第1話 真実を求めて
この世界にはとある噂があった
選ばれた者の前にだけ突如現れるという謎の現象があり、別の世界へと繋がっているらしいその先にはこの世の全てが在ると言われている
ただ、信じる者は少ない
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青々とした木々が生い茂る森の側に透き通るような綺麗な川が優しく流れている、そんな場所に小さい兄妹と3人の大人達の声が聞こえる
「お兄様!そんなにはしゃいだらお洋服が濡れてしまいますわー」
「構わないさ! アリスも来なよ! 気持ちいいぞー」
母親譲りである栗色の長く艶やかな髪をした7歳の少女は淑女のような品のある口調で兄を呼ぶ、その呼びかけに答えたのは父親譲りである漆黒のような髪とアメジストのような珍しい瞳をキラキラと輝かせた8歳の少年である、その年相応に元気な声で川の心地よい冷たさを同じ瞳の色をした妹に伝える
そんな2人を穏やかという言葉が似合うオルブライト家の当主とその妻が、気品を感じる彫刻が施された円形状の純白なテーブルとセットになっている純白な椅子に座り紅茶を飲みながら我が子達の笑顔を優しい表情で眺めていた
そんな2人のやや後ろの方でまだ21歳の身でありながらオルブライト家の執事を5年前から任されている男が姿勢よく静かに立っていた
「ふふっ、エドは相変わらず元気ね」
「元気なのは父親としては嬉しいがオルブライト家の長男としての自覚が少しばかり足りないのは考え物だな、クリストファーにはいつも迷惑を掛けてすまないな」
クリストファーと呼ばれたすぐ側で立っていた執事はその端正な顔に微笑を浮かべて静かにだがはっきりと答える
「そんな事ありませんよ旦那様、確かに少々元気過ぎる時がありますが迷惑だと思った事は一度もありません」
「そうか、君がそう言ってくれると私も気が楽になるよ」
アリスは川に入ろうか迷って母親に視線を送ると母親も小さく頷いてくれたことに花が咲いたような笑顔を見せ、お行儀よく靴を脱ぎその上に履いていたソックスを綺麗に畳み川の浅瀬に恐る恐るといった感じでつま先を水面に付けてゆっくりと足を川底に付けるとその心地よい冷たさを味わってからスカートに濡れない程度に小さく水しぶきを上げ、無邪気に笑う楽しそうな声を聞いて兄が嬉しそうに妹に近づきながら声を掛ける
「アリス! 良い物見つけたよ」
「それはなんですか?」
アリスが兄の握った手を覗き込むように見るとエドはゆっくりとその手を開いた、そこにはライムグリーンのような色をした雫のような形の石が太陽の光に照らされて淡く輝いていた
「わぁー、とても綺麗これをどこで?」
「上流の方から流れてきたんだよ、気に入ったならアリスにプレゼントするよ」
「いいんですか? わーい、お兄様大好き!」
エドは満足したような笑みを浮かべて石を両親に見せに行った妹の姿を眺めてから川から出て行く
「お母様お父様、お兄様が綺麗な石をプレゼントしてくれました」
「良かったわね、お屋敷に戻ったらネックレスにしてもらいましょう」
「ふむ、少し見せてくれるかね?」
そう言って石を預かると懐から取り出したルーペで目を細めながら繁々と見る、父親の貴族としての目利きを信頼してるアリスがわくわくしながら判断の結果を待つ、父親がゆっくりと目を閉じ軽く息を吐き出し娘に結果を話す
「見たことのない石だなこの大陸の物ではないな宝石としての価値も高くはないだろう」
「宝石としての価値は高くなくてもお兄様からのプレゼントですから大事にします」
可愛らしい笑顔でそう言う娘に優しく「そうか」と一言だけ言うといつのまにか川から上がってクリストファーに脚をタオルで拭いて貰っているエドをちらりと見て
「そろそろ馬車に乗って帰ろうか」
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あれから2週間後の深夜
