25 命を預けて貰っていて。
2019 7/28 シェルト→シェルトさんに変更
2019 7/30 【跳躍陣】は『陣に触れた生物を、陣と垂直に飛ばす』陣を展開する魔法です。ごめんなさい
『ジャンプして、着地したらすぐ左飛んで』
分かったと心に言って動作を始める。
やっぱりセタは凄い頼りになる。知識や知恵だけでなく、こうやって的確なナビゲートを行ってくれる。これは多分、俺が1番強いところだ。
セタと一緒に効率よく戦えば、それはもう、目の前の痴女怪盗だって倒せるはず……!
『分かる。あの格好、すっごくエッチだよね……。そりゃもう、僕の中で弾けまくって閃いちゃう始末さ──ウォウ! あっぶねぇー!』
(弾けて閃いたのは分かったからナビ続けてくれ、でないとさっきの気弾みたいにギリギリで足下救われる)
「はーやーくー☆ ジリ貧? だったらすぐ首出してよォ~★ 殺して欲しくないなら逃げなよなー☆」
そうやって蔑んでくる怪盗デルシャ。正直言ってその言葉遣いが頭にくる。語尾に星とか付けてるレベルでぶっ飛んじゃってそう。倫理かってのが無いのか? この怪盗少女は。ジャンプ中に、俺も負けじと反論をする。
「へっ! お前倒すまで逃げるかよ!」
「うんうン☆ そうだねそのいきだ、もちろん逃げても~、追っかけて殺すけどネ★」
知ってたよそんなこと。
で、俺は気づいてしまった。攻撃してくる瞬間がけっこう一定ことを。この攻撃、気弾の攻撃は発生までの時間ってものがある。そうだなぁ……
(セタ、なんか表現しやすい言葉ってあるか?)
『リキャスト、じゃねーかな? っ、左足で着地した瞬間にジャンプ!』
……リキャストかぁ~。そう、考えてセタの言うように動くが、少し疲れがあるのか行動が鈍る。
「がッ!!!」
左足が気弾に巻き込まれる。激しい痛みと共に、ひんやりとした感覚が靴下を通じて感じる。……血が出たか。
「おー! ヒット☆ ペース上げちゃうよ★」
そして、気弾が連続で二つ発せられる。さっきのリキャストはもうすでに通用しないだろう。
(マズい。非常に不味いぞこれは! 何か、何かないのか……)
考えろ、考えろ俺! ……はやく、はやくっ!!! ──そうだ。あるじゃないか。着地を楽にしてくれるあの陣魔法が。
「……ちっ! ダメだっ!」
ギリギリ、左腕だけを使って跳ぶ。
『次は無理だよエル君。足で着地したら確実に狩られる!』
分かってる。だから、跳んだんだ。跳ばなきゃ、飛べないから。
「『風よ現れ護れ 空気の力で我を跳ばせ 風の力で天へと飛ばせ 【跳躍陣】』ンッッッ!!!」
空中に【跳躍陣】が展開される。
「むーだダ★ 死ネ☆」
俺の思ったとおり、攻撃は俺の着地するはずの場所。そこには……。
「【跳躍陣】。『陣に触れた生物を、陣と垂直に飛ばす』って能力がある。ただの空気の塊って思っちゃダメだぜ、怪盗さんよぉ!」
「ほほーゥ☆ やるねキミ★」
俺は空中に放り出される。……ジリ貧だ、次は無理だ。なら……!
「ここで決めてやるよ……! 『雷一閃 稲妻よ走れ 貫け電撃 【雷闢】』!!」
俺のまわりに電気の柱が2本、生成される。バチバチ火花が音を立てて飛び散る。
「飛っ……べっ!」
勢いよく飛ばされた電気の柱……槍のような電撃が空気を走る。なんと、その攻撃で召喚獣が出した気弾が一つ吹き飛んだ。
「ヘッ★ サイコーに楽しいよ今★ 私は大好きダ☆」
そして、召喚獣に突き刺さる。今度はいいダメージが出ただろう。しかし怪盗には、ガバガバだが狙ったのに、あたりもかすりもしなかった。
「じゃ、もう終わらそっカ☆ 私の魔法にひれ伏せヨ☆」
「!? ……ヤバい!」
足が、ダメだ。痛い、苦しい。動っ……け!
