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第九次元:呪珠つなぎ~喪失~

今回は超能力者が多数登場するため、ややチート気味。


特に話の前半から後半で一段階インフレしたりします。


ジェットコースター並みの急展開注意。


前篇とあるので、オムニバス方式の本作としては、珍しく次回に続きます。


ある霊峰のふもと、寝殿造りの屋敷の中庭で、荘厳な雰囲気を漂わせた集団が一堂に会していた。

中庭にたたずむ客と思しき集団は二組。一つは仙人風の白服を基調した集団だが、淡白な服装に反して若々しい顔ぶればかりである。

もう片方は、橙色の動きやすそうな道着を着た集団であり、こちらは老人の数が多い。


そして彼らが対峙するのは、縁側に座っている白い小袖と紺の袴を身に着けた女性である。

肩口から下まで流れる長い黒髪に、楕円形に近い愛嬌のある眉、中庭にかしづく客人より少し高い縁側から、伏し目がちに見下ろしている。正座の足を外側に崩し、膝の上に腕を預けている安楽な割座、いわゆる女の子座りである。彼女が、数十の次元を束ねる霊能力者、西廟(さいびょう)礼紗(らいさ)。ここは彼女を中心とした次元連続者の派閥、霊閥の本拠地である。その裾野は広く、同業の霊能力者どころか、さまざまな宗教がご意見番としてここを頼ってくる。今日もまた、その傘下に加わろうとする宗派が、ここを訪ねてきている。

長い縁側に居並び脇を固めているのは、僧正や司祭や位の高い聖職者など、多宗派に渡る信奉者たちである。


礼紗「…ようこそ、皆さん。…そちらから、どうぞ、ご挨拶を」


小さく口を開き、静かに間を置きながらも、控えめな声で白服の集団に発言を促す。この白服の集団は仙術振興会と言い、仙術によるアンチエイジングを目指す集団らしい。山籠もりで仙術を修行し、仙人に近い生活習慣で肉体の老化を抑えるのが主な活動である。

しかしその修行や生活習慣は現代人からでも始められるように無理なくアレンジされ、健康や美容のために若さを維持する目的で、若い世代の加入者が多いらしい。

健康クラブのようなふれこみだが、効果確実と評判である。


その発言を受けて白服の集団から、一人の青年が進み出る。端正な顔立ちに明るく染めた茶髪と詰襟にした白服、20歳位といった風貌。その集団の中では最も若いように見えるが、彼が出ることは自然と決まっていたようだ。初々しいほどに若い顔つきのわりに、余裕のある澄ました表情も大人びている。


裁人「ご機嫌麗しゅう、西廟様。“仙術振興会”は僭越ながらこの(わたくし)、神使裁人が代表としてご挨拶させていただきます。新興の宗派でありながら拝謁を賜り、身に余る光栄でございます」


以上の歯の浮くようなセリフを、裁人は礼紗の伏し目としっかり視線を合わせながら、淀みない口調と愛想笑いで言い切った。へつらうために無理した苦しさは感じられず、周りもこの美辞麗句には感心してしまう。面と向かってその言葉を贈られた礼紗の口元も少しほころんでいる。


裁人「私どもから西廟様への親愛の気持ちをお送り申し上げたいのですが、それには仙術振興会が得意とする術が何よりかと。ここで披露することをお許し願えますか?」


礼紗「…ええ、ぜひとも」


許可を得た裁人が一礼すると、彼を含めた仙術会の面々が一斉に両手を上げる。そして呼吸を合わせ、その手で空を仰いだ。すると、中庭に強い風が吹き抜ける。容器を含んだような暖かさを持つ、ちょうど草花をざわめかせるような優しい風が、中庭にいる者たちの頬をくすぐる。風は礼紗の前髪を、小さな額の上で揺らめかせる。


裁人「霊山にこもっていらっしゃる西廟様に、早めの春一番をお届けに参りました」


春風の余韻に合わせ、裁人が爽やかに微笑んでみせる。この穏健な挨拶に、その場の緊張も緩んだようだった。


礼紗「…ありがとう。暖かい心遣い、確かに」


相変わらず伏し目がちだが、言葉を発する前に息をのんでいた。実は感心していた証拠である。


裁人「今後よろしくお導きのほどを」


寡黙な礼紗からこの位の言葉をもらえば、十分霊閥の傘下として認められたことになる。有事の時には彼女の能力を頼れるため、とにかく彼女に印象付けるためのお目通りをするのが、この行事である。


次の一団からも代表者が出る番に移ったが…この土壇場に来て何かもめている。長老に当たる老人たちがひそひそ声で何か注文しているが、それを声の大きい若者が拒否しているらしい。

そして長老たちの制止を振り切って、一人の男が前に出てくる。他の若者たちが長老たちを食い止めている間に、前に出てきた30近くの男は勝手に話を始める。2メートルを超えている大入道のような体格に、坊主頭と筆のような太い眉、既にヒートアップしたようなイラついた表情、とてもお目通りに来たとは思えない。


剛岩「ワシは功妙寺の大僧正、剛岩(ごうがん)じゃ!傘下に加わる名前なら、聞き覚えくらいあるじゃろう!」


礼紗「…えっ、何?」


剛岩「おう、しらばっくれるか?ワシを通さずに、そこの長老どもと勝手に盟約を結んだんじゃ、知らぬが仏じゃろうなあ!」


礼紗「…何の話をしてるのか、私には」


剛岩「誤魔化すな!」


剛岩の糾弾に対し、礼紗は何も答えられない。なぜなら、中国語が分からないのは礼紗の方だからである。こんな時のためにいつも同時通訳できる補佐がついているのだが、今日に限ってまだ来ていないらしい。そもそもさっきの仙術振興会のようにやり取りは慣例化しているので、通訳がなくてもつつがなく進むだろうと周りも油断しきっていたのだ。