オルブライト家の邸宅にある一室でエドがゆっくりと目を覚ます
その横には未だすやすやと眠る妹を見て微笑を浮かべるとちらりとベッドの横にある棚を見る、そこには月の光に照らされたライムグリーンの石をはめ込んだ特注品のネックレスが大事そうに飾られていた
「大切にしてくれてるんだな」
妹に気を使いながら囁くように独り言を呟くと、横で寝ている妹の頭をそっと撫でてできるだけ静かな動きでベッドから出る、自室から出ると月明かりに照らされた長い廊下を歩いてトイレに向かいながら独り言を呟く
「アリスなら1人では行けなさそうだな、クリスやメイド達も寝ているのかな?」
トイレを済ませると完全に目が覚めてしまったエドは好奇心で屋敷の中を散歩しようと廊下の端にある横幅が1メートル30センチはある階段を静かに降りて行く
1階には父の書斎があり普段は入ることの少ない場所だが、なんとなく入ろうと歩みを進めると書斎の扉が少しだけ開いているのが見え中から蝋燭の光が漏れていることに気付く
「(こんな遅くまで仕事をしているのだろうか?)」
邪魔をしてはいけないと思いそっと中の様子を覗くと、そこには父親と母親の生首を鷲掴みにしたクリストファーが無表情で冷ややかに立っていた
そんな光景を夢だと思いたかったがエドの小さな手で強く握られた拳の掌に伝わる僅かな痛みが彼を残酷な現実へと叩き落とす、あまりの出来事に動揺を隠せないでいるとクリストファーが目だけを動かしこちらを捉える、エドは掠れそうな声で恐る恐る聞く
「な、何をしているんだ、こんな事・・・あんなに信頼しあっていたのに! 何か事情があるのか? 誰か大切な人を人質に取られてるのか? それで嫌々こんなことを?」
クリストファーがいつもの無表情に加え冷たいナイフのような目線でエドを見下すと舌打ちをしてエドに無言で歩み寄りエドの頬に平手打ちをした、エドが衝撃で倒れている間にクリストファーが階段を登るのが見えた
「まさか、アリスを! やめろー! やめてくれー!」
叫びながら痛みに耐え妹のいる部屋へと走る、その言葉で起きてきたメイドの1人がそれとは別の屋敷の異変に気付いて叫んだ
「火事よー! 火事だわー!」
メイド達の騒ぎを無視してエドはなりふり構わず部屋へと走る、部屋に入るとそこには異常なほど眠っているアリスを抱えたクリストファーが立っていた、すると突如2人の後ろの空間に斜めにヒビが入りがばっと開いた、そのヒビの中は灰色の渦がゆっくりと蠢いていた、何が起こっているのか理解できないエドはただ叫ぶ事しか出来なかった
「アリスを! 妹を返してくれ! お願いだ! お願いします」
泣き出しそうな顔で懇願するエドの姿を見てクリストファーは眉一つ動かす事なく背後の開いたヒビの中に入って行く、その光景を見たエドは叫びながら突撃するがエドの手が届く寸前でヒビが閉じる、突撃した勢いでそのまま壁に背中からぶつかりその場でうずくまる、悔し涙を流しながら拳を握りしめていると部屋の出入り口から炎が吹き上がる
まだ残る痛みに耐えながら壁に衝突したとき落ちたライムグリーンの石をはめ込んだネックレスを掴むと窓を開けて外へと身を投げ出すように飛び込む、窓の下に庭師によって刈り揃えられた低木に身を投げる、低木によって多少衝撃を和らげたと言っても傷だらけになり痛さが全身を支配する、それでも必死に少しでも屋敷から離れようと這いつくばるとほんの僅かな坂を転がるように落ちてエドはそのまま気を失った、ネックレスを握り締めたまま
目を覚ますと見知らぬ木製の天井が視界に入り薬品の臭いが鼻に付いた事によりここが病院だという事がわかった、ベッドから起き上がると僅かな痛みが走るのを感じたが我慢する、扉を開けようとして先に扉が開いて少しビックリしていると相手もビックリしながら優しそうな声で話し掛けてくる
