27 旗と鎖の模様
「ふぅ……。もう、今日は疲れた……」
マーキュリアル家の露天風呂に浸かる。いやぁ、良かった良かった。マーキュリアル家はテルオ達が結界を張っていってくれたらしく無事であったし、家の人達もぐったりとしているシェルトのことを執事さんやメイドさん達が介抱して下さっている。だけど……
「本当なら明日、シェルトのお母さんとお父さんがこの街に戻ってくるはずなんだけど……。それに、外からの救援とかも何もないし……まあ確かに、壁で囲まれているんだし外に出ることのできるところは限られているから、まあ、そこら辺にはたくさんの凶人がいるんだろうな~」
シェルトの父母が無事にこの家に、フェーセントの街のほぼ真ん中に位置しているこの家にはどっから入っても距離と危険ほぼ同じだしな……
シェルトの父母か……会って話を聞きてぇ。シェルトの背中の模様、絵のことを。
「やあ、レプラコーン」
声が聞こえた。今日一日、1番聞いた声。その声の、正体は……!
「ふぇ?!? ……ぇ? なんでここにシェルトさん……が?」
☆
シェルトがいた。湯槽の外ににいた。まあ、その……肌とか色々と……謎の光とか湯気とかタオルで見ることはできない。……うん、セタが起きて無くて良かったわ、興奮してうるさいだろうし。
「で、なぜここに? てか恥じらいなさいもっと、男の子とお風呂入っているんですよ?」
「うん、その、なんだろう。恥じらい方を、少し忘れちゃった?」
忘れたってなんだよ。恥じらい方忘れるか? 普通。……いや、シェルト普通じゃ無かったわ。死んだと思ったら生きていたっていうスーパーガールだ。
「──忘れた、は、少し違うのかな。思い出した? そう、思い出したの。過去とか、生まれとか、生い立ちとかそういうの……それと、後は」
「あと?」
何を思い出したら恥じらい方を忘れるんだ? そう思ったが、そう思ってしまっていたが、もしかしたらと背中の模様を思い出したとかか?
シェルトの背中が見えた。深紅の長い髪、そこに描かれているのは、旗と2本の旗に絡む鎖。
『自由』と『個人』を象徴する旗を、2本の鎖が『束縛』している模様、であり絵。
シェルトは後ろを向きながら、一度息を吸ってからまた言葉を続ける。
「後は、背中の……忌々しい絵のこと。全部よ」
自由を許さない。そういう意味の模様。
その絵が彫られる存在。それは、『奴隷』。
シェルト・マーキュリアルは元奴隷ということになる。
因みにゼルルド国は奴隷制度全面禁止の国なので、A級貴族の由緒もありゃしない外国人。そんなのが世に知らしめられたら、マーキュリアル家は蔑んだ目で、少なくともシェルトは、そう見られるだろう。
「じゃあ、本当に、シェルトさん……は」
擦れ声でそう聞く。言葉を濁して。間違ってでも、彼女のような高貴な人間の前で、言うべきでも無いこと。
「そう、元奴隷。それも相当ヤバいやつだよ。私は、今さっき吐いてきた。それでも、聞きたい?」
聞きたい? と言われた。どう返せば良いんだろうか?
