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星幽探偵  作者: 10pyo
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魂の昇華

『だれかだして』『ここはどこ』『まっくらでなにもみえない』『なんだかねむい』『あなたはだれ』『こえがきこえる』『みんなはどこ』『あたまがまっしろ』『いきがくるしい』『ごめんなさいゆるして』『なにもかんじない』『こころがつぶれる』『はやくたすけて』『からだがうごかない』『こっちにこないで』『じぶんがきえてく』

『ここはどこであなたはだれでからだはまっくらみんなはぼくはやくくるしいだれもうごかないいきはどこあたまはまっくろなんだかつぶれるおまえがかなしいからだがくるしいはやくこないでなにもきえてくゆるしてねむいなにもうごかない』

『くるしい』『つらい』『さびしい』『くらい』『かなしい』『かんじない』『かえりたい』『むなしい』『きもちわるい』『つめたい』『しにたくない』『たいくつ』『こわい』『うごかない』『おもい』『だして』『もういやだ』『きえてく』『つぶれる』『みえない』『こないで』『ねむい』『たすけて』『あつい』『うるさい』『なにもない』

『だれ』『あなたは』『きみは』『いつ』『おれは』『からだが』『あのひとは』『ここは』『ぼくは』『こえが』『こないで』『どこ』『なにが』『むねが』『あしたは』『ゆるして』『なに』『あたまが』『どうして』『いまは』『わたしは』『いきたい』




 赤黒い暗黒の中自他の思念が渦巻き、ジンの人格を蹂躙する。

 これはリンクスに吸収された子供たちの思念だ。洪水のように溢れ出す感情は容赦なくジンに襲いかかる。

 先に取り込まれた子供たち同様、精々亜物質体デミマター程度しか魂の質量を持たないジンもこの昏い感情の渦の中では自我を保てず、そして直感する。


(これで終わりとは、存外呆気ない最期でしたね)


 本来ASサーバー内ではどのような目に遭っても死ぬことはない。今回の件でもそれに例外はなく、物質世界に存在する体は外傷すらない無事なままだろう。

 しかし、それは肉を持った体だけだ。肉体だけでは当然身体は動かない。肉体には魂が宿る必要がある。つまり、ここに囚われるということは事実上の死を意味する。


 取り込まれた当初、物質世界へと帰還するべく当然ログアウトを試みたが失敗に終わってしまった。どうやらこの空間はログアウトを阻害する働きを持つらしく、脱出する手段も見当がつかない。

 時期に意識は他の思念と混ざり合い、ジンという存在は消えてなくなる。

 そこで思い出す。自分は何故リンクスという人間に関わってしまったのか。犯罪者は許せない、それは一般人として当然の感情だ。

 しかし、命を賭けてまで挑む必要があったのだろうか。モクカゼの言うとおり、警察に任せた方が良かったのではないだろうか。


 ……いや、駄目だ。警察では様々なしがらみがあるし、何よりもAS犯罪者だけは自分の手で捕まえなければならない。それが自分の責任だからだ。

 ある意味では、最大のAS犯罪者である父の血を引く自分はAS犯罪者を根絶する責任がある。


 ジン、いや、和泉いずみひとしの父、和泉(まこと)はAS技術の開発者の片割れであった。

 彼は自らのVR技術に対する研究を、超心理学者である友人と共に進めることで完成させ、新たな技術であるAS技術を生み落とした。

 しかし、AS技術によってあまりにも広がり過ぎた世界は人類社会に様々な恩恵を齎す一方で、AS犯罪者という強大な存在も生み出してしまった。

 世間は彼を責めず、むしろAS技術の父として持て囃した。しかし、それはかえって彼が自分自身を過剰に責め立てることに繋がり、最期には自室で首を吊り自殺した。


 当時幼かった仁は、その時点では自分の父がAS技術の祖であるとは知らなかった。しかし、父が遺した手記を読み、世界中に溢れるAS犯罪者が生まれた原因の一つに自分の父が深く関わっていることを知りショックを受けた。


 周囲の人間は皆、考えすぎだ、お前の父は悪くないと言って励ます。しかし、父と同様そういった気遣いの言葉は、尚更世間への申し訳なさで仁の心を満たした。

 そして、ニュースでAS犯罪者の報道がされる度に仁の心はAS犯罪者への怒りと、自責の念が満たすようになったのである。


「駄目ですね、僕は」


 全てのきっかけを思い出したジンのアストラルの身体が輝きだす。リンクスが準神セミゴッドへと昇華した時とは違う、真っ当な昇華である。苦境に立たされてなお、原点に立ち返ったジンの魂は新たなステージに到達したのである。

 それは即ち、亜物質体デミマターから精神体スピリットへの昇華である。ジンの両腕には亜物質体デミマターの時には無かったブレードが新たな器官として生えていた。


 ジンは精神体スピリットとして生まれ変わったが、その身体は未だに黄金に輝いていた。かつて例を見ない二段階進化、それがジンの身に起きていた。

 ジンの全身を、悪夢からの目覚めを思い起こさせる曙色のアーマーが包み込む。頭も同様に、同色のフルフェイスの兜が覆い、目にはバイザーが装着される。ヒーロー然とした姿、これこそが準神セミゴッドの姿である。


