36 レプラコーン家に旅人が
『イッツッアファンタジーキャッスル!!!』
拙い発音のガバ英語で、セタは我が家をそう評した。別に普通だと思うけどな……まあ、他のB級貴族の邸宅よりは大きめな家だとは思うけど。
『いやぁ、ファンタジーだねぇ。こう言うのだよ、こう言う奴待ってたんだよね、僕は!』
いや別にお前に見せるためにこの家帰ってきたんじゃ無いんだからね! 勘違いしないでよね!
でも、三ヶ月くらいこの家には来てないからな。何故か新鮮だ。寮もこれぐらいの大きさの敷地にあるはずなのに……
門のドアを開ける。すると、俺の帰りを待っていたかのように、一人の男性が家のドアから顔を覗かせて手を振っていた。
「お兄様! 只今戻りましたー!」
「お帰り、エル!」
彼は俺の親愛なる兄上である。名前はバルトロメウ・レプラコーン。
4歳年の離れた17歳の兄で、17歳ながら総合学園高等学部を首席で飛び級卒業。研究施設で働いていて、今は海洋学を学び、ゼルルド国と海を隔てるアルスフェイル群島近海の、規則的に変化する海流について研究をしている。まあ、言ってしまえば『凄い人』なのだ、彼は。
イケメンだし、優しいし、この家をしょって立つ長男坊だし。でもお見合い話は全然来ないらしい、何でだろ。
「立ち話もなんだしと、思ったんだけど……ちょっと今客人が来ていてね」
「客人……何関係ですか?」
曲がりなりにもレプラコーン家は貴族の一員だ。B級の中でも地位はかなり高い方だから、もしかしたら円卓議員になれって依頼に来たのかも……もうすぐ入れ替えの時期だし……
考えていたこととは違ったが、兄さんは興味深い内容を言った。
「旅人が来ているんだ、この家に……特にお前に用があるって」
「へー……って俺? どうして……?」
☆
ここは大部屋。レプラコーン宅で二番目に大きい部屋だ。因みに一番大きいのは食事スペース、一番小さいのは姉の部屋だ。そこに、旅人は座って話をしていた。後ろ向きでよく見えないが、相手は俺のお母さん、ミナ・レプラコーン。何やら約束をしているようだが……
「母上、エルヒスタを連れて参りました」
急にかしこまった我が兄上。それに釣られて俺を腰を下げる。だけど、それを見たお母さんは少し微笑んで
「なにかしこまってるのよバルト。あと、エル」
母は美しい笑顔で笑顔を見せた。
「お帰りなさい」
「たっ……ただいまっ!」
そして、この部屋から去ろうとするお母さん。彼女は言った。なにか聞き捨てならない言葉を残して……。
「うん、おかえり……そう、じゃあ“デルシャ”ちゃん、後でちゃんと、用意しとくわね」
デルシャと呼ばれたその少女の旅人は、全くもって俺の知っているデルシャではなかった。
『デルシャ? デルシャって、あの?』
分からないけど……俺に用事って何だ? ちょっと意味が、分からない。
「えっと……デルシャさん?」
「はい! エルヒスタくん! 私です、デルシャです☆」
確かに、聞き覚えのある声ではあるが……
「えっ……と、デルシャってあのデルシャ? 俺の知らないデルシャなの?」
「えっ、私のこと忘れちゃった……?」
口を両手を使って隠す仕草をする、いちいち出てくる可愛さで抉ってくる謎の少女旅人。分からん、彼女は確かにデルシャなんだけど……いやデルシャなのか?
デビルシャワーとかの名前くっつけた系とかでは無くて、マジで俺の知っている奴?
『え、知らないよ僕、こんな可愛い子。僕のデータには全くないよ!』
いやデータとか知らんから。でも、本当にこの子は……あいつなのか?