そんな俺に、デルシャは無慈悲に魔法の詠唱を始める。
「『その光は天にあらず その怒りは地にあらず その思いは人にあらず それは新たな放たれし魔力 八つ首の大蛇となりて敵を貪れ 【八岐ノ大蛇】』バーイ☆」
魔力が、放たれた。それは魔法の文字通り、8本の魔力の束が一つになって、俺の方へ飛んでくる。ああ、だめだ避けられない。
足が動かないとか、そう言うの以前に、恐ろしい。魔力の束、俺には裁ける気もしない。走馬灯だろうか? 祖父の顔が浮かぶ。
あの人ならこんなものちょちょいと、片腕でぶっとばしてたんだろうな……。
あの一年が無ければ、俺は死ぬことも無かったのかも知れない。いや、まだ死んではいないんだ。気を確かに持て。
目の前。もう、無理だ。ごめんね父さん、母さん、兄ちゃん姉ちゃんにダイヤとレビュラ。ごめんね、アスト、ユノちゃん、ソウイチ、そしてごめんなさい、執事さん……そして
シェルト……、……、……ダメだ。
「シェルトがいるだろ! そうだ。だめだ、俺は、諦めちゃッッッ!!」
でも、魔法は目と鼻の先。防ぐことはできないのだろうが、俺の【風神結界】はもう唱えるまでに時間が無いし、強度的に耐えられない。でも、でも……!
でも──、一瞬だった。誰かが、俺の前に飛び込んできた。己を呈して、俺を守ろうとする人が。そう文字通り、己の体で魔法に飛び込んで守ってくれてたその人。目に映ったのは……。
「あ、うぉぉ! っ……!」
赤くて長い髪。自分の中身と戦っているその目は赤く充血してしまっている。そう、彼女の名は……
「う……ガハッ! ……ハッ、あ……。あぁ……」
「シェルト、さん? どっ、どうして!」
シェルト・マーキュリアル。彼女は、俺の前に立って、口から、腹から、足から。血を出してこちらを振り返っていた。
「……何、やってんのかな。えっ、とね。た、ぶん……」
「喋っちゃダメだ! シェルトさん、あぁ、えっ……ああああ、どっ、なっ、どうすりゃ、どうす──」
「ねぇ」
シェルトが倒れてくる。仰向けに、俺の胸へと落ちてくる。
分からなかった。何でシェルトが、あの魔法を受けて、庇ってくれたのか。俺はシェルトに耐えきれなくて尻餅をつく。別に、シェルトが重かったわけではない。力が入らなかった、動揺していて。
「落ち着いて? ──レプラコーンは」
手を捕まれる。その手にはもう、何だろう。命が、もう無いような、そんな感じがした。ひんやりとしてはいないのに、まだ、暖かいはずなのに。命が、消えていくような、そんなものの、感覚。
「シェルト、さん? ごめんなさい、俺!」
俺には、回復魔法が使えない。複雑で分かりにくく、『神託』などということも苦手なため、ということもある。が、根本的な理由は……習得していなかったこと。後悔した。
「……レプラコーンは。ね? 」
シェルト・マーキュリアルは、力を振り絞るように、ゆっくりと。それは、もしかしなくても最後の、文字通り最後の、力。かすれたような声で、細い声で、弱々しい声で、今にも消えそうな、そんな声で、言ってくれた。
「私の、ボディーガードで、無かった、の? ……身をていして……主人の身を、守る……のが。それ、が」
「もういいよシェルトさん。もう良いんだ。もう、やめてくれ」
だめだ、何でだろう。生まれてくるのは、哀しみのみ。まだ会って、3日しか経っていないというのに、俺は、シェルトに……命を預けて貰っていて。俺も、シェルトを頼っていて……。ああ、預け合っていたのかな、俺達は。
「ボディーガード、でしょ?」
そう言って、目を閉じた。俺でも、多分、ポジティブと言われる方だと思う俺でも、もう、奇跡なんて信じられないんだ。まるで、前にもこんなことが、背中を預けた誰かが、こうなってしまったと、知っているかのように。
「ああ、そっか……そうだよね。──セタ、聞こえるか?」
俺は、何故か冷静だった。時が止まったかのような女王様は、見ないようにしていた。何かを刺激されるような感覚がしたから。
『聞こえるよ、エル君。なんだい?』
「おいデルシャ。俺の声が聞こえるか?」
目の前の、憎悪の、復讐の感情をぶつけるべき相手は、上を向いて、活動を止めた少女を見ないようにして、こう言ってきた。
「あぁ、殺しちゃったか、私あぁ。……おっト☆ ……そうだネ★ ダメだね~、私★ 捕縛対象殺しちゃったカ★ ……もういいや、君も殺ス★」
そう言って、魔法を展開しようとする。
俺は、力が欲しかった。たとえばそう……シェルトがまた動くような、何か。だから、シェルトを見る。
……シェルトを見た。
ドクンッ!!!
何かが、俺の中を、蠢く。何かが、見えてくる。そう、今のシェルトのような、誰か。眠るような、安らかな顔。静かに横たわる体。腹から血が出て、辺りを赤く染めている。凄まじい喪失感。なんだ、これは。
頭、が痛いッッ!!
(セタッ!! 大丈夫か!)
何も返事がない。セタが、瀬田真之介は、まるで、俺の中から消えたようだった。いや、眠ってしまった? それでもない。なら……
「……俺、じゃない。セタでもない。なら、なら!」
これは、誰だ?
デルシャを見る。充血して、ピントさえ合っていない、とても痛い、エルヒスタ・レプラコーンの持つ、二つの目で。
そして、言った。
「俺は……だ────!!