その点を功妙寺の若者も気づいたらしく、剛岩に説明する。


剛岩「通訳がおらんじゃと?ふざけおって。だがその煮え切らん態度は気に食わん。ワシはそんな輩の傘下に入りとうないから、直談判に来たんじゃ!」


憤然と腕を組んで座り込む剛岩。そこへ折よく通訳が到着した。


黒髪をアップにして後ろで団子状に結い上げ、釣り目気味の目つきや口元も引き締まった女性。その小麦色の肌や、スレンダーな体型を強調するチャイナ風のロングドレスは、確かに中国人のようだった。彼女は肖 瑞文(シャオ・ルェイウェン)、書記として礼紗のサポートを務めている。


瑞文「遅れました。別件の会議が長引きまして。通訳が必要なお方はあなた?」


剛岩「通訳がいるのは、己らの方じゃろ。待たせよってからに…」


瑞文「あなたは礼紗様を誤解していらっしゃる。だからあなたにもわかるように通訳すると申し上げているんです」


霊閥側から剛岩への正式な初返答、瑞文はあくまで傘下入りを受けようとする上の立場を崩すことなく、強気で臨んでいる。そして通訳を加えながら交渉を開始する瑞文。同時に、手帳を手にして会話の内容や、周りの様子も書き込んでいるようだ。慣れているらしく、手帳を見なくても素早くペンを走らせている。


剛岩「このアマ、喧嘩売っとるんか!ええか、功妙寺の大僧正であるワシは、傘下入りなぞ願い出取らん!そこの長老どもが、ワシに黙って話を持ってったんじゃ!」


瑞文「この人が大僧正?そうは見えませんが、確かなのですか?今度は正直に答えてくださいね?」


瑞文の厳しい念押しに、長老たちは力なくうなずく。彼らは既に大僧正という責任ある立場を剛岩に譲っていたが、ある程度影響力は保持している。今回の功妙寺の傘下入りは、反対するであろう現代表の剛岩を無視して行われていた。


瑞文「こちらでは長老たちが代表と聞いていましたが、そちら側の責任問題では?出直してきてもらえます?」


剛岩「長老どもには責任を取らせるが、それだけでは片付かん。この功妙寺が他の宗派に頭を下げたなんて、創設以来の汚名をそそがなければ、収まらんのじゃ!功妙寺の歴史と誇りに賭けてなあ!」


功妙寺は気功拳法の教えを脈々と受け継ぐ、武闘派寺閣として知られている。時の権力者が戦を起こしたり、仏閣打ちこわしを行った時も、彼らは決して降伏することなく山中の寺を自力で守り抜いた。

時は流れて、霊閥という他の宗派を許容する巨大派閥の庇護下に入ろうと考えを改めた長老たちが独断専行したが、剛岩を中心とする若い世代は反発しているらしい。


剛岩「長老どもは、もう寺ひとつ守る時代は終わっただの抜かしているが、ワシは認めん。己らの派閥に入らずとも、ワシらの実力で守らなくては、なわばりの意味がない。違いないか?」


瑞文「それで?謝罪と賠償でも要求してみる?」


剛岩「ワシが欲しいのは、功妙寺が孤高である証明。儂らと霊閥は対等だと公表してもらおうか!」


とんでもない要求に、周囲がざわめく。多くの宗派を擁する霊閥が、一寺閣と対等と言おうものなら、権威の失墜から分裂するかもしれない。いくら功妙寺の沽券がかかっているとはいえ、霊閥側に飲めるものではない。


瑞文「ハァ…。残念ながら、嘘はつけないわね。武闘派と言っても、力比べで礼紗様に勝てるとは思えないですもの」


ため息をついて要求を突っぱねる瑞文。それどころか、分不相応な物乞いをする乞食でも見るような、憐みの目を向けている。


剛岩「ふん、お墨付きが欲しいのは本人からだ。己はどうじゃ?ワシらより強いと言い切れるか?」


礼紗「…私は、そこまで強いつもりは…」


お互いの沽券がかかった状況に、礼紗も軽々しく発言できないでいるようだ。言葉尻を濁して、相手の洞察に託す彼女の日本的な話し方は、この一触即発の状態では逆に危険である。剛岩も我慢の限界に達し、全身から湯気が立ち上っているかのような気迫を見せていた。


そこに、一人が発言の許可を求めて挙手する。下手に口出しできないこの緊張下で、提案をしたのは裁人。


裁人「言葉で納得できないならば、実力で決めてはいかがでしょうか。“過去を呼び覚ます者”と名高い霊媒・西廟様のお力を、私も拝見したいと思っておりました」


礼紗「…はい?」


つまりは、彼が立会人を務めて対抗試合を行うということである。自信満々な様子から見て、裁人も礼紗の実力を疑っていないために、こんな提案ができたのだろう。


剛岩「優男かと思ったが、ワシらの誇りってもんを分かっておるな。ワシは寺の敵なら女子供にも手加減はせず、ふんじばってきたんじゃ。戦えば無様をさらすかもしれんが、これも己の優柔不断故じゃのう」


瑞文「いいでしょう。礼紗様に勝てるものなら、対等と認めてあげても」


瑞文もこちらの方が勝算があると踏んだ。礼紗はああ見えても、群を抜く降霊術を駆使して、幼いころから怪異と戦ってきているのだ。


礼紗本人は納得がいかないのか、辺りを見回しているが、あいにくと賛同者ばかりのようだ。こうして、今日の夕方に試合が行われると決まった。


剛岩「功妙寺の歴史を継いだ儂の力見せたる。覚悟しとけ」


剛岩の挑発に、礼紗本人は首をぶんぶん振る。


剛岩「負ける覚悟は必要ないってか。後でほえ面かくな!」


挑発返しと受け取ったのか、剛岩は肩を怒らせて退場していった。


瑞文とともに自分の和室に戻った礼紗だが…礼紗本人はさっき首を振った通り、霊閥の権威のために戦う覚悟など決まっていなかった。


礼紗「ちょっと書記ちゃ~ん、どうして試合なんて受けちゃったの?私まだ二十歳前の女の子だよ?マッチョなお坊さんと戦わせるって、おかしいって思わない?周りのみんなも誰か止めてよ~」


