新たな出会い、新たな世界
「まったく……ありえないわ」
ムスッとぶつくさ言いながら、みほは山道を歩いていた。
手には大きな袋を抱えて。
「女の子一人で町まで買い物に行かすとか……、ありえなくない? いくらウォークマスターが疲れ知らずだからってさ。やれやれ。皆のいるテントどこだっけ?」
みほは何気なしに右方を向いた。するとそこには、坊主頭にバンダナを巻いたリュックを背負った白い半袖の上着に短パンを履いた少年がいて、「大変だね。僕も手伝うよ」と、ひょいっとみほの荷物をひとつ持った。いつの間にいたんだろう。
顔立ちはよくいそうな感じで、良く言えば素朴、悪く言えば地味である。
「お互い苦労するね。ウォークマスターは人並みはずれた体力で疲れ知らずだから、僕も皆からこきつかわれまくりでさ……あはは……」
「お互い……って……。あなたは、まさか……」
「そう、僕もマナ一族。二代目ウォークマスター、大地あゆむだよ。外見年齢12歳ね。君と同じ倭区域出身」
あゆむと名乗る少年は、どうやらみほの先祖のようだ。
という事は、彼が――……。
「あたし達三代目を探しているご先祖様……! まさか、こんな出会いを果たすなんて……。あたしはみほ、世渡みほよ。ところで、その他四人のご先祖様は?」
みほの質問に、あゆむはニッコリ笑顔で答える。
「君以外の三代目のいる場所に向かってるよ」
数秒間、シーンと間ができた。「へっ?!」とみほはすっとんきょうな声を上げた。
「なっ、なんやねんっ自分ら!」
時を同じくして、みほ以外の三代目のいる小さな黄色いテントでは、案の定三代目の仲間達は動揺していた。
ムリもない。あゆむ以外の二代目マナ一族、つまり見知らぬ人物が四人も突如光と共に現れたのだから。
「だ、誰、ですか……?」
ミンウに至っては、怯えきってしまっている。
その隣でコルちゃんは、突然現れた彼らから、自分達と同じどこか不思議な何かを感じていた。
「ごきげんよう」
イルカのみが、余裕綽々で挨拶をしている。なんという肝っ玉。
「ごきげんよう」
それに対し、中華服のお団子ヘアを二つリボンで結わえた少女が挨拶を返す。
「なんだかなー。そんなに身構えられると、後が困るぜ」
彼女と見た目の年齢の似た青い中華服の少年は、ばつが悪そうに中華帽を被った後頭部を掻いた。茶髪を下の方でひとつに結っている。
「もしやお主ら、マナの魔術をほとんど見た事がないのか。これは驚くはずじゃ……。失敬失敬」
黒髪を上の方でひとつに結んだ丈の短い着物の少女が、優雅な口調で謝罪した。
「驚かせてごめんね。ボクらは二代目のマナ一族、キミ達を探してここまでやって来たんだ!」
見た目はコルちゃんと同じくらいの、銀髪でマントを羽織った幼い少年が説明した。とても朗らかな話し方をする少年だ。
「なんや、ご先祖様かぁ……。わいらも、自分らに会う為に旅を続けとってん」
エディがホッと胸を撫で下ろす。
「あれっ? ちょっと待って。マナ一族って、一代ごとに全部で五人の能力者がいるはずですよね? もう一人の方は……?」
「ああ大丈夫だよ、そのうち来るから」
ミンウの質問に、お団子ヘアの少女が答えた。
「とりあえず、オレ達がお前らのもとを訪ねた目的と自己紹介は、お互いの仲間が戻って来てからにしようぜ。お、来た来たっ! グッドタイミング!」
話しながら中華服の少年が振り向けば、テントの小さな入り口にはなんとあゆむとみほの姿が。
「あら、みほ。お帰りなさいまし。そちらの地味な殿方は何かしら? ご趣味ですの?」
「バッ……! なワケないでしょ、イルカッ。誰が好き好んでこんな地味なの連れるか!」
イルカとみほの強烈な会話に、あゆむは――『地味なの』はショックで呆然としてしまった。女は怖い。
テント内の隅っこで、着物の少女以外の二代目達が懸命に笑いを堪えている。
「ま、何はともあれいちおー全員揃った事だし、自己紹介といこうぜ。お前ら三代目の事は前もって知ってたけど……やっぱ、挨拶は基本中の基本だからな。オレはタオ、格闘家だ。孫涛、美花区域出身な。外見年齢13歳。二代目だから実年齢は千歳だぜ」
中華服の少年が名乗った。どうやら彼は、タオというらしい。
