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俺にファンタジー世界は早すぎたみたいだ  作者: ノエル・L・ファント
二話 霧が晴れて→私を隠して
19/84

18 記号魔法の使い手

「お、おーっ!」

 アストだったはずの体──今はただのおかしくなった人、凶人であって、アストの魂が入っているとは到底思えない。


「くっ……」

『エルくん。アストくんを早く抑えた方が良い。凶人がもっと増えちゃう、そしてシェルトちゃんに危害を加えるだろうね。彼女は、街の人に手を上げることができない。もちろん、学校の仲間もだ。嫌なんだろうね。殴って、傷を付けることが』


 俺は防戦一方、悪戦苦闘だった。俺的にアストを殴ることは極力控えたいと思っていた。だって、友達なんだから。ここでアストが見境無く暴れ出したり、シェルトに攻撃の矛先が向いたときは気絶または再起不能にさせる。でも、俺だけを狙っているときには……。


「殴りたくは無い!」

『エルくんらしいね……不殺の誓いのようなものは僕は嫌いだけど、全力でそれを行う人は大好きだよ!』

 と、セタに言われる。それを女の子に言って欲しいよほんとに。


 アストの拳戟(けんげき)を逸らしたりしながら、一瞬で仕留められないかと策略を練る。だけれども、相手はこの状態でもアストだ。俺レベルでは捌くのに精一杯で考えが前に進まない!


「あっ!」

 シェルトが襲われそうになっているのに気づけなかった。

「シェルトさん! その人たちをくっ!」

 アストに殴られて言葉が止まってしまう。シェルトは抵抗するそぶりを見せない。

「シェルトさん! 危ない!!」


 まるで手を出すことを禁じられているようなシェルトの所へと勢いよく飛び出す俺に、何者かが声をかけた。

「避けろ!」

「へ?」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。


 その魔法は、俺の困惑とほぼ同じ瞬間に放たれた。

「『knnodr・sbrttkmer【ソードダンス・パライズバインド】』!」


 剣のような形をした光の塊が凶人たち──もちろんアストにも──を貫いていく。貫かれた凶人たちは、体が痺れるように崩れ落ちていっていた。


「き、記号魔法……だと?」

 思わず呟いてしまった。シェルトの無詠唱魔法もそうだが、ここ一日二日で記号魔法の使い手にさえお目にかかれるとは。

『記号魔法ってあれだよな、難しい詠唱を記号の羅列で略化したもの』

(まあ、だいたいは合ってるよ……で、その魔法の、記号使い手は──)

 魔法の発生元には子供のような身長の、でもどこか年月を感じさせる壮年のような目元の、胸部分が女性のように著しく発達していて、でもどこかで見たことのあるような雰囲気だが、この五月(マイア)にはふさわしくないマフラーをたなびかせて路地から歩いて出てきた。

「は? あなたは……?」

 シェルトが聞く。


 彼? 彼女? どちらかが言った。

「オレの名前は……いずれ分かるだろうから、名乗るのは別にいいよね? ちょっと付いてきて」

「えっ、え?」

 話に追いつけない。子供の身長、壮年の目、発育の良い女性の胸、そして素行の悪いような態度とオレという一人称。特徴が全くつかめない。この人は味方……いや、この状況なら凶人以外はみんな仲間か。


「エルヒスタ、私は行くわよ。付いてきなさい?」

 え、シェルトはこの状況について行けるのか……? 流石マーキュリアル家の跡継ぎに選ばれた女性なだけある。


    ☆


『なあエルくん。この子、どこかで会ったことあるっけ?』

 「隠れ家がある」と、さっきの彼に言われてその隠れ家への移動中にセタにそう言われた。確かに、どこかで聞いた声色だ……でもこんな容姿がへんてこりんな人、知り合っていたら絶対に覚えているはず。


 だけど、俺もそう思っている。どこかでこの人に会ったことがあるということを。でもどこでだろう……、そう思いながら小走りの彼とシェルトの後ろに付きながら考える。でもこの気配、この人から発せられる魔力を感じたのは最近なはずだ。


 ならこの人はチェリスカ魔法学園の、しかも中等学部に関わっている人……いや、チェリスカの街の住民……となるか。


(追っ手は?)

