26 無慈悲、非道、冷酷無慚なこの世界で、奇跡などという簡単な救いは起こるはずが無い/その頃の、
「──れなんだ!? はっ、はぁ……は?」
俺は誰なんだ? ……そんなことは、もう考えられなくなってしまっていた。
何かが起こったことを一瞬で理解した。が、考えても考えても、答えは出ないのでは無いか? そう思わせるような、何かが起こっている。いや、それはすでに起こっていた。
「……なんで」
俺は夕焼けを浴びているんだ? なんで、時間が進んでいるんだ?
「……なんで!」
俺の目の前には、デルシャという怪盗がいないんだ? 何で、血が飛び散っているんだ? なんで俺は、ずっと居た場所に留まれているんだ? 召喚獣はどこだ?
「……なん、で……っ!?」
なんでシェルトは、シェルト・マーキュリアルから血が出ていないんだ? 息をしているんだ? 今さっきみたいに横たわっているのに、そこから血が出ていないんだ?
「なんで俺は……何をしていたんだ? シェルトが生きている? 怪盗が消えた?」
奇跡。その二文字が頭の中に自然と浮かんでくる。いや、こんなの……奇跡なんてものではないのでは無いか? そんな言葉で飾り付けることはできるのか?
実際、シェルトに息は無かったし、その状況からどうやってここまで──傷跡も分からないくらいに、血が出ていたなんて全く感じさせない、ただ、石畳で眠ってしまっているだけの少女に見えるまで──持ってこさせたのか。
セタに問いかけてみるも、反応は無し。なんでだろうか、あいつなら何かを知っていたり、この状況になった経緯を見ていたのだと、そう思ってしまっていた。彼も人間だ、万能じゃ無い。
シェルトをお姫様抱っこで持ち上げる。ぐったりとしていて、脈はあるが正常では無いと思う。怠そうに、病人のように、頬からは汗が線を作り出している。
「シェルトさん……意識はありますか?」
俺はシェルトの耳元でそう呟いた。反応は……。無さそうだ──。
「うん。ちゃんと、あるよ?」
「シェルトさん! 良かった……」
無さそうだと思っていたが、少し反応が遅いだけだった。良かった……本当に。
シェルトはか細い声でこう、呟いた。
「私を……マーキュリアル、家に……連れ、てって?」
俺はもちろん、二つ返事でこう返した。
「分かった。早く行こうか」
ああ、これは奇跡だ。きっとそうだ。それ以外の、何がこれに当て嵌まる? 俺には回復魔法は使えない、俺には時間を超越するような魔法やその他の類を知らない。俺は目の前の強敵を、意識を失ったような、そんなような状況で打破する変なパワーなど持ち合わせてはいない。
それでいて、こうなったんだ。俺は……俺は。
(こんな、奇跡なんて。人の死さえ無慈悲に宣告して突き付ける、こんな世界で。絶対に起こりえないこと。でも、実際には起きている)
理由が知りたい。俺は、もうこれは奇跡としか形容できないほど、神様にすがりついてしまっているから。それをどうにもできないから。
だから……視点を変えてみては? そうだ。視点をひっくり返そう。
どんなに奇跡か、誰が奇跡を起こしたか。そんなこと関係ないし知っても意味が無い。知りたいのは、何故奇跡は起きたのか。すなわちWhy。
セタが早く起きるのを願って、シェルトを抱きかかえながらマーキュリアル家にダッシュする。でも……
「マーキュリアル家……凶人にされてないで下さい!」
☆
ギルカ・ヴェスタは額に汗を浮かべながら早朝のフェーセントの街を駆けていた。
「不味い……ソウイチがやられたんなら、相当に不味い。俺様の居る必要が今回無くなっちまう……!」
ギルカ・ヴェスタは回復魔法の使い手、それもかなりの高等魔法も扱える、学生としてはかなりの腕前だ。と、言っても。彼には少し、その魔法に変な条件を付けられている(兄のオスカー・ヴェスタに付けられたそうだ)ために、少々理解されにくいところもある。
それは、『最下級回復魔法【キュアー】以外の全ての魔法を、他人を対象にして使うことを許さない』というものであった。要約するのであれば、【キュアー】以外の魔法は自分にしか使えないということ。つまり殺傷能力のある魔法は、自傷以外には使えないことになる。
だからギルカは体で戦おうと、我流喧嘩術でどんどん強くなっていった。けれど根本にあるものは……復讐の二文字。
いつか必ず。殺すと、そう、思いながら走っているのだが、いっこうに見つからず夜に。たまたま結界が張ってあった民家を見つけ、そこに避難させて貰っていた。
「……今頃、トゥルオーラとあいつは……なにやってんのかな……」