「もう大丈夫なのかい?」
白衣を着た中肉中背の男が聴診器を肩に掛けているのを見ると、見た目からして医者だろうと思い「大丈夫です」と答えると医者が難しそうな顔をして「とりあえず座って話そう」と言われてエドは素直に従う
医者の名前はマートン・サムエルといって急患を見ていて遅くなった帰りに燃えている屋敷を見に行ったところエドが倒れているのを発見し他に保護者が見当たらなかったのでマートンが保護してくれたようだ、エドはマートンに親は亡くなって親族が他にいない事を話したもちろんクリストファーとアリスの事は秘密にして、そもそも信じてはもらえないだろう
「事情はわかった、では教会が身寄りの無い子供を預かってくれるのでそこに頼む事にしよう手続きは私がしておくので心配しないでくれ」
「ありがとうございます」
エドは深く頭を下げるとマートンは「それではもうしばらく身体を休めるといい、後で食事を持ってこよう」と言って微笑みながら部屋を出て行った
数日が過ぎて怪我をした身体も完治して教会に引き取ってもらう日がやってきた、このポスフォード王国ではいくつかの教会がありそこで孤児を引き取ってもらうということはよくある事だったエドもその事は知っていたし他に道はなかったので迷う事なくマートンと一緒にその教会へと馬車で向かって行った
「マートン先生、これから行く教会の人は先生の知り合いか何かなんですか?」
「そうだよ、シスター・アリシアと言ってとても優しくてシスターらしい女性だよ彼女なら安心して君を預けられるだろう」
「15歳まで預かって貰えてそこからは自立するという話でしたよね」
「ああ、そうだよ不安かい?大丈夫だよこの国は大陸でも最大の領土で15歳からでも働き口は多いと思うよ、おっとこういう話は君の方が詳しいかもねハハハ」
「いえ、そんな事ないですよただこの先自分は大丈夫なんだろうかと思って」
馬車の小窓から寂しそうに景色を眺めるエドを見てマートンがそっと彼の手に自分の手を重ねて優しくそして真剣に語り掛ける
「大丈夫とは言って上げられない、だけどエド君の努力はきっと君に力と勇気と幸運を授けてくれるチャンスを与えてくれるだろう、だからそのチャンスを大事にするんだ、そして決して諦めないで」
「はい、マートン先生」
話が終わるのと同時に馬車が止まり「着いたようだね、降りようか」という言葉に頷き2人共馬車を降りた、馬車を降りるとそこには普通の教会があり、その前にシスターらしき若い女性が立っていた
「お久しぶりですマートン先生」
「お久しぶりですシスター・アリシア、こちらが」
「初めましてエド・ジョージ・オルブライトです」
「あら、礼儀正しい子ね初めましてシスター・アリシアですこれからは私達は家族になるのだから気軽にアリシアと呼んでちょうだい」
優しさの篭った声に警戒心が緩み安堵の息を漏らす、もちろん誰にも聞こえないように
「それでは私はこの辺で失礼させてもらいます、エド君頑張るんだよ何かあったら私のところに来なさい入院はもう勘弁だけどね」
そう言うとマートンは馬車に乗って帰って行った
「さ、中に入りましょう貴方よりも1つ年上の子もいるのよ」
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7年後
重たそうな買い物袋を抱えて教会へと入って行く男は身長168センチで漆黒のような黒髪を程よく短くしてアメジストのような瞳が特徴的だ
「お帰りなさいエド、買い出しありがとうね助かるわ」
「いつものことですから気にしないでくださいよアリシアさん、僕にはこれくらいしかお役に立てませんから」
「ふふっありがとうでも少し買い込み過ぎなんじゃない? 余り無駄遣いしちゃダメよ」
「大丈夫ですよ今日は安かったんですよ」
「そうだったのごめんなさい、エドは買い物上手ね」
「たまたまですよ」