☆
夜、レプラコーン家、俺の部屋の隣の部屋。夕飯も終わりゆったりとした時間が流れて寝ようと俺の部屋に向かったのだが……
「何であなたがここに居るん……ですか?」
俺の部屋にネグリジェ姿のあの人がいた。そう、デルシャ擬きかその本人かだ。俺的には、本人じゃ無いんじゃないかなーって思ってはいるんだけど……
ああ、話を戻そう。
「お部屋が少ないから一緒に寝て下さいとあなたのお母様から言われました」
と、彼女はだいたいそんなことを言った。恥じらいも無く。
いやなんなん? と思ってお母さんにも抗議しに行ったのだが……
「はぁ……まだ帰ってこないのかしら、ノーゼンさんは……」
まあ、そうか。今日一日、私はまだ父を見ていません。ノーゼン・レプラコーンは家出しているのか……まあ、奔放な父さんだからやりかねないけど……。
多分理由は違うかな。そう思って仕方なく言うのを辞めた。だけど、父さんのいないお母さんのこと、ちょっと心配だ……
で、今居るのが俺の部屋の隣の部屋。弟の部屋だ。
弟の名前はレビュラ・レプラコーン。この家の一番の常識人にして、10歳とは思えないほどに頭が良い……らしいから自慢の弟だ。
ただ、その部屋にはもう一人家族がいた。
妹、ダイアモンド・レプラコーン。8歳……ちっちゃくて可愛い自慢の妹だ。
「でもエル兄、仕方ないんじゃ無いのかな……一緒に寝るなんて簡単な事じゃん。ベッド小さいけどガマンしなきゃ、大人になれないよ」
いや、なんかの間違いで大人になっちゃうかもしれないからヤベえなって愚痴りに来たのにその返しは抉りますね我が弟よ。
「……いっそのこともう仕方ないから、優しくしてあげたら良いと思う……」
いや8歳のくせに何言ってやがる、この声が小さい妹は……
「いやあ辛いのね、明日には誕生日パーティーやるんでしょ? 俺は去年全然動けなかったからなぁ……。今年こそは頑張るよ!」
そうなのだ、明日はお母さんことミナ・レプラコーンの誕生日なのだ!
「その件なんだけどね、エル兄には明日、お母さんを外に引っ張り出す役目をして欲しいんだ」
「……というか、それしかできない……」
うん、分かった。と言ってから部屋を出ようと思ったが、少しの疑問を解消しておくことにした。
「あっ、そういえばお姉ちゃんは?」
「……お姉ちゃんはまだ帰ってきてない……」
よっしゃ! じゃあ……
『物置……ここじゃ寝られないね、エル君……』
姉の部屋は、物置として使われており──
──足の踏み場さえなかった。
☆
「今夜は月が奇麗ですね」
結局デルシャと寝ることに。……全部屋の鍵ロックはふざけてるよ母さん。お兄ちゃんに全然女っ気が無いからって俺に、しかも旅人に押し付けるなってこんなこと……
「はぁ……」
俺はため息をついた。分かっている、何となく、分かるんだ。だから、
「化けの皮を剥がせ、怪盗デルシャ」
啖呵を切った。
「そう、気づいてたのね……まあ、気づかせようとしてたし、もう隠す必要も無いカ☆」
やっぱり。髪を下ろしていたから、全く分からなかった。そっか、髪を下ろせばこんなに可愛く……はぁ。いや違った。こんなに麗人怪盗みたいになるのか……
『いやそれも違くね?』
髪の毛を結ぶように持ってから、また下ろした。
「何でここに来た? これがお前の言っていた任務か?」
「いや、これはほぼ完全に私用だヨ☆ まあ、パパに言われたことだから、完全には私用じゃ無いけどネ☆」
デルシャは片方の口角を上げてクスクスと啜り笑いをした。
「何を盗りにここに来たんだ?」
……理由を言う必要がある? と言わんばかりのニヘラとしたうざったらしい顔。これ以上の詮索は無駄かな。
そんなことを思ったとき、不意にデルシャは部屋のドアを開けた。
「じゃあ、もう帰るかラ☆ アレも終わったし、もう大丈夫だナ☆」
そう言って窓に足を掛けたデルシャを、俺はその手を引っ張って静止した。
「なニ? まだ何かあるノ?」
……愛か。そうだな、お節介かもしれないし、全く意味の無いことなのかもしれないけれど俺は、彼女に少しでも愛のことを知って欲しいと思った。
また、父親の言いなりになっているデルシャを、自分の力があるのに、誰かのマリオネットになる彼女を、許せないのだろうか。分からない。
だけど、
「帰るのは、明日まで待ってくれないかな」
僕の目を見るデルシャの少し濁った目。気をとられると、その黒い淵の中に吸い込まれそうな、そんな目を見て、決心した。
「俺の家族が、お前に愛を教えてくれると思うから」




