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ラトル・ライダー Rattle Rider  作者: セイブマツナガ
第一章 : ディストリー・タウンの少年ラトル
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第三話 This charming man


ラーズ・トウェイン。その家の黒人奴隷のリタ。この二人に出会いながら井戸の水を汲むだけで、ラトルの半日は終わった。


残りの半分は、ウェンディにどやされ、スーキーについて行き、各家を回り、身寄りの手かがりを探し、ウェンディにどやされ、新聞の迷子欄に寄稿する旨の報告書を届け、ウェンディにどやされて終わった。




ラトルはガラガラヘビの力について、ラーズという少年がどれほど町の人々に喋ってしまったのかを考えると、眠りにつけなかった。


どうしてもあの少年に会わなくてはならない。会って、これ以上威嚇音について何も言わぬよう説得するしかない。そう、説得するしかない。


さもなくば、自分は恐ろしい子供として、不気味な子供として、このディストリーの町を追い出されてしまうに違いない。


そうなればいったいどこへ行けばよくて、誰を頼ればいいのだろう。


西部の荒野でひとりぼっちになるのは、死ぬことと同じだという事実ぐらいは、昨日生まれたばかりのラトルにでも分かることだった。


ラーズを説得してこの町で生きていく為には、明日早く起きて、井戸でリタに会って、トウェイン宅に寄ってから彼を呼び出すのが良い。


そう決まると、ラトルの身体はすぐに眠りについた。当然ながらラトルはクタクタに疲れていた。




さあ、いよいよ勝負の朝だ。ラトルは目が覚めるとすぐにバケツを持ち、駆けて行った。


井戸ではなく、真向かいのトウェイン宅にである。 外の奴隷小屋へこっそり入ると、素っ裸で眠りこけているリタを揺さぶった。


リタは目覚めると、驚きの悲鳴をあげる前にバケツを持たされ、井戸へ引っ張られていった。間一髪、一糸ぐらいは纏うことが許された。



熱心なディストリー井戸端評議会の新人議員により、思わぬ朝を迎えたリタは、早速二人だけの議題を持ち込まれた。


「リタ、ラーズの奴はどれぐらい喋ってた?」

「ん……? ラーズ坊ちゃん……?」


「寝ぼけるなよ、この音について!」

ラトルは腰に手を当て、骨盤の形をなぞると、お得意のあの音を小さく鳴らした。


「うわわわっ! やめてーっ!」


抱きついてきたリタの、ほとんど裸の褐色の肌は柔らかく、ラトルはこうなることを期待した自分を発見した。リタといると何故か悪戯をしたくなるのだ。


「ラ、ラーズ坊ちゃんなら多分誰にもお話ししてないと思うな……普通、坊ちゃんはお食事の時その日のことをぜーんぶ、二回ずつぐらい喋られるから」


思わぬ展開に、ラトルは安心しつつ驚いた。


「ほんとに? ほんとに誰にも言ってないんだね!?」


「さ、さあ……わたしもお仕事があるから、ずっと坊ちゃんを見てた訳じゃないの……」


ラトルは急に不安になり、当初の計画を進めた。


「な、リタ、ラーズに会わせてくれよ! 直接会って説得したいんだよ!」


リタはおおよそ全てを察した。


「だめです。あんな説得の方法なら会わせる訳にはいきません!」


「大人しく話するだけだよ! ほんとに! 誓ってもいいよ!」


リタは少し驚いてくすくす笑った。


「坊ちゃんもよくそう言うのよ。" ほんとに! 誓ってもいいよ!" いっつも守らないけどね。ふふふふっ」


ラトルは少しばつが悪くなり、それでも下手に出て頼み続けた。バケツをトウェイン宅まで運ぶことと、ガラガラヘビの女王とやらについて思い出したら話すという条件で、この議題は可決された。