「それより明日はついに独り立ちの日ね、寂しくなるわ」
「そうですね、アリシアさんには感謝してもしきれません」
「やだわ、そういうことは明日の朝出発する時に言ってもらわないと」
「そうですよね、すみません気が早くて」
「いいのよ、それより新しい職場が用意してくれた部屋は見に言った?」
「はい、こじんまりとして落ち着いたいい部屋でしたよしばらくはそこに住みながら生活して行こうと思ってます、そういえばベネットさんは元気にやっているんでしょうか王国の外に出稼ぎに行ったと聞きましたけど無事に再開したいものですね」
ベネットという男はエドの1つ上の先輩的な存在であり去年自立するために王国の外に行ってしまった人でありエドはそれ以降彼とは会っていない
「彼なら大丈夫よ貴方よりたくましい子だもの」
「たしかにそれは間違いありませんね」
「さてと、今日は美味しい物たくさん作るわね楽しみに待ってて」
そういうと彼女は教会の地下にある住宅スペースへと降りて行ったのを見送るとしみじみとこの7年間を思い出す。
厄介ごとに巻き込まれやすいのか喧嘩はしょっちゅうだったが今に思えば身体を鍛えるのには丁度良かったと思っている、勉強の全般はアリシアが見てくれて一般常識はある程度身に付けることができた、ここまで恵まれていると自分は幸せなのだろうと思う、ただ妹の事を忘れた事は1日も無かったあれからずっとクリストファーの事を調べたが異常なほど情報が無く、しっぽを掴むどころか影も形もないといった状況だった
「アリス・・・・・・」
アリスは生きている可能性があると思ったなぜならわざわざアリスだけを連れて行ったからだ、それはつまり利用価値があったから連れて行ったのだろう利用価値がある以上アリスが殺される事は無いはずだ、しかし利用した結果で死んでしまったら、エドはそこで考えるのを無理矢理やめる
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アリシアとの食事を終わらせると「今日は洗い物は私がやっておくからエドは明日に備えてもう寝なさい朝早いんでしょ?」と優しく気を使ってくれる
「ありがとうございますアリシアさん御言葉に甘えて今日はもう寝ようと思います、なんだかいつもより眠く感じます」
「この7年間本当によく頑張ったものその分の疲れが一気に来たのよ」
「そうかも知れませんね、それじゃおやすみなさい」
「はい、おやすみなさい良い夢を」
エドは7年前に与えられてから何も変わらない決して広くはないが奥行きのある自室を眺めて不思議なそれでも嫌じゃない気持ちになりアリシアに感謝をしながら部屋の奥にあるベッドに横になり眠った
暗い海の底へゆっくりと沈むようなそれでいて息苦しさの無い不思議な体験をして確信する、心の中で(ああ、これは夢か)と、少しすると聞き覚えのある声が僅かに聞こえたような気がしてエドは目を見開きその声の主であろう名前を叫ぶ
「アリス!」
エドは目を覚ましやはり夢かという残念な気持ちを残しつつふと視線を横にやるとそこには驚きと動揺に満ちた顔をしたアリシアが膝をついていた、その光景を見て絶望したエドはこれは悪夢なのかと疑ったなぜならそのアリシアの手には今にも振り下ろそうとしている鉈を握り締めていたのだから、その瞬間アリシアは声を上げながら鉈を両手で持ち直し振り下ろそうとする、エドは咄嗟にアリシアの溝落ち目掛けて蹴りを入れるとアリシアが1メートル程吹っ飛ぶ、息を吐き出すように苦しんでいたその隙に落とした鉈を手に取り状況を整理しようと頭をフル回転させたがいくら考えても意味がなかったそのためエドはやっとの思いでアリシアに問い掛ける
「なんでこんなことを?」
「何故ですって? クククッそんな事決まっているでしょ神様への生贄よ!」
「そんな、どうして?」
「貴方にはわからないでしょうね! 生贄の貴方にはね!!」