ほぼ泣き声になって、瑞文に泣きつく礼紗。さっきまでの静かなたたずまいとガラッと変わっているが、こっちが素である。ちなみに礼紗は、瑞文の名前をどうしても発音できないため、書記ちゃん呼びで通している。


瑞文「私も本当に試合で決着つけていいのか、長老たちとは話したけど…」


礼紗「あっ、その人たちが止めてくれるの?」


瑞文「ダメだって。あの古狸どもに止められるわけないわね。二度と勝手なことしないように釘は刺しておいたけど」


礼紗「何よ、それ…」


ぬか喜びさせられて、礼紗はがっくしと肩を落とす。


瑞文「何そんなに嫌がってるの。今までもっと怖い悪霊や妖怪を相手にしてきたじゃない。坊主一人に勝てなくてどうするの?」


瑞文はというと、そんな礼紗をなだめるのに慣れており、タメ口でたしなめている。


礼紗「だーからー、怪異には実体がないけど、人間相手じゃ殴られたりするから怖いんだって!私は霊能力あっても、体鍛えてるってわけじゃないし…」


瑞文「数十の次元の怪異を倒してきたのに、今更人間が怖いわけ?」


礼紗「だってあの人絶対ヤバいって、どっちかと言うと軍閥にいそうな感じじゃん!私ボコボコにされちゃうんだあ~。傷物にされて結婚できなくなっちゃう~」


最早会話どころか、愚痴になってきている礼紗。床に顔を伏せて泣きじゃくっている。


瑞文「ふーん、あたしとどっちが怖い?」


礼紗「それは……あのお坊さんの方が」


瑞文「素直に言っていいけど?」


間が空いた礼紗の答えを遮って、猫なで声を出す瑞文。しかし目が笑っていない。


礼紗「初対面のお坊さんよりは、怒った書記ちゃんの方が怖いです」


嫌な予感がしたのか、本音をぶっちゃける礼紗。


瑞文「じゃ、試合しないとあたしも怒るから。あんな脳みその皺までツルツルしてそうな坊主は、戦ってでも止めなきゃ、霊閥を守れないでしょう?」


礼紗「私だって、霊閥は守りたいよ。でも、私は人と戦いたくないから…」


ちょうどその時、障子の向こうから、廊下の床がきしむ音がした。


瑞文「誰!?」


礼紗「あっ、もしかして聞かれてた?」


これは仲裁してもらうチャンス!とばかりに目を光らせる礼紗。


瑞文「外にいる誰かさんに泣きついて、止めてもらう期待はしないことね。顔に出てるから」


礼紗「口に出す前に釘刺さないで!?泣きたくなるから!」


瑞文「どの道このまま帰すのも困るわね。そこにいる方、お話よろしいかしら?」


瑞文に呼ばれて、障子の外にいた人物が入ってくる。対抗試合を提案した男、裁人だった。


裁人「申し訳ありません。立ち聞きするつもりは無かったのですが、客室を探している途中でこちらから泣き声が聞こえて、何事かと…」


礼紗「あっ、さっきのかっこいい人」


瑞文「顔じゃなくて、名前覚えなさいよ。一応言っとくけど、試合を提案したこの人に泣きついても無駄だからね」


裁人「西廟様に顔を覚えられていただけでも、光栄でございます。私は仙術振興会代表の、神使裁人。神の使いに、裁く人と書きます。今後ともお見知りおきを」


裁人は二度手間の自己紹介を気にした様子もなく、にこやかに会釈してくる。礼紗もつられて安心したようにしゃべり始める。


礼紗「うん…由来教えてくれると覚えやすいな。よろしく、神使君ね」


瑞文「気を使ってくれる相手だと、初対面でも結構喋るのね」


礼紗「ほら、私も今日みたいな公の場ではしゃべる自信がないから…」


裁人「やはりあの寡黙さは慎重さからでしたか」


礼紗「そっ、そうそう、慎重さから…」


瑞文「臆病ともいうけどね」


礼紗「ちょっ、書記ちゃん!」


瑞文「違うの?」


礼紗「それはまあ、そうですけど…」


少しうなだれた礼紗に、裁人が済まなそうに声をかける。


神使「私としては、あの剛岩の振る舞いを懲らしめていただこうと、あのような提案をしたのですが…出過ぎた真似をしてしまいました。礼紗様の無類の実力を拝見したいと思ってのことで」


礼紗「いやそんな、神使君が謝ることじゃないって!でも私は自信なくって…」


裁人「お詫びには不十分かもしれませんが、一つ心当たりがございます」


瑞文「心当たり?あの脳筋に対抗できるってこと?」


裁人の言葉に、まず瑞文が食いつく。


裁人「ええ、霊媒である西廟様の降霊術で、彼の気功拳法と同等の力を発揮する方法でございます」


礼紗「危なくない?」


裁人「立会人として、危険な方法はお教えしません」


裁人の提案する驚くべき作戦に、礼紗と瑞文は聞き入った。


そして夕刻。大きく開けた中庭で、試合に臨む剛岩と礼紗がいた。


剛岩「先手は待つ。ワシの攻撃を受けるなら、体勢は整えてもらおうか」


礼紗「…大丈夫」


剛岩「なら行かせてもらおうか!」


剛岩は呼吸を深く行い、全身から白く光る煙を立ち上らせる。これが気功拳法の力の源、生命力を体外に放出した“気”である。そして、その“気”を片手の掌に球状に集めると、気合とともに礼紗に投げつける。


