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Re:you  作者: 日櫃 類
第五章 最期の魔法と世界竜
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第五十五話 「終末の聖なる竜」



   ◇





 深い緑、木漏れ日の落ちる地面には可愛らしい花が咲く。驚いて振り返れば、そこには木の小屋があった。ひどく、見覚えがある、光景。

 雨が降っている。しとしと、しとしと降り敷く雨。

 その雨と木漏れ日の作り出す光景はとてつもなく美しく、鮮やかで、――キリギリスのもっとも嫌な記憶を鮮烈に思い出させる(いろ)だった。



「――――――――」



 ここはあの日だ。弦楽器に宿った精霊が彼女と最後に過ごした場所。

 どういう仕組か知らないが、メグムの術だ。彼が精霊と精霊の主との最後をすべて見せようと言ったのだから、これは精霊器の記憶だろう。精霊自身の記憶ではこの雨の中、彼女が「ごめんね」と言ったところで、止まっている。

 だからこれはメグムがいうように、彼の器となった弦楽器が目の当たりにした記憶なのだ。

 それにしては手も足も認識できるような気がする。霊体とかそんな感じに、今の精霊はなっているのかもしれない。精霊はもともと世界の欠片だ。違和感はあるが、どこか懐かしさがあった。



 少し離れた場所に、目的の彼女はいた。

 長い時を精霊とともに過ごした童女の姿ではなく、十代後半から二十代後半の女の姿。彼女は水の滴る長い緑髪を垂らしていて、精霊の位置からでは表情までは見えない。

 ここが彼女との別れの続きだというのなら、すべての真相を知ることになる。

 彼女が誰かとの子を為したのか、彼女はいつどのようにして死んでしまったのか、それらすべてに答えがある。



 彼女は膝から力が抜けたようにかくんとその場にくずおれる。雨避けひとつない場所だ、彼女はさらにびっしょり濡れてしまっている。

 思わず駆け寄り、彼女に手を貸そうとするも、彼女に精霊は見えていない。当然だ。これは精霊の器の記憶、ここにいる彼女はすでに過ぎたときの姿なのだ。



「――――ごめんね、■■」



 精霊がびくりと震える。それは彼が彼女との最期に聞いた言葉と、同じ謝罪だった。彼女は精霊と別れたあとにも同じように謝っていたのだ。

 しばらくそうしてしゃがみ込んでいた彼女は、その辺に転がっていた弦楽器を拾うと、大事そうに抱えて小屋へ入る。精霊はそれについて、懐かしい小屋へと踏み入れた。

 見覚えのあるベッドに、サイドテーブルには飲みかけたそのままのカップがふたつ。精霊が彼女とともにすごした部屋の天井を、彼女は棒でこんこんと突く。すると、板が二枚ほどはずれ、屋根裏への入口が現れる。

 精霊はその場所の存在を知らなかったことを考えると、彼女はこの場所を隠していたのだろうか。童女の姿の時にこの屋根裏に背が届くとも思えないし、精霊がともに暮らしていた時は使っていなかった部屋なのは確かだ。

 彼女はぱたぱた水滴を零しながらも屋根裏へ上がり、精霊もそれに続く。

 屋根裏には小さな部屋があった。大きな窓と、小さな子供用のベッドと少しの玩具が転がるそこはまさしく子供部屋というのにふさわしい。



 ベッドの上には、真っ白い子どもがすやすやと眠っていた。



 真っ白い髪に、真っ白い肌。ほっぺただけはぷくぷくと幸せそうな桃色で、雨音を子守唄にすぴすぴ寝息を立てている。あまりにかわいらしい寝顔だったけれど、それ以上に――一体、いつ?

 その子どもの周りにはたまごの殻と思しき破片が散らばっており、彼女はそれを軽くまとめ、戸棚の上にある籠へ入れた。彼女に抱かれた子どもはよく見ると、白い蝙蝠のような翼が背に生えており、両手や両足にはわずかに鱗が見える。

 それで察する。その白い子どもは、弱虫で泣き虫で迷うばかりのくせにちゃんと立てる強さを持つ――自分の友人によく似ている。



 彼女はその子どもを抱き上げる。急に抱き上げられたことで、ぐずりだす子どもをあやすように身体を揺らす。ふにゃふにゃ泣いていた子どもは彼女の濡れた髪をぎゅうと掴み、含んだ水で子どもの手が濡れた。



「かわいい私の仔、あなたに名前はないの。私の名を、彼がつけてくれたように」



 白い子どもをぎゅうと抱きしめて、囁くように言う。



「あなたに、辛い運命を背負わせてしまうことを、どうか許して。ほんとうは私の役目であったけれど――でも、だいじょうぶ。辛くてもあなたを想ってくれるひとには、必ず出会えるのだから」



