僕の初恋、あるいは君の最後の恋。
「私、もうすぐ結婚するの。」
君から届いた手紙には、そう書いてあった。
「カルーウス侯爵。名前を聞いたことくらいはあるかしら。」
知っている。私も貴族の端くれだ。上位貴族の名くらいは覚えている。
「すぐに伝えようと思っていたのだけれど。結婚が決まってからというもの、なかなか一人になることもできなくて。」
それもそうだろう。彼女の家は子爵家だ。
この婚姻を取り付けるのに、彼女の父は随分と苦労したはずだ。大事な時期に、娘に何かあれば家の一大事なのだから。
「結婚が決まったと聞かされたとき、一番に考えたのは、あなたのこと。侯爵様には悪い気もするのだけれど、私は思っていた以上にあなたのことを愛していたみたい。」
君は、そんなにも僕を思っていてくれたんだね。
あのパーティーの日、たった一度顔を合わせただけの僕のことを。手紙でしか話すことのできなかった、僕のことを。
「私の気持ち、あなたにはちゃんと届いていて?封筒には、しっかり入れておいたつもりだったのだけれど。」
届いていたさ。君からの便箋は、いつも見た目より重かったんだ。
「私があなたを愛していたこと。たまには思い出してくれるのかしら。」
「私はずっと覚えているわ。あなたを愛していたこと。」
僕が君を愛していたことには触れないあたりが君らしいよね。本当に。
「12も年が離れたおじさんと誓いの言葉を言うのよ。当日は吹き出さないか心配だわ。」
僕の脳裏に、君の顔が浮かぶ。僕ではない男と腕を組みながら、必死に笑いを堪えている君の顔。
自分で想像しておいてなんだけど、なんて顔をしているんだい。視界が滲んでしまうくらい、可笑しいよ。
「死が二人を別つまで、なんて。大げさよね。私たちなんて、死を待たずして別たれるのだから。」
言葉を飾り立てるのが神官たちの仕事だからね。神の方でも、きっとうんざりしているさ。
「男のあなたには想像できるかしら。好きではない男の子を産み育てる女の気持ちを。」
一瞬、手紙を持つ手が強張るのを感じた。
「きっと無理ね。だって、私にだって想像できないのだから。」
君の言うとおり、僕にはきっと想像することもできないだろう。だって、考えることさえ嫌なのだから。
インクで書かれた君の言葉が、滲んで消えてしまいそうになるくらいに。
「それじゃ、そろそろお別れね。」
そうだね、素敵な時間をありがとう。
「あなただけを愛しています。」
さようなら。愛しい君。
ご意見や感想、アドバイスなどいただければと。