気弾と呼ばれる小技、剛岩にとっては、小手調べである。しかし、無防備な人間が受ければ、その衝撃波で数メートルは吹っ飛ばされ、気絶してしまう。


身動きもしない礼紗の目の前に迫った気弾は、礼紗に着弾しないうちに、はじけ飛んだ。


剛岩「ほう、“気”に近い力で、全身を覆ったか。霊能力者なら、そのくらいはできるじゃろうな。しかし、そうと分かれば手加減なしじゃ」


緊張した面持ちで動かない礼紗に対して、剛岩は早速、駆け出して距離を詰める。そして、気の力が彼の右腕に集中していくのが、周りの者たちにもはっきりと見える。そして、剛岩の右腕の筋肉は膨張し、握り拳はわずかの隙間もない岩のように固く握られている。


剛岩「岩の拳・気功岩拳!」


剛岩の腕力と硬さを増した拳を、礼紗は両手で包み込み、止めた。まるで、じゃんけんでグーにパーが勝つかのように、あるいは達人が真剣の刃を素手で挟んで止めるかのように。


剛岩「止められた、ワシの得意技を!?」


さらに一瞬の後、剛岩の突進の勢いを利用し、そのまま後ろに向かって、受け流す。勢いに引っ張られて、地面に倒れこむ剛岩。思わず地面についた握り拳は、ぶつかった地表に裂け目を作り、地響きと共に中庭を揺さぶった。

周囲は剛岩の技の威力、そして力を殺すことなく剛拳を受け流した礼紗に驚く。剛岩の力が足りないわけではなかった。礼紗の防御が、それ以上に的確だったのだ。


剛岩「ふん、やりおる。ワシも久々に功妙寺の奥義を見せられそうじゃ」


足に“気”を集中させ、剛岩は注高く跳ぶ。そして空中で爆宙し始める。普通ならジャンプ中に爆宙は1回程度で終わりだ。だが、高く飛んだあとの滞空時間の長さ、“気”をみなぎらせることによる身体能力の強化で、大車輪のごとく爆宙の勢いが止まらない。縦向きの高速回転によって、剛岩の姿はぼやけ、空中を走るタイヤのように見えてくる。回転したまま、礼紗に向けて勢いよく突っ込んでくる。大急ぎでかわす礼紗。

攻撃が地面にヒットして、土煙が立ち上る。彼女がいた後の地面は、大きくえぐられている。“気”によって強化された爆宙頭突き、気功金剛丸である。


剛岩「奥義・気功金剛丸じゃ。今度は素手で止めきれんらしいな?」


再び宙に跳び、気功金剛丸を繰り出す剛岩。空中から降りてくるころには、今度こそ技を喰らってしまう。しかし、礼紗は慌てず騒がずに、静かに移動する。そして剛岩の後方に回ると、手から大型の気弾を放った。すると、気功金剛丸の勢いが弱まり、剛岩は地上に落ちてくる。


剛岩「ぐっふ、己は知っていたか、気功金剛丸の弱点を…」


気功金剛丸は勢いの強い高速回転技ではあるが、空中で溜めている最中に回転の逆方向から力を加えられると、あっさり回転が止まってしまう。それでも空中の剛岩相手にそれほどの力を加える手段は少ないからこそ、奥義なのだが…


剛岩「それに気弾を使うとはな…己は霊媒じゃったな。一体、どんな達人の魂が憑いとるんじゃ?」


剛岩の問いに答えるのは、礼紗に憑依した霊魂。霊魂が表に出ると、礼紗の表情も心なしか、好々爺のような皺のよった笑顔に変わっている。


礼紗「試合が終わるまで気づかなければ、どうしてくれようと思っとったぞ。儂は功妙寺の初代大僧正・壱功(いっこう)じゃよ」


剛岩「でたらめを言うな!功妙寺を立ち上げた者が、功妙寺の敵に味方するはずがない!」


功妙寺の歴史と誇りを守ろうとする剛岩には、先駆者が敵に回るなど認められたものではない。


礼紗「儂が器を貸してくれた娘は、敵に非ずじゃ。儂はどうしても後継者に言いたいことがあっての」


剛岩「壱功、ワシが尊敬していた己も、臆病風に吹かれたということか!?」


礼紗「霊閥に入るのは、決して功妙寺の歴史と誇りを捨てることにならんのじゃ。むしろ霊閥に入れば、その勇名をとどろかせる機会が得られる。霊閥は強大な怪異と戦うために、ヌシらのような強者を同志としたいだけじゃよ」


剛岩「であればワシが、己を超えて、功妙寺の誇りを証明する!」


吹っ切れてしまった剛岩は、上下逆さに耐性を入れ替えると、坊主頭を地面につけ、カポエラーの構えを取る。そして、自ら頭を軸にして、回転し始める。その回転は旋風を巻き起こし、剛岩はヘリコプターのごとく宙に浮かぶ。先ほどの気功金剛丸と違ってプロペラ式の回転のためか、自由に空中を移動できるようだ。

奥義・気功金剛丸の弱点を補った剛岩独自の技。秘奥義・気功転神錐である。プロペラと化した剛岩が、空中からドリルのように突撃してくる。先ほどよりスピードも速く、壱功の憑依した礼紗も避けきれない。


礼紗「いかん!」


攻撃が左肩をかすって、すぐそばの地面に落下する。剛岩は地面を5メートルほど掘り進み、やっと回転を止める。自分で掘った穴の中から、外に跳び出す剛岩。小袖の左肩は破け、血のにじむ白肌の肩が垣間見えている。左肩の可動域を狙い、上手く左腕の動きを封じたようだ。


