7 わるいモンスター 君の名はスライム
「なんでモンスターが全く出ないのよ?」
クリス曰く、この森は普通に歩いてたりしたらすぐにモンスターに見つかるらしい。
そしてすぐに戦闘になる、と。
そんなにモンスターいたっけ?
トレントくらいなものしかいなかったような。
それにひのきの棒一撃だよ?
戦闘じゃなくて軽い草刈り気分だったけど、おかしいな。
「私の魔法の『気配遮断』系の必要性って一体……」
クリスの使える魔法は、基本全ての属性の第1段階くらいだ。
『ふりーわ』では魔法は例外を除き15段階に分かれている。
数字が少ないほど威力が弱く、魔力消費も少ない。
つまり数字が大きいほど……とんでもないことになるわけだ。
ちなみに数字の1とか2は別名『便利魔法』とも言われる。
何に便利か? 日常生活に便利。
気配遮断系は第2段階くらいだと、モンスターが出やすい場所でも遭遇しにくくなるくらい便利なのだ。
第3段階になると、暗殺者の第一歩。奇襲に利用する。便利を通り越してしまう。
まあ、例外もあるし、そもそもこの法則すら無視する例外の魔法もあるわけだが……。
「ほら、オサム! 私の靴貸してるんだからきびきび歩くっ!」
「誰かを背負って歩いてる時点で、僕のキャパオーバーと言うか何と言うか。そもそもクリスのステータスのほうが高いんだからそっちのほうが」
「助けられたほうが負ぶってどうするのよ? それに私は女の子だから!」
あー。ここで重量的にヘビーですとか言ったら、ダメージが高いわけか。
あるいは合理的に云々、でもダメージか。
僕のステータスの運よ。その数値は飾りなのかい?
まさかと思うけど、クリスの体温とかふれあいとか胸とかが、って言うんだとしたら。
大きな間違いだ。
あんまりないんだよ。この子。着やせの逆、着膨れっていうのかな? それ。
「……なんだか失礼なこと考えてない?」
「うん? 早く森を抜けてレイン村に直行したいな、ってね」
どの世でも恐るべきは女の勘!
そうして僕らは何事もなく、森を抜けることが出来たのだ。
超あっさりと。
帰りに全く障害なしとか、……スムーズすぎないか? 運なのか?
と思ったら。
手足のない楕円球体、水色。地面を跳ねるように動く、モンスター界の有名人。
いや、人じゃない。有名モンスター。
スライムが、1匹。
森を抜けたら、いたのだ。くりくりまなこの、まるでどこぞのマスコット? みたいな。
とりあえず、何も言わずクリスを下ろす。丁寧に。
小声で、靴、と言われたので履いていた靴を脱いで、揃えてクリスの足元へそっと置く。
多分、戦闘になることはないだろうけど備えておくに越したことはない。
腰に下げたひのきの棒を持つ。
「やあ、ぼくはスライム!」
おお、スライムが喋った! ということは意思疎通が可能ということだ! 声もかわいらしいぞ!
やはりモンスター界のスターだけあって気さくっぽいな。人に慣れていそうだし。
いやーいいモンスターっぽそうだ――、
「悪いモンスターだよ!」
な ん だ と ?
「も、もう一度自己紹介をお願いします」
未だに信じたくないが、もしここが『ふりーわ』の世界だとしたら、この滑り出しは、やばい!
聞き間違いの可能性もあるので、再確認しよう。
「ぼくはスライム! 悪いモンスターだよ! これから近くの人間の村を襲撃するんだ! ぼくは正直者だからね! 嘘はつかないよ!」
うん。やっぱり! この方程式が来てしまったのか。
モンスターは悪い奴が多い、という今までのゲームで存在する方程式と。
スライムは正直者でかわいらしい、という現実にて人気を取得したことで出来た方程式。
『ふりーわ』ではこの方程式が、恐ろしい組み合わせを起こす。
スライムと言えどモンスターであるゆえに、悪い奴だっている。
だが、正直でかわいらしい、というイメージを壊すのは『ふりーわ』として避けたい。
となると、どうすればいいのかというと。そこは運営。凄いことをやってのける。
「これから、えーと、レイン村っていうところをみんなで襲撃するんだー!」
かわいらしく人間の村を襲撃する、悪くてかわいらしくて正直者のスライムが完成するわけだ!
って、待てえええ! って感じだが、これが『ふりーわ』クオリティ。
あえてだが、かわいらしい、を2回言っておくのは、本当に悪者に見えないのだ。
だが、残念ながら、そこは『ふりーわ』。
スライムと言えどモンスター。そして悪いモンスターは、例えスライムと言えど悪いことをするのだ!
村を襲撃する。作物を荒らす。人を云々とか、その他色々!
だが、スライムはスライム。弱小なんでしょ? と思う皆様。
そちらも残念です。
多分なんだが、ここいらのレベルの平均値は、クリスのレベルよりやや上と思われる。
『何でも識別団』の鑑定能力は伊達ではない。
酔狂であって欲しい、という数値が、見えたのだから。
スライム:レベル55
あれ? 僕の55倍のレベルだよ?
というわけで、このスライム……できるっ!
じゃなくて僕が弱いだけです。
「ちょ! うちの村を襲撃なんて! そんなことさせるもんですか! 『ファイアシュート』っ!」
拳くらいの火の玉が、クリスの空に掲げた両手の上で生まれると、スライムに襲い掛かる!
……って魔法か! この世界での初魔法! 火系第3段階! すげー!
「当たらなければ、問題ないよー?」
それを、余裕でかわすスライム。
待て。それなりに火の玉は早かったと思うが、スライムのほうがさらに早い。
残像とは言わないが、当たる直前で高速で横に跳んだぞ。
「……クリス、言われてるけど」
「ぐっ……! 『ファイアシュート』! 『ファイアシュート』! 『ファイアシュート』! 『ファイアシュート』っ!」
スライムを睨み付けて、火の玉連発!
「あーたーらーなーいーよー」
5連発の火の玉すら、瞬時に回避するスライム。
地面に当たって、土を焦がす火の玉。
「ちなみに当たっても実はダメージないんだけどね! ほらステータス見せてあげるよ」
僕らの前にスライムのステータスが……なんて親切な奴なんだ! 悪者には見えない!
スライム:レベル55
職業:スライムのリーダー
HP(体力):9999
MP(魔力):5000
攻撃力:555
守備力:500
魔力:500
精神力:777
敏捷力:1000
なんて悪いスライムだ。絶望しかないじゃないか。
クリスのステータスを全て超えているとは。
そりゃあ、格下の魔法なんて当たってもノーダメージか。
むしろその敏捷だったら回避が余裕だね。
という感じで、クリスが「勝てるわけがない」とこぼしているが。
僕? いや、クリスが無理なら無理でしょ。
ステータス的には、だけどね。
「そこの男の子は何にもしてないけど、戦うの?」
……よくぞ聞いてくれました。さすがスライム。
ここが『ふりーわ』もしくは酷似した世界ならば、これをやってみる価値はある!
「ああ、戦うけど条件がある! 僕が勝ったら仲間になれ!」
『ふりーわ』のモンスターゲットシステムを!