「この姿は、一体?」


 ジンは困惑するが、全身に溢れ出す力を感じ、これならばと気を引き締める。

 今こそ、新たな力を解き放つ機会であった。


「《解体工事アーティフィシャル・ブレイク》!!」


 ジンはいつの間にか手に握られていたバールを前に突き出し、新たに使用可能となったPbMを発動させる。

 物の結合を解体するそのPbMは、周囲を包み込む悪夢さえも解体し、元のプレーンワールドへと引き戻す。


 リンクスに吸収される直前にいたビルの屋上、その景色は吸収される前までと何一つ変わらなかった。まるで1秒たりとも経過していなかったのではないかと思い、ジンの背筋に怖気が走る。

 しかし、吸収直前とは決定的に違うところがある。床に倒れている多数の子供たちの姿だ。彼らは確かに衰弱しているようだが生きている。その事実が何よりもジンを安心させた。


「な、何よ。なんで貴方がその姿に……!? 準神セミゴッドになったのは私の筈……!」


 吸収していた魂が解放されたリンクスは精神体スピリットの姿で困惑する。本来なら目撃者は皆吸収し、この場には準神セミゴッドとなった自分しかいない筈である。

 だが事実として、自分は精神体スピリットで、目の前には吸収した筈の亜物質体デミマターがどういう訳か準神セミゴッドとして君臨している。


「どうしました、絆の力があるのでしょう? 貴女には大勢のシンパがいる。その人達を頼ればいいでしょう」


「そ、そうよ、私には絆の力がある! 沢山の仲間たちがいる! 何よ、やっぱり絆の勝利じゃない! あ、貴方たち、早く屋上に来なさい! バケモノが現れたのよ! 天然物の準神セミゴッドよ! どうしたの!? 返事をしなさい!! 早く助けに来なさいよ!!」


 リンクスは必死な様子でシンパ達に念話を入れる。その慌てようは、異常な事態に平静を失い、念話の声を口に出すほどであった。


「まあ、そのシンパ達はここに来る前に僕が全て倒したのですがね」


 その言葉にリンクスは絶望する。数多のシンパを蹴散らした目の前の怪物は、亜物質体デミマターの時から既に強者であったのだと。


準神セミゴッドなんかに勝てるはずがない……!」


 リンクスはPbMで空を飛び逃げ出そうとするが、ジンは容赦しなかった。その両手にはバールが1本ずつ握られている。

 そして彼は放物線を描くように両手のバールを宙に放り投げ、告げる。


「《|轟雷の矛》《ヤグルシ・マイムール》!」


 放り投げられた二本のバールに雷が纏い、稲妻の速さをもってリンクスを追尾し、貫く。


「か、っは!」


 リンクスはかすれた悲鳴を上げる。しかしそれとは対照的に、リンクスに与えた一撃に比例するように、先ほどまで息が絶え絶えだった子供たちの呼吸は落ち着きを取り戻す。

 ウガリット神話に登場する武器の名を冠したPbMは、その担い手の権能を再現するかのように癒しの力を与えていた。


 バールによる一撃を受け落下するリンクスをジンは逃さず、捕縛に向けて新たなバールを両手に創り出した。


「《連結工具コネクティブ・バール》」


 ジンは淡々と宣言する。左手のバールは右手のバールの先端と連結し、その先端にはまたバールが連結する。無限に連なるバールは地に堕ちゆくリンクスに巻き付き、屋上へと引き戻す。

 リンクスは遂に観念し、シンパ達と共に警察へと引き渡された。

 そして、彩乃あやのの魂を物質世界に返した後、ジン達もログアウトする。




「本当に、本当にありがとうございました!!」


 仁の事務室には、彩乃の父親が娘を連れて号泣しながら礼を言っていた。


「いえ、彩乃ちゃんが心配だったんでしょう? それを知った以上、何としてでも見つけ出すのが人情ってもんですよ」


「ありがとう、ございます……!」


「お兄ちゃん、また今度遊びに来ていい?」


 男泣きする父親に対し、彩乃は無邪気に仁に甘えて抱きつく。


「ああ、いつでもおいで。お菓子を用意して歓迎するからね」


「ありがとう、大好きお兄ちゃん!」


 彩乃は無邪気に喜ぶ。そう、無邪気に。しかし、かえでに見せる笑顔はどこか黒いものがあった。

 ひとしきり話し終えた後、親子は帰路ついた。


「むー!」


 依頼人が去るのを確認すると、楓は不満気な態度を露わにした。


「どうしたんです、楓さん。ビルで先走った件なら気にしてませんよ」


「おやびん、彩乃ちゃんには気を付けた方がいいっすよ」


「嫉妬ですか?」


「あの子、絶対悪女っすよ。お腹の中真っ黒っす!」


 楓は心配するが、仁は意に介さない。


「安心して下さい。貴女が思っている程、貴女の価値は僕の中で軽くないですから」


「え? それってどういう……」


 仁は無視して続ける。


「リンクスの中で僕の記憶を見ましたか?」


「……! ええ、見たっす」


「では、そういうことです」


「いや、どういうことっすか!?」


 楓は問い詰めるが、仁はあくまでも白を切り通そうとする。


「これからもよろしくお願いしますね、楓さん」


「あ、こちらこそよろしく……って誤魔化されないっすよ!」


 二人の騒がしい日常はこれからも続いていく。世界からAS犯罪がなくなるまで。いや、もしかしたらAS犯罪がなくなっても。

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