バケツ二つは重かったが、ラーズの説得への決意と、半裸のリタの予想外の美しさで、苦ではなかった。




ラトルは無事運び終えた重いバケツをリタに渡し、トウェイン宅の裏の柵でラーズを待った。


リタは奴隷小屋から鏡を持ち出し、二階の窓へ向かって光を集め、手で三回その道を遮った。


程なくしてラーズは二階の窓から、その真下の奴隷小屋の屋根をつたって降りて来た。両親に見つからずに降りてくる要請を受けたためだ。


「よ、よう。」


昨日のこともあり、ラトルは不慣れなつっぱり方をした。


幸運にも西部の男の子の和解の作法に関する資料が手に入ったのでご覧いただきたい。


「ようじゃねぇ。おれはラーズってんだ」

「よ、ようラーズ。おれはラトル」

「ラトルか。で何だ、やるのか」

「やろうと思えばいつでもやれるさ」

「じゃあ今やってみろよ。やれるんだろ」

「おおいいとも。でもその前に話があるんだよ」

「何だよ、やれねえんじゃんか」

「やれないんじゃないさ、やらないんだ」

「じゃあやってみろよ。やれるんだろ」


この時、どちらにもやる気は無い点にご注意いただきたい。


「やるさ。そのうちやるさ。今は話そうぜ」

「そのうち? そのうちっていつだよ」

「そのうちはそのうちだよ。話聞けよ」

「いつでもいいけどよ。何だよ」

以上が西部の男の子の和解の作法である。




「なあラーズ、おまえ、ガラガラヘビの音について誰かに話したか?」


長く退屈な作法を終えて、ラトルはようやく本題に入った。


「おまえって言うなよ。……まだ誰にも話してないぜ」


「ほんとか?」


「ほんとだよ」


「ほんとにほんとか?」


「ほんとにほんとだよ」


あなたの好きな数「ほんと」を繰り返してもよい。この二人が飽きれば次のステップへ進む。


「このことはおれたち二人とリタだけの秘密ってことにしよう」


「おれたちだけの?」


「そうだ、おれたちだけ。どうだ?」


「こりゃいいや、おれもそうしたかったんだ」


ラーズの思わぬ態度に、ラトルは驚いた。


「おまえ、その音は凄い超能力だぜ。その力さえあれば、どんな大人だってびっくりさせられるんだ」


「そうなのかな。そんな風に考えたことなかったけどな」


「いやいや、凄いったら凄いんだよ! おれが言ってんだから凄いんだよ」


「分かったよ。じゃあ秘密だ。誓えるか?」


「ああ誓えるぜ。待ってろ、リタ呼んでくる」


思いの外トントン拍子に話が進むので、ラトルは疑わざるを得なかった。


ラーズが騙す気でいるのか、ラトルの中でラーズを悪い奴にしてしまっていたのか。


間も無くリタがやって来て、トウェイン宅の裏の柵に三人が集った。




ラーズは親に買ってもらったお気に入りのナイフを見せて誇らしげに言った。


「こいつはおれの愛刀、ムーンリット・ウイングだ。今からこいつに誓ってもらうぜ。」


そう言うと、ナイフを三人の中央に突き刺し、右手をあげるように命令した。


「おれの後に続けて言うように!」


ラーズは小声ながら男らしく言った。


「これは "ピーチガーデンの誓い" 作法なんだ。中国人の友達のパンファンに教えてもらったんだぜ」


「これはピーチ……」


「まだだよバカ! ……ごほん、こっから後だぞ」


とぼけたラトルを制しながらラーズは誓いの文句を述べた。


