第二十話 「雪は止む」
雪はほとんど積もらず、春の雪らしく儚いものだった。
意識を切り離してしまった精霊器は少しばかり落ち着いた。ごっそり、それはもうごっそり切り離してしまったのがイノリなので、あまりの変わりように最初は珍しく盛大に反省した。だが、よくよく話してみると秋に対する恨みは消えておらず、今もメグムと契約をするのは断固拒否だというから、どちらにしても悩みの種である。
どうも、あの日見た夢が彼のその態度に関係しているらしく、よほど思うことがあったらしい。
本契約はしないが、メグムが死ぬほど苦しいような魔力の吸い方はしないと約束し、実際それは守られているようだった。
「イノリ」
「おう、どうした、主」
「どうしたもこうしたもないだろ。……刃毀れ平気か」
見せろ、とばかりに手を出すメグム。
客人の相手を終えたメグムはまっすぐイノリのところで来てとりあえず拳骨をかました。容赦のない一撃に悶えるイノリにメグムはまず精霊器への監督不行き届きを怒り、秋に対する無礼を怒り、最後にもう一発拳骨をかました。
――「それよりも、イノリ。あんまり使うなよ、ただでさえおまえは刃毀れしやすいんだから」
と。あきれ交じりに言われてしまえば怒られることに胃を痛める自分の狭量さを恥じ入るのみだ。ほんとうに、この主はこの世界に置いておくには実に惜しい。すでに新しい精霊器を作るすべはないが、この男に作られたのであれば、それはとても幸せなことだっただろう。ほかに代わりがいないからしている今でさえ、これほど真摯なのだから。
「おまえに壊れてもらったら困るんだよ、イノリ。大事にしろよ」
「ああ、わかった、主よ」
くすみひとつないことを確認したメグムはあくびをしながら自室へと帰っていく。その絵を眺めているなかで、ある懐かしい声が脳裡に響いた。
――「私はおまえたちを終の器にすることはない」
――「けれど、この私が作った最高傑作であることには変わりない」
――「きっと必要としてくれる、誰かの手に渡る日が来る」
世界に誰もいないような気分になれるから雪は好きだといった寂しい女は、本当に終ぞ自分の作った精霊器と心を通わせようとはしなかった。数十、数百と作り続け、そのすべてを売り払い、生活するだけの器量を持った彼女。
今、彼女の思惑を図ることはできない。彼女自身も最期まで語ることはなかった。彼女がその態度を崩すことがなかったから、イノリには唯一の主が彼女であってほしかったという思いはあまりない。たぶん、兄弟の中でもいっとうないだろう。
そんなイノリにとっても、まさしく終の器でほかの穢れを許さない精霊器の姿はとても眩い。
あれこそが精霊器の本懐。
あれこそが精霊器の幸せ。
あれこそが――精霊器のあるべき姿。
たぶん、そんな熱にあてられて、そんな言葉を思い出してしまった。
思い返してみればメグムはたいそう大切にしてくれて、その心地よさを知ってしまった。終の器になれなくてもいい。必要とされるまま、その力を主のために使いたい、と思ってしまった。
それができたら、あの寂しい女も少しは、笑って、喜んでくれるのだろうか。
――――たとえばそれが、世界そのものを犯すことだったとしても。