『聞きたいって言えば良いんじゃね? オホーッ! 良い体してんねぇ、シェルトちゃん。ナイスボディーだ!』
出てきたよやっぱ生きてたのかよこいつ。ッチ。
『舌打ちしたな? なあ、心で舌打ったな!? いや、心で舌を打つ? ……心打ったな!』
(感動してどうする! でも……良かったよ、セタが起きてくれて)
セタがいないと、うるさくなくて淋しいから。
少し心の中で会話を楽しんで、シェルトに言った。「聞かせてください」と、落ち着きもしない眼差しで。
☆
「私は、物心ついたときから働かされていたみたいでね。最初の仕事場は、人間魔力炉……そんな研究をしている場所だった」
シェルトの最初の記憶。鮮明では無いが、話せるようになってきた時くらいから、すでに魔法の研究所で働いていたらしい。産みの父、産みの母はそもそも顔すら見たことも無いらしい。研究所に拾われたのか、研究所に売られたのか。
……前者だと信じたい。いや、前者であっても嘔吐しそうになることに変わりなんてまるで無いが。
そこでやらされていた仕事は、完結に言えば『魔力タンク』。
今のシェルトが体内に保有する魔力は、俺の比では無い。それが、物心つく前からの、魔力タンクの仕事があったからだとしたら……いや、虐待で体に負担がかかりすぎていたからだろう。
普通ならそんな乱暴に使われないような、ありえないほどの才能の塊。資源として……なんて言いたくは無いけど、そう考えるととても貴重なものだ。
「だけど……知っての通り。私は【ダインハギル】と言う魔法しか使えないから」
【ダインハギル】の部分で魔法が暴発して、彼女の指からこっち側にダインハギルが飛んできたが、体をひねってどうにか回避に成功(感電もしなかったのはまあ良かった)、だけどやっぱり怖いよその魔法。
「それって……、魔法一個だけしか使えないのって生まれつきだったんだ。てっきり、ユノちゃんみたいにトラウマとかがあったのかと……」
「そうね、トラウマ……と言う訳ではなさそうだけれど。……まあ、いいわ。続けるわよ」
シェルトの顔は、いつしか火照りも冷めていて、とても暗く、重く感じた。
「その魔法しかしか使えなかったけど、それだけは、何故か使えていた。私は、不安因子……いずれ新たな魔法を覚えて、反旗を翻すのでは? なーんて噂もあるんじゃないかな。まあそんなこんなで、私は売られたんだ」
売られた先は奴隷商。どの国に連れて行かれたのかはおぼえてはいないが、何処か貴族の性奴隷として売られたと。
「そこは酷かったよ。ろくにご飯は食べさせてはくれなかったし、ただただ言いなりになって、ボロボロに使われて……ごめん、次行くよ」
シェルトは気分を害したみたいだった。そりゃそうだ。思い出したくもない思い出を、思い出してしまったから。
「うん、わかった……あれ? 少し待てよ? 思い出したってことは、今までは、どう記憶されていたんだ?」
「それは、ね? 私の記憶は……マーキュリアル家の一人娘として、2歳の時に引き取られた。ってものだったの。なんでかは分からない。なんで思い出したのかも分からないの」
でもね、とシェルトは話を続ける。
「私が引き取られたのは、11歳の時なの。今の私の記憶では」
奴隷となっても、ことあるごとに買い手に魔法をぶっ放していたらしい──ここは今も変わらないな、ぶっ放してるし。
彼女はなんの脚色もしてなさそうだった。ただ不幸……というか、いやなんで言えばいいんだろう。まあ、悲しい過去しか無いのだろう。……言葉でしか分からないが、今は言葉だけで分かろうとしなければならないのだから。
そうやって奴隷として各地をたらい回しにされ、欲の捌け口にされ、魔法をぶっ放し、また売られていく。
そういうことを繰り返していくうちに、ある一つの家に辿り着く。そこでは……とある研究が行われていた。
「そこでは、性奴隷の幼女たちを使った『人体実験』が行われていたの」
いわゆる経験済みの、16歳以下の少女達を使うために、各地から不幸な子供達を保護し、観察し、実験する。
……非道的とも、人道的とも言える行動。だって、そこで手出しはされていなかったらしいから。それなら、肉欲の魔の手から救った救世主なんて言える。
……まあそんなこと、俺は絶対言いたく無いが。
そこで行われていたのは、魔力の変質……つまり精神力の変化と性交経験の関連性の実験。
まあ、未成年じゃなきゃやりにくいところもあったのだろう。それに奴隷だ、使われる存在ってことになるんだ。認めたくは無いが、外の世界にはまだそんな制度をよしとする人間が蔓延っている。
はぁ、これもセタの言うファンタジーの一つだと思うと、彼のことを殴りたくもなるよ、本当に。
まあ、この話は少し置いておこう。そして話は、そこに居たマッドサイエンティストについてのことになる。
