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ラトル・ライダー Rattle Rider  作者: セイブマツナガ
第一章 : ディストリー・タウンの少年ラトル
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第二話 Westside manners are extra


「僕はラトル」

「僕は荒野に転がっていた」


「ガラガラヘビに噛まれて、世界がぐらぐらした」

「ハイエナが周りにいたらしい」

「気がついたら、スーキーさんに助けられた」

「周りには変な肉片が散らばっていたらしい」

「それより前は思い出せない」


ラトルは小声でブツブツ言った。


「スーキーさんがしばらく僕のお父さん」

「だからウェンディはしばらく僕のお姉ちゃん」


この独り言で、ラトルは自分の頭の働きをチェックしていた。どうやら正常に働くらしい。


「それから……それから僕には」


この独り言で、ラトルは自分の身に起きた変化を改めて確認した。


「ガラガラヘビの音が出せる……」


腰に手を当て、骨盤の形に沿って軽くこする。そうすると、ガラガラヘビの威嚇音が出せるのだ。どうやら夢ではなかったらしい。



さて、ラトルという名の少年にとっては初めての朝が始まった。ラトルの新しい父はまだ起きてこない。ラトルの新しい姉は今起きた所だった。


「ふぁ……。あ、おはよう"ブラウニー"」


すっかり忘れていたがウェンディはラトルのことをブラウニーとしつこく呼ぶのだった。

しかし特に頭に入れておくこともないので、ラトルは挨拶を返すだけにした。


「水、汲んで来て。家出て左に井戸があるから」


ウェンディは新入りの使い方にかけては天才的だった。人を顎で使うことを生まれながらに知っていた。


「うん。行ってきます……お姉ちゃん!」


少し慣れない呼び方だったが、ラトルは勇気を出して言った。この勇気は報われ、この高慢な天才女主人の頬を少し赤く染めることに成功した。


西部の土地は、ひどく乾燥する。おおよそ井戸の周りに主要な施設が出来、町となる事が多い。ここディストリー・タウンも例外でなかった。


この井戸は、黒人奴隷や中国人労働者のコミュニティの中心であった。早朝にここへ集い、井戸の順番を待つ間に会議が開かれる。主な議題は、各主人の口癖の確認や、黒魔術、ヴードゥー、易経等に基づく雑学である。


今日もイモリの尻尾のもたらす若返り効果についての議題で会議が盛り上がる中、新人の議員が到着した。彼は挨拶をし、井戸の順番を待つ議席へつく。

「おはよう、僕ラトルです。皆しばらくよろしくね」



晴れてディストリー井戸端評議会の議員となったラトルは、早速、質問攻めにあった。ガラガラヘビに噛まれた時の様子、そこから無事である秘訣、ハイエナに帰ってもらう方法などについて細やかな質問が矢継ぎ早になされた。


