第六十九話 「アキラ」
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ことのあらましを、沙月を受け継いだばかりの少女から聞いた聖竜とサヤカは神妙な顔をしていた。
彼女によれば、サツキの人格は完全に太陽の魔眼から切り離され、今目の前にいる彼女はおよそまっさらであり、力を受け継ぐ以前の人格だという。
そしてそれを成したのが精霊器を大量に扱うメグムだったというから驚きだ。
「あいつ、島のことに興味ねえ興味ねえとは思っていたが――そんなこと企んでいたのか」
「メグムさまは、秋の友人だから俺が殺した、と言っていました。たぶん、ずいぶん昔から計画されていたことと思います」
つまり、くゆりが心配していた問題はすでに解決されていたということだ。想定外の結末に力が抜ける。けれど、それならばそれで別の問題がある。
「じゃあ君は前のサツキのようになにかを企んでいるの? そうなら、どうにかしてそれをやめてもらわないといけないと思う、んだけど」
聖竜の問いは至極もっともだ。人格が一新されたとしても目的が同じならば意味がない。太陽の魔眼は多く記録者と呼ばれていた。その本能が未だ残っているのなら、いつそれで以前のサツキと同じになるともわからない。
「いいえ、さきほども申し上げたように、それは確実にありません。なぜなら、私は記録者としての役目を放棄しました。これから先は、あなたの望む世界の構築に及ばずながら尽力させていきたいと思います」
その無機質な返答に、聖竜ははたと気付いた。
この彼女は、すでに世界と契約した新たな語り部の聖竜の影響を多大に受けている。
聖竜は望んだ。秋を苦しませたサツキという人格はもういらないものだ、と。
それだけであればすぐさまこんなことになることはなかっただろうが、しかし。メグムがちょうどサツキを途切れさせたから、そこへ入り込む余地が生まれてしまったのだ。
後悔というほどのことではない。後悔だと思ってしまってはいけない。
想定外とはいえ、それを望んだのは秋が大切だった聖竜なのだから。
「――じゃあ、ひとつ」
震える体を抱き、聖竜は言う。
こういうことは違う。聖竜の独りよがりに作り変えてしまう世界ならば、その残酷さはサツキがしていたことと変わりない。だから、彼女の犠牲を最初にして最後にしよう。
「オレがもしも自分の望みだけに世界を変えていこうとしたら、そのとき、ちゃんと止めてくれると、約束をしてほしい。さつきだけでなくて、サヤカも」
思わぬところで誰かを消し去った世界をよかったと言わずにすむように。
「ええ、それを望まれるとあれば」
「そもそもおれは最初からそのつもりだったっての。ひとりでいるから失敗するんだ、だからおれがおまえをひとりにしないって言っただろ」
さつきは無機質に頷き、サヤカは呆れ混じりに言う。
そのことばをもらえたから、聖竜は間違えないだろう。間違えないようにと思っていられる。
ひとつ深呼吸をし、鼓動を落ち着かせる。彼女に謝らねばいけないような気がした。けれど謝ってしまえば、メグムやほかの誰にも顔向けできなくなるようにも思えた。この気持ちは、聖竜がずうっと抱えていくべきものだ。
「私は、先に屋敷へ戻ります。この先代の死体を処分しなくてはならないですし、聖竜さまは事態のあまり目立たない収束を望んでいるようなので」
いなくなった秋のこと、これからのこと。聖竜の口から説明するべきだと思い、それを伝えると、「わかっています」と返ってきた。
「今は信頼に値すると思えない私にすべて任せる気にはなれないでしょう。私はすこし準備をするだけです」
「いや、信頼してないとかしてるとかそんな話じゃなくて……そのへんも、ちゃんと話そう。今はその準備を頼む」
ほんとうに信頼とかそんな話ではないのだ。単純に、自分の口から島の皆へ伝えたいだけで。しかし、今はその誤解を解く暇がなさそうだった。島のほうでは変わらずざわついているようだ。赤い結晶体は消え、大気も地面も揺るがす音はなくなったが事情を把握する者が誰一人いない。
さつきは一足先に戻り、両衆を収集して簡易の支持を出してくれるだろう。
そのあとで、すぐに聖竜が話をする。できれば島中の人に聞いてもらえるように、広場で。
「そうと決まれば、ほれ。はやく行くぞ、その小汚い格好くらいどうにかしねえとな、アキラ」
「う、うん……サヤカ? オレ、もうアキラじゃないよ」
そうするのが当たり前だというように自然と呼んだサヤカに思わず返事をしてしまう。しかし、秋が名づけた白という名はもう今の聖竜にはふさわしくない。何も知らなかった白ではいられないし、そも聖竜の名は主からもらうもの。世界が主人である以上、名は持てないものだ。
「そんなもん知るかよ、おまえはアキラだ。意味なんてなんだっていいだろ、光でも暁でも翠でも。名前の意味なんてあとからついてくるし、ほらあれだ。名前ないと呼びづらいだろ」
「……みんな、聖竜って呼ぶのかと」
「そりゃおまえ、ほかのやつらはそれでいいさ。でもおれはおまえの精霊器だぞ? おまえ個人とこれからずっとやっていく仲間なのに名も呼べないなんて馬鹿な話があってたまるか」
ばかなことをいってんな、とサヤカは聖竜――アキラの腹へわりとしっかりした拳を叩き込む。自分で言っていたように、ほんとうに容赦がない。秋にも殴られたことがないのに!
「おれはおまえにもらった名を大事にするし、エマもおれがあげた名を大切にしてたぞ。意味なんて二の次でいいんだ、おまえを想ってつけられた名はほかに変えがたいくらいに大事なもので、二度と手に入るものじゃない。大事にしろ、ばか」
「さや、か……」
そんなふうに思ってもみなかった。秋のくれた名は捨てなくてはいけないと理由もなく確信していて、だから聖竜と呼ばれることに違和感もなかった。
あきら、と口に出してみる。十年前にもらった白という意味だった名前。これがこの先も聖竜自身の名であることが、ひどく胸をくすぐった。
「わかったか、アキラ」
「……うん。ありがとう、サヤカ」
「まったくだ。ほらみろ、ひとりじゃさっそくまちがえたまんまだ」
そういってサヤカはからからと笑った。サヤカの言うとおりだ。アキラはひとりで得た結論がことごとく自分に優しくない。それはよくないことなのだろう、自分を大切にできないのにほかを大切になんてできない気がする。
「うん、ほんとうにそのとおりだ」




