第二十九話 「世界をつくったひと」
以前の世界を創ったのは、臆病な翼人たちだったという話を思い出した。
彼らは、些細なすれ違いから互いを滅ぼさんとする二つの種族を止めることもどちらかの味方をすることもできなかった。それを悔いて愛しい友や自らの姿を模したヒトたちの世界を創り上げた。
それを最後に人の世に干渉をすることはなかったというが――他の種族はどうだったのだろう。
海底の底で傍観を決め込んだという人魚族に、同じく口を挟まなかったという聖竜族。彼らは戦いによって数を減らすこともなく生きたはずだ。いや、その後にゆるやかに減っていったのかもしれないが。
「人魚は知らんが、聖竜はわりと積極的にヒトに関わっていたらしいな」
珍しく、散歩を咎めることのなかったメグムがそんなふうに答えを寄越す。
黒々とした弦楽器に手入れをしている今、キリギリスは妙に居心地が悪かった。この日も勝手に外を出歩き、白い少年に奏で聴かせてきたところだ。それを咎めるどころか、こうして丁寧に異常がないか確認されているというのは違和感と言うしかない。
わざわざ口に出して怒りを買うのも本意ではないから、黙っているが。
「積極的に関わるって、なんで? どうやってだよ」
「聖竜も友らを見殺しにしたのがよほど堪えたんだろうよ。はじまりの世界は誰が欠けていてもうまく回らない、ひどく依存しあう寂しがりの集まりだったんじゃねえの」
だとすれば、最初のすれ違いの時点でどうにもならなかったのだろうか。
いつか訪れる別れの寂しさをどうにかするために研究を尽くした妖精族と、大切なことを隠された寂しさ故に問い詰めた巨人族。お互いを想っての結果が周り全てを巻き込んでの破滅というのなら、なにひとつ報われることがない。
「新しい世界――水没した旧世界で名を上げた英雄や歴史の転換点になる重要人物ってのはその都度二、三人いるものでさ。そいつらが争い、勝ち残った思想や信念がその時の正義になるわけなんだけど」
「まあ、そりゃそうだろうな。勝つってことは支持されたってことだし」
「そう。で、そういう英雄を支え、そのときの歴史の転換点の頂点へ押し上げたのが聖竜なんだと」
はて、どういうことだ。言っている意味がよく分からないキリギリスは首を傾げて、眉根を寄せる。メグムは弓を丁寧に拭きながら、説明を続ける。
「聖竜は別名『語り部』とも言われていてさ。確定した歴史を、自らが信じた英雄を主人公に語る。だからその時々、英雄になり得る可能性がある人物の分だけ聖竜は生まれて、それぞれひとりを主と定める。あとは簡単だ、自分の主が勝てるように力添えをするってわけ」
「ふうん」
確かに、積極的に関わっていると言える。
聖竜に認められ、その時代を制したヒトが英雄となる。英雄を成した聖竜はその亡き後に巣へと帰り、次の子を作るのだという。そしてそれまでの長い長い歴史を語って聞かせ、世界の在り様を後世へ伝えていく――故の語り部。
「まあ、最初から聖竜って数が少ないらしいんだよ。ほかのはじまりの種族が俺たちと変わらないカタチをしていた中で唯一違ったからかもしれない。だから在り方の変性も簡単だったんだろう」
「てことは、聖竜が英雄を作る立場になったのは旧世界になってからなんだな」
「ああ。はじまりの世界には英雄はいらなかったからな」
旧世界になってから、聖竜はヒトと同じ姿を取るようになったという。まぎれるように、弾かれたりしないように。
「まあ、色が特徴的だから知っていればすぐ分かるけど」
「ふうん、色か」
「というより、はじまりの世界は種族ごとの色があったんだよ。それらをぜんぶ混ぜたから以降のヒトは見た目に分かるほどははっきりしなかっただけで」
一番わかりやすいのは翼人族だな、とメグムは続けた。
「白い大きな翼に、白髪褐色赤い目。な、分かりやすいだろう」
「は? それって――」
あまりにも覚えがありすぎた。それも最近、ついこの間、ここへ来た二人組がそんな姿だった。
「キリギリス」
答えを口に出そうとして、メグムの呼ぶ声に留まらされる。メグムは荒れた指を唇に当て、言外に黙っておけと示す。
その意図まではキリギリスに分かる筈もなかったが、珍しく強制力があってそれ以上を問い詰められなかった。ひとつ分かったのは、あの同類と思えた青年はもっと、空恐ろしいものを腹に抱えているのではないか、ということだけだ。