剛岩「避けることすらできなかったな。どうだ、儂が完全に鍛えなおした奥義は。これでも霊閥の下につけと指図するか、己らは!」


剛岩の言うとおり、弱点を克服して速度と威力を増した後世の奥義。壱功が憑依していてもその上を行く強さである。


礼紗「今の技、回転の中心だけは力が弱いと見えた。そこを破らせてもらおうかの」


剛岩「やって見ろ。その体では、儂に追いつくことすらできんだろうがな!」


再び気功転神錐を繰り出す剛岩。それに対して、礼紗は時間をかけて“気”をためる。空中の剛岩に攻撃する様子はない。


剛岩「臆したか!“気”をためるばかりで攻撃してこないとは。この秘奥義、“気”をためたところで防ぎきれるものではないわ!」


地上に向かって攻撃をかける剛岩。それに対し、礼紗はためた“気”を一気に放出、それはまばゆい光となって中庭を照らす。


剛岩「何だこのすさまじい“気”は!これほどの力をあの小娘が?」


礼紗「“気”とは、誰の体内にでも流ているもの。それを万人に伝承していくのが、功妙寺の教えじゃ。この娘も“気”を振り絞れば、お主に匹敵するということじゃ」


剛岩「おのれ、破ってくれる、功妙寺最強の秘奥義で!」


礼紗の放った流星のような輝きの気弾に、気功転神錐で挑む剛岩。空中で爆発が巻き起こる。爆風で周囲がどよめく中、そこには、空中から落ちてきた剛岩の姿があった。しかしもうボロボロで動けそうにない。回転の中心となる頭に、気弾をぶつけられたショックが大きいらしい。


剛岩「俺は認めんぞ、認めんからな…」


怨嗟の声と恨みがましいまなざしを礼紗に向け、剛岩は意識を失った。気を失うまで剛岩は認めなかったが、勝敗は明らかである。周囲も、伝説の武闘派大僧正・壱功の霊魂が、現世で戦えるという降霊術の神秘に、度肝を抜かれていた。

礼紗は、左肩を抑えてひざをつきながら、バツの悪そうな表情だ。肩に響く痛みもあるが、それ以上に彼女は心が重く沈んでいる。


壱功「娘よ、同情するでない。儂が見るに、あれは最後の意地じゃ。剛岩自身は身を以て現実に気づいておる。自分で立ち直ってくるのを待つべきじゃ」


礼紗「そう…これは、間違ってなかったんですね?」


壱功「こうして後継者を叩き直してきたのも、功妙寺の歴史。大僧正の奴なら、分かっておるはずじゃ」


そう言い残して、壱功の霊魂は礼紗の中から消えた。礼紗の体から力が抜ける。すると、破れかけていた小袖の袖部分が、肩から千切れ落ちてしまった。肩だけでなく、抜けるような白さの腕や脇、横から見ると、小袖に隠れて目立たなかった、意外に盛り上がった胸のふくらみまでもが露わに…


礼紗「きゃっ…!」


痛みと後悔だけでなく、羞恥心にまで襲われ、露出した部分を右の袖で抱きしめるようにかばう礼紗。その消え入りそうな悲鳴が、思わず周囲の注目を集める。寡黙で感情表現を表に出さない礼紗の恥じらいが、余計に周囲に女を意識させてしまったようだ。


瑞文「チッ、出ていきなさい、色ボケどもが!それともこの場で捕まって、不敬罪とセクハラで処分されたい?」


瑞文が怒鳴ると、その意味を理解したギャラリーから、慌てて出ていく。宗教に従事する者として下品な前科など持ちたくない、そんな心理には効いたようだ。

医療班とともに、礼紗と剛岩は素早く移動させられる。こんな時のために、屋敷の中には病院並みの設備も整っている。礼紗は声をかけることもできずに、剛岩を見送るしかなかった。


その夜、自分の部屋で礼紗はまだ悩んでいた。左肩の治療はしてもらったが、その傷はまだ痛み、左腕も動かしにくくなっている。それが、剛岩との後味の悪い決着を忘れさせてくれない。

それと、服が破れて胸を見られたのもあって、会議とかにも出られたものじゃない。瑞文は、功妙寺や仙術振興会のメンバーたちとの会議が長引いているのか、試合後に話せていない。

そこへ裁人が様子を見に来る。彼は客分である以上、会議も早く抜けやすかったらしい。


裁人「西廟様、左肩の具合はどうですか?」


礼紗「ありがとう、まだ痛むけど…大丈夫だから」


裁人「気分がすぐれない御様子でしたが、気分転換に中庭に月を見に行きませんか?肖様はまだ長老たちへの追及で、戻ってきそうにありません」


剛岩が倒れたままなので、長老たちに今回の責任を追及しているのだろう。瑞文が戻ってこないのでは、礼紗も罪悪感の持っていきどころがない。


礼紗「そうしようかな…」


心配そうな裁人の声に誘われて、礼紗は外に出る。中庭には、明るい月が出ていた。綺麗な月が見える季節になったと思いながら、縁側に座りこんでいると、裁人が声をかけてきた。


裁人「今夜は月が明るい。しかし、月は常に太陽というスポットライトを浴びて輝いています。失礼ながら、西廟様のお悩みもそれに近いのではないでしょうか?」


裁人の推測は当たっている。礼紗にとっては、自分の霊能力の威光が強すぎるのだ。


礼紗「私はね、ちゃんと霊閥をまとめられているか不安なんだ。みんな私の力を頼りにしてるのは確かなんだけど…」


元々霊能力者の家系に生まれた礼紗だが、その中でも礼紗は数ある平行世界の中でも、稀に見るほどの降霊術の才と、莫大な霊力を持っていた。それこそ、どんな霊だろうと霊界から降ろして自分に憑依させ、霊本来の能力を最大限発揮させられるような力を。