 白い子どもは、自分の顔へはらはらと涙をこぼす彼女の顔を見ては、首を傾げる。髪を離して伸ばした手が、涙に触れてまた濡れる。

 ふと、ぼんやりと眺めていた精霊器の意識は、足元がぬかるんだような唐突さで遠退いた。そこにいる彼女はどうしようもなくただ映されたもので、今声をかけたところで彼女に声は届かないことを、精霊器は察してしまっていた。







 場面が、代わる。






 またも、雨の降る森だった。

 小屋の外で一人たたずむ彼女がいた。その姿に息を呑む。

 美しかった緑髪は見る影もなく、真黒へと変化してしまっている。それでも彼女だとわかるのは、彼女の前にたたずむ長耳の女が、彼女を名で呼んだからだ。



「終末の聖竜。あなた、仔を世界に放したのね」

「ええ、もうずっとまえに。あなたが来るよりも、ずうっと前よ」



 長耳の女はさして興味もなさそうに、ふうんと森を見渡すだけだった。その女は、ひどく傷だらけで腕の一本、裸足の指はいくつか欠けている。髪も不揃いで、傷みもひどい。

 そのあまりに痛々しい姿に、彼女は目を細める。



「あなたがここへ来た理由は分かっているわ、シャルム」

「あら、よかった。そんなに髪を黒くして、役目を終えた終末の竜でも贅沢は言えないもの。エルフ(わたし)の魂を入れても壊れない器なんて、そうはないから」

「――――」



 長耳の女は力なくそこに座り込むと、息も絶え絶えにあえてひどい言い方ををする。怪我と一概に言ってしまえない程の傷だから、まともに喋れていることが奇跡に等しい。

 なぜあの女がそんな怪我をしているのか。ほんとうのところはわからないが、おそらく。

 ――終末の魔術師を探しての道中で、何かがあったのだと思う。



「そんなにわざわざ棘のある言い方、しなくていいのよ? シャルムは私の友達だもの。抵抗なんかしないわ、好きにして」

「……役目を終えたから、そんなふうに言えるの? わたし、今からあなたの仔もろとも世界を滅ぼして、やり直すつもりでいるのよ」

「そうかも。私はもう役目を終えて、ここで滅びを待つばかり。ううん、ほんとうは終えられなかったのよ。だから仔に託した」



 彼女は困ったように眉を下げて、でも後悔はしていないような清々しさで、少しだけ笑って見せる。その彼女を見て、長耳の女はいっそう表情を険しくする。



「わたしはそんなふうに強くなれない。苦しいのは嫌、寂しいのも嫌。……わたしに仔はいないけど、もしも自分の仔がこれから滅ぼされようとしているのなら、その障害をすべて取り除かないと不安で怖くて……堪らない」

「ええ、シャルムはそれでいいのよ。それがあなたのいいところで、あなたの優しいところだもの。気にしなくたっていいんだから」



 彼女は俯いて絞り出すように言う長耳の女の背を撫でる。なにもおかしなことはない、自信を持ってと――これから自分の身体を乗っ取ろうという相手に向かって。

 精霊器の記憶にある彼女の面影を残しつつ、けれどあんなにも大人びてすべてを受け入れたような彼女は知らない。知らないけれど、彼女が役目を終えたからそうだというのなら、彼にそれを信じない理由はない。



「そうね、それでも、私が落ち着いていられることに理由があるとすれば――私は私の仔を、信じているから、かもしれないわ」

「――?」

「だからだいじょうぶ。私の仔はきっと役目をやり遂げて、かつ幸せになるわ」



 それは。

 目の前の友人に対して、「あなたの願いは叶わない」と言ってしまうのとほとんど同義の言葉だった。

 当然長耳の女はすでに血とも泥とも判別のつかない汚れに塗れた顔を盛大に歪め、憎むべき相手を見るように友を見た。当然だ、長耳の女の心はとうに壊れている。それでも友人の前だから、かろうじてかつての心を取り戻しているに過ぎない。

 その友でさえ、敵であると……邪魔をするものであると認識したのなら、その被った皮はあっさりとはがれるであろうことは想像に難くない。

 その殺気を正面から受け止め、なおも彼女は微笑む。



「あなたの願いを叶えないとか、叶わないようにするとか、そういうのじゃないの。ただ、みんなが幸せになれる道を、選ぶの。だって、それが――」



 彼女の言葉を最後まで聞いて、長耳の女はそうっと殺気を引っ込める。満足したらしい彼女は緩やかに腕を拡げ、長耳の女をその胸元へ呼び込む。

 長耳の女は静かに涙を零した。一筋涙が頬を伝い、顎から落ちて消えるとき、女は彼女の首筋を噛んだ。命を吸い、その体の所有権を得る。体温を失った精霊器にとって愛しい彼女の身体は、再び温度を持たされる。

 長耳の女の身体は雨に溶けて消えて、そこにはもう、精霊器の知る彼女ではなくなった『彼女』が立っていた。

 静かにその森をあとにする後姿を見て、精霊器は終末の聖竜の存在を、思う。







 ――「終末の聖竜は、間違いを許すためにいるんだから」



 

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