一瞬何を言われたのか理解出来なかった、だが生贄という単語から来る殺意を鋭敏に察知したエドはアリシアの指先や足先のミリ単位の動きに気付き次の瞬間今まで見て来たどんなものよりも醜い表情をしたアリシアが飛び掛かる、エドは鉈を使えば有利になるのは気付いていたがこの7年間でのアリシアとの良き思い出が咄嗟の判断力を鈍らせアリシアがエドに覆いかぶさるように首を絞め、まるで詐欺師が騙した後に意地悪そうに種明かしをするように話し出す
「馬鹿が! 大人しく生贄になっていれば現実という地獄にいる事に気付かないままあの世に行けたというのに! 神様からの最後の慈悲を土壇場で裏切りやがって! なんのためにお前みたいなクソガキを7年間も相手してやったと思ってるんだ!」
首に掛かる力が更に強くなった事で迷っている余裕が無い事を悟るとエドは相手の溝落ちを殴るが力が入らず、狂気に満ちて理性を失っているアリシアには大したダメージにならなかった、揉み合った拍子に鉈はギリギリ手の届かないベッドの上にあったためもう諦めるしか無いのかと思ったその時、ベッドの奥のなんの変哲も無い石壁に縦線のような切れ目が入ったかと思うとガバッという音と共に縦幅2メートル横幅1メートル程の長方形に開き中には緑色の渦が蠢いていた、その光景に既視感を覚えエドはかけら程の希望を胸に首を絞めているアリシアの手首を渾身の力を込めて掴みなんとか延命しようとした
「しぶといわね、去年のガキはすんなり死んでくれたのに! あんた達はねあのくそったれなやぶ医者に売られたのよ! ハハハ残念ねー? がっかりした? 信じられない? 考えてもみなさいよ国の支援金だけであんた達を養えるとでも思ってたの? んなわけねぇだろ! この儀式は教会本部が支援してくれているのよ!」
アリシアの変貌を目の当たりにして薄々気付いていたがそうであってほしく無いという微かな希望が砕かれ、歯を食いしばるエドの目に映ったのはアリシアの後ろで暖炉に使う大きめの薪を握り締めて振りかぶるマートンの姿だった、その顔には罪悪感に塗り潰されたような表情を浮かべて
「くそったれなのは認めるがやぶ医者ではないよ」
一言だけそう言うと振り返ったアリシアの顔面目掛けてフルスイングする、薪のへし折れる音と共に鼻の折れる音が聞こえ首を絞めていた手がするりと離れる、エドが咳き込みながら涙目でマートンを見つめ一言も言葉を交わさずに後ろの存在がいつ閉じるかわからない事を思い出して考えるよりも先にその向こう側に妹がいることを願いながら鉈を拾って走り出す、複雑な想いが篭った視線を背中に感じながら振り返る事無く必死の思いで中に飛び込む、エドが中に入った途端それは全てを断ち切るように閉じた
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気がつくとそこはほのかに薄暗くそれでいて周りが見える程度の明かりがあった、廊下のように真っ直ぐ伸びた先は一体何処まで続いているのかわからない道だった、後ろを確認しても単なる壁以外は何もないがよく見るとあちらこちらに緑色に光る血管のようなものがゆっくりと点滅しているのがわかる、目の前の暗闇からコツコツと非常に落ち着いた感じの足音が聞こえその暗闇から姿を現わす、現れた者の見た目はタキシードのような形状で灰色を基調とした黒いラインが走ったデザインの清潔感あるスーツを着こなし手には左右で色が白と黒に分かれている手袋をした兎頭の男が立っていた、驚いたのは兎の耳をした頭ではなくそのすらりとした背格好に合ったサイズの本当に兎の顔をしていたからだ更にその頭の中心を起点に左右で白と黒に毛並みが分かれている、静かにハキハキとした声で男が話し出す
「ようこそタワーへ、ゲートに選ばれし者エド・ジョージ・オルブライト様」
「あなたは一体、それに僕の名前を何故?」
兎の男が片腕を横に綺麗に曲げて頭を下げ自己紹介する
