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Re:you  作者: 日櫃 類
間章壱 さて、白い雪の日に
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第八話 「雪夜の攻防」


 メイが迷いのない足取りで向かった先は、今朝町を見渡せるあの高台の公園だった。街灯も中央のベンチのそばに一つあるくらいで、暗い。その先の町の明かりが点々としているほうが、むしろ明るいくらいだ。



 その街灯の下に、その姿はあった。

 黒々とした弦楽器(ヴァイオリン)を力なく持ち、町を見下ろしている。寝巻のまま、裸足のまま。すでに僅かばかり積もった雪によって指先や足の先が赤くなっている。



「おれさあ」



 その少女が、そのままの声音で、少女ではない言葉を発した。



「何も考えたくないんだわ。だから何も考えなくていい状態に戻りたいんだよ。でも戻れないじゃん」



 ベンチに足をかけ、緩慢(かんまん)な動作でその上に立つ。



「だったらずっと眠っていたほうがましだったのに。この女は、それを起こしやがったんだ。――やつあたりを受けたって、文句は言えないだろう」

「――ッ」



 右足に重心を置き、そのままくるり体を反転させた。弦楽器を構え、その弓を弦にあてようと――



「――メイ、おいで」



 まだ軽い雪が巻き上がる。

 そこにいたはずの痩身の青年がいなくなった。代わりにツバメの手に細身の剣が握られていた。細い柄に精巧な鍔。鍔には深い緑と濃い赤の石が嵌め込まれている。他に強い色がないため、その色がより際立つ。左手で、(さや)を持ち、それを抜く。

 すらりとした、美しい刀身。白い雪の中で、きらりと輝く刀身。

 薄く細く、そして軽く作られたその剣は、か弱い彼女の手に正しく収まっていた。



「お前は、そうか、剣なのか」



 弓を構えたまま少女(キリギリス)が感心したように呟く。



「それで、どうするんだ。おれは楽器だぞ、剣を受けられるようにはできていない。それで斬れば、この体が傷つくけど」

「そうだね」



 鞘を腰のベルトに挟み、剣を構える。構えといっても、切っ先を相手に向けただけだ。

 雪が電灯を受けてきらきらと光る。

 黒い服に身を包むツバメは雪の中に、くっきりと浮き上がって見える。



「でも、メイは斬るための剣ではないから」



 しん、と切っ先が振るわれる。何が起こるわけでもない。

 その様子に、身構えた少女(キリギリス)は体の力を抜く。斬るためではない剣など飾り物でしかない。そんなものに、いったい何ができるというのか!



「何もするつもりないならそこで黙って聞いていてくれ。今からお聞かせするは、世界の終末を知る楽器(おれ)の旋律だ。せめて痛みだけでも知っていってくれよ――ッ!」



 弓を弦にあて、緩やかに弾く。音がそこに現れる。 

あの楽器の音色はきっと聞いたものから魔力を吸い上げるものだ。魔力がなければ生命力を。そしてそのまま自分の力にするのだろうが――少女の体は先に限界を迎える。それだけではなくて、こんな高台で楽器を弾けば、おそらく町中に届いてしまう。町中の人が昏睡、ひどければ死に至ってしまう可能性すらある。あの言い方であれば、それこそが彼の目的なのだろう。



「――」



 きっとかつての世界にあった音楽なのだろう。文字通り、この世のものとは思えない音楽だ。

 かつての世界のものは、この世界のものにとってとても好ましいものであることが多い。それはこの世界が旧世界の上に成り立っているからかもしれない。その感覚で行けば――いくら精霊器の加護があるとしても、この世界に生まれたこどもに、この音色は耐え難いものだろう。



 ――と。



 そう思って、少女(キリギリス)は目を開いた。

 きっと、為す術なくくずおれる精霊器使いの少女がいると信じて疑わずに。



「――ッ」



 ただ、剣を振る姿が在った。

 音を奏でる当事者だからわかった。彼女は、音を斬っている。


「だから言った。メイは斬るための剣じゃない」

「――なに」

「メイは守り刀として作られた剣だから。こと『護る』という使い方に関して、彼は負けることを知らない」



 メイという剣は、かつて、一人の主を守るために作られた。そこに呼ばれた精霊としてのメイもその在り方を求められた。だからメイもそれに答えた。主を誰からも守る、そんな力を持つ精霊器。

 だけれど、その主に、護るべき主に、メイは裏切られた。

 大切にしてもらったから、大切にし返したかった。求められたからちゃんと答えたかった。――なのに。

 その主は、守り刀で自害した。



「それで、そのままメイは終末を迎えた。望まれた在り方すらも否定されて」

「……」

「君はどうだったの」



 いつのまにか、演奏する手は止まっていた。音の残滓は雪に吸い込まれて消えていく。



「……大事に扱ってもらえたから、なおのこと、あいつがいない世界なんていらないんだよ」



 と、ただ一言。それだけを言った。

 ただ唯一の主がいたのだろう。精霊器は呼び出した本人が世界に返さない限り、そうして在り続ける。呼び出した魔術師がいなくなったあと、残された精霊器は他の魔術師の手に渡ることもあるのだろうが――

 (キリギリス)はそうではなかったらしい。



「長く生きた魔術師だった。それこそ悠久(ゆうきゅう)とも思える時間を過ごした。――あの、大洪水まで、一緒にいたんだ」



 だからどうでもよくなった。世界のかけらに帰れないのなら、ずっと眠ってしまっていたかった。それを起こされたから、どうしようもなく腹が立ったのだと、彼は悲痛に語った。



「だから、そうして人をあやめようとしたんだ」

「そうなるね。どうでもいいから」



 何も。

 何も。

 何もいらなかった。

 考えたくもなかった。

 考えることもなく、ただ行動した。

 愛しかった主が愛した世界でもなくなったんだから。



「――そうだとしても、僕は、君を連れていかなければいかないところがあるんだ。そんなふうにやけになる前に、一度行ってみてくれないか」

 ツバメは精霊器を集めている。集めた精霊器は彼女が旧世界のことを教わった、旧世界の遺産たちが集う島に連れて行かなくてはならない。



「そこなら邪魔されることもなく眠れると思うし、なんなら同じような境遇のやつもいるかもしれない」

「……だから、そこに、いけと。はいそうですか、と行けと」

「そうだね。そうしてほしいから、ここにきた」



 肩から楽器を持った手がだらんと下がる。どうだっただろう、あの大好きだった魔術師は。自分がこんな風にやけになることを、どう思うだろう。



「……そうだな、もう、面倒くさくなった。いいよ、ついていく」

「そう、よかった。じゃあちゃんとその子のご家族に謝って、そしたら行こう」



 雪は強くなる一方だ。このままでは風邪を引く。さっさと彼女の家に戻ろう。きっと追い出されるだろう。こんなひどい目に合わせた。完璧とはいかない結果に、擦り減った彼らは憤るだろう。

 怒られたとして、それでいい。彼女を蝕んでいたものはこれではがれた。直に回復もする。

 それなら。

 弦楽器の彼も、傷を癒しにかかってもいいだろう。

 

 

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