その才能に気づかれてからは、幼い頃から様々な降霊術の依頼をさせられ、その才能を開花してきた。

また、強い霊を降ろして操り、悪霊や妖怪を退治することも行っていた。


裁人「その目覚ましい活躍は聞いております。だからこそ、“過去を呼び覚ます者”と崇拝されていると」


礼紗「まあね、最初は、死んだ人と話せるだけでみんな喜んでくれて。だから私も進んで降霊術を使ってたんだ。私が呼んだ霊も本当にうれしそうだったよ」


そのうちに、霊能力の旧家としてのコネをたどって、他の宗派が宗教の歴史を探りたいと依頼してきた。

聖地エルサレムの所有権を知りたいキリスト教・ユダヤ教・イスラム教をはじめとして、宗教にとっては歴史に埋もれた教義の真偽こそ重要である。


裁人「過去の霊を呼び出して裏付けを得ることで、霊閥の傘下にいる宗派は、教義や歴史が一本化され、連帯が強まったそうですね。それらの宗派を傘下に収めるだけの功績は、あったと思いますが」


礼紗「なのに、いつからかな、本当のことを伝えても、喜ばない人が出てきたのは」


歴史に埋もれた謎も、礼紗の降霊術は掘り起こした。宗教の先人たちは、後世の謎ときに協力的であったが…真実を知った後にも宗教同士で分裂が起きた。どちらかの正しさを証明するとは、どちらかの正しさを否定することである。ましてや、信じることが重要な宗教間の問題では、否定された側は意義を失ってしまうだろう。実際の所、否定された側はやけ気味の暴動を起こした挙句、正義を失ったと弾圧されて、自然消滅していった。

 世界の宗教は間違った部分を修正し、教義や組織を改編した。主張の正しさを認められた宗派からは、降霊術の重要性を認められて、更なる問題に備えて提携することができた。このようにして礼紗の派閥は膨れ上がり、次元連続者として活動し始めてからは、数十の次元を束ねる派閥の長となっていた。


裁人「それで西廟様は、言葉を慎むようになったのですか。もしや、肖様とはその頃からのお付き合いですか?」


礼紗「書記ちゃんは、お父さんとお母さんに頼まれた後見人だよ。厳しいし押しも強いけど、私のこと引っ張ってくれてはいるんだ」


礼紗の一族は宗派をまとめる騒動の際に気苦労があったためか、次々に亡くなってしまった。霊閥の中でも政治力が強くて年も近く、信頼も厚かった瑞文が後見人を務めている。

瑞文は礼紗を1人前に育てようとしているが、礼紗本人は踏ん切りがついていない。


裁人「やはり、ご自身が人を支配することに、後ろめたさがあるということですか」


礼紗「私は、人も霊も助けしていきたいから、派閥には受け入れちゃったけど…。でも、人をまとめようとすれば、反対する人を傷つけることになるんだよね。今日のお坊さんだって…」


礼紗が、“功妙寺の初代大僧正・壱功を憑依させて戦う”という裁人の作戦に乗ったのも、剛岩を諭せる可能性があったからだ。だが、剛岩とは喧嘩別れで終わってしまった。


裁人「ええ、難しいものです。私も小さな宗派の長とはいえ、人の心がわからなくなる時があります。だからこそ、力のある人間が諦めてはならない、私はそう思います」


裁人は物憂げな表情を交えながらも、自分の思うところを述懐する。もしかしたら、彼も同じように、若くして統率に苦心しているから、礼紗の悩みを聞こうとしたのかもしれない。


礼紗「うん、ありがとう。私が頑張らなきゃね」


礼紗を励ます裁人の言葉、そしてこう続ける。


裁人「私も微力ながら、あなたをお守りしていきたいと思っています。ご安心ください」


裁人が礼紗を力づけるかのように、彼女の右手を握る。


礼紗(えっ、これって、握り返していいの?手汗かいてるけど、気づかれるかな?落ち着け私)


緊張感が心臓の鼓動となって、礼紗の中で反響する。礼紗は宗教の壁が厚かったせいか、こういう経験にも免疫がない。そう言えば、裁人にも胸を見られたかも、どう思ったかな、でもそんな恥ずかしいこと聞けない。こんな状況のせいか、恥ずかしいことばかり考えてしまう。

礼紗は顔が熱っぽく火照り、くらっと縁側に倒れそうになる。裁人は素早く礼紗の右腕を引っ張り、一方でもう片方の腕を礼紗の背中に回し、彼女が頭を打たないように支える。


裁人「ご病気とは気づきませんでした。すぐに部屋までお連れしましょう」


礼紗(部屋で二人っきり?いや、縁側で二人でもドキドキしたけど、部屋ならだれにも見られないってことだよね?ってことはこのまま…)


礼紗は成り行きに期待するかのように、裁人に身を任せ、彼を見つめる。礼紗は急速に芽生えた恋心を自覚し始めていた。


一方、気を失った剛岩は、得体のしれぬ夢を見ていた。おどろおどろしい何者かが、彼の目の前にいる。

巨大な赤い長じゅばんの袖や足元から、黒い髪の毛かワラのようなものが、触手のように伸びている体型だ。赤い長じゅばんからは、血のように赤い液体が滴っている。頭に当たる部分は藁人形ではなく、火に溶けかけた蝋燭をねじ込んだ見た目である。白くドロドロした蝋の顔面、眼に当たる部分は眼球がなく、暗く落ちくぼんだ眼窩になっている。口の部分も切れ込みを入れたように薄く開き、鼻の部分はえぐり取られたかのように、二つの鼻孔だけが開いている。側頭部には2本角をかたどるような炎が揺らめき、蝋の頭を少しずつ溶かしている。

