34 氷付けにされたまま
「久しぶり。ごめんね、ここに来ることが出来なくて。ちょっと用事が重なっちゃって……ねぇ、お前も一緒に見たんだっけか、ここで、あの空へ昇る灯りを。いい夜だったよなぁ、俺はまだ溶け込めてなかったってんのにさ、お前はもうここに解けていっちゃって……」
ここは『そらの墓場』。チェリスカの外近くにある小高い丘に作られた墓地。墓石が立ち並ぶ中、一人の少年が誰もいない墓石の前に立って話しかけていた。
「弟のかな、この花は。いつも新品で、散らかってなくて。よっぽど尊敬されるお兄ちゃんだったんだな……」
備えられた何本かの野花が、墓石の前に横たわって置いてあった。
「……新しく、お前の代わりに入寮した奴がね、思ったよりいいやつでさ。向上心もお前みたいに高くって、武者修行って一人ミゼリコルに向かった……お前の故郷のミゼリコルだよ。こっからは……見えるのかな」
その少年、アストゥーロ・アジリードは言葉を続ける。虚無の前に、つらつらと言葉を重ねる。
「俺は、まだダメダメだよ。やっぱ、俺はお前が居ないと駄目なんだよ……セキュー」
セキューと呼ばれたただの石は何の言葉も発しはしない。ただ、そこにあるのみ。
☆
彼の死は、凄惨だった。殺されたのだ、人間に。第一発見者兼、もう1人の被害者のアストゥーロ・アジリード。その時はまだ12歳。
2人とも、中学1年生の頃だった。
彼は駆けつけた大人達にこう言ったそうだ。
「セキューが……凍ってる」
氷付けにされたままの腕を、何とか持ち上げて指を指す。そこにいたのは、氷の塊の中で眠ったセキューその人だった。
「男と、鬼のような氷の塊に……殺されそうになった。庇ってくれた、セキューが……何も、出来なかった……!」
涙を流して許しを請うた。
もちろん、そこにいた全員が訳も分からず立ち尽くした。だが、その凍った腕をしたアストのことは、もちろん誰も攻めることはしなかった。いや、出来なかったの方が正しいか。彼の話は嘘のようでまるで本当のことだった。
それから、アストは変わった。いつも笑顔でいることが多くなり、活発に活動にも参加して、そして。
独りになった。
彼はまだ、溶けたはずの腕を氷付けにされたままなのだ。彼はまず、死んだ人間を生き返らせる方法を調べた。学校にいる数ある魔力の名家の人間達に、ことごとく聞いて回った。迷惑になるほどに。地面に何度も這いつくばった。泥を啜った。自分は、セキューがいないと駄目だと思っていた。いまも、ずっと。ずっとセキューの死に囚われているのだ。
彼は、先生達に好かれているように見える。だが、それは全くもって、違うと思われる。彼を見る目は『哀れみ』の感情を抱いており、それ故に『同情』されているのだ。また生徒、特に同年代の仲間達から苦手とされている理由は、『人の死に執着し過ぎる人間』と思われているから。
彼だって、分かっているのだ、それくらい。でも彼は、そうすることしかできなかったんだ。
☆
木製の、剣の形をあしらったネックレスのペンダントを、服の上から握る。
「もう、帰るね。また、今度。会いに来るね、セキュー」
彼は数歩歩いて足を止め、後ろを振り返り墓石を見た。
墓石にはこう書かれている。『セキュー・マグリューネ、ここに眠る。これ以上、悲劇は起きてはならない。彼の氷は、怒りでは無く正義で燃やし溶かさなければならない。それが達成されるまで、残された者は、意志を継ぐものは、彼の元へ来てはならない』と。
「……俺はセキューみたいには、なれない」
☆
夏休み最初の日。普通ならば、友達とわいわいがやがや夏を満喫するのが鉄則なのだか、俺は今、故郷の街ミゼリコルへと帰省してきた。
『エル君! ここにはエルフやドワーフとかいるの!? ねえ、てかここ山じゃん!』
セタがうるさい。いつものことだからもう大丈夫なくらいに楽になったが、まだまだ心の中から話しかけられるというのは慣れにくいなと感じている。
「ああ、山だよ。てかエルフやドワーフとかなんているわけないじゃんファンタジー世界じゃ無いんだし……」
『え、ここファンタジー世界じゃないの?』
素で困惑するのやめろ。……うーん、俺にファンタジー世界はまだまだ謎多き場所だな。なんかこう、深淵? みたいな……
「セタ」
『エル君』
同時に気配を感じ取る。山の中なのに、今感じた感覚は『山の動物』とはまた違った挙動をしていた……と思う。
『気を引き締めて、盗賊の可能性だってある。怪盗と同じくらい、達の悪い奴らの可能性が』
山賊とかか。まあ、この山にはいないとは思うんだけど……なら?
「気配の主が分かった」
『本当かい? エル君でも分かるものと分からないものくらいあるんじゃないの?』
いや、この山に居る山の動物以外の気配……人間だろう。そしてその人間には心当たりがある。
「おじいちゃん! これはまた、随分と身を隠すのが下手になりましたね!」
大声で叫んでから多分自分の位置は知らせてしまっている。だから多分、おじいちゃんは攻撃してくる。俺がどれだけ成長したのかを、確かめるために。
また、気配を消された。怒ってるのかな、俺がおじいちゃんともあろう人を煽ったから。でも二対一じゃ負けられないよ!
『エル君後ろだっ!』
「ふっ!」
バチンっ!と大きな音をたてて、その老人は姿を現した。
「久しぶりですね、おじいちゃん!」
声による返事はなかった。だが、彼は笑ってエルの拳を掴んで、捻った。
「ゴブフッ! っ……ばっはーっ!」
逆さまになった視界で、俺は目当ての人を見つける。
「強くなったなぁ! エル!」
野太い声を発したのは、祖父であるタルグアニ・レプラコーン、73歳。『雷神』の異名を持つ最強の武道家で、俺の師範。今回の夏休み、俺はこの人に、稽古を付けて貰う。もっと強くなるために!
「話は後にして……一度街へおりるぞ!」
「へ? 山の山頂に行くんじゃ……なかったの?」
確か手紙にはそう書かれていたはずなんだけどなぁ……。
「細けぇことは型の練習の時だけにして、後は気合! 気合が無かったら何も出来ない! さあ、走るぞ!」
「えっ……ええ〜!!!!」
『僕はここで見てるだけだから楽だけどさ……エル君、ファイト!』
地獄の鍛錬の日々が、始まった。




