開いて、禍々しい笑顔で。
「──ネイト様のために!」




