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第5話 変化の兆し

「はぁ……、はぁ……」


 二週間後の日曜日の朝。私は悪夢に叩き起こされた。内容は、私の小学生の頃の体験を鮮明(せんめい)に映したものだ。ずっと昔から月に一、二度ほど見せられるので、わりと見慣れたものではある。


 だけど、何度見ても嫌なものに変わりはない。数少ない友達が、冷たい目をして私のことを見放し、同級生の男の子からから執拗(しつよう)な嫌がらせをされるのは、悲しくて、きつくて、耐えられないくらい辛い。私は汗でメルちゃんを、汗でベチャベチャになっている手で、ぎゅっと抱き寄せた。


「メルちゃん、たすけてよぉ……」

 

 私は、悲痛な思いをメルちゃんにそっと呟いた。




 

 それからお昼を少し過ぎたところで、私は家を出た。自転車をこぎ、しばらくすると店に着く。着いてすぐに私は、店内をぐるっと一望(いちぼう)する。すると、あの約束通り、朱里ちゃんはいた。


「ナナさーん! こっちです、こっち!」


 朱里ちゃんは私を見つけるなり、ご主人様を見つけた飼い犬のように手を振ってくれる。それに導かれるように、朱里ちゃんの方へ向かった。


「約束通り来てくれたんですね! またお会いできてうれしいです!」


 朱里ちゃんのところに来るなり、私を強く抱きしめた。


「私も、また朱里ちゃんに会えてうれしいわ」


 私も同じように、朱里ちゃんを抱き寄せてあげる。すると、朱里ちゃんは、まんざらでもないような顔をしていた。


「な、ナナさんっ。一つ、お願いしてもいいですか?」


「なーに?」


「頭を、()でてもらってもいいですか?」


 いきなり何を言い出すんだこの子は。


 そんなことを思っていると、朱里ちゃんの体温がまた一段と上がってくた。朱里ちゃんの顔は見えない。だけど、恥ずかしそうに顔を赤くしている様子が頭に浮かぶ。


 そう考えると朱里ちゃんが、また一段とかわいいと感じる。そして気がつくと、私は右手を頭にそっと添えていた。


「え、えっと。こんな感じでいいかしら?」


 私は右手で優しく撫でてあげた。朱里ちゃんは軽くうんうんと頷いて、これでいいということを教えてくれる。それがわかると、私はまた撫で始めた。


 撫でてみてわかったことがある。朱里ちゃんの髪はエーブのかかった癖毛だけど、触ると凄くふわふわしている。


 この感触がとても気持ちいい。そして撫でるごとに、ブラウンの髪が波を立てるように動いてくれる。それが今の私には何よりも美しく見えた。

 

 撫でられている朱里ちゃんも気持ちがいいのか、うっとりとしたしている。すると、


「ナナさんだいしゅきぃ……。もっと、なでてぇ……」


と私を誘うかのように、妖艶な声でぼそっと呟いた。この一言で、私の理性というリミッターのたがが外れた。


 撫でたい! もっと撫でていたい!

 

 撫でれば撫でるほど、いつまでも撫でたくなるような感覚に陥っていく。次第に私たちは、ここがどこなのかさえも忘れてしまいそうだった。


「はーい、ストップストップ」


 美奈さんの一声で、私たちは現実空間に引き戻され、急いで離れた。


「まったく、人前で堂々といちゃついて……。(うらや)ましすぎて嫉妬(しっと)しちゃうよホントっ」


 美奈さんは呆れかえっているようだった。我に返った私は、恥ずかしさで顔から火が出そうになっていた。


「まっ、次から気をつけてね」


 そう言い残して、美奈さんはレジへと戻っていった。それからお互いの間に気まずい雰囲気が漂い、何も話せずにいた。その後しばらくして、沈黙(ちんもく)を破ったのは朱里ちゃんの一言だった。


「怒られちゃいましたね」


 朱里ちゃんが申し訳なさそうに小声で言った。私は、朱里ちゃんをフォローした。だけど、朱里ちゃんの顔は暗いままだ。そうしているうちに、お互いの間にまた、微妙な空気が漂い始めてしまった。


「…………。この件は、これで終わりにしましょう」


「そうね。それがいいわね」


 とりあえず、お互い自分を責めるのを止めることにした。


「けど、久々に人に頭を撫でてもらって凄くうれしかったです」

 