そいつが剛岩に問いかけてきた。


呪祖「我が名は呪祖。汝は我に呪いの力を望むか?」


剛岩「呪いじゃと?ワシは腕っぷしだけでこれまで戦ってきたんじゃ?わしの強さが足らなきゃ鍛えなおす。何か知らんが、呪いなんてものには頼らんわ!」


呪祖「汝の望みにはそれで十分か?いや、足りぬ。現実は汝の力だけでは、いかんともしがたいのだ…」


呪祖は剛岩の目の前に、いくつもの光景を映し出す。剛岩の意識の外で進行している現実の光景だ。


霊閥が集まった会議では、瑞文に功妙寺の長老たちが土下座し、許しを乞うている。剛岩に味方していた若い僧も、無理やり頭を下げさせられている。


呪祖「こやつ等、汝を切り捨てることで霊閥に取り入る気であるぞ。瑞文とやらも、霊閥の力を使い、戦わずしてお主を排除するであろう」


剛岩「こいつら、ふざけおって…決闘で決めるんじゃなかったんか!」


小賢しい盤外戦術に怒りを見せる剛岩。


呪祖「決闘そのものが怪しい約束よ。汝の決闘の相手と立会人を見よ」


そこでは、礼紗と裁人が何か親密な雰囲気で密談している。


剛岩「まさか、こいつらもグルか?決闘で初代大僧正を呼んでワシに恥をかかせたのも…全部計画か?」


呪祖「武で挑んでいたのは汝一人。周り全ては組んで、汝の敵となっていたのだ」


剛岩「ゆ、許せん、こいつらあ…。この恨みは、ただじゃおかん!」


“気”が煙となって立ち上るほどに、怒り狂う剛岩。


呪祖「そうだ呪え。呪わずにこの世界は生きられぬ。さすれば、我も呪いの力を与えよう…」


呪祖の炎が剛岩に飛び火し、その“気”を焼け付く業火のように染め上げていく。


呪祖「火は回り始めた。我に楯つく者は、真っ先に呪われる。それがこの世の摂理」


次元連続者という異分子を排除するために、異教の神々が暗躍を開始する。


何かに気づいたように緊張し、礼紗に囁く裁人。


裁人「西廟様…」


礼紗「はいっ!」


裁人「何か邪な気配がします。ここは私が。どうか御体を大事になさってください」


礼紗「え~っと…ああ!そうだね、怪我してる私が動いちゃ危ないね!はあ…」


一瞬、「お体を大事に」と、妄想した情事を断られたかと勘違いした礼紗だが、すぐに真意に気づいてため息をつく。こんな時に怪異が現れるとは。それにしても、霊的な防御が張り巡らされたこの屋敷に、何が忍び込んできたというのか。

礼紗と裁人は見晴らしのいい中庭に出て、様子をうかがう。


そこに不可視の何かが、勢いよく風をまといながら突っ込んでくる。


裁人「神風(かみかぜ)!」


裁人が手を挙げ、突風を起こす。昼間に使った風を起こす仙術を、戦闘向きにしたものだろう。突風の障壁に阻まれ、襲撃者がその像を表す。その姿は、炎のような“気”を立ち上らせて拳をふるう剛岩だった。


裁人「剛岩さん!なぜあなたが?」


礼紗「その姿…まさか、生霊?」


剛岩「もう見破ったか。さっきまで逢引きしとった腑抜けどもが、ようやるわ。今のワシは、己らを殺す呪いの化身じゃ!」


礼紗の言う生霊とは、生きたまま人間から魂が抜けだして、霊として振る舞う者。幽体離脱とも言い、人間が眠ったり、死に近い無意識の状態で、「どこかに行きたい」「何かをしたい」と、強く念じることで、こういった現象が起こるとされる。

 剛岩の場合は呪いの念と、夢の中に干渉してきた呪祖の力により、魂の分離に成功した。


礼紗「どうして!?壱功さんだって、こんなこと望んでないはず」


剛岩「壱功が望むかなんて、もうどうでもええんじゃ!ワシの敵が己ら全員なら、ワシはどんな手を使ってでも皆殺しにしたるわ!」


裁人「ルールにのっとった決闘を反故にして、守る誇りがあるというのですか?」


剛岩「お前らに誇りなんてあるか!どいつもこいつも、ワシをハメるためにぐるになっとったんじゃろ!決闘相手と立会人のお前らが密談しとるのは、そういうわけじゃろうが!己も霊閥に取り入るつもりで」


裁人「私は霊閥に取り入りたくて、西廟様の話を聞いたのではありません!」


剛岩「偽善臭いわ!」


最早剛岩は聞く耳を持たない。再び気功岩拳をお見舞いしようとしてくる。


裁人「神風!」


裁人が再び突風で動きを止めるが、剛岩は力ずくで突破しようと、すり足で近づいてくる。


礼紗「壱功さん…お願い」


壱功「娘よ、その体では、昼間のように奴をいなすことは難しいぞ。ましてや、今の奴は

“気”の力を増しておる。“気”のぶつけ合いでも、押し負けるかもしれんの」


礼紗「それでも…止めるにはあなたしかいないと思う。力じゃなくて、心を届かせるには」


壱功「ま、勝算がなくても儂の答えも決まっておる。孫弟子が外道に堕ちて、知らん顔はできまいて!」


礼紗(気功操りし英霊よ、再び現世へ降り給へ…憑依!)


