第三十四話 「だって親みたいなもの」
広場以外では未だ歌を歌いながらすれ違うひとすべて傷つける呪いが有効だったらしい。広場に現れた黒尽くめの男が大量に引き連れてきているのがその証拠だ。
「くっそ、なんだこれ!」
「やあ、弦楽器。良い音を出すね」
「は? あ、翼野郎! お前の仕業か、これ!」
にこやかに迎えるレイロットを指差し、息の上がった黒男が悪態を吐く。良い音、と評されたように歌うたいの狂人たちはいささか動きが鈍い。男の奏でる音色が呪いを緩和しているらしい。
「そうだよ、まさか精霊器に相殺されるほど弱いとは思わなかったけれど」
「つーかおまえ、終末の魔術師を殺すって言ってただろ! あの野郎どこだよ!?」
「終末の魔術師なら逃げられてしまった。アキラが逃がしてしまったよ」
「はあ?」
弓をぶんぶんと振り回し、言いたいことを言いたいだけ言う黒男。レイロットは男の態度をさして悪く思っていないようで、歓迎は形だけではないようだ。
褐色のすらりとした指が男の横に座り込むアキラを示すと、そこで初めてそこにアキラがいたことに気付いたらしい。
「おまえ、アキラァ、逃がしたってなんだ! なんでだ、つうかおまえあいつの知り合いだったのかよ」
「あ、秋はぼくを拾って、くれたひとだって……言わなかったっけ……」
「聞いてねえわ、くそ!」
言ってなかったかもしれない。秋が白い少年の面倒を見始めたという話はなんだかんだと噂になっていたから知っていて当然だと認識していた。そうか、この男はアキラを秋と無関係と思っていたから助けてくれたのか。
なら今は。
「――で? この狂った歌うたいはなんだよ? あの野郎を殺すんじゃなかったのか」
「殺すさ。それ以前に、身を切られるより痛い痛みを思い知らせただけだ」
たぶん、秋が大切にしている住民たちを傷つけて見せたのは、彼自身にそういう経験があるのだ。秋を殺すことよりも、その傷を秋につけることを目的の重きにおいているとも見える。
男も似た類とすれば、その理屈に納得するのだろうか。大切な人と生き延びられなかった者同士、やはりそういう感情を抱いてしまうもの、なのか。
アキラに限らず、レイロットも恐らく同じ結論に至っていたはずだ。けれど、彼はまったく正反対の答えを出した。
「要するにこいつらは無関係なんだな。なら、賛同できない、納得しない」
「……へえ?」
「そういうのはおかしいだろ、関係ないやつを巻き込んで苦しませて殺したところでまた同じことの繰り返しだ。エマはそんなの望まないし、おれもしない。ぶっ殺すのは終末の魔術師ひとりで十分だよ」
そうして、男は弓の先をレイロットへと突きつけた。おまえの考えには賛同しないと言われたにも関わらず、レイロットは嬉しそうだ。
ただ、嬉しかったのは彼の言葉というより、ある単語に対してだ。
「うん、そうだね。エマは望まないだろう、あの子は純真無垢、優しさの塊だからな」
「そうそう、エマは優しいからな――って、は? おまえ、エマを知ってんのか?」
「ああ、知ってるとも。最初に言っただろう、おまえとも、オレは初対面じゃないと」
あの意味はまったく考えなかったのか?
話についていけていないアキラであるが、エマという名が男にとって大切なものであることだけはかろうじて分かった。それはレイロットの姉であり、くゆりにとっての秋であるような、きっとそんな感じの。
男はぐ、と押し黙る。図星らしい。
「いいや、考えた。でもあの森はどこでもない場所だった。外部からの侵入者はない、出ることもできない閉ざされた場所だ。――おれはおまえに会ったことがない。エマを知るのだって、おれだけのはずだ」
黒の男は目に見えて動揺している。表情を険しくし、レイロットを睨む。
「閉ざされた場所、というのはそうだな。あれは一種の防衛機構だ。だけど、おまえのその話の中でおかしいことがあるだろう?」
「……な、なにがおかしい」
「おまえがその弦楽器に呼ばれる前、そのエマのことまでは知らないだろう?」
目を見開く男に、レイロットは満足げに続ける。
思うに、男はそのエマから自分と出会う以前のことを聞かされていなかったのではないか。閉ざされた場所がどんな場所なのか、どこにあるのかは知らないけれど、そこは最初から閉ざされていたわけではない。
「エマはあそこでひとり、終末を待つためにいた。――まあ、どこかの誰かのせいで望まない終末が訪れてしまったけども。あの子がひとりなのを見かねて、オレはプレゼントをしたんだ。丹精込めて作った、ある楽器をね」
いつ訪れるかもわからない終末。その役割すら自覚できていないエマを哀れに思ったのだという。在り方すら大きく変え、もうレイロットの知る友ではなかったとしても、彼の中ではずっと友人だったから。
がっき、と黒の男が呟く。額を汗が滴り落ちる。
「そう、楽器。オレは翼人族だからな、ものをつくることは得意だ。ひとり時間を潰すために楽器はいいだろう? いろんな音を無限に繋げて、奏でられる。ひとつ誤算は――まあ、結果として悪いものでもなかったけど、エマがどうしてか精霊器を作れてしまったこと」
あとにも先にも精霊器はそのひとつだけだったから、ほんとうにただの偶然なんだろうけど、とレイロットはくるくる指先で空中に円を描きながら話す。
対して黒の男。あの水辺で、おかしな歌の中で、弾き奏でていた楽器を握り締めている。あるいは壊してしまいそうなほど――きつく。
「言っただろ、おまえはほかの精霊器とは違う。それは何も精神的な話じゃない。文字通り性能が違うんだよ、おまえは。創世の翼人族に作られて終末を救うはずだった聖なる竜によって呼ばれた精霊器なんだから」
よかったな、と余裕に満ちたレイロットの声。
ほんとうに、この翼人の余裕は達観している。アキラには自分を傷つけられまいと確信していて、黒の男が賛同できないといったところで関係が無い。反抗期を迎えた我が子を宥めるくらいの、そんな心持でいるのだ。
「それで? どうするつもりだったのかな、弦楽器。この惨状をエマが望まない、望まないからオレを倒すつもりだった?」
「――――ッ」
「作り主に牙を剥くのは道具としての本能に阻まれるんじゃないの、とか野暮なことは言わないけれど。でもよく考えて、おまえの大好きなエマと出会うための身体は誰が与えたの? 終末の魔術師への報復が気に入らないから邪魔をするのはおおいに結構、だけどほんとうにそれをする価値があることか?」
ゆっくり説き伏せるように、ひとつひとつの理由を洗い出していく。たぶん、それは反論のしようがないくらいに正論、なのだろう。少なくとも黒の男にとっては流せないことなのだ。
このままここにいてはいけない、と直感した。アキラは喉笛を突ける以前に白刃が出せない。男の奏でる音色で動けない状態は脱せたが、今度は男の足が止められてしまう。あの語り方はだめだ、このまま聞いていたらこころが先に壊れる。そんな、予感が在った。
だから――
「ん――まあ、それもいいだろう。オレはあと半日はここで待っていよう、終末の魔術師のほうもそれだけ経てば結果が出るだろうからね」
黒の男を連れて、逃げ出した。




