第四十八話 「会いに行く」
赤い、光を見た。普段は咎狗衆のほかに誰もいないはずの墓場の島の中央から立ち上る赤い赤い光。それは天を衝いてすぐに消え去り、再び訪れた夜の闇はいっそう暗く思えた。
誰もいないはずのそこでそんなにも目立つものがあるのなら、原因を探しに行かなくてはならない。きっと普段起きない異常事態に島の住人たちは我を失っているだろうし、それの鎮圧に犲衆も鴻衆も手を焼いているはずだ。だから、あそこには自分が行かないと。
そんなふうに、役目を果たすための思考をする自分と、そうじゃない自分がいた。
確かに彼女は言ったのだ。――待っていて、と。だけれど、本気で信じていたわけではない。彼女は自分が救えなかったが故に水に呑まれていなくなってしまったのだから。
でも、と、胃に冷たいものが落ちる。今しがた感じた魔術の残響は、紛れもなくよく知ったものだった。
「秋」
ころころと鈴の鳴るような声に呼ばれて、はっと振り返る。唇に笑みを引いて、何もかも見透かしたかのように微笑む太陽色の髪の少女。なるほど、彼女はこうなることを知っていたらしい。自分が気付かないふりをして、アキラを向かわせ、自分はここにきたこと――彼女から逃げたことを、結局この魔眼の少女は知っていた。
「秋、行ってくるといい。六百年に、そろそろ片をつけたいだろう?」
ああ、と呟くように、口の中だけで音を転がした。
――リーゼ、リーゼロッテ。今度こそ。
懐かしい名前を何度も呼びながら、手を放してしまったことを何度悔やんだかわからない。今度こそ、手放しはしない、とかたく拳を握りしめた。
秋が屋敷を急いで飛びだした後。
「ひどいやつだ」
薄い緑の髪の男が、網戸の外に佇んでいた。男は長い襟足を指先でもてあそび、部屋の中にいる幼い少女を睨みつけている。
「ひどいだなんて、そんなことはないだろう。あれの待ち望んだ終焉だ」
「片をつけて、それでまた終わりのないこの世界を存在させ続けるんだろう。今度こそ、待つものも待たせるものもいない世界を」
男の糾弾するような口調に、少女は肩を竦めて見せた。
「そんなに言うのなら、救いをあげるがいいさ。なあ、聖竜。英雄をつくる聖なる竜よ」
「――ああ、そうだね。だけど、それはもう私の役目じゃあない」
見てみろ、この色の抜けきった醜い髪を。
苛立ちか、怒りか、そんなような感情を孕んだ男の態度にも、少女はさして動揺しなかった。口元に引いた笑みはそのまま、幼い見た目にそぐわない表情を崩すことは終ぞなく――
「さて、僕も仕事に戻るとしよう。おまえのような殺気を向けてくるやつの相手はしていられない」
男を追い出すように手を振り、控えていた女中が障子戸をぴしゃりと閉めた。男の舌打ちとともに、窓の外の気配は消え、雨の音だけが響く静寂が降りる。
「なあ、秋。愛しい女も救えず、世界も水に沈め、なにひとつ掬えなかった哀れな男よ――結局おまえは、どうするんだい?」
心底愉快気に紡がれたその言葉を聞き届けたものは、誰もいなかった。




