29 誰と共に戦うのか
「死ねヨ……もう良い死ねヨ、死んで……前に屍をさらセッ!」
焦るような声と共に召喚獣が動き始める。揺れ動く召喚獣の振動に耐えきれず、俺とシェルトは背中から落ちてゆく。
「うわっ!」
「ちっ、【ダインハギル】!」
俺はただ驚いて落ちていったのだが、シェルトは【ダインハギル】を撃って追い打ちを牽制する。
このお嬢様、動き良すぎない? 昨日、一昨日と全く動きが違うんだけど……何かあったのか?
生憎【ダインハギル】はヒットとは行かなかったが、俺達は危なげなく着地する。デルシャは召喚獣の甲羅に乗ったままだ。
見下すデルシャから、召喚獣に攻撃の合図が入る。
「殺セ……殺セッ!」
雄叫び上げる召喚獣が気弾を放つ。無数に飛んでくる気弾を躱しながら、まだ【跳躍陣】が二回使える魔力があるかどうかを何となく確認する。……博打になるが、多分いける。いや、大丈夫なのか?
怖い、いやぁ怖い。俺が考えてる……少なくとも、シェルトに出来るのだから、多分俺にも出来るだろうという驕りが入ってしまっているが、プランには【跳躍陣】と、デルシャの【八岐ノ大蛇】が必要になる。これで召喚獣を倒せなかったら、ジリ貧で死んでしまうだろう。
まあ、皆を呼んで総力戦……ということが出来れば、可能性は大きいのだろう。が、俺はシェルトと共に戦っている。他の人が助けにきてくれる保証なんて無い。
だから俺たちだけで倒せる方法で、最善を尽くす。
「シェルトさん。攻撃、受けないで下さいよ!」
背中合わせになり、こう声をかける。攻撃を受けないのは厳しいだろう。弾幕のように降りかかる気弾を躱して、躱すだけでは勝ちは見えないと、不安になって攻撃しようとする。多分、それはデルシャに狙われている。
だから逆に、相手を油断させてやるんだ。
【八岐ノ大蛇】を待つんだ。その魔法が俺の考える軌道を描いてくれたら、たとえば追尾をしてくれるのなら……いや、するだろう追尾は、してくれ。
「レプラコーン、お前こそっ! 逃げてるだけじゃない!」
「シェルトさん。俺に任せて下さい、逃げることを第一に、たまに隙などを挟めればっ……! やって欲しいかとっ!」
お互い避けながら会話をする。隙などを挟むなど酷なことだが、出来るのなら最高だ。相手の隙は、自分の隙を晒す。隙を見つけた人間は、攻撃が単調になる。大技も誘いやすくなる。で、ぜんぜん死なない2人を見て。
「一瞬で殺したいと思わせるのが大事なんだよ……ふっ」
自分なりにニヒルな笑みを浮かべる。シェルトの反応は無い……ちょっと本気でやろう。
「……ッ! もう、いいヤッ!!! 本気で殺しに行こウ★ ハーッ……☆」
デルシャが【八岐ノ大蛇】の詠唱に入る。来たっ……! 俺の思うとおりだっ! 今、俺はついている!
そして俺は魔法の詠唱を始める、飛ぶために。
「『その光は天にあらず その怒りは地にあらず その思いは人にあらず それは新たな放たれし魔力 八つ首の大蛇となりて敵を貪れ 【八岐ノ大蛇】』……死ね、死んで楽しませロ。……イヒッ☆ あァ、殺す……殺スッ!」
怒りにまかせて魔法を放つデルシャ。
「──風の力で天へと飛ばせ 【跳躍陣】』。シェルトさん! いくよ、セイッ!」
「来るわよレプラっ……えっ、ちょっちょっと何!? ひゃっ、え、へっ? まってまて、まってっー!」
可愛い声で困惑するシェルト。そして俺はシェルトさんをお姫様抱っこして、【跳躍陣】でシェルトさんが跳んできた家の屋根に降り立つ。もちろん、【八岐ノ大蛇】も一緒だ。
バリバリガガバリンガガガッ!!