 朱里ちゃんは私に撫でられたところを、自分で撫でていた。その表情からも、撫でられてうれしかったということが十分に伝わってくる。それを見て撫でてあげてよかったなと、実感できた。


「そうね。私も頭を撫でるのは気持ちよかったわ」


「本当ですか!? そう言ってもらえるとうれしいです!」

 

 朱里ちゃんにいつも笑顔が戻ってくる。私もこれで少し安心できた。


「なんでしょう。撫でてもらえた時、小さい頃あの人に撫でてもらった感覚が蘇ってきて、」


「あの人?」


「な、なんでもないです! 気にしないでください! 別の話をしましょっ!」


 不自然なほどに、朱里ちゃんは話を逸らした。あの人のことが気になったけど、詮索をしないことにした。朱里ちゃんにだって、聴かれたくない秘密はあるだろうし。


「前にナナさんに教えてもらったアドバイス。あれを伝えてあげたんですけど、上手くいったって、すっごくよろこんでましたよ!」

 

 朱里ちゃんはまるで自分の事のように、顔を輝かやかせていた。それにつられて、私も頬が緩んでいた。


 私としては、上手くいったということもうれしかった。だけど、朱里ちゃんやその親戚の子に喜んでもらったことの方が、もっとうれしく感じられた。


「本当にナナのお陰です。その親戚の子も、また色々相談したいって言ってくれました。そこで、少し相談したいことがあるんですど……」


 朱里ちゃんは決まりが悪そうな顔をして、目線を私から少し外していた。私はどんな相談をしてくるのだろうかと、身構える。


 だけど、朱里ちゃんは中々言い出さない。居ても立っても居られなくなったので、私の方から聞いてみることにした。


 話を聞くと、どうやら私のアイデアが親戚の子の勘違いで、朱里ちゃんのアイデアということで伝わってしまったらしい。


 それで親戚の子からまた色々と、相談されてしまったそうだ。断ろうと思えば断れたが、ぐいぐいと迫られ結局断れず、相談に乗ってしまったと。もちろん、何も出せるわけがなく、また私にアドバイスを求めていたようだ。


「ごめんなさい! ナナさんのアイデアなのに、私のアイデアみたいにしちゃって。その上また頼ろうなんて。厚かましい、ですよね」


「いやいや、そんなことないわよ。ちゃんとその子のためになったんだし。それに、また頼ってもらえてうれしいわ」

 

 また朱里ちゃんがしょんぼりとしていたので、私は必死にフォローをしてあげた。


「そうは言っても、今回のは前のよりも難しくて……」

 

 それから、朱里ちゃんは詳細を話してくれた。中身をざっくりと言うと、好きな先輩から抱きしめられたい、というものだ。


 確かに難しい。恋人同士ならまだしも、部活でちょっと仲のいい先輩相手では、かなり無理がある。


「確かに、難しいわね」


「ですよね。それに、ここで長時間考えるのもどうかと思いますし……。なので、L○NEとかでやり取りしませんか?」


「あっ、ごめんなさい。L○NEはやってないから、メールでいいかしら?」


 私は嘘を吐いた。本当はL○NEのアカウントは持っている。だけど、このアカウントでやり取りをすれば、間違いなく私の正体がばれてしまう。


 だから、L○NEは使えない。心苦しいけど、そうするしかなかった。


「メール、ですか」


 朱里ちゃんは、首をかしげ悩んでいるようだった。そりゃそうだ。イマドキの女子高生はメールなんて使わない。使わないものでやり取りをするのは、あまり効率的ではない。


 さて、朱里ちゃんはどう返事をするだろうか。断られたらどうしようか。私は、次の手段を考え始めた。


 だけど、朱里ちゃんは私の予想とは違う反応を見せた。


「いいですよ。なんか、特別な感じがするんで、メールでしましょ」


 と言って、スマートフォンを差し出して、メールアドレスを見せた。私は少し面喰ったが、朱里ちゃんのメールアドレス打ち込み、空メールを送った。


「ありがとうね。今、空メール送ったから、登録しておいてね」


「はーい! わかりました!」


 朱里ちゃんはうれしそうに、スマホの画面を見ていた。


 それから、私と朱里ちゃんのメールでのやり取りが始まった。それとともに、学校での付き合い方も、変化し始めていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんどん仲良くなっていくにつれて、正体を隠して接するのが大変になってきちゃいますね(;´∀`) なんとかメールで納得してくれて良かった!
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