「我ら天地に誓う! ……そら」


ラーズの真似をして二人が続ける。


「我ら天地に誓う!」


「我ら死す時は違えども……」


リタは少し笑いながら二人が続ける。


「我ら死す時は違えども……」


「願わくは同じ日に生まれん!」

「願わくは同じ日に生まれん! ……何で同じ日に生まれるんだよ、おかしいよ」


「バカ、そりゃ、えーと、こっからだよ!」


この場では、ラーズが間違っているはずはなかった。


「我、らの……秘密! は、ここに、えー、生まれ……」


たどたどしいアドリブに二人が続く。


「我らの秘密はここに生まれ……」


咄嗟に思いついたラーズは自信満々に締めくくる。


「秘密が死す時我らも死なん!」

「秘密が死す時我らも死なん!」


ラーズの見事な監修の元、無事にピーチガーデンの誓いの作法は終わった。三人はこの誓いを、「裏柵の誓い」と名付けた。



誓いを立てればもはや家族も同じである。


そもそもラトルとラーズは決闘と和解を経ており、並大抵の出会い方よりもお互いを知ったのだった。


ラトルとラーズとリタは、同じ日に生まれることを願う義兄弟となった。


その日からは、ラトルは毎日ラーズと一緒に遊ぶようになった。



ラーズは悪戯の天才で、ラトルの威嚇音をふんだんに大人達への悪戯に使った。


学校に通う悪ガキ仲間を遊びに連れ出すために、授業中にラトルの力を使い、日曜日のミサを早く終わらせるためにラトルを使い、雑貨屋の飴玉をくすねるためにラトルさせた。


ラトルはこれらの悪戯が非常に楽しかった。ラトルが主導で行うこともあった。リタの件からも分かるように、ラトルも典型的な西部の男の子だったのだ。



ラーズという少年は、所謂ガキ大将である。ラーズとよく遊ぶことで、ラトルは悪ガキ仲間に顔が売れた。


西部の小さな町での悪ガキの条件とは、複雑にして単純である。


ビリー・ハンスというガキは、セミの抜け殻とトカゲの尻尾を大量に集め、ラーズに献上したことで悪ガキの称号を得た。


ジムという黒人のガキは、カエルを飛ばせて飛距離を競う神聖なる競技において目覚ましい結果を残したことで悪ガキの称号を得た。


エドウィン・ポーターという元・悪ガキは、喧嘩もカエルも強くお宝を多く所持していたが、ウソをついてパンファンを貶めたことから、悪ガキの称号を失った。


このように悪ガキとは、独自の文化を持つがこれといった法則のない者たちであった。共通点といえば、町の鼻つまみ者であるということぐらいだ。



ラーズは常に悪ガキの中心にいた。というよりは、ラーズが歩くと右に左に悪ガキが寄ってくるので、ラーズを目とする悪ガキ台風が自然と出来上がるのだ。


しかしこの中にいても、ラーズは決してラトルの秘密を喋らなかった。


黒魔術に詳しいジムの魔女の話に張り合う時にも、必ずラトルの件は黙っていた。


ラトルについて質問攻めを受けても、ラトルの件は黙っていた。


ラトルと遊んで遅く帰った時、両親から大目玉を喰らう時でも、決してラトルのせいにはしなかった。


ラーズは信用できる良い悪ガキだった。ラトルは次第にラーズの一番の親友になっていった。


ある日、隠れんぼという神聖な競技が開かれた。ラーズとラトルは鬼という身分となった。この世からしばしの間姿を消し、天国へ召された子供達を、再び下界へ引きずり下ろす役目を担うのだ。