大きな音がして屋根を抉る魔法。シェルトはそれを見て、避けながら呟いた。悲しそうな顔で。
「……ごめん。後で私が弁償する。だから、レプラコーンの計画とやらを、見てみたいんだ!」
【八岐ノ大蛇】は無数に枝分かれして攻撃してくる。この全てを、避けていく。弾幕のように、気弾より避けるのが難しい。
俺は召喚獣を見る。その上のデルシャは、こちらを向いて睨む。そして、口を動かした。
わ、た、し、の、か、ち、だ。
突然のことだ。一瞬だった。これが、霧の召喚獣の能力……なのか。それは俺にも分からない。
「がッ……あ、ああっ!!! な、んだっ!!!」
霧が見えた。頭が痛くなった。割れるような痛みだった。そして、枝分かれした【八岐ノ大蛇】の一つが当たり、屋根から落ちそうになる。ただ、俺は落ちなかった。
「はあ……はっ! レプラコーン、大丈夫か!」
シェルトが、手を伸ばして、引っ張って屋根に戻してくれた、が……。
俺は、俺は辛かった。無性に、意識を無くしたくなった。出来るのだ、この痛みに身を委ねれば。でも、ダメだった。シェルトがいた。終わらせなければ、召喚獣を倒して、勝って!
「……ちっ、クショーッッッ!!!」
力を振り絞った。絶対に、俺がっ!
その瞬間、俺の両肩に手が添えられた。シェルトが、こちらを向いていた。何だろう、なにをされるのだろう。
「私も、一緒に戦うよ。レプラコーンが、1人で背負っちゃダメだよ。痛いなら私と一緒に飛ぼう?」
優しさ。俺はシェルトの優しさに触れた。暖かかった。でも、俺もやらなくては。
「と、ぼう! 『風よ現れ護れ 空気の力で我を跳ばせ』っ……ガアアッ!」
『エル君! 僕も手伝う、だから気を確かにっ!』
セタの声も聞こえた。……俺はもう、詠唱を続けられそうに無い。
そうか、シェルトはこれに……この痛みに耐えて、俺を守ってくれたのか。そうなんだ……。
落ちていく、召喚獣の上に。【八岐ノ大蛇】と共に。
「『風の力で』っ……で!」
セタは、いやセタが詠唱を続けた。シェルトは俺の手も掴んで目をつぶる。俺は、もう頭が飛びそうになる。弾けそうになる。死にそうになる。
『『天へと飛ばせ』……さあ、最後のっ! 行くよエル君!!』
ゴオオオと【八岐ノ大蛇】が垂直に襲いかかってくる。その魔法を、召喚獣に叩きつけるッ!
セタと俺の、【跳躍陣】が発動する。
「喰らわせてやるっ!! 【跳躍陣】!!」
俺達は、召喚獣の背中から平行線上に飛ばされるように落ちていく。意識と共に、ギリギリに。
ゴガァァァッッッ!!!!!
大きな声で断末魔を上げる召喚獣。【八岐ノ大蛇】をもろに喰らって倒れていく、消えていく。
俺の痛みも消えていく。デルシャが落ちていく、召喚獣がいたところから、落ちていく。手を伸ばして、何かに捕まろうとするが、もちろん何もないので尻から落ちる。
俺は、立ち上がった。
「れっ、レプラコーン! ダメだ、お前はまだっ!」
「ダメじゃ無い。ここで、俺が終わらせないと!」
シェルトの言うとおりだ。まだ頭は痛いしフラフラして焦点も合わない。でも、終わらせないと。
落ちていた剣を拾う。もともと、召喚獣に刺さっていた俺が借りた剣だ。
……剣を持ってどうするつもりだ? もちろん、……もちろん。殺すのだろう。出来るだろうか。本当に俺にできるだろうか。
……無理だ。何でだ。まだ霧の効果でもあるのか? いや、なら見境無く暴れられる。霧の効果が欲しいくらいだ。ふざけるなよ。俺だって、やればできんだよ。
脱力して仰向けになっているデルシャの、前に立つ。
「何でだよ、何で倒されなきゃならないんダ……」
「博打だよ。本当に勝てるなんて思ってなかった。……お前の魔法、強かったぜ。召喚獣をやっちゃうぐらいには、な」
ぶっきらぼうに返す。……剣を、デルシャの胸の上で止める。
「ああ、死ぬ……そっか、もウ!」
動こうとするが、力が抜けているのか何故か動かない。殺せよ。殺せよ俺。
「殺せよ俺ッ!! 何でだよ、何でだよ、何でだよっ!」
こいつは殺さなきゃいけないのに、シェルトを守るために、もう殺さなきゃいけないのに。手が動かないのは何でだよ。ふざけるなよふざけるなよ!
俺に殺しをさせてくれよ!!