ラトルは各議員の名前も知らぬままに、質問に対し「分からない」を返すのだが、これは新人の態度としてはまずかった。


こういう時、評議会の精神を持つものならば魔女の存在や自然の息吹を存分に語り、尚且つ真偽の程をぼかすべきなのだ。


早くも「大人しい子」という最大の不名誉な称号を頂戴したラトルは、その称号を共に戴く少女を紹介してもらった。


「……わ、私、リタです。初めまして。トウェインさんの家で仕えてます」


ラトルと同じか少し下に見える少女は、その褐色の頰を少し赤く染め、ラトルと握手を交わした。



リタは、井戸端会議の閉会式にて、ラトルについてのもっと面白い話を聞き出す任務を与えられ、二人で帰路についた。


「……あ、あの……」


「な、なに? ……えっと、リタ、さん……」


相手が恥じらうと、何故かこちらも緊張してしまうものだ。長い沈黙がこの間にあったことを特記しなければなるまい。


「……帰り道、同じですね……」


見れば分かることをこんなに時間をかけて話すのがこのリタなのだ。


「う、うん。トウェインさんの家はどこなの?」


「えぇと、あそこ……です……」


そのか細く少し荒れた指が指し示したのは、スーキー保安官事務所兼住宅の真向かいの、二階建ての家だった。


「あ、じゃあお向かいさんだ! 嬉しいなぁ」

との、ラトルのこれは失言であった。


「え…………」


長い長い沈黙を呼んでしまったラトルは、朝の西部の町の静けさを知った。

遠くの風の音が聞こえてくる。隣を見れば俯いたリタ。


これを招いたのが先ほどの何気ない一言だとは砂埃ほども思えなかった。二人の裸足が砂地を滑る音に、ラトルは耐えられなくなっていった。


ここでラトルは、とある一計を案じた。この意地悪な作戦は、彼の名前がラトルになる前の性格がもたらしたのだろうか。


「その…………わ、わたしも……」


消え入りそうな声でリタが何かを言おうとした時、あの音がかすかに鳴った。


ジャララララ……ジャラルルル……


「うひゃああっ!?」


近くで聞こえたガラガラヘビの威嚇音に驚いたリタは、両手を上げて飛び上がった。


バケツは宙に舞い、水は虹を作り、ラトルは涼を得た。すぐに人肌の暖も得た。


リタはラトルに抱きついたまま、涙ながらに震えていた。ラトルも男である。女の子にイタズラをしかけ、このような反応をされては、堪らない。


名前がラトルになる前、いや、生まれる前に、性別がオスに決まったその時に、このような場合には快感を得るように決まっている。


「へへ……お、落ち着いてよリタ。実はね……これ、僕が出してんだ」


「うううう〜っ……へ?」


緊張と緩和がもたらす間抜けな一声に、ラトルは吹き出しながら続ける。


「ほら、見ててよ」


ラトルは、例のやり方で威嚇音を自在に鳴らしてみせた。無自覚ではあるが、音量を下げていたので、周りの人は気付いていない。悪戯心は力の使い方を覚えさせる。


「じゃ、じゃあ……ラトルが……?」


「うん、何かヘンだよね、あははっ!」


「も、もう〜っ!!」


日頃からディストリー井戸端会議を聞いていたリタは、すんなりとこの異常事態を受け入れた。



この一連の「イチャつき」により、水を汲み直す必要が出来てしまった。ラトルは当然の罰として同行した。


「びっくりさせないでよね〜っ! ホントに心臓が止まるかと思った! 死ぬ前に止まった心臓はヴードゥーの魔女に薬の材料として……」


リタは一旦打ち解けるとよく喋る女の子だった。ラトルは誰にでも思わぬ一面があることを学んだ。この時はまだ自身を含めてはいなかった。


「ごめんごめんごめんって! あ、皆にはまだ内緒にしといて! 追い出されちゃうかもしれないからさ!」


「そりゃそうですよ! だいたいガラガラヘビっていうのは、血を溶かす毒を恐ろしい黒魔術の女王から授かってて……」


ラトルが半ば呆れて後ろを振り返ると、一人の少年が目の前にいた。


「へへへ……見てたぜ全部!」



意地悪そうに微笑む少年は、素晴らしいナイフを手に入れた時のような表情を浮かべていた。


「だ、誰だよおまえ!」


ラトルは焦りと驚きで、思わず言葉が荒くなった。


幸運にも西部の男の子の決闘の作法に関する資料が手に入ったので、是非ご覧いただきたい。


「おまえとは何だ? 誰に言ってんだよ!」

「おまえったらおまえだよ! 誰だおまえ!」

「おまえだと! おまえこのおれに向かっておまえとはなんだよおまえとは!」

「おまえこそおまえって言ってるじゃないか!」


どちらがどちらの発言であるかは重要ではない。


「何だやんのか!」

「やってやろうじゃないか!」

「やるってのか! やるならやるぜ!」

「やるならこい! やってやる!」

「さっさとこいよ! やるんだろ?」

「ああやるさ! もうすぐにでもやるさ!」


ここからしばらくは、お互いに黙って相手を探り合う。探る事柄は、相手が少しは「ビビって」いるかどうかだ。


「このやろ!」

どちらかが掴みかかれば、後は混沌である。以上が西部の男の子の決闘の作法であった。



リタがしきりに何かを叫び続けていたが、二人の決闘の作法に阻まれていた。やがてリタは二人に水をかけ、三度目の水汲みの必要性を作った。


「いい加減になさい! ラーズ坊ちゃん!」


リタが呼んだ名前が、この西部の男の子の名前である。


「坊ちゃんは余計だっていつも言ってるだろ!」


「リタ、こいつ誰なの!?」

「こいつ! こいつとは何だこの!」


再び混沌である。リタは途方に暮れた。この場を終わらせたのは、やっと起きて来たスーキー保安官だった。


「喧嘩……決闘、紛争の別名。二匹のガキの争い。大人がやって来て終わる」


西部では引き慣れた項目を読み上げながらやって来た大人は、二人にゲンコツを与え、この紛争の和解金の代わりとした。



ラーズ・トウェイン。不倶戴天の敵として、ラトルはこの名前を深く胸に刻み込んだ。

リタ。この名前を胸に刻み、いくらか心が和らいだラトルを待っていたのは、ウェンディの怒鳴り声だった。


「いつまでかかってんの! あんた水はどうしたのよ!」


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