「申し遅れました、わたくしこのタワーでゲートを通って来られた選ばれし方々の案内人を任されておりますアルベルト・ワンダー・オールストンと申します」
エドはアルベルトと名乗る男に案内され共にこの長い廊下を説明を受けながら歩く
「この世界には神気(エナジー)と呼ばれる物質があります、それはまるで空気のように存在しています、特に人体に影響があるわけではありませんが神気は自分の体で生成することができます」
「僕にもそれができるんですか?」
「今はなんとも言えません、人にもよります世の中には子供の頃から膨大な神気を作れる人もいれば一生作ることの出来ない人もいます」
「なんだか残酷な話ですね」
「そうですね、いつの世も弱肉強食という言葉は付いて回る物です」
「あの、実は人を探しているんです僕の妹なんですけど何か知っていることはありませんか? どんなことでもいいんです」
「妹さんの事は分かり兼ねますがただ一つ言える事は真実を求めるなら登りなさい、その先には有りとあらゆる事が待っているでしょう貴方の知っている事も知らない事も想像を遥かに超えた何かが貴方を待っています、登りつめたその先には妹さんが待っているかも知れません少なくとも頂上に登れば何処に誰がいるかを調べる事くらい容易です、そこまで生き残る事が出来ればですが」
そう言うとアルベルトは歩みを止めその手袋をはめた指を弾く、乾いた音が響きアルベルトの背後にあるとても大きな壁が雪解けのように透明になって行き壁の向こう側に大きなアナゴと龍を合わせたような見た目にサメに似た頭部を持つ見るからに殺意を感じる生物が姿を現わしアルベルトが説明する
「これはおよそ10メートル程のサイズになる空魚と言う神気がある場所でのみまるで海を泳ぐように動ける生き物で、肉食です」
自分を容易く丸呑みできるような大きさをした生き物を前に唾を飲み込むエドにアルベルトは今までの物腰の柔らかい雰囲気が一変して冷ややかに続ける
「タワーを登るには階層毎にいくつかのテストをクリアして行ってください、最初のテストはこちらです」
そのとても広い部屋の中をみると空魚の奥に直径5センチ程の赤いボタンが見えエドの視線がボタンを見ている事に気付いたアルベルトは加えるように説明する
「空魚に殺される前にあちらのボタンを押す事が出来ればエド様の勝利つまりは上に登る事ができます、如何なさいますか? 今ならまだ帰る事ができます」
帰ると言う事がどういうことなのかを悟ったエドは妹の手掛かりを見つける為に荒くなった呼吸を整え鉈を握る手に力を込めその瞳に覚悟を宿すと壁の隅にある扉を開け中に入りアルベルトが意地悪な笑みを浮かべ外から扉の鍵を閉める、エドが部屋に入ると空魚はすぐにこちらに気付き身体が吹き飛ぶのではないかという錯覚を起こす程の絶叫のような鳴き声を撒き散らす、それに押されないように覚悟を決めてゆっくりと歩き出す、空魚は咬み殺す勢いで迷いなく一直線にエドに向かって飛んでくる、それを目視したエドはギリギリで横に避けつつ空魚の剥き出しになっている目を鉈で切りつけると不意を突かれた空魚は驚きと目に走る痛みに苦しむようにその場でのたうち回る、その隙にエドは全力でボタンに向かって走って行く、ところが部屋が広くボタンまでもう10メートルというところで空魚が我に返り怒り狂った凄まじい速さであっという間にエドとの距離を詰める、背中に殺気を感じて間に合わないと思ったエドは鉈をボタン目掛けて投擲する、勢いよく回転しながら飛んで行く鉈に全てを賭けて走りながら後ろを振り返るとそこには空魚の大きく開かれた口が目と鼻の先にあった
その光景を見た瞬間乾いた衝突音が聞こえ目の前が真っ白になった。
初めまして、兎角 ゆうきです。
今回初めて自分の妄想を形にしてみました
若輩者ですがよろしくお願いします。
ちなみにこの作品はなんとフィクションです