降霊を念じた礼紗に再び壱功が憑依し、強力な気弾を放つ。剛岩は気功岩拳で叩き落とそうとするも、逆に弾かれ、突風に足元をすくわれて吹き飛ばされる。拳のガードを解き、足元をすくわれて、完全にバランスを失って、頭から地面に墜落する。だが、少し輪郭がへこんだかと思うと、何事もなく立ち上がる。やはり生霊である以上、実体がない。生霊が持つエネルギーの限界を迎えて、元の体に戻るまで戦うしかない。


剛岩「壱功が憑依しても、こんなもんか。今のワシには効かん。このまま潰してやるわ」


剛岩は霊体のまま浮遊し、気功金剛丸を繰り出すべく、回転し始める。以前は“気”を全身にまとう技だったが、生霊となった彼は、全身が“気”のエネルギーの塊となっている。空中で発するエネルギーは、以前見せた技と比べ物にならない。炎のような“気”をまとい、巨大な火の玉と化している。


壱功「まずい、あれは気弾でも風でも止めきれんぞ!」


裁人「しかし避ければ屋敷が破壊されます。少しでも威力を相殺するしかありません」


礼紗「そう、私たちが相手しなきゃ、剛岩さんの心は解けない!」


礼紗は“気”を溜め、昼間の決闘で決まり手となった、流星のごとき気弾を放つ。


裁人「神雷(かんづち)!」


裁人は手を掲げ、強力な雷を呼ぶ。気弾と雷が気功金剛丸に衝突し、“気”の勢いを弱めたかに見えた。だが次の瞬間には、更に燃え上がった“気”が、気弾と雷を飲み込む。ほとんど勢いを殺さぬまま、気功金剛丸は地上に降ってくる。


壱功「その奥義を、呪いになど使わせんぞ!」


壱功が礼紗から抜け出し、自ら気功金剛丸を止めようとする。数秒間拮抗するも、気功金剛丸の回転は壱功を巻き込み、引きこんで消滅させた。壱功の尽力をあざ笑うかのように、

気功金剛丸は地上の礼紗に向かう。


礼紗「そんな…」

剛岩を止めようと約束した壱功が思いを届かせないまま、消えてしまった。そのショックで、立ち尽くす礼紗。底に吹き込む一陣の風が、礼紗の体を吹き飛ばした。


ドシャッ!と何かが鈍くつぶれる音がする。吹き飛ばされて転んでいた礼紗が自分のいた場所に向き直ると…。


そこにあったのは、巨大な球に押しつぶされたような血だまりと、赤に染まった仙人服。人の形など残されていないように見えるが、服の襟もとの位置には、ひしゃげた頭蓋骨のようなものが…。


礼紗「そんな…嘘、嘘って言って」


剛岩「死んだもんが嘘になるわけあるか。それにしても、最初に殺すつもりで狙った己が生き残ってもうたか。あの優男が、己をかばったせいでな」


地上に降り立った剛岩が、ふてぶてしく現実を突きつける。裁人は気功金剛丸をまともに受け止め、無残に轢死した。礼紗と、その傘下のいる屋敷、両方を守るには、そうするしかなかったのだ。


礼紗「私の、私のせいだ…」


剛岩「どうもダルイな。時間切れか。己の命は次まで預けたるわ。次こそぶっ殺したる」


そう言い残し、剛岩は姿を消した。そして騒ぎを聞きつけた屋敷の面々が集まってくる。


瑞文「この惨状…この死体は誰?礼紗、一体何があったの?」


礼紗「私のせい、なの。…ううっ…うっ、うわあああっ!」


泣き叫ぶ礼紗の顔を隠すように、月に雲がかかり、庭に影を落とす。しかしながら、呪わしき神はこの程度の犠牲では満たされない。これは惨劇の始まりに過ぎなかった…。





重い終わり方になりましたが、一応次回で救いはあります…。それがチャラになるくらいに鬱展開も止まりませんが。


主要人物紹介は、今のところ以下の通り。


・西廟礼紗


外見の特徴は、黒髪ロング、楕円形の眉、伏し目がちな目、口は小さく開き、抑え気味の声で寡黙に話す。実は引っ込み思案なので、本音ではもっと喋れる。白い小袖と紺の袴という、イタコ風の衣装がデフォルト。

”過去を呼び覚ます者”と称される稀代の霊媒。生まれ持った降霊術と霊力が尋常ではなく、どんな霊でも呼び出せるという。壱功を憑依させたように、霊が生前あるいは死後に身に着けた霊能力をも、代わりに発揮できる。

霊媒としての高い能力で宗派を中心に世界をまとめ上げたはいいが、その間に起きた人間同士のいさかいに嫌気がさしている。次元連続者の中では、数十の次元を宗教系派閥の”霊閥”としてまとめた大幹部クラス。


・剛岩


坊主頭に筆のように太い眉、筋骨隆々、武闘派仏閣の気功術の使い手。傲岸不遜で、霊閥入りに反対。必殺技は岩の拳・気功岩拳、気功波で飛んで爆宙頭突きする気功金剛丸、宙を舞うカポエラー・気功転神錐。



・神使裁人


明るく染めた茶髪に甘いマスク、控えめな物腰、白い仙人服の仙術の使い手。常人は数十年要するはずの仙術の悟りを、入山した頃より理解していたという。簡易な仙術を世間に広める仙術振興会を主催。

彼自身の仙術も実戦レベル。

今回彼はフラグを立てすぎた…。


肖 瑞文


小麦色の肌、団子結びの髪。チャイナ風ロングドレスで切れ長の目をした女性。礼紗よりは高身長スレンダーなスタイル。常に手帳を持ち歩き、記録や通訳を行い、強硬な弁舌をふるうので、礼紗からは書記ちゃんと呼ばれる。年が近い礼紗の後見人として、礼紗の内心を知りつつも、一人前にしようと厳しく接する。次元連続者の中では副幹クラス。


呪祖


人間を見下した態度をとる異教の神々が一柱。人の怨念を煽り、呪いを力として与える。これにより、剛岩を生霊に変えた。名前は、呪詛と呪いの祖であることをかけたもの。


次回は霊閥と呪祖の全面戦争開始。呪いを解こうとする礼紗の思いの行方はいかに。

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