「名前は……えっと。売り手の奴隷商は……ベリエヌスクと言っていたわ。私たちはその人に買われて、また魔力のためだけの存在に、人間で無くなってしまった。肉欲に溺れさせないようにしてくれたのは、少しは感謝すべきなのかもしれないわね……その頃には、もう初潮も迎えているのだし」
直球な言葉は、心を深く抉っていく。辛い思いは分からない。だけど、そのベリエヌスクに会ったなら、絶対に一発入れてやる。
「私を助けてくれた女の子、ナインって呼ばれていたの。まあ、番号No.9ってところかしらね。私も、そんな感じで番号は振られていたわ。……言う必要ないし、端折るけど」
まあそれでも、楽しいだなんて思えなかった。笑うことなく、過去を振り返る。本当に、絶望しかなかったかのように。ただひたすらに、苦しかったことだけを、かたる。
それでシェルトは、その家でボロボロになって、嫌になって頑張って、11歳の時に一人で逃げ出してきたらしい。同じ境遇の、不幸の中で友達になった人と共に。ただひたすらに泣きじゃくって、走って。
だけど────逃げ切れたのは、シェルト一人だけで。
「ナインに、裏切られた……のかな。結局、私に居場所なんてなかったんだ」
結局、彼女がついてくる事はなかった。それでも、シェルトは走るしかなかった。
そして、ベリエヌスクの家から逃げてきたとき。各地の魔法研究施設を回っていたマーキュリアル家の現当主で、シェルトの義父となるヴォラート・マーキュリアルに拾われて、今に至る。
「因みにお父さんは子供作れない体質だったから、完全に私は養子として招かれた。そっからは、招かれた次の日からは、今まで私の中にあった記憶と変わりないよ」
私は、忘れたかったのかな……。こんな記憶を。今の幸せが、何人もの犠牲の上で成り立っているってことを。
そう、呟いてから。シェルトは、のぼせたように意識を失った。
☆
朝。誰にでも、どこにでも均等にやってくるはずの、何の変哲も無いただの朝。でも、今日は。今日は少し違った。シェルトの話を聞いて、起きたての朝だからか。シェルトがのぼせたあと、起きなかった朝だからか。
「行こう」
独白をして、彼女が渡してくれた青い服に腕を通す。
どこにいるかなど知ったことか。怪盗と召喚獣を、はったおしに行こう。あわよくば、あいつらと合流しよう。あわあわよければ、アストを助けよう。助け方は分からないけど。
『昨日は、よく眠れたかい?』
セタがそう聞いてくる。当たり前だけど、すごく眠りにくかった。考えてしまった。俺は今、何人の人を犠牲にして、ここまで生きてきたかを。百人じゃ済まされないだろう。千人行くのかもしれない。
俺は誰も知らないけど。それが、それが罪に、詰りになっているのだとしたら。どうして今まで笑っていられたのだろう。
でも、そんなことは承知の上だ。俺は何人も犠牲にして生きている。そしてこれからも、沢山の人を踏み台にする。誰かを踏みにじって、そしてその上で楽に生きていく。そんなもんだろ、人生って。まだ13年も生きていないけど、セタと合わせて30年。そろそろ、考えてもいい頃だ。人生は何か、とか。
まあそんなこと、どうでもいい訳ないけど、今はやるべきことがある。そのために、俺がこの服を着た。
だから……。
「もちろんよく眠れたよ、セタ」
二階にある窓から飛び降りて、外に出た。凶人がたくさんいる。俺は覚悟を決めて、殺さないようにぶっ飛ばした。
シェルトは居ない。頼れる人は、セタだけ。テルオとかもどこにいるか分かんないからあてにはできない。
セタだけ。それだけでも、心強い。帰ってこよう。何事も無かったかのように。体育祭をシェルトに見せてあげよう。平穏ってやつを守り抜こう。……いや、シェルトの平穏な生活、作り出してみるのも悪くはないかな。
目指すは召喚獣。目指すは怪盗。
走る、走る。殴る、蹴る、投げ飛ばす。人海戦術か何かかよ、人多すぎて嫌になる。だけど、見つけるのは簡単だろう。
「霧……きたか」
俺達とユノちゃん達を裂いた、見た中で1番濃い霧。その中に、吞まれる。
「やっぱ、ビンゴだ。はぁ……」
呼吸を整えろ。戦闘前の深呼吸だ。落ち着いて、心を研ぎ澄ます。そうしたら、敵は向こうから姿を現す。
「やア☆ 昨日はよくも、やってくれたネ★」
怪盗デルシャ。その人が目の前に現れた。霧の召喚獣を携えて。
「昨日……何があったんだろうな、セタ」
俺は、その時の記憶が無い。何をやってやったのかさえ覚えていない。
『僕も、覚えていないよ。ごめんねエル君』
「いいよ、別に」
俺は付け焼き刃な剣を抜く。そしてデルシャは召喚獣に指示をする。
「殺害対象のキミに、もう容赦は無いヨ★」
「俺ももう、容赦は無しだ。お前を今ここでハッ倒す。楽しむつもりは毛頭ないからな、怪盗のデルシャ!」
さあ、見せてやれ。少女のために、苦手な剣を持て。ここから先は、生死の保証のない戦場。エルヒスタとデルシャ、決着はいずれかの、死。
命を懸けた戦いは、奇跡は、一度だけでは終わらない。