「あいやぁ、僕のご先祖様はタオさんというんですねぇ。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくされてやるぜ! 明宇!」
ニコニコと握手を交わす先祖と子孫。
握手を交わすといっても、タオがミンウの両手を握ってブンブンと振りまくっている状態だが。
「ミンユー?」
「ああ、ミンウ君の名前の美花区域の言葉での発音だね。改めましてみほ、僕は二代目ウォークマスターのあゆむ。先祖としていろいろ頼ってくれると嬉しいな」
「うん、ありがとうあゆむ! ところでさ、なんであゆむはスキンヘッドにバンダナなんかしてるの?」
「い、いーじゃんっ。他人のヘアスタイルなんか……どーでもっ!」
あゆむは突然うろたえだした。
彼は、先天性無毛症。生まれつき髪の毛が生えて来ないのだ。
そんなあゆむの苦労も知らず、みほは「そうね」とのんきに頷いた。
「なぁなぁ、わいのご先祖様はどちらや?」
「ハーイ、私わたしー。二代目方角師の陳明です! 美花区域出身の、外見年齢13歳! タオとは、ボーイフレンド・ガールフレンドの仲だよ!」
お団子ヘアの少女が手を挙げ、元気に自己紹介した。
「ほんまかいな?! 自分らカップルやったんかぁ!」
エディは、まじまじと中華風先祖二人を見詰めた。するとタオが、気恥ずかしさから耳まで赤くなる。
「うっ……、よ、余計なコト言うなよなチェン!」
「もー照れちゃって、シャイなタオだなぁ」
ゆでダコのようなタオを茶化すように、お団子ヘアの少女――チェンは笑う。
見ただけでなんとなく、彼らの関係はかかあ天下なのがうかがえるようだ。
「そしてボクが、二代目学者のアダムです! アダム・トミー・ウィリアムズねっ! 外見年齢7歳だよっ。ユーエスエイ区域出身さ!」
銀髪の少年が明るく自己紹介した。
「まあ、あなたがわたしの……。ナマステ、アダムさん。あなたの子孫のコルバ・ダズです」
「うんっ、ナイストゥーミーチュー、コルちゃん! よろしくねっ!」
アダムと笑顔を交わしながら、なんだかハカセみたいとコルちゃんは思った。
「なにやら個性的な面々ですわね」
イルカは思ったままを口にした。
「騒がしい連中ですまぬの。わらわがお主の先祖、マナ一族が二代目巫女、宝城ヒミコじゃ。ヒミコで良いぞ。外見年齢は一応14歳じゃ」
着物の少女――ヒミコが優雅に、かつさらりと自己紹介をする。態度や言葉から気品が滲み出るような美しい少女だ。
「ヒミコは千年前、倭区域の女王様だったんだよね?」
「まあ巫女として覚醒し旅立ってからは、弟に地位を譲ったがな。……チェン、お主もよう覚えておるな」
「そりゃあ、仲間の事ですから?」
チェンはいたずらっぽく言った。
「あら、わたくしと立場が似てらっしゃいますのね。わたくしも、マナ一族として目覚め旅立つ際にコリア区域の姫の地位を捨てましたのよ」
「イルカ、あんたってばそんなさらっと……」
初めて聞く情報に、みほは内心大いにびっくりした。
「飾らない姫君やなぁ。イルカもヒミコも」
エディがほめるように言った。
「あのー、ひとつ、わからない事があるんですけど……。質問してもいいですか?」
「よし、言ってみろ」
ミンウが挙手し、タオが発言を許可する。
「ご先祖様達、本当は現在千歳ですけれど、それぞれ外見年齢がございますよね? それって、見た目それ以上成長していないという事で合ってますか?」
「まあ本格的にマナのチカラに目覚めた時点でストップされるな」
「では、わたくしの身長は……永久にこのままなのか」
イルカのどす黒いオーラに、タオはたじろいだ。
そう。イルカは低身長をコンプレックスとしており、気にするあまりハイヒールを履いているのだから、必死になるのも無理はない。
「お、落ち着いて下さい、イルカさんっ! タオさんに罪はないですぅ~っ!」
「すっ、すと、ストップですっ! イルカさん!」
ミンウとコルちゃんが、今にも魔術を放ちそうなイルカを押さえる。
「いざとなれば、変身術で大人の姿になることも可能だから平気平気」
「それを早くお言いなさい」
笑顔で対処し冷静にさせてのけるアダムは、なかなかの強者だ。