 俺はセタの便利な視覚で周囲の状況、凶人たちの動向を確認して貰う。

『無さそうだねー。でさぁエルくん』

(何?)


『アストくんはどうするの? あの魔法じゃ死にゃせんけど、あのまま暴れさせておくってことにもいかないだろ?』


 俺は少し沈黙してから、脳内で言った。

(それを今考えて、どうなるってんだよ。どうやって操られているか、どうやって凶暴化させられているかわからなんけどさ、アストは柔い奴じゃない。押さえ込むのも二人がかりがやっと妥当。だから今はこの人に、事情を知っていそうな人に付いていって、作戦でも練らないと。だってあくまで俺は、今回はシェルトのボディーガードなんだから、そこまでやれないよ。まあアストなら、あいつなら洗脳とかだったとしてもしれっと克服しそうだし!)



「隠れ家とやらに付いたようね。……レプラコーン、聞いている?」

「あ、うん。聞いてる聞いてる。大丈夫だよシェルトさん」

 セタとの話に気を取られて、隠れ家に付いたことに気づかなかった。


「さあ、入って?」

 彼がドアを開ける。家、といえるのか? まるで物置小屋だ。さっき空き家を見つけましたって感じの隠れ家。「お邪魔します」と言いながら家の中に入った。


「誰だよこんな時に。俺様が優雅に昼寝してるっつのによ……てか、勝手に人の家開けてんじゃね、ぇ、よ?」

 家の中に居た人物は、俺の顔を見るなりに驚愕の表情をした。それは俺も同じだ。


「ユノちゃんの時の、不良の人?」

「てめぇは……誰だっけか?」


 少しの沈黙。そして、俺は思いだした。

「俺様の人だ」

「そうやって呼ぶな! 俺様はギルカ・ヴェスタって名前がちゃんとあんだよ!」

 そうだそうだ、ギルカ・ヴェスタだ。あのドロップキックされたときにもの凄い間抜け面をしていたギルカ・ヴェスタだ。となると他にも──。


 家の奥から覗いてくる小柄な少年がいた。

「レプラコーン!? なんで! どうやってここに!?」

 こいつは……誰だっけ? そうだ、ユノちゃんに刃物当ててたやつだ。名前は……いや、そもそも名前聞いてないか。


 なら、ここまで連れてきた彼は──っ。


「ようこそ、我らの隠れ家兼、打倒召喚獣のための基地へ」


 彼は笑いながらそう言った。こいつは、

「てめ誰だ? こんな馬鹿でかい胸の男、俺ぁしらね」

 ギルカが彼──名前が出てこない──の首を掴んで空中に持ち上げる。

「ギルくん! こいつはテルオだよテルオ!」

「は? テルオはこんな胸デカくねぇぞ」

 テルオ……そうだ! って誰だよテルオ。

『誰だよテルオ。日本人か?』

 絶対に違うだろ。

 思い出したけど多分、こいつリンドルードだぞ。トゥルオーラ・リンドルード。

 ──あれ? でもこいつ男だったぞ? 胸なんて無かったし、なんなら顔だって違っていた筈だ。


「『grsnkt【灰かぶり】、解除』」

 彼が魔法を使った。そして……。

「うわっ、灰だと??てめぇ俺らの拠点によくも……って、テルオ!? え、え!?」

 灰のように体が崩れ落ちて、中から正真正銘のトゥルオーラ・リンドルードが姿を現す。その姿は俺の腹を殴り、ユノちゃんを貶した姿と全く変わらない。


「よっ!」

 仲間たちに挨拶をしてから俺達、俺とシェルトに向かってこう言った。


「超唐突だが……少し、俺達に協力して欲しいんだ」

 彼は、トゥルオーラ・リンドルードはまるで旧友に金を借りようとしているような気さくな声で言う。


「この街に放たれた召喚獣と、召喚獣をこの街に持ってきて暴れさせて、操っている『怪盗』に……」


 俺は息をのんだ。トゥルオーラの目の色が変わる。文字通り、灰色から深緑に。復讐を誓い、人間の色を捨てた、殺人鬼のように。もう一度燃え始める、倒木から芽が出て、巨木を作る樹海の樹のように。


 そして、最後にこう言った。

「──盛大に、復讐をするのさ」

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