第五十八話 「さいごのよあけ」
さて。
あの愚かで頭の足りない聖竜はほんとうに。
そんなことをさせると思うのかな、この僕が。
◆
終末の魔法が完成する日の夜明け前。
思っていたよりも島の様子は普通だった。窓から見える赤い結晶体にとくに変化はなく、地鳴りがしたり風がいやな感じに吹くこともない。
けれどそれは見ためだけだ。静かな終わりがそこまで来ていることを、幼き聖竜は感じていた。
終わりは緩やかだが確実に。
その終わりは、聖竜にとって大切な彼の心を壊すも同然のものである。
終末の魔術師の成り立ちを聞かされ、自分の正体を明かされ、おそらくその二つともがきっかけだった。
視界に入る、透ける緑髪は六日前くゆりと話したときよりも濃く、鮮やかになっている。六日間の中で、どういうわけか封じられていた聖竜としての記憶が鮮明になったことが起因するのだろう。
記憶は世界のはじまりからここに至るまでのすべてだ。
畳の上に寝転がって、その記憶をたどり理解するのに六日も掛かってしまった。聖竜は、その記憶のどこが間違っているかはわからなかったけれど、それでも、終末の魔術師を救う方法の検討はどうにか無事ついた。
あと少し。夜が明けるまで。――最期のときまで。
その最期を迎えるのに、できればぎりぎりまでこの部屋にいたかった。
ここは、秋の部屋。秋と聖竜が過ごした、小さな部屋。
身寄りがなく、自身の認識さえ危うい幼子だった聖竜をいやな顔ひとつせず、育ててくれた彼の部屋。
ことが終われば、この部屋に二度と戻ることはないだろう。
それは、秋も、聖竜も。
「――ああ、ここにいた」
ふと声がして、振り返る。黒い青年、キリギリスの精霊だ。
精霊器は聖竜を探してここへ来たらしい。彼が聖竜を探した理由はわからないけれど、息が上がったり発汗していたりしていないから、まっすぐにここへ来たのだろう。
「いくんだろう、もう、夜明けだ」
「うん、今、行こうと思っていたところ」
交わす言葉、それだけ。
精霊器が一緒に行く理由に疑問はなかった。彼とて知りたいことがあって、つけたいけじめがあるのだろう。
部屋を出てしまうのが名残惜しく思えて、できるだけゆっくりと立ち上がる。古びた障子を閉め、玄関までこれまた噛み締めながら歩いて下駄を引っ掛ける。
玄関を出たら、もう振り返らない。戸はそのまま、閉めた。