「生きてて良かったね、タオ」
「し……心臓にわりぃ……」
ドキドキとする胸を押さえるタオの背中を、あゆむは苦笑しつつ撫でる。
「ところでご先祖様達はさ、あたし達をわざわざ探しに来てくれたのよね? ありがとう!」
みほがニコッと先祖五人にお礼を言った。
「わたし達もね、ご先祖様達に会う為に旅をしてきたんです。――これからやるべきコトは、天上界の人々に聞いてねって……。そう伝来ハカセから言われまして」
コルちゃんがおっとりと言った。
「ほう……さすがはあやつ。お主達もわらわ達も、信頼されておるのだな」
ヒミコが、どこか感心したように頷く。
「てなワケで、ご先祖の皆さん。マナ一族としてわいらのできる事を教えてーな」
エディが先祖達に尋ねた。
「まあ待てよ、そうあせるな。お前達のこれからを決めるのはオレ達の先祖、つまり初代マナ一族。オレ達は、そいつらにお前達を探して連れて来いとだけ言われてんだ」
そんなエディにタオが答えた。
「初代マナ一族……という事は、一代目のマナ一族ですか? あいやぁ!」
ミンウが驚きの声を上げる。
「すごいっ、すごいです! どんな人達なのかなぁ?」
ミンウは目をキラキラ輝かせた。
「んー、あんま私らと変わらないよ? でも、そんなに楽しみにしてもらえれば私らも連れて行くかいがあるってものだね!」
「そうだね、チェンちゃん! よぉしっ! 皆も待ってることだし、さっそく今すぐ天上界行っちゃうかい?」
「わたくしは賛成ですわよ」
アダムの持ち掛けに、イルカが賛同する。
「りょうかーい、イルカちゃんっ! じゃあヒミコちゃん、天上界まで皆まとめて瞬間移動よろしくねっ」
「仕方ないのう」
ヒミコが目を閉じ意識を集中すると、テントの中にいたはずの一同は、広大で厳かな大理石の神殿の中へといつの間にか来ていた。
壁のところどころに部屋があり、一同がいる廊下からはどこまでも青く澄み渡り淡い色の花びらが舞う美しい空のような空間が見える。
しかも、各々にちょうどいい心地好い気温まで生み出しているではないか。
「おお……っ」
「……わぁ……っ」
天上界の聖なる雰囲気に、エディとみほが感嘆の声をもらす。
「ははっ! キレーな場所で驚いただろ?お前らも、これからここで暮らすようになるんだぜ?」
「そう。マナのチカラを鍛えれば、君達もマナ一族として、こちらと地上を自由に出入りできるようになるよ。僕達が手を貸さなくてもね」
タオとあゆむがニコッとしながら言った。
「あたし達も、こんな世界を自由に……」
「もっちろんだよ! 修行を積んで、一人前の能力者になればね? こっちだよ、さあ、ついて来て!」
チェン達に導かれ着いた先は、草花の咲き乱れる美しい中庭のような場所だった。
そこには五人の少年少女がいた。彼らもまた、二代目マナ一族同様それぞれ異なる面立ちや服装をしている。
「おーい! ホト、マオ、シアン、イリスェント、マナ! 三代目の子達連れて来たよー!」
チェンが大きく手を振った。
「おー! ご苦労ご苦労。よくやった、地味ハゲ率いる皆の衆」
「地味言うな」
首から勾玉を下げた紫髪の少年の軽口に、あゆむが短く返す。
「お待ちしておりました、皆様。三代目の皆様に会えるこの日この時を、楽しみにしておりました」
神社の巫女のような格好をした黒髪の少女が微笑む。どこか神秘的だ。
「チェンくーん、超おつかれーっ!」
ダークシルバーの髪を上の方でお団子にしたチューブトップにホットパンツの少女が、明るく子孫を労う。
「んーん、全然!」
チェンも明るく返した。
この時、エディは気付いた。この少女とチェンは、非常によく似ているという事に。チェンの髪は赤紫だが、顔形がまるで双子なのだ。
「……あのー。つかぬことをお伺いしますけど。もしかして自分とチェンは、異例で血縁関係とかあったりするん?」
エディから投げかけられた質問に、少女はほんの少しきょとんとしたが、すぐに笑い飛ばした。
「あはははっ、ヤダなあ、エディくんたら! 確かにボクとチェンくんは超似てるけど、赤の他人よー? でも、能力者としての関係は超あるけどね? ボクは初代方角師、李香。シアンだよ! 美花区域出身の、外見年齢18歳!」
