第七十話 「それはまさしく愛のこめられた」
◇
約束ついでに名前のことまで思い出してしまった。
彩歌が叱り付けてくれたことは今までも数多く……数え切れないほどにあるが、その中でも名前のことは未だに鮮明だ。思い返せば、彩歌はアキラのことを『聖竜』と呼んだことは一度たりともない。
彼は彼なりにそこをこだわってくれたのかもしれないと思い至ったのはそのときからしばらく経ってからだ。本人に確認するのはすこし恥ずかしいし、本人も気づかれたくてやっていたわけではないと思うのであえて尋ねていない。
「――さつきは未だ底知れねえけど、ってアキラ? きいてんのか」
「ああ、ごめん。名前のこと叱られたときのこと思い出してた」
「は? おまえあれそんなに衝撃だったのかよ……」
「衝撃だよ。オレもうずっと聖竜って呼ばれる気でいたし」
今も島の住民やさつきはアキラのことを聖竜と呼ぶが、彩歌がアキラと呼ぶのを真似る人もいる。特に古株はそうで、『螢守の聖竜』の名がアキラであることは知れ渡っている。
「はー、じゃあ訊いたことなかった気がするから訊くけど、おれの名前の由来は何だよ? おまえばっかり名前の話を大事に抱えてんのもなんか腹立たしい」
「腹立たしいって……言ったことなかったっけ」
「聞いてたら忘れてねえな」
そうだっただろうか。しかしアキラとてその名の由来を忘れた日はない。
彩歌の名はアキラの願いとそうあってほしい姿をこめた名前なのだ。
「聖竜の髪が緑なのは知識の色なんだってさ。でも、世界はもっと色で満ちてるじゃん。だから、それが知れ渡ればいいなって思って――彩り豊かな歌って」
緑だけが知識の色ではない。ひとつだけが答えではない。もっといろいろ、いろいろがあってもよいのだ。色鮮やかな世界を、歌う者。
彩歌は「ほー」と関心したように頷く。
「その理屈でいくとおまえの髪はいつか虹色になりそうだな?」
「う、うん? そうなるのかな……?」
髪が虹色なのは、なんか、こう。いいのか? 派手というか、目を引きすぎるというか。
「まあ、いいわ。思っていたよりもずっと良い名だったよ、ありがとなアキラ。その願い、おれが責任もって叶えてやろう。手始めに、ほら」
彩歌は手を差し出す。その言わんとすることを把握し、アキラはその手を取った。
途端、彼は淡く光を纏い、姿を変える。白い竜の紋様が刻まれた漆黒の弦楽器。アキラは立ち上がり、もうずいぶん持ちなれたそれを構えた。
奏でる曲はいろいろある。いろいろ弾けるようになった。
どれでもいい、ただ好きな曲を。望まれる曲を。弾きたい曲を。
アキラが弾き始めると、自然と人が集まりだす。そうしていくつかの曲を弾いていく時間が緩やかに流れる。
誰かに贈る歌。誰かに聞いてほしい歌。誰かを祝う歌。
アキラとサヤカが奏でるのはもう誰かを傷つけるものではない。
――――ただ、誰かの大切なあなたのために。
Fin