刺せないんなら、剣を落とそう。これでなら、これでなら殺せる。はぁ……はあ。
息が荒くなる。心拍数が上がる。
落とす。俺は、落とす。落ちろ。このまま、汗で滑って落ちてくれ! 怖い、事故にしたい。俺は殺したくない。いやだ、いやだ。
「いやだ、殺したく……ない──っ!」
スルリと、剣が抜けた。直下に落ちれば、デルシャの心臓を貫いて、俺が殺してしまう。でも、動けなかった。時間がゆっくりになった。シェルトの叫び声が聞こえた。セタの焦る声も聞こえた。俺の心は、何だろうか。『やってしまった』よりも『やっとやれた』の方が強い。
俺は、俺が怖い。そう感じた。
ふと思った。彼女には家族がいて、少なくとも怪盗の仲間がいて、人生があって、これから、更生する未来もあったかもしれない。それを、俺が全部潰すのか? 俺が……。
俺が──!
ガッ! という強い音がして、剣が落下を止めた。ギリギリ、あとほんの数ミリメートルの距離で、誰かが止めた。止めてくれた。
前を見る。そこにいたのはどこかで会ったことのあるような雰囲気の、美少年。彼はデルシャを抱きかかえてから、剣をとって俺の右足を斬りつけてきた。
「ぐいっ……たい、痛いっ!! があっ……!」
「レプラコーンッ!!!」
足から血を流し倒れる俺をシェルトが走ってきて支えてくれる。
激痛があるが、死にそうということは全くなかった。斬りつけてきた美少年を見る。
彼は、優しそうな顔をしていた。人を斬りつけたのにも関わらず。まるで、美術品を鑑賞する博識人のように、特に斬られた足の方を見て、こう言った。
「やー。こんにちはこんにちは」
軽薄に、軽々しく、……チャラくそう言ってきた。
「おま……えは!?」
「レプラコーンダメだっ! 今喋ったらヤバいっ!!」
シェルトにそう言われながらも俺は、こいつが誰なのかを知りたくなった。
「『怪盗の美学』……かっ。笑わせてくれるよだんちょーは……。面倒くさいよねー、予告状とかさー」
『怪盗の美学』、『予告状』……確かに彼はそう言った。
「お前は……お前がまさか怪盗の──!?」
シェルトが怒りを見せる。怪盗の美学という言葉に反応したのか、その怪盗に怒りをぶつけようとするが……
「……俺にたてつくのってーやめた方が良いねー。俺、今は少し機嫌が良いんだよ。ほんとーだったらお前らぶっ殺してっからね」
彼からは、ぶっ殺すという言葉に、何故か説得力がある。と、シェルトは……いや俺も戦慄してしまう。単純に恐ろしいという感情がわき上がる。
「ああ、追ってこない方が良いねー。……あと、この街の人達は奇麗に戻るから、心配しないで? ああ、建物の破損とかは治んないからちゅーいして?」
優しく教えるその男に、シェルトがもう一度質問をする。
「お前は……誰だ!」
その言葉に、目を開いて、笑いながら返す男。
「俺の名前は“サモネ”。怪盗のサモネだ。──金目の少年エルヒスタ、か。ふふん? そーだね、以後お見知りおきを」
そう言ってデルシャをお姫様抱っこして歩いて行くサモネ。彼は去り際、俺に向けてこう言った。
「エルヒスタ、だっけ? 話は聞いている。少しだけ、いいかな?」
「なん、だ……っ!」
「えっと、まー。単なる助言みたいなもんなんだけどさー? ……人はイヤだったら殺しても良いんだよ? これからはしっかりとー、殺そうね? そうしなきゃ分からないこと、見えないところだって、沢山あるんだからさー」
そう言って、そう言い残して、消えていった。街の、多分外に。
☆
サモネの言葉を聞いて、もっともっと怖くなった。彼は、何だったんだ? 本当なら、俺達を──いやシェルトを──誘拐するのが仕事では無かったか? あれは何なんだ。
頭の中で渦を巻く恐怖に、呑まれそうになった。が、シェルトの声が聞こえたので、後ろを向いた。
「帰ろう、レプラコーン」
シェルトが、涙を浮かべながら笑っていた。全部が終わったという、安堵の表情。ああ、守れたのかな。俺は、彼女を。
「はい。シェルトさん」
でも、まだ怖かった。シェルトの笑い顔で少しはとんだが、まだだった。……まだだった。瘴気に当てられたような、触れてはいけないものに触れたような、そんな感覚のせいで。
俺はこれから、怪盗と戦うことがあるのなら、今度は、殺してしまうのかと、頭の中からこびりついて離れなかった。