「おおっ、てことは自分わいのご先祖様かあ! 三代目方角師のエディや、よろしゅう頼んます~」
エディは、胸に手を添えて柔らかく微笑んだ。
「……ふむ。確かに連れて来たな。バカ子孫、汝にしてはよくやったではないか」
「うっせえよ、ボケ先祖!!」
冷静な面持ちでタオと悪口の言い合いをする、タオと同じ中華帽を被った白と黒の金の中華服の黒い三つ編みの少年が、ミンウに静かな足取りで歩み寄る。ミンウはきょとんと少年を見上げた。
「我は戴茅。マオだ。外見年齢は18になる。美花区域出身だ。初代格闘家だ。よろしく」
「清明宇です。こちらこそ、よろしくお願いします」
マオの大きな手と、ミンウの小さな手が握手を交わす。
「んーと……。俺は初代ウォークマスター、世歩歩人。ホトでいいぜホトで。外見年齢15歳。実年齢は二千歳だがな実年齢は。倭区域出身。とりあえず、よろしく?」
「どーして疑問系なのよ。――みほよ、こちらこそよろしくっ」
苦笑いしつつ、みほは紫髪の少年――ホトと握手した。
「……あ、私、神楽マナです。マナと申します。外見年齢15歳です。倭区域出身の初代巫女です。よろしくお願い致します」
神社の巫女のような服装をした少女がおしとやかに名乗った。
「では、あなたがわたくしのご先祖様ですのね? わたくし、イ・シェムルカと申しますの。コリア区域出身ですわ。イルカと呼んで下さいましね」
マナとイルカは、お互いにぺこりとお辞儀した。
「次は我が輩であるね」
ふわふわした赤毛の、白いマントと帽子の少年が、キリリと生真面目そうに前に出た。
「初代学者、ユーエスエイ区域とアムール区域がハーフ、外見年齢9歳イリスェント・ガル・ラ・オルデシアである!」
きびきびと赤毛の少年、イリスェントは自己紹介した。
「イリスェントさんは、とても真面目そうですね。あなたの子孫のコルバ・ダズです」
「うむ、よく言われるのである。我が輩も、コルちゃんと呼んでいいであるか? よろしくなのである。君の事は、前もって知ってたのである」
「もちろんです、イリスェントさん」
コルちゃんはニコッと笑んだ。
「――さて、汝ら三代目の今後すべきコトはまず、それぞれの持つチカラを磨くコト。汝らのチカラは、使い方次第で人を救うすべにも全てを破壊する脅威にもなりうる。我々先祖がそれをコントロールし操るすべを教え、鍛えるので覚悟しておくように」
マオが冷静沈着な声音と顔で告げた。三代目の五人は、ゴクリと息を飲む。
「まあ、他にも会わせたい……と言うか、会わせるべき人達はいるけど……しばらくは、マナのチカラをコントロールできるようになるまで僕らと一緒に修行しなくちゃならないから。理由についてはできたら後々知らせるから、三代目の皆、そのつもりでよろしくね」
「わかったわ、地味男!!」
(じみお……だと……っ?!)
あゆむの不名誉称号、『地味男』。
授与者、みほ。
「マナのチカラ……。僕にも、コントロールできるようになれるでしょうか……」
ミンウが自信がなさそうにうつむいた。
「そう弱気にならないで、ミンユーくん! キミを鍛えてくれるであろうマオくんの強さと指導力については、カノジョのボクが超保証するから! あ、一応タオくんも」
「おまけ扱いすんな、シアン!! オレだって、やればデキる格闘家なんだからなっ?!」
タオが憤慨した。
「自分で強いと思っている者ほど、そうでもなかったりする」
マオが一気にそれを玉砕した。
「タオよ、元気を出すのじゃ」
凹んで体育座りになったタオの背中を、ヒミコがポンポン叩き励ます。
「なんだか、マオさんとタオさんのやり取り、漫才みたいですね。見ていて面白いです」
「でしょー、My子孫」
コルちゃんの言葉に、アダムがケラケラと笑いながら賛同するように返した。
しかし、アダムは知っている。あれでもマオは、タオの事を弟のように大切に思っている事を。決して口には出さないが、その事実は初代と二代目の皆が理解しているのだ。
「さあ、明日から特訓開始です。明日に備えて、今日はもう休んじゃって下さいね。お部屋までご案内します」
穏やかな笑顔でマナが告げる。
この一言から、三代目の精霊達の大仕事は幕を開けた。