第四十四話 「十年」
日が沈むと、肌を刺す冷たさは増す。日があるうちもこの島の中に日溜りが出来ることはなく、この季節は過ごし辛い。もう少しすれば、そろそろ雪が降るだろう。雪は嫌だった。島の中に積もれば処理は大変だし、寒いし――、何より自分と同じ色が広がっているのを見るのが、嫌だった。
溜め息を吐くと、それは白い息だった。広場へ降り立つと、もう店がちらほらと開き始めていた。ここはほとんど毎日飽きもせず、夜になると皆々祭りのごとく大騒ぎをする。外へ出ることが許されないため、それくらいしか楽しみがないのだろう。
そうは言っても、酒が入れば荒れるやつもいる。そういうのは伝染して波及してえらいことになる。その前に止めるのも、仕事の一つだ。
広場は犲衆がすでにつけたらしい提灯や蝋燭の熱気が篭っており、冷えた肌がじんわりと感覚を取り戻す。早くも酔いどれの異形たちが遠くで楽しそうにしているのが見え、変わらないな、と思う。
「おおい、たすけてくださあい」
広場の端の方から間の抜けた声で、誰かが助けを呼んでいるのに気付いた。見ると、まだ小さな鴻衆の見習いが、三倍は差のある巨手の男に首根っこを掴まれている。その男の仲間と思しき巨躯に囲まれ、ぴえぴえ泣いていた。あの子は確か、数年前に生まれた頭領の子だ。最近見習いになったものの、ああしてからかわれることが多々ある。
周囲を見渡しても、他の鴻衆は見当たらない。なるほど、自分が行くべきか。
「おい、おっさんら。あんまりいじめてやるな、おっかない母上が飛んでくるぞ」
「おう、白いの。何もいじめちゃいねえよ――」
「泣いてんじゃないか、酔っ払い」
見習いをひょいと奪い返すと、手の甲から白い刃を長く伸ばし、腹の部分を男らの脳天に叩き落した。根は気のいい奴らなのだが、酔うと加減を失って仕方がない。
少し離れたところで、見習いを下ろしてやる。まだぴえぴえ泣く少年の目線に合わせてしゃがみ、袖でべたべたの頬を拭いてやる。
「ほら、泣くな。また母さんに笑われるぞ」
「うん……助けてくれて、ありがとう――アキラさん」
自分でも涙を拭き、笑顔を見せる見習いに、白髪の青年――アキラは少しだけ微笑んで、見送った。
混じり気のない白髪に、血のように赤い瞳を持った、体から刃を生やす少年・アキラがこの火螢の御島へやってきたその日から、実に十年が経った。先の見習いの子どものように泣き虫だったアキラはとんと涙を見せなくなり、ついでに表情も乏しくなった。これは、彼の刃が感情の揺り動きに左右されて現れることを主な原因とし、また育ての親の秋が表情の薄い男だったことも関係するだろう。
秋といえば、アキラは彼の身長を軽々と超えた。いっそう小柄さが目立つようになった秋は、それを指摘されると苦い顔をしつつ、アキラの体格をいいように使っている。――秋は、少しも変わらない。身長はともかく、幼い顔立ちも、声も、何も。髪や爪は伸びるようだが、それでもその姿を不老不死と呼ぶと知ったのは五年ほど前だった。
とはいえ、アキラにとってそれはどちらでもよかったし、むしろ秋がいなくなる心配をしなくてよいというのは単純によかった。ある程度、自分で生活できる力をつけると、秋は出て行ってもいいと言った。俺とわざわざ一緒にいなくてもいい、と。それをアキラは受け入れず、今も小さな秋の部屋で二人、生活している。出て行ってもよい、と言われても結局この島を出て行くことはできない。ならば、無理に一人になることもないし、ひとりにさせることもないと思ったのだ。
いつだか秋が名ばかりだ、と言った『螢守』の仕事も手伝うようになって、実際に名ばかりではないことを知った。犲衆や鴻衆の手が行き渡らないような細かい管理や島の治安維持にも貢献していたし、客人が来れば沙月の元へ連れて行くこともあった。客人の案内は本来犲衆の仕事なのだが、ここ数年は人手不足が祟っている。
アキラは、そうしてこの島で暮らしていた。




