第一話 This snake is going to rattle
改行、一段落とし等模索中です。読みづらかったらごめんなさい。
西部には何でも転がっている。町にすら死体が転がっているのだから、荒野には尚更だ。
今ここにも、グズグズの肉片の山と、一人の少年が転がっている。これを発見したのは、スーキー・ジョーンズという保安官だった。 彼は懐から取り出した『ガンマン辞典』とやらを読み上げた。
「死体……人糞の別名。片付けなければ面倒だが誰もやりたがらない」
手書きの表紙に白紙の本をしまい、馬を降りるスーキー保安官。ゆっくりと少年に近づくと、砂埃を払いその体を持ち上げた。
その時である。鉄板で肉を焼くような音が鳴り響いた。ガラガラヘビの威嚇音である。咄嗟に辺りを見渡し、警戒するスーキー。
しかし周りに見えるものは異臭を放つドロドロの肉片のみだった。改めて事の異常さを、目から、鼻から、耳から感じ、慌てて馬に飛び乗った。
肩に担いだ少年が少し動いた気がしたが、無我夢中で馬を飛ばしたために、彼の辞典からは「悪路」の項目が引かれるのだった。
荒削りな山を生やし、サボテンの絵の具を散らした砂地を行けば、彼の任地ディストリー・タウンである。
馬はこの町に歩いて来ることがほとんどだ。故にスーキー保安官が馬で立てた砂埃は、この町にとっては、ちょっとした最大のニュースである。
昼下がりの朝食を食べていた何人かの荒くれ男たちが群がるのを押しのけ、スーキーは少年の亡骸を埋めるために墓場へ向かった。
「さあどいてくれ、牧師を呼べるか? この子を埋めなきゃいかん」
「死体なのか?」
と、尋ねたのはトム・ジョンストン補佐官である。彼はこの町一番の酒飲みであり、バンジョーとウィスキー瓶を手放したことはない。
そんな彼が次のように言うものだから、スーキーが信じられなかったのも無理はない。
「最近の死体は手がかからないのがいいよなァ。自分で歩けるんだぜ!」
確かに、この死体はヨロヨロと歩いていた。スーキーの辞書に、歩く死体の項目はなかった。
しばらくして、この元・死体は意識をハッキリさせ始めた。スーキーは恐る恐る尋ねた。
「大丈夫か? いったい何があったんだ? どこの子だ?」
歩く死体は黙っている。首を傾げてもいる。
「言葉は分かるか? 怪しいもんじゃない。ここ、ディストリーの保安官のスーキー・ジョーンズだ。おまえの名前は何て言うんだ?」
この12歳ほどの少年は死体であることをやめた。
「わかりません……。ここ、ディストリーって言うの?全然覚えてないんです……」
スーキーはようやく分かった項目を引いた。
「迷子……風邪の別名。金はかかるが放ったらかしてはいかん。早速、新聞の迷子欄に載せてもらわんとな」
ここに帰ってきたのはスーキーの一人娘、ウェンディだった。ただいまを言い終わらないうちに、
「この子誰?」
どちらが答えるよりも前に、ウェンディは先ほどスーキーが尋ねたことを全て尋ねた。
「……というわけでこの子は迷子なんだ。新聞に載せる迷子欄を作るからその子の特徴を言ってくれ」
「じゃあこの子はおたずね者ってワケね!」
「バカ、意味が変わっちまうぞ」
「えーと、あんた逆に何を覚えてんのさ?」
特徴を言う気はまだなさそうな、ウェンディに任せてみた。
「うーん、えーと、あっ!」
おたずね者は何かを思い出したらしい。
「ヘビ!」
「おお、そういえばガラガラヘビがその子の近くにいたから慌てて逃げてきたんだった」
一人が思い出せば周りも思い出すものである。
「ジャー……って音が聞こえて、腰のところがチクッとして、目の前が緑になったり赤になったり…あれ? 黒かな?」
「色はどうでもいいわ!」
ウェンディは静かに話を聞くことが苦手だ。
この娘の悪癖を注意するよりも、スーキーは聞きたいことがあった。
「……周りの肉片は何だ?」
「周り……? 周りには確か……ハイエナが……いっぱい群がってきたんだった……」
「ハイエナ!? じゃああれは……」
「う! 痛い……!」
頭痛に遮られ、あの異常な風景の生い立ちは想像に任された。
「こいつの髪の毛は真っ黒」
「真っ黒……と」
「お目々は……おわっ! こいつ真っ茶よ真っ茶! 珍し! 真っ茶っ茶っ茶っ……」
「っ茶っ茶っ……書いちまったじゃねえかバカ! 真面目にやれ!」
「背丈は私より頭一つ分小さい、顔は私より顔一つ分不細工ね、つまりまあまあ」
甲高い声によるウェンディの報告により、この名無しの12歳ほどの少年のプロフィール欄が埋められていく。
スーキーはそれを出来るだけ客観的にまとめ、迷子欄にふさわしく編集する。でなければ、
「面倒なガキ、たぶん白人。」
ぐらいしか書けないからだ。この人選は適材適所と言えるだろう。
「ねぇ、いつまでもあんたとかこいつじゃやりにくいよ」
「そうだな、親が見つかるまではここで面倒見ることになるんだ。ウェンディ、名付けてやれ」
「ほんと!? いいの!? じゃあねぇ……」
ウェンディは少しの間珍しく静かになり、青みがかかった瞳を見開いて、名無しの少年を指差した。