全員が召され終わり、二人がその召され場所を探し始めた。


すると突然ラーズは辺りを見渡し、人目のないのを確認してラトルに小声で話した。


「おいラトル、おまえちょっと舌出してみろよ」


「なんでだよ」


意味も目的も不明のラーズの作戦に戸惑うラトル。


「おまえガラガラヘビの力があるんだろ、よくヘビは舌出してチロチロやってるぜ」


「あれ何か意味あんのかな」


「あれはな、隠れた獲物を見つけるための儀式なんだよ」


「ほんとかよ、べ」


ラーズに言われるまま、舌を出すラトル。


「な、皆がどこに隠れたか分かるんじゃねえのか」


「はかんないよ」

恐らくラトルは「わかんないよ」と言ったのだろう。


「バカ、舌は出しっ放しにしろよ、べ」

ラトルだけが怪しまれぬように、二人して舌を出す。


悪ガキはヘビをよく観察していた。良い子と違い、ヘビの出るような所で遊ぶからだ。


悪ガキの大将ラーズと親友になったことが、ラトルの能力を引き出したのだ。


ラトルは、舌先がだんだん違うものになっていく感覚を覚えた。


「ほい、はんかへんだよ」(おい、なんかへんだよ)


「はかるほか!? やっふぁおまへふげぇよ」(わかるのか!? やっぱおまえすげぇよ)


ラトルの舌は、はるか先の匂いを捉えた。更にサーモグラフィーのように、温度の差が如実に分かるような感覚を得ていった。


「はっち、くはといはのはいだ」(あっち、草と岩の間)


「ほんほか! ひょし!」(ほんとか! よし!)


果たして、草と岩の間にはビリーが隠れていた。


こうしてラトルの思わぬ能力、異常嗅覚と赤外線感知は、ラーズによって発見された。



その日の夕暮れ、ラトルはラーズに言った。


「ラーズ、おれ、多分ほんとはヘビなんだよ。あの日、荒野で倒れてたあの日に人間になっちゃったんじゃないかな」


ラーズは真面目に受け止めた。


「おれもそんな気がするよ。だけどおまえの肌は鱗じゃないし、ネズミを捕って食わねえだろ」


「じゃあガラガラヘビに噛まれて、そいつの仲間になっちまったのかな」


「それだぜ多分。お前はガラガラヘビ人間なんだろうよ」


悪ガキの価値観において、「ガラガラヘビ人間」は英雄と同義である。「毒グモ人間」でも「ガイコツ人間」でも同じだ。


しかしラトルには、ラトルにだけは、あの風景の生い立ちが分かり始めた。


どうしてハイエナに囲まれて無事だったのか。


倒れていた場所にあったというグズグズの肉片は何だったのか。


ガラガラヘビには血を溶かす毒があるという。



(まさか……まさかあのハイエナ達は……僕が……?)


俄かにかき曇るラトルの表情を見て、ラーズは心配そうに尋ねた。


「おい、おい! 大丈夫かよ? ガラガラヘビ人間ともあろう奴が? 明日からもっと他に何かできないか探してみようぜ」




ラトルはしばらく黙った後に、一番聞きたいことを尋ねた。


「ラーズ、おまえ、おれが、おれがな……もし、もしも……」


上手く言葉が出てこない。


もしも、おれにガラガラヘビの毒があって、ハイエナだって人間だって溶かせて、そんな人間だったら、おまえ、なあラーズ、おまえ……。


自分の能力も恐ろしかったが、ラーズを失うかもしれないことが、ラトルにとって、いつの間にかそれ以上に恐ろしいことになっていた。


「そうだよな、悪かったよ」


ラーズが突然口を挟む。


「ガラガラヘビの力のこと、あんまり探らない方がいいよな。お前の気持ちも考えてやるべきだったぜ、おれとしたことが!」


ラーズの言葉にラトルは不意をつかれ、キョトンとしていた。


「いいんだ、お前に任せるぜラトル! もう今の力でも充分何かやらかせるんだし、誓いは守る!何も焦ることはねえよ!」


ラーズにとっては、楽しみを先までとっておくぐらいの意味合いしかもたないこの発言が、ラトルには存在の承認書類への印鑑だった。




ラトルは、ラーズ・トウェインの名前をしっかりと胸に刻み込んだ。


「あ、あ、ありがとう……ラーズ……」


ラーズ・トウェイン。

生涯の友にしようと決めたこの名前を、あの夕日の真っ赤な文字で身体の全てに刻みつけた。

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