第六十一話 「ひとりのまちがい、ふたりなら」
◇
夢から目覚めてからずっと考えていることがあった。
――終末の聖竜はどうしてひとりなのだろう、と。
ひとりでいることに合理性があるのは分かる。ひとりならば思い至らないことも、ふたりになれば浮かんでしまう考えがある。
たとえば、相手と自分とのの幸せを願う心。
たとえば、相手の望みを叶えたいと思う心。
たとえば、相手に好かれていたいと願う心。
たとえば――なんて、数に限りはない。
それは精霊器にだって覚えがある。もしも彼が精霊器ではなくて、彼女と同じ終末の聖竜だったのなら、大きな意味での世界の崩壊を防ぐために使う力を彼女のために使ってしまっただろう。
それが許されないことだときっと気付いていたから、終末の聖竜はひとりぼっちなのだ。
実際、それは間違いなんて起きないだろう。その選択肢がまず与えられていないのだから。
広い目、遠い目で見たら正しいことだと思う。世界のため、というのなら、世界の一部であった精霊器の自分もそのやり方に賛同しているべきなのだとも思う。
――けれど。
精霊器は知っていた。
精霊器を必要とし、彼を呼んだその聖竜が、精霊器とともにいたことで浮かべた笑顔のこと。
ずっと一緒にいようと言ったことが果てしない救いになっていたこと。
そんな彼女と自分とが出会えなかった未来を、たったひとりで世界を背負い終末の魔術師が歩いた道を、あいつが歩こうとしていることをどうして見て見ぬ振りができるのか。
精霊器は誰かに扱ってもらってこそだというのなら、できることなどたかだかかの聖竜をひとりにしないことくらいだろう。それにあいつが救われるかなんてことは考えない。ひとりは悲しいと思うし、ひとりでいるときのほうがより危なくてひどいことを思いつくような気がする。
ただ、キリギリスを模した彼は、そう思うから、そうするのだ。
◇
「な、まえ――」
「そう、名前だ。精霊器には名前が要る。名前を付けて、初めて契約が完了する」
「でも、キリギリスには、エマが」
「ああ、おれにとってエマは大事だけど、おまえとは種類が違うからいいんだ。そもそもおまえ、まだそんなに大切でもねえし」
「は、はっきり言うね……?」
大切ではないと断言しておきながら、精霊器は今の仮契約の主にも許さなかったことを聖竜には許そうとしている。その行動の意味を探さずにいられるほど、聖竜は愚かではいられなかった。
「だが今大切でなくてもいい。いつか大切になるかもしれない存在を見捨てたら、おれはずっと後悔する。だから、今は大切でなくていいんだ」
けれど精霊器はもう迷いも葛藤も通り過ぎてきているようだ。緩やかに近づいてくる少女を警戒しながら、聖竜への決断を視線で急かす。
「な、なんで、そんなこと、きゅうに……」
「急、か。それはそうかもしれないが、これでもそれなりに考えて出した答えだ。おまえをひとりにして繰り返されるってんなら、それは面白くねえってわけだよ」
「繰り返される――?」
「そうだろう、エマが辿るかもしれなかった未来で、終末の魔術師が歩いた結果がこれだ。ひとりでいていいことなんかなんもねえよ」
秋が歩んだ結果――わざわざ確認するまでもない。詳しい事情は聖竜と言えど、彼のそれではないからわからない。だが、秋はひどく悲しんでいるし、ひどく苦しんでいる。
つまりこの聖竜がひとりでいればまたそういう結果になってしまうことを、精霊器は危惧している。
はたとその事実に気が付き、聖竜はそこではじめて秋を助けた後のことを想像した。秋を助けることに精一杯で、その先をあまり考えていなかったのである。
世界を背負うことになる次の存在はきっと聖竜だ。確信はないけれど、そんな予感はある。けれどそれは些末なことだった。今は秋を救うことだけが大事なことだったから。
しかし――いざ、それを指摘されてみると、納得いく答えは返せない。
ひとりになるのだろうか。
秋を救ったら世界はきっと――――なことになる。
その残った世界がどうなるのか、今はまだ確信が持てない。確かにひとりになってしまうのかも――しれない。
「オレは聖竜だけどひとりになったら、……秋みたいに苦しいのかな」
「それは知らん。けど、終末の魔術師はそうだったんだろう? それを近くで見てたのはおまえだし――それ以前に寂しく思うのに聖竜もなにもないだろう」
そういうものだろうか。けれど、ひとりで寂しい気持ちには覚えがあるかもしれない。
今まで感じていた焦燥感。今にして思えばそれは主を探す本能よるものと分かるが、あれは寂しさに似ているような気がする。身の内から焦がされるような感覚、熱くて苦しくて息も出来なくなる苦しさ。
あれが寂しさだというのなら、二度とは味わいたくない。
「どうするんだ」
キリギリスを宿した精霊器は問う。
もう名前も持たず、力もない聖竜を彼は「見過ごせば後悔する」とまで言ってくれている。その申し出を断る理由を、聖竜は持ち合わせなかった。
「――うん。ありがとう、あなたの申し出を、受けさせて」
聖竜は、決断した。