「ブラウンアイズ・ブラウニー・ブラウン!」
「ブラ、ブラ……?」
ブラウンアイズ・ブラウニー・ブラウンは一度で自分の名前を覚えられなかった。
「ウェンディ、呼びづらいからつけた名だったな?」
「……じゃあお父さんがつけなよ。最高なのに、この名前」
「……よし、ガラガラヘビの小僧だから、 "ラトル" (英語でガラガラという音)だ!」
「ラトル……ラトルが僕の名前?」
「えー! だっさい! ださいよラトルなんて!この子はブラウンアイズ……」
「ええいうるせえ! ラトルで決まりだ!」
30分ほどの喚き合いの末、名無しの少年の名はブラウンアイズ・ブラウニー・ラトル・ブラウン、愛称はラトルまたはブラウニーと決まった。
「さてと、おいウェンディ、留守番を頼む。行くぞラトル」
ガンベルトを外し、スーキーはラトルを連れて出かけようとした。
「また酒場? なんで "ブラウニー" も連れてくの!?」
ブラウニー呼びを譲らないウェンディは不満そうに問いかけた。
「もしかしたら、 "ラトル" がこの町の誰かの親戚か隠し子かもしれねえだろ。それに、しばらくここで預かるんだし、一応顔見せはしとくもんだ」
ラトル呼びを譲らないスーキーはもっともらしく言った。
「ふーん……飲みすぎないでよね。 "ブラウニー" ! もしお父さんがへべれけになったらあんたが連れて帰るのよ!」
「うん、へべれけって何?」
「 "ラトル" に下らねえこと吹き込むんじゃねえ!行ってくるからな」
「ちぇっ、行ってらっしゃい "ラトル" ……」
こうして、この少年のラトルとしての初の外出は酒場に決まった。
「…… "・ブラウニー" !」
二人が見えなくなった頃にウェンディは付け足した。
スーキーの辞書によると、酒場とは毎日開かれる町内会の会場である。
町中の各家の最高権力者である男たちが、無償で集まり、町内の情報を交換、確認し合い、更には酒で言えば十杯分ほどの寄付金までしてくれることもある。
この涙ぐましい貢献に対し、酒場の店主は多少損が出ようとも酒を振る舞うことぐらいはするべきである。
故に、酒臭い荒くれ男と娼婦のごった返す酒場に、この12歳ほどの少年ラトルを連れて行くことは何らおかしいことではなかった。
スーキーは町の男達を集め、ウィスキーを振る舞った。
案の定である。スーキーは酒に非常に弱く、飲むとよく泣くようになる、所謂泣き上戸だ。
「この子について知ってることは何でも話してくれ! 乾杯!」
これが最後の我らの知るスーキーの言葉である。
「もうなぁ。ドロドロの肉の塊よ! 俺ぁこの子が不憫で不憫で……よく生きてたなあ。偉いぞラトル……うっうっ……」
ラトルには家でのスーキーと目の前の酔っ払いが同一人物とは思えなかった。
そこへ、バンジョーを抱えた、一際酒臭い男がやって来た。
「ラトルっての! 俺がお前さんを死体から歩く死体にしてやった男よ! 補佐官のトムだ!」
「ラトルです。よろしく……しばらくお世話になります」
「おお……トムよう。お前がこの子をよく見てくれなきゃ俺は今頃! この子をっ! ううっ埋めちまっ……おおおお!」
「スーキーさん!」
異常な変化にラトルは思わず声を上げた。
「スーキーさんときたか! 父さんとでも呼んでやれ! うわっはははは!!」
トムは酒癖が悪くバンジョーが下手でうるさい。
「お父……さん?」
しかし、トムのこの発言は、後々の事を考えると彼の人生最高の大手柄だった。
「ラトルよう……ラトルよう……。可愛い可哀想な子だ……。いいともよ。俺のことをしばらくはお父さんと呼んでおけい……ううっ……。」
涙と酒臭い息のせいもあって、ラトルの目にはこの時の光景が焼きついた。
それにしても男の群れと娼婦と大量の酒である。ラトルには「へべれけ」の意味が分かり始めた。
ラトルはどうにか出来ないものかと考えた。もう帰ろうと言っても涙ながらに断られる。
(またガラガラヘビが鳴いてくれれば慌てて皆帰るのになぁ)
ラトルがふとそう思ったその時、酔っ払いの一人に滑らされた酒が、少しラトルのズボンに溢れた。ラトルが腰を手で軽く拭う。
すると突然ガラガラヘビの威嚇音が、悪趣味な首飾りを擦り合わせたような音が酒場に響き渡った。
一瞬にして静まり返る酒場。その後一瞬にして大騒ぎになる酒場。
「俺が退治してやる!」だの「逃げろ!この町も終わりだ!」だの叫びながら、酒場から人はほとんどいなくなった。
真っ先にトム補佐官が逃げ出したことは伏せておこう。
スーキーは昼間のことが半ばトラウマになっていたらしく、いくらか酔いが醒めたようだった。
涙ながらにラトルを庇いながら、もつれる足で帰路につく。
店主は始末しようと必死に探したが、とうとうガラガラヘビは見つからなかった。
ラトルだけが気づいていた。
「もしかして……」
ラトルは腰に左手を当て、骨盤の形に沿ってゆっくりと動かした。
ジャララララ……
ガラガラヘビの威嚇音だった。
「この音は……僕から……?」
ラトルは、自分が普通の人間ではないことを確信した。