第三十八話 「島の最上部にて」
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風が頬を撫でて、ぐしゃぐしゃに濡れた顔は冷える。少し瞼を開けると大粒の涙の膜がはがれて、視界が少しだけ鮮明になる。
長い夢を見せられていた。一人の男が自分の大切な人のために終末の魔術師を恨む夢。呪いというには、優しすぎる夢だった。前半は確かに心に刺さって嫌で怖くてでも目覚める方法もなくてくるしいだけだったけれど。
「――起きたか、秋」
枕元に座る男が秋の髪をゆっくりと梳いていた。秋は体は寝たまま、顔だけ男へ向ける。くすんだ緑髪が特徴的な、よく知った男。
「く、ゆり」
「ああ、くゆりだ。意識の混濁はないようでなによりだよ」
くゆりは着物の袖で涙でべたべたになった秋の顔をぐしぐしと拭き取る。腫れた目元が擦れて少し痛かったが、それを振りほどくことはしない。どうせこの腫れもいくらかしないうちに回復するから、今はくゆりの優しさをただ享受することにした。
「どれ、くらい……眠って、た?」
「さあ、どのくらいだろう。もう夜が明けるから、数時間程度だろうな」
ほら、と示すくゆりの指先を追えば、確かに東の空が白み始めている。かなりの時間、眠っていたようだ。住民たちは、島はと問うより早く、くゆりは秋の頭を軽く撫ぜて言う。
「住民たちに死人はいないよ、安心しな。最初から死ぬようなこたない。まがりにも創造主だからな、つくることには一級でも壊すのはへたくそなものさ」
「でも……みんな、すごい、怪我をして」
「秋? 忘れたわけではないだろう、この島の住民たちが単純な暴力で死ねるのならここに辿りつけてもいないよ」
それは――確かに、そうだ。けれど、そうだとしても、痛い思いをさせてしまったことには変わりがない。秋がこの島にいたから、秋を恨む人に巻き込まれてしまうことだって考えられたのに。
「これまでそうやって狙う奴がいなかったのは、単純な力不足だ。翼人族かはじまりの七種族でもなければこんな凶行及べまいよ」
くゆりはよいこらせと立ち上がり、着物や髪を風に靡かせる。
「さあ、秋。後悔ばかりに足を取られて起き上れないなんて、おまえには似合わないよ。おまえはそこでそうしている自分を許せる程弱くなれないだろう?」
なんて、秋を信じきった顔で告げられてしまえば、秋は立ち上がらざるを得ない。頑張らざるを得ない。全部自分のせいだと抱え込んで動くことをやめてしまえばいいのに――それを許せない自分をはっきりと認識させられる。
軋む手足に力を入れて、立つ。夏の匂いがするすこしひんやりした風が柔らかく秋の首筋を抜けていく。
「――――うん、許せないのは、いつも俺だ」




