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誘引性と誘目性

作者: てこ/ひかり
掲載日:2017/10/30

 「スオー」と名付けた犬の世話をしていたことがある。目が黒みを帯びた真っ赤で、蘇芳色だから、「スオー」。


 子供の頃は家では「レッド」を飼っていたし、その後は「ブルー」、「イエロー」、「グリーン」……と、昔から色々な名前と種類の犬の世話をしていた。「スオー」はもう何代目になるのだろう。もちろん今は、スオー以外みんな死んでしまった。僕が長年犬の世話をして学んだことと言えば、「生き物はいつか死ぬ」。これに尽きた。


 別に犬自体が好きだった訳じゃあ、ない。ただ単に、毎晩仕事やご近所付き合いのナンヤカンヤで家にいることが少なかった両親が、僕に「寂しくないように」と与えた遊び相手がたまたま犬だっただけだ。おかげで僕は、「寂しい」というのがどういうことか、身を持って知ることができた。


 何しろ犬って奴は、ご主人の命令には従順かも知れないが、別に意思疎通ができる訳でもなんでもない。僕が「明日の夕ご飯はハンバーグが食べたいな」と言ったところで、犬は「イエス」も「ノー」も言わない。たまには「そうね、考えとくわ」なんて返事をしても良さそうなものだが、歴代のカラーバリエーション達が気の利いたことを言った試しは今の所、ない。


「スオー、お手」


 僕が低い声で命令すると、真っ黒な毛並みの大型犬は、口から舌を突き出しながらその短い手を差し出す。勿論彼は、僕の言葉が完全に分かっている訳ではない。きっと単なる条件反射……或いは躾の類。犬の癖に猫背な彼を、僕は半ば憐れんだ目で見つめながら庭へと引っ張って行った。


 道路を挟んだ家の狭い裏庭に、僕とスオーだけの秘密基地があった。

 ここで僕らはいつも疲れ果てるまで、住み着いたハリネズミやサッカーボールを追いかけたり、小さな虫を踏み潰して殺したりして遊んだ。


 スオーには歴代の色達にはない特技があった。何しろ「殺す」のが上手なのだ。元々野犬の血が強いのだろう。口元から覗く二本の牙で、スオーはコンクリートの塀に止まった小鳥や、地を這う虫達を素早く上手に狩った。


 今日も早速、秘密基地に「侵入」してきた「外敵」を、彼は僕が命令せずとも葬り去っていた。桃色の丸い花が咲き乱れる秘密基地で、持ち主を失った黒い羽が宙を舞い、地面が仄かに紅く染まった。



 面白そうだ……。



 彼が美味そうに生の鶏肉を頬張るのをぼーっと眺めながら、僕は思わず口元に笑みを浮かべていた。僕も真似したくてしょうがなくなった。僕はお母さんから禁じられていた、少し高い塀の上によじ登った。塀の向こうでは、僕の目と鼻の先を、猛烈な勢いで車が何台も何台も横切っていった。


 何処かに小鳥が止まっていないか。僕は騒音に顔をしかめ、辺りをキョロキョロと見渡した。振り返ると、足元の暗がりからは、スオーが赤い目を光らせ僕を見上げている。その口に新鮮な血を滴らせ、次の命令を待っていた。何だか彼のお株を奪ってやったかのような、良い気分だ。僕はよろけながら手を離し、両足だけで塀の上に立った。風が少し冷たかった。その時だった。


「トーマス!」


 鋭い声がして、僕は驚いて体を飛び上がらせた。振り返ると、車の飛び交う道路の向かい側に、子供と見間違うかというほど小さな女性と、白い服を着た背の高い男性が立っていた。お母さんとお父さんだ。僕は思わず体を捻らせて、そのまま足を滑らせ……次に僕の目の前に広がっていたのは、巨大な蘇芳色のランプと、金属質の真っ黒なバンパーで……。


「トーマス!!」


 ……僕が気がつくと、目の前に血相を変えたお母さんの顔が広がっていた。


 僕は混乱した。不思議なことが起こった。僕はついさっき、確かに車に撥ねられたはずだった。なのに、突然下から突き上げるような勢いで何かが僕にぶつかってきて……。


「……スオーは?」


 僕は泣き出しそうになるお母さんに尋ねた。だけどお母さんに、犬語が分かるはずもない。同じ犬でさえ意思疎通が困難なのに、僕の言葉がお母さんに分かるはずもなかった。


「トーマス! ダメって言ったでしょ! 二度とこんな危ない真似しちゃダメ!」

 お母さんが叫んだ。お父さんが僕の体に怪我がないか、僕を撫で回しながら探した。ご主人の命令は絶対だ。僕はお母さんの腕の中で尻尾を弱々しく振りながら、二人が与えてくれた、同族の友達を探して暗がりを何度も伺った。





 結局、それっきりスオーは僕ら家族の前から姿を消した。次の僕の友達、もとい僕が世話をする犬の名前は「シルバー」だった。シルバーはスオーほど、僕の命令をよく聞かなかった。


 スオーは歳だったし、もう何処かで亡くなっていてもおかしくなかった。

 だけど、もしかしたらあの時、まるでいつかのテレビで垣間見たニンジャのように、同じ犬とは思えない身のこなしで僕を助けてくれたのは……。


 「生き物はいつか死ぬ」。これに尽きるが、スオーだけは、彼だけはまだこの世界の何処かで生きているんじゃないか。僕はそう思っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公は犬だったのか……ってことは色が名前の犬たちは皆施設から引き取ったとかで年寄りの犬だったのかな……。 それとも主人公が犬ってのは比喩で……いや、違うか。 トーマスとスオー達の違いって結…
[一言] 主人公が好きです。スオーはどこかにいる。感動的で前向